妖精のお姫様と世間を賑わす大悪党

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「あの城には、絶対に盗めない、世界一美しいと言われるお宝があるらしいですよ」
 白い仮面、黒いシルクハットにタキシード。その男は世間を賑わす大悪党
「盗る気なのか。盗めないことで有名だろう?」
 言葉を発したのは肩に乗っているタカの姿をした妖精。怪盗の相棒だ。
「そうですね、盗めないっていわれるものほど盗みたくなるのが、怪盗ってもんでしょう」
「よっ! 怪盗の鏡!」
 漆喰の城を見つめ、煌く星空をバックに怪盗は高笑いした。

 門番が気を抜いていたのか、怪盗の腕のなせる業なのか、いともたやすく城内に侵入できてしまった。肩に乗っているものも呆気にとらわれている。なんだ、こんなに簡単だったのかと。
 ――情報によれば離れた塔の最上階にそのお宝はあるという。
 階段を上りきったとき、突然歌が聞こえてきた。透き通る歌声、すべてを正常化していく声―――どうやら、最上階の部屋から聞こえ着ているらしい――誰がいるのだろう。腕に自信のあった怪盗は静かにドアを開けた。そこにいたのは絵に描かれるよりずっと神秘的で美しい一人の妖精だった。
「貴方はだあれ?」
「おやおや、私をご存知ない?」
 神秘的な声に対して怪盗はいつもの調子で喋り始めた。
「私は怪盗。この城にあるという世界一美しいと言われるお宝を頂戴に上がった次第です」
「かいとう…? あなたのお名前?」
 美しい妖精はそう聞き返した。怪盗を知らないなんて世間知らずにも程がある。
「はっはっは、これは驚いた。お嬢さんは怪盗を知らないのですか?」
「もう、笑わないで頂戴よ。わたしは外の世界に出たことがないだけよ」
 怪盗は訝しげに思った。そして謎が解けたと安堵した。
「それはどうして?」
 答えの分かっている質問を問うた。
「わたしは、この部屋から出てはいけないから。そとには怖い人がいるんですって。人間って言うらしいわ」
「私はその人間ですが?」
 美しい妖精は首をかしげた
「話と全く違うわ。かいとうさんは悪い人に見えないわ」
「こりゃたまげたなあ!」
 怪盗の肩に乗っているタカが地面に落ちて笑い転げた。
「怪盗ってのは…人のものを盗る…ひゃっひゃ…悪い人間のことだぜ」
 大笑いしながらタカはいった。そのとおり、と怪盗は丁寧にお辞儀をした。
「貴方は悪い人なのね!」
 やっと状況を把握してきたらしい美しい妖精は驚いている。
 怪盗はというと苦笑いしている。
 こんなにまっすぐな目を向けられたのはいつ以来だったか。スラムの子供たちにパンを配って回った時以来だろうか、それとも、女の子のために風船を取ってあげた時だろうか。
 ああ、思い出せない。それほどに悲しい時間を歩んできた。
 自分は世間の大悪党だ。金品を盗み人々の地位や名誉を奪って、そうやって相棒と共に生きてきた。
 そうすることでしか、救えないものがあると知っていたから。
「私は貴方を盗みに来たのです。世界一美しい羽を持つ貴方を」
「おいおい、こいつが―――」
 タカも状況が分かったらしい。
 世界一美しいお宝は、そこにいる美しい妖精の羽だ。妖精の羽は万能薬とも言われ、より美しいものほど良いとされる。
 ならば、そこにいる妖精の羽は至上のものだ。存在し得ないほど美しい、星屑を散りばめたような輝き、まるで夜空をそのまま映し出しているかのよう。長い金髪は神の愛を受けた美しさ――この世のものとは到底思えない――白磁の肌、ガラス玉のような蒼い瞳。彼女以外に美しいものなどいるはずがない。
「うーん、せっかくお友達になれると思ったのに」
「おやおや、私とお友達になりたいのですか?」
 怪盗は微笑んだ。盗めるかどうかまだ考えている。
「あたりまえよ。ひとりで窓の外を眺めるのにはもう飽きてしまったわ」
 妖精の羽は盗ることは難しいと言われている。
「そうですか、何がお望みですか?」
「外の世界を見たいの!」
 彼女が微笑めば世界が笑う。
「いいでしょう、私がお連れしますよ」
「本当? 嬉しい!」

 ――なぜなら妖精は、羽を失えば死んでしまうから。


 美しい妖精を抱えて怪盗は城の屋根の上に立った。
「いかがですか?」
「とっても綺麗! 場所が違えば、こんなに違うのね」
「ほかにご要望はありますか?」
「もっと違う場所も見てみたいわ!」
 怪盗は美しい彼女のいうがまま、たくさんの場所を見せて回った。底には水晶が輝く湖、新緑の花畑。
 毎晩怪盗はさらいに来た。タカはその度に訝しげに思った。ある晩、とうとうタカは怪盗に訪ねた。
「お前、どうする気なんだ?」
「何がです?」
「あの妖精のことだ。羽を盗るんじゃなかったのか? お前に盗めないものなんてないだろう」
「そうですよ。盗めないものなんてありません」
「じゃあ―――」
「盗みたいものしか、盗まない主義ですから」
 怪盗は途端に冷たい声で言った。相棒は、そんなことわかっている、と怪盗のシルクハットをつついた。そして何に気がついたのか青い顔をして怪盗の前に降り立った。
「お前……もしかして……」
 言いにくそうに、口をもごもごうごかしていたが、意を決した
「あの妖精のこと好きなのか!」
 ああ、なんてまっすぐなんだろう。
「そうだといったら!」
 怪盗は柄にもなく興奮している。
「なんだそういうことかよ! 早く言えよ!」
「うううう……」
「あのなあ。お宝を盗む怪盗が、大切なものを盗まれてどうする!」
「別にいいじゃないですか」
 耳まで真っ赤にさせて。こんな子供のように言葉を返す怪盗を長年の相棒であるタカですら見たことはなかった。
 美しさは罪だ。ああ、罪だ。


 ある晩、毎晩のように来ていた怪盗がぷつりとその日は来なかった。代わりに怪盗の相棒であるタカが美しい妖精に会いに来た。
「今日は怪盗さんはこないの?」
「ああ、今日はいけないって言っていたぞ」
「そうなの…残念だわ。行きたい場所があったのに…」
「なあ」
 タカの声に美しい妖精は視線を落とした。
「なにかしら?」
「あんたさ、あのバカのことどう思っている?」
「ばか?」
「俺の相棒のことさ」
 怪盗さんのこと、と美しい妖精はうわごとのようにつぶやいて、顔を赤くした。
「その、どう、と言われても…」
「なんだこいつら両想いか!」
「え、あの、あの…両思い…とは?」
「ん? 教えてやらねえよ」
 タカは一晩中妖精のことをからかい、あとで怪盗に怒られた。
 世界のお決まりだ、幸せはそう長くは続かない。


「いやあ、とうとう動き出してしまいましたか」
「見張ってたかいがあったな」
「まったくですよ」
 怪盗は双眼鏡片手に優雅にタカと話している。怪盗の視線の先には近隣の山賊が集結している。
『あの城には世界一美しい羽を持つ妖精がいるらしい』
『その羽を使えば……』
 そんな会話が聞こえてきた。
「彼らは馬鹿ですね!」
 怪盗は呆れてふんぞり返っている。タカはなお警戒を続けている。
「どうするんだ?」
「決まっていますよ。お宝を横取りされては、私の名前に泥が付きます」
「そうと決まれば!」
「はい、叩きのめしましょう」
 いともたやすく怪盗は言ってのける。山賊たちでも腕が立つ者は多いし、数もいる。それでも怪盗の自信は揺らがない。それだけの修羅場をくぐり抜けてきたから。
 怪盗は優雅に山賊たちの前に現れた。
「何なんだお前!」
「お頭、あいつもしかして……」
「ご名答。ですが少し遅かったですね」
 怪盗がマントをひるがえすと、あたりの山賊たちは全員気を失っていた。なすすべもなく山賊たちは自分たちの根城へ引き返していった。
「あっけないねえ」
「そうですね、こんなことじゃお宝は盗めませんね」
 怪盗は高らかに笑った。背後から迫り来るものにも気がついていた。
「お前は!」
 城の王。あの美しい妖精の父親。娘とは似ても似つかないようなひどい顔立ち。怪盗は彼女は母親に似たのだろうと静かに思った。
 ――彼女とは二度と会えないのだろうとも。


 山賊たちが怪盗に追い払われた次の晩から、怪盗は現れなくなってしまった。父親に言わせれば、うるさい人間が消えてよかったと嬉々としていた。妖精の気分は沈んでいた。
 ――そうだ、ありえなかったのだ、人間と妖精が恋仲になるなどえ。
 涙は溢れて止まらなかった。毎晩目を赤く腫らして泣いた。そうして泣いていればまたあの人が現れて、涙を拭いてくれる気がして。
「本当に、あれでよかったのか?」
「はい、満足しています」
「嘘はいけないな」
 やはり見抜かれていた。でももういいのだ。自分は世間に恨まれる怪盗。身分も種族も違いすぎた。またあの笑顔に会いたいと心がいたんだ。
「盗めませんでした――世界一美しいお宝」
 怪盗はそう言って仮面を取った。


 いつの日か、その城は古ぼけて誰も住まなくなってしまった。古城には伝説が残っている。
 ――ひとりぼっちの妖精のお姫様と大悪党と呼ばれた怪盗の悲しい恋の伝説が。

 アスキル作品もかなり昔のものなんですけど、このお話特にお気に入りです。文章はダメダメなんですけどね




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