【No title.】六花の白鐘【二次創作】

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 大好きな雅の小説「No title.」のクロスオーバーともいえる二次創作小説です
 大好きなランスさんとスノーリアさんをお借りしました。
「No title.」本編のネタバレを含みますので、閲覧の際はご注意ください


 誘拐は犯罪だ。紛れもなく重罪だ。
 しかし当の本人は呑気なものだし、誘拐されたスノーリア自身、自分を誘拐した犯人に感謝している。
 スノーリアは戦いの中、敵方に斬られ、死を覚悟した。
 しかし、彼女はこうして生きている。
 ランスがスノーリアを――半ば誘拐するようにして――助けてくれたからだ。
 スノーリアもそのことに対しては感謝しているが、それを素直に言い表したくないのが彼女の心情だ。
 ランスは感謝してもしきれないとスノーリアが感じるほど善良な人間ではなかった。
 スノーリアのランスが変態野郎だ、という認識は変わらない。
「スノーリア、スノーリア! いますか?」
 扉をノックする音とともにランスが入って来た。
 ランスはスノーリアを見つけると駆け寄った。
「レディの部屋に入るときは」
「ノックはしましたよ?」
「返事を聞いてからにしてください」
 スノーリアは剣を手に取る。
 ランスは慌てた様子もなく――少し青ざめてはいたが――スノーリアにあっけらかんと言い放つ。
「だって、スノーリアは部屋にいても返事をしてくれませんから」
「当たり前です」
 変態野郎を部屋に入れてやる義理はない、とスノーリアは吐き捨てた。
 ついこの間、ランスがスノーリアの部屋を訪ねたときも、スノーリアは『いません』と返事をした。
 ランスは大声で『いるじゃないですか!』と踏み込んで来た。
 スノーリアはそこまで明らさまにランスを避けているのに、ランスの態度は相変わらず馴れ馴れしく、鬱陶しい。
 なぜランスはスノーリアにしつこく話しかけてくるのだろう。
 スノーリアは不思議でたまらなかった。

 ランスは諦めが悪い。
 特にスノーリアのことに関しては。
 親友のダルクにスノーリアの事をいかに思っており、振り向いて欲しいかということを話したら、真顔でそろそろ諦めたらどうだと促されたぐらいだ。
 スノーリアも不思議そうな顔をしている。
 この男はどうしてこんなに空気が読めないのだろうかと呆れているだろうか。
 なぜ、諦めないかと聞かれれば自分はそういう人間ですからとランスは胸を張る。
 前回、スノーリアを散歩に誘ったがあまりいい反応をもらえなかった。
 しかし、今回は自信がある。
 ランスはスノーリアへにっこりと微笑んだ。
「見せたいものがあるんです。一緒に屋敷の周りを散歩しに行き」
「行きません」
 即答とは手厳しい。
 しかし、こんなことで指をくわえるわけにはいかないのだ。
「手荒な真似をお許しください」
 ランスは、スノーリアの白く細い腕を掴んだ。
「手を切り落としましょうか」
「貴女はそんなことをする女(ひと)ではありませんの、で!」
 手荒すぎて、嫌われたらどうしよう。
 そのときこそ、潮時だろうか。
 しかしランスはまだスノーリアと同じ時間を過ごしたい。
 ……違う、何を弱気になっているのだろう――これからもずっとだ。
 女性の腕はやはり細いな、などと不埒(ふらち)なことを頭の隅に追いやった。

 この人はわからない。
 スノーリアは目を丸くするしかなかった。
 ランスはスノーリアを引き取ったあの男とは違い、スノーリアの意志を常に尊重してくれるし、スノーリアが嫌がることを強制しない。
 だからこそ、スノーリアは驚いている。
 ランスはどうしたのだろう、よほど見せたいものなのだろうか、などと考えているとランスは足を止めた。
 
「スノーリア! 見てください!」
 ランスが屈(かが)んだのは、白い小さな花が咲いている花壇の前だった。
「今朝、咲いていると聞いたのですが、本当に綺麗ですね」
 スノーリアは白い花をじっと見つめる。
「これは……スノードロップ?」
「はい、そうです」
 スノーリアの故郷ではあまり見かけない花だが、様々な童話に登場するので、スノードロップのことは知っていた。
 ランスはまた口を開く。
「スノーリアの名前と似ているこの花のことを知ってから、実物を見たくなりまして。秋ごろに植えてもらっていたのです」
 この男に花を愛でる趣味があったとは驚いた。
 そんな人間だったかしら、とスノーリアは首を傾げた。
「待雪草(スノードロップ)は冬の終わりから春にかけて咲く花。冷たい雪を割って花を咲かせるので春を告げる花のひとつ。花言葉は希望、慰め、逆境のなかの希望、恋の最初のまなざし……だそうです」
 ランスがすらすらと知識を披露した。花言葉まで知っていたのでスノーリアは重ねて驚いた。
 この変態男はロマンチストなのかしら、とスノーリアはランスへの見方を少し変えた。
 スノーリアは先ほどのランスの言葉を思い出し、顔を少し伏せた。
 スノーリアとこの花は似ている、名前だけではない。
 スノードロップは雪原の中ひっそりと咲き、雪が溶けるのを待ちづつけるという。
 スノーリアもそうだ。人買いに拐われて王宮で過ごした日々は正直苦痛だった。たとえどんなに美しい宝石やドレスを贈られても、スノーリアの憂いた心は晴れない。
 スノーリアが本当に欲しいものはそういうものではなかった。
 王も王だ、とスノーリアは呆れていた。
 極悪人に売られなかっただけ良かったかもしれないが、王はスノーリアの気もちや周囲の人間がスノーリアへどのような嫌がらせをしているのか知らなかったのだから。
 王もスノーリアのような人間を側室に迎えることは出来ないと分かっていながら、スノーリアを寵愛した。
 いつであったか、誰かがスノーリアに王の愛に応え、お前も王を愛したらどうだと言った。
 しかし、スノーリアにそんなことは到底出来るはずもないことだった。スノーリアにとってひどく恐ろしいことだったからだ。
 王にとってスノーリアを愛することは遊びだとスノーリアは感じ取っていた。
 スノーリアが本当にほしいもの――ごくありふれた家族がいる幸せ――とは程遠いものであった。
 いつか年老いて、今持っている美貌を失えば、自分はどうなってしまうのだろう。
 スノーリアはたまらなく恐ろしかった。
 飽きた玩具は捨てられるか、玩具箱に押し入れられて忘れられるのだ。
 そう考えて、スノーリアは独りで震えていた。
 スノーリアは庇護者であった王のもとを離れ、ランスの屋敷に滞在している。もう王宮には自分の居場所なんて残されていないような気がする。
 スノーリアは低い声で言った。
「例えば、ずっと溶けない氷の下に埋もれてしまったスノードロップはどうなるんでしょうか」
 そのまま彼女はランスの横に腰を下ろした。
 ランスはスノーリアの顔を覗きこんでじっと見つめた後、スノーリアに微笑んだ。
「私が炎で氷を溶かすので、心配はいりません」
 得意気にそう言った。
「……もし、とても見つけにくくて、誰からも気が付かれない場所に花があったら?」
「大丈夫です。それでも私が必ず見つけ出しますよ」
 スノーリアは驚く。いつものランスであればそんなことは言わない。
 もしかしてランスは、スノーリアが自身の境遇をスノードロップに重ねて話をしていたことに気がついたのだろうか。
 心が暖まる感覚を、スノーリアは抱きしめた。
「貴方のそういう優しさ、素直に尊敬しています」
 スノーリアが微笑みながらそう伝えると、ランスは急に立ち上がって走りだし、かと思うとすぐに帰ってきた。
 手にはレコーダーを持っている。
「スノーリア、今のもう一度、もう一度言ってくれませんか?」
 ――私が馬鹿だった。
 スノーリアはうつむくと拳を握りしめ、震えだす。
「スノー……リア?」
 ランスが恐る恐るスノーリアの顔を覗き込む。スノーリアはその顔に鉄拳をお見舞いした。
「部屋に戻ります!!」
 スノーリアは立ち上がって、かけだしてしまった。

 何か悪いことをしたのだろうかと、ひとりその場に残されたランスは真剣に悩んでいた。
 翌日、ランスはその一連の出来事を親友のダルクに伝えた。ダルクはランスの肩を叩き
「やっぱりお前じゃだめだ」
 と呆れながら言った。

 
 ――懲りない男だ。
 スノーリアは自室でため息をついた。
 ランスが
『近くの店に夕食を食べに行くので、とびきりにきれいな格好でお願いしますね!』
 と部屋に押しかけてきたのが半刻前だ。
 なかなかドレスが決まらず、スノーリアは悩んでいた。
 夕食に誘ってもらったのだから、ランスに恥をかかせるようなことがあってはいけないと彼女は気負っていた。
 あの男(ひと)見合うのはどんな格好だろう。あの男はどんな色のドレスが好きなんだろう。
 そう考えている自分に気がつき、スノーリアは自己嫌悪に陥った。
 扉の前に誰かがいる。
 そう直感して扉をさっと開けると、ランスが立っていた。
「何、して」
「落ち着いてください、スノーリア。まだ何もしていませんから!」
「『まだ』ってなんですか?」
 近くにあった花瓶を怒りに任せてランスへ投げつけると、ランスは慌てて花瓶を受け止めた。
 そして、彼は不思議そうな顔をした。
「スノーリア、顔が真っ赤ですよ? 何かあったんですか?」
「えっ」
 スノーリアが急いで鏡の前へ行き、見ると確かに頬が紅潮している。
「私、何もしていませんよね? まだのぞいてもいないし」
「のぞくつもりだったんですか?」
 スノーリアは再び剣を握りなおす。
「いえ、ちがいます! 様子が気になって見に来たという意味で、決して不埒な真似をするつもりは……」
 ランスのその後は言うまでもないだろう。


 溶けない雪の下にスノードロップはないだろう。雪は必ず溶けるはず。
 なぜならスノードロップは春を告げる花だから。




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