銀影

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「なんで俺が付き合ってやらなくちゃいけないんですか」
「まあ、バルカザール先生」
「付き合ってやる義理はありませんが……」
 バルカザール先生――ハイド・バルカザール――はふわふわの銀髪をかきあげながらそう言った。目の前にいる初老の女性――この学園の校長にはもう何を言っても無駄だろう。
「お願いしますね」
「はあ」
 休みたかったのに。夜ぐらいゆっくり眠りたかった。昼間はガキどもの世話でそれどころではない。未だに学園内のワナにかかる生徒、挙げたしたらきりのない問題行動の数々そうだ、誰も俺を休ませてはくれないのだ。
 俺がこの怪盗学園の教師である限り。


 どれだけ同僚にからかわれようが、わたしは夢をあきらめない。苦しんでいる民衆を怪盗や重すぎる税金から救いわたしはあの時のヒーローのようになってみせる!
「ヨモギ、妄想に浸っているところ悪いけど。今日の分の書類」
 夢を打ち砕く上司の声が警察署のオフィスで響く
「えええええええ!? 昨日自分の分はやりとげましたよ!」
「うん、だから今日の分」
 男がえりにつけている金の三つの星がヨモギをあざ笑う。
「鬼! 悪魔!」
「はいはい、これが俺の仕事なの。お前も『銀影』なんて夢物語信じてないで、現実を見つめてくれよ。」
 ああ、なんて嫌味な上司だ。未だに信じたくもない。この目の前にいる気だるそうな男が同期で自分と入社したにもかかわらず、自分の上司だなんて。だいたいおかしいのだ、なぜ自分よりも熱心に働かないこの男が昇進しているのか! ヨモギは頬をふくらませた。
「ヨモギちゃん、仕方がないって」
「そうそう、みんな一緒よ」
「そうだけどぉ」
 いや、早くこの光景に疑問を持ってくれ。声をかけてきた女性職員二人はヨモギの後輩だ。黒い髪をそろえておかっぱスタイル。幼い黒の瞳に丸い顔。何度この童顔を馬鹿にされただろう。頬をふくらませたから余計幼く見える。見た目は十八だと言われるがもう二十三にはなろうというのに。
「わたしだって! 今に見ていなさい! 大手柄を上げてみせるんだから!」
「ヨモギ、仕事」
「うるさああああああああああああああいいい!」
 ヨモギにはひとつ神が与えた才能がある。
「うおぃ、お前ちょっと、上司になんてことを……」
 怯えていようが関係ない。
「かわいい同期のやることよ! 受け止めなさい!」
 あのむかつく三つの星とともに男はすっ飛んだ。ヨモギの才能は一目見ただけで見抜けた者はいない。ヨモギは男よりも力が強いのだ。それはもう力士並みに。


「ヨモギ先輩! また課長をぶっ飛ばしたんですってね! 俺も見たかったなあ」
 後輩の男性職員がヨモギのもとにココアを持ってきた。ヨモギは素直に受け取り、一口飲んでほっとするとくちびるをとがらせた。
「見世物じゃないよ」
「いいえ見世物ですよ」
 甘いココアは美味しいが、すこし後輩はうっとうしい。ヨモギはコーヒーが飲めないことをしっかりと知っているあたり、やはりこの後輩はヨモギと仲がいい。
「で、わたしに何の用事かな?」
「ああ、そうです。先輩が好きそうなネタ二つ仕入れたんですよ」
「え? なに?」
 ヨモギは目を輝かせた。後輩は子供のようなその眼差しに吹き出した。ヨモギがにらむと本題に入ってくれた。
「ひとつ目は、例の謎の学園です」
「……怪盗養成施設」
「はい。古くからある都市伝説のようなものですが、やはり実在するようです」
 大好きなココアを飲んでいるにもかかわらず、ヨモギの顔は険しくなった。
 怪盗、決して許していい存在ではないことぐらい、警官ならば誰でもわかっていることだ。怪盗が金品を盗んだせいで税金が跳ね上がり苦しんでいる農民がいる。富豪たちはいつ自分の財産が怪盗に奪われてしまうかと怯えて暮らしている。民間人に安心して過ごしてもらうためにも、怪盗は捕まえなくてはならない。
「どこにあるの?」
「すみません、そこまでは……」
「そっか、ありがとう」
 ヨモギは特に怪盗という存在を許すことはできない。必ずこの手で捕まえてみせる。
「ふたつ目、先輩の言ったとおりでした。あの農村の地主はやはり不法に税を流しています」
「税徴収書を見たときおかしいと思ったのよ」
「さすがですね!」
「褒められてもしょうがないわ、これからどうするかよ」
 ヨモギの目は厳しい。持ち前の童顔には似ても似つかない。
「今夜、令状を持って行くわよ」
「はい!」
 地主は夜にしかいない。確実に一家全員を捕まえてみせる。税を取られて苦しんでいる農民のために。


 闇を駆ける銀色の影に憧れた少年は、この世界のあなを知り、何もかもが信じられなくなってしまった。
「母さんは恵まれない人のために身を削ったのに、母さんが病気になってから、誰も見舞いにも来ない。金を出したのに薬を分けてくれない。人々を救ったのに、誰も母さんを助けてくれない」
 少年の頬を大粒の涙がたくさんつたう。泣いたって誰も助けになんてきてくれない。「大悪党」なんて誰も助けてはくれない。


 暗い暗い地下の牢屋。光は手の届かない高さの小窓からわずかに差し込む。ああ、お尻が痛い。
 侵入してすぐ部隊長であるヨモギはキッチンの方へ向かいほかの隊員と別れた。裏口を見つけたと思ったら落とし穴に落ちた。
「どうしてええ!? どうしてあんなところに落とし穴があって落ちちゃったら牢屋なの!?」
 大声で言ってしまうのは悪い癖だ。すると一人だと思っていた牢屋の済から男の唸り声がした。驚いて臨戦態勢をヨモギがとると、そこにいたのは白髪の男だった。頬には何語かわからないが黄色い文様がほってある。暗闇の中でも確認できるほど整った顔立ちをしている。男が眠たそうにまぶたを持ち上げヨモギを直視した。
「誰だお前」
「こっちが聞きたいわよ!」
 男がヨモギのすぐそばに腰を下ろした。ヨモギは自分が女だとたかをくくられているのだと思った。それにしても、ヨモギはこの男に以前もあったことがあるような気がする。男が口を開いた。
「ふーん、二つ星の警官さんね」
「そうだけど、貴方は?」
「俺? 俺はハイド」
 そう言ったきり男――ハイド――は黙ってしまった。
「ハイド。貴方どうしてこんな地下牢に?」
「俺はちょっと、用事があって通りかかったら、何故か落ちてだな」
 用事? 聞き返しても答えなさそうな顔をしていたのでヨモギは聞き返さなかった。子のことを後でひどく後悔することになるのだが。
「あんたは?」
「警官よ。私は令状をもってこの屋敷に乗り込んだら……この有り様よ。警官を地下牢に閉じ込めるなんて公務執行妨害で絶対に逮捕してやるわ!」
「お疲れ」
 嫌味なところが上司と重なってイライラした。だが、こんなところで立ち止まっている場合ではない。
「この地下牢からでられそうな場所を探さないと!」
「出られるのか?」
「ええ。壊せるなら」
 ハイドは一瞬顔をしかめたが、捜査に協力してくれた。鉄格子を確認したり、壁をたたいてみたがどうにも薄いところやもろいところは見当たらなかった。
「そんなあああ」
「お手上げだな」
 またもハイドはヨモギの隣に腰を下ろした。一時間ほどそのまま座っていたのだが、もともとおしゃべりなヨモギは沈黙に耐えられなくなって、口を開いた。
「ねえ、どうしてわたしが警官になったのか知りたくない?」
 ハイドは黙ったままだった。喋ってもいいといういみだとヨモギはとらえた。
 


 ヨモギは貧しい農民の出身だ。その年村はこれまでにない凶作だった。作物の実りは例年の十分の一。暮らしていくことなどできなかった。
 地主の家に昨年怪盗が忍び込んだ影響もあり、税は上がっていた。
 村では何人も飢えで死んだ。ヨモギも信じられないくらいやせ細っていた。このままでは家族皆共倒れ。ある日薪集めの帰り道でヨモギは倒れてしまった。腹が減っていたのだ。
 その時ヨモギは死を覚悟した。だが、死にたくない死にたくないと涙を流していると突然月の光が遮られ、自分の前に影ができた。
 目の前にパンが置かれ、ヨモギの口の中にそのパンが押し込まれた。水を飲まされ、意識が戻った。
「良かった! 生きているのね!」
 月明かりの下、女性の髪は銀色に光っていた。
 長い髪を後ろで高い位置で束ねている。美しい女性だった。
 そしてヨモギは確かに見たのだ。女性のえりに4つの星がついていることを。
 その女性がもたらした金品や食料のおかげで村人は生き残ることができた。
 自分勝手に税を着服していたらしい地主は追い出され、新しく国が管理するようになった。一夜にしてすべてが変わった。
 村人たちは彼女を「銀影」と呼んだ。


「だからわたし、その『銀影』のようになりたくて、警官になったの」
 ハイドの表情が光が当たらず読み取れない。また馬鹿にされてしまうのだろうか。同僚からは「銀影」なんてそんな警官の記録は残っていないとさんざん馬鹿にされたのだ。でもヨモギの心の中には確かに「銀影」がいる。
「『銀影』ね……」
「やっぱりハイドも馬鹿馬鹿しいと思う? 『銀影』なんて公式記録には残っていないから」
 笑ってみせるとハイドは
「そんなことはない」
 そう一言。そしてヨモギをまっすぐみて訪ねた
「あんたにとってその『銀影』は何だ?」
「ヒーローよ!」
 ヨモギは高らかに宣言した。ハイドが微笑んだ。
「そうか、あんたにとっては『銀影』はヒーローなのか」
「そりゃそうよ! なんて言ったって、わたしを助けてくれたんですもの!」
 ハイドが声を上げて笑い出した。この男笑うのかとヨモギは初対面だが思った。きっとこの男をよく知る人物なら、さらに驚くのだろう。
「なっ! 何がそんなにおかしいのよ」
「いやあ、そろそろ俺の相棒が来る時間だからな」
「相棒?」
 天窓に影が映る。狭い格子の間をくぐり抜けて狐なのか犬なのかよくわからない生き物が降りてきた。
「ハイド、遊びすぎているようね」
「俺は遊んでない。遊んでいるのはあの馬鹿どもだ」
 狐? 犬? わからないが喋った。ヨモギは驚いて言葉が出なかった。よもぎの様子を見てハイドが続けた。
「こいつは俺の相棒のミシェル。妖精だよ」
「えええええええええええ!?」
「いちいち大声で驚く女だな」
「まあまあ、ハイド」
 妖精なんて本でしか見たことがない! たまに保護されている弱った妖精を見かけることはあっても、こんなに間近ではない。
「さあ、ミシェル。脱出しますか」
「? ハイド、約束と違うわよ?」
「いいんだよ、こっちには助っ人がいる」
 ハイドは横目でヨモギを興味深そうに見た。そして床にへばりつき、耳を当てるとニヤリと笑った。
「実はあんたには黙っていたが、床が開く」
「は?」
「ちょっと壊してみてくれよ」
 ハイドが指さす。脱出できるならそれでもいいかと思い切り蹴る。すると盛大な音と共に床は崩れ去り、階段が現れた。ハイドはヨモギの蹴りに驚いていたが、すぐに
「ビンゴ」
 またニヤリと笑った。


 階段を下りて進んでいくと壁があったのだがハイドがミシェルの炎を使ってすべてぶち壊していった。ヨモギは少し足がいたんでいたので嬉しかった。光が見えたところで水色の髪の女の子が向こうから走ってきた。
「バルカザール先生!! 発見しました!」
「おせえよ。そしてお前が見つけてどうする気だよ。ベル」
 ベルと呼ばれた少女は自信満々に行った
「わたしが勝ったら、修平様と一日一緒にいてもいいと! 修兵様が!」
「わざと補修になりやがってたのか、やっぱり」
「なんのことでしょう」
 ベルは笑ってすっとぼけた。
「それにしても先生、話が違いますわ。地下牢にいるのではなかったんです?」
「飽きた」
「……さすが先生」
 ベルはそう言うと黙ってしまった。ヨモギには何が何だか理解できない。
「あああああ! ベルにまけたあああ」
 遠くで絶叫が聞こえる。茶色い髪の少年だ。ベルの目が輝いた。
「修兵様! お約束通り、ベルが一番です」
「あーあ」
 ベルが修兵のまわりにまとわりついた。ハイドは呆れた顔で
「警備に時間を取られすぎだ」
 と説教を始めた。
「あーあ、ベルか」
「修兵に負けたなんて嘘だろ」
「修兵はありえないな」
 見渡せばあらゆる方向から十代の子供たちが出てくる。
「ああ、あんた知らないんだっけ」
 ハイドがニヤリと笑ってヨモギに向かっていった。
「これ、怪盗学園の補修課題。俺を探しだせ」
 正直、理解できない。だがようやく頭が追いついてきた。
「あああああああ貴方!! その頬の文様! 建物を炎で壊していくスタイル! 爆炎!」
「あれ、俺の昔の名前知っているのか。だてに二つ星じゃないな」
 爆炎。有名な怪盗だ。もう現役は引退しているはずだが…。爆炎は誰も傷つけない代わりに、建物をすべて炎で破壊するという恐ろしい怪盗だ。知らないはずがない。
「先生、そろそろ退散しません?」
「ああ、そうだな。そうしよう」
「待ちなさい! あなたを逮捕します!」
「捕まえてご覧よ。二つ星のヨモギサン」
 ハイドはニヤリとすると、ヨモギの警察手帳をぶらぶらしてみせた。
「いつの間に!」
「残念。欲しかったら、俺に会いに来いよ」
 そういうと周りにいた少年たちも、空へ、地中へと突然と姿を消してしまった。呆然と立ちすくむヨモギに隊員たちが駆け寄った。
「先輩!」
「どうしたんですか、そんなところで立ちすくんで」
「捕まえて署に帰っても、先輩がいないから焦りましたよ!」
 ヨモギは口を半開きのまま隊員たちを見つめた。
「わたしの! 警察手帳かえせええええええええええええええええ」
 真夜中に絶叫が響いた。

 銀影もお気に入りなんですよね、ヨモギが。それにしても、よく当時こんな残酷な話書きましたね。中高生??でしたが



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