世界で一番美しいのはもちろんクイーン

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「シルクさんがこちらにいらっしゃると聞いたのですが……!?」
「ノーコメントで、後うちのジムトレーナーに取材の申し込みをしたいなら、ナックルジムを通してくれ。そうでないのに付き纏うような行為はNGだぜ」
 というのが基本的な解答だ。ラナはずっと自分のせいでキバナがより大変になってしまったと気にしているが、マスコミの相手をするのはキバナの仕事の範囲だし、何よりもキバナ自身メディアには慣れている方だ。今は自分からも情報を発信できる時代、SNSでも同様に“シルク”についてファンから質問や回答を求められたが、キバナは「誰が誰であろうと、今はナックルジムの大切な仲間だ」とコメントしておいた。

 ラナは“シルク”だと言われて、迷わず「人違いです!」と叫んだと話していた。あそこまで似ていると、人違いを疑うことも難しいが、それでもラナは嘘をついたり誰かを騙すような子ではない。キバナが「そいつと間違われたんだな」と確認した時も「そうです」と頷いていた。
 ということは、“シルク”はラナではない。
 ただ、ガメノデスもいるし、本人の反応からしてもおそらく無関係ではないのだろう。双子? ラナの別人格? それとも他の何かだろうか。
 キバナは改めて、自分自身でもシルクについて調べてみた。

 “カロスクイーン・シルク”、カロスのトップパフォーマーとしてクイーンの称号を持つ人物だが、その私生活は謎に満ちている。シルクは元々無口なのか、話すこと自体が少なく、ポケビジョンといわれるポケモンとトレーナーの投稿動画も、ポケモンが主体でシルクのナレーションはほとんど存在しない。また、私生活を一切明かさず、インタビューにも必要以上には答えない。そんなミステリアスなところもシルクの人気の理由らしい。
「つっても、有名なトレーナーだから私生活を出せ、お前は何者なんだって詰め寄るっていうのもおかしな話だからなあ」
 ガラルのように、バトルが大きな興行そのものになっているならまだしも、シルクはスポンサーがいるようなトレーナーでもないのだし、キバナのようにSNSをやっているわけでもない。当然といえば当然と言える。
 シルクの演技はどれも目を引くもので、ほとんどのパフォーマーが大きく華やかなフィニッシュで終えるフリーの演技も、シルクは“おにび”に囲まれて、全ての光を落としていき、幽玄に終えてしまう。そんな真逆なフィニッシュが印象に深く残り、観客に支持されるのだろう。演技の方向性が常識破りなのだ。
 シルクのシフォンベージュの髪の毛がスポットライトに照らされて、金糸のように輝く様も、硝子色の瞳が透き通って輝きを増し、その美しさが観客の目を奪って離さない。衣装もそうだが、自分の容姿の「魅せ方」というものを心得ている。

 ……なんて、調べていたらヒトミに「これもファンの間では伝説になっているシルクちゃんのパフォーマンスで!」と勧められてしまった。


◇◇◇


 それは突然やってきた。
「ちょっとちょっと、すみませんがここは関係者以外立ち入り禁止です!!」
「関係者だ」
「無理やり入ろうとしないでください!」
 ジムトレーナーのレナが誰かを通さないようにしている。相手は背丈からして子どものようだが、フードを深くかぶっていた。……その様子がキバナの頭のどこかにフックのように引っかかった。
「あ〜、ここは関係者以外立ち入り禁止の区域なんだ。悪いんだが……」
「関係者だ」
 いや、そんなアポはなかったはずだ。キバナはレナを下がらせて、どう対応しようかと思っていたら、子どもはサングラスをとって顔を見せた。
「ラナに会いにきたんだ」

 キバナもレナも、その顔に絶句した。
 そして、ラナの名前は公開していないため、名前を知っているということはやはり彼女の関係者なのだろう。


「ラナ、お前に会いたいってやつが来ているんだけど、どうする?」
 ひとまずフードの子どもを応接室に通してから、キバナはリョウタと一緒に勉強をしていたラナを呼びに行った。
「誰ですか?」
「名前は教えてくれなかったんだが、会えばわかるって……お前の……だよ」
「あああああああ、えええええ、こっちにきてたの!? それでカロスにいなかったんだ!!?」
 とラナは驚いていたが、驚いたのはこちらの方だ。


「ラナ! どうしていきなりカロスからいなくなったんだ。すっごく心配した! ソイ兄さんに聞いたら『ガラルに行くって言ってた』て言うから、ガラルに来たけど、全然連絡取れないし、こっちがどれだけ心配して探したと思う!?」
「探してなんて頼んでない!」
 と、応接室ではさっそく喧嘩が始まってしまったので、ヒトミがラナを落ち着かせ、紹介してくれないかと促した。
 ――目の前にいる、ラナとそっくりの人間のことを。
「えっと、どう言ったらいいのかな……シルク」
「……この人たちは?」
 シルクと呼ばれた子どもはラナと同じ見た目をしていて、やっぱりシルクはラナの双子だったのかと合点がいった。というか、ラナがシルクではないのなら、普通は双子だと思うしなあ、とキバナは一人で考えていた。
「私の大切な人たち。私がガラルに来たばっかりの時に、ウォーグルに攫われたところをキバナさんが助けてくれて……その後ずっと面倒を見てもらっているの」
「サイサイ」
 まだ怪我が治らず、本調子ではないサイホーンも同意を示した。サイホーンもナックルジムの皆を大切な人たちだと思ってくれているということがキバナはとても嬉しかった。シルクがサイホーンの頭を撫でてやると、サイホーンも嬉しそうに笑っていた。
「そうだったのか……妹がお世話になりました」
「ああいや、とんでもない。こちらこそ、最初はラナの家族だとは知らずに悪かった」
「いいんだ、顔を隠していたから」
 シルクはそう表情を変えずに答えた。
 サングラスを取った時にラナにそっくりだったので、すぐにわかったのだ。ここまで見た目だけで証明できることも珍しいだろう。双子ならではとも言える。
「じゃあいっか」
「うん、大丈夫だと思うよ」
 何のことだろう、と思っていたらシルクがフードをとって、頭を下げた。


「ラナの双子の兄でクルスです。普段はシルクという名前でトライポカロンに出ています」


 彼の言葉にキバナは一度、天を仰いだ。

「オレさま、そっちのパターンは想像してなかったな〜〜〜〜!!?」


 なるほど、謎に満ちたカロスクイーン・シルクの正体は、ラナの双子の兄であるクルスが女装した姿だったらしい。


◇◇◇


「ラナの名前ってラナンキュラスが元になっているのか?」
「ああそうですよ。クルスも由来は一緒なんです」
 なるほどなあ……とキバナは顎に手を当てた。それに気がつかなかった自分が悔しい。
 ラナンキュラス、幾重にも重なった明るい花弁がふんわりと咲く花だ。花言葉は「とても魅力的」「華やかな魅力」、赤なら「貴方は魅力に満ちている」、紫は「幸福」、白は「純潔」、ピンクは「飾らない美しさ」……などなどたくさんあるのだが、どれも彼らにはぴったりだ。綴りは確かRanunculusだったか。後ろの部分をとって「クルス」、そして逆から呼んだものを少し発音を変えて「シルク」。なるほどなあ、とキバナは一人で納得していた。確か、ラナンキュラスは双子座に幸福をもたらす花だとも記憶している。

「というかなんで、トライポカロンに女装して出てるんだ?」
 キバナの疑問に「ああ、カロス出身じゃなきゃわからないよな」と言って説明してくれた。
「元々はコンテストに出たかったんだけど……カロスはトライポカロン以外、あんまりメジャーじゃないんだよね。で、競技人口が多くないとやっぱつまんないから、トライポカロンに出ることにしたんだ。でも、出場資格は年若い女性に限定されているからな。だったらオレは、オレの美しさを前面に押し出せばいいと思って」
「まって」
 要するに、似合ってしまうので女装して出たということらしい。そして誰にもバレずにここまで来た、なるほど。
「クルスは誰よりも美人だもんね〜」
「ああ、ありがとうラナ。オレは誰よりも美しいからな。正直、どの参加者よりもオレは美しいし」
 とんだナルシストだったが、それが実際にその通りなので、キバナも含め、誰も否定できない。
 ヒトミは先ほどから沈黙を決め込んでいるため、心情が読みかねる。ファンだったシルクの本当の姿を見て、彼女はどう思っているのだろうか。
「あ〜なるほどな、そういう格好は結構好きな感じ?」
「好きというか、誰だって自分に似合う格好をするだろう。美しいオレにはドレスも似合うってだけだ」
 目の前で話しているクルスは後ろの髪が短いので、シルクとして振る舞う時はウィッグでもつけているのだろう。趣味というか、自分に似合う格好をしているだけだと豪語する少年は、どこまでも自信に満ちており、これがカロスのトップパフォーマーかと勉強になる。自分のことを正しく評価し、客観視することはとても難しい。彼はその点、セルフプロデュースが完璧に出来ている。
「だから私……シルクのことを説明できなかったんです。周りの人は私がシルクだと思っているから」
「……そうか」
 シルクは実在しない、架空の人物だ。とはいえ、野暮な人間はシルクは一体どこの誰なのかとあちこちで探して回るだろう。そうなった時は、ラナが盾になっていたということらしい。もしかすると、過去のシルクの目撃情報も全てラナのことだったのかもしれない。ちょうど、今回のように。
「それでウィッグも長いものを選んで、ラナに似せていたのか?」
 詮索された際に、ラナが実は私が出ていたといえばシルクの秘密は守られることになる。
「いや、それは違う。オレが一番美しいと思う格好が、ちょうど、ラナの格好に似ていただけ」
「そうか……」
「だってそうだろう。世界で一番美しいのオレだし、オレにそっくりだからラナも美しいってことじゃん」
「そうかなあ?」
「そうだよ、ラナ。心配しなくてもお前は美しい。オレの次くらいにね」
 ちょっと変わった双子だな、とキバナは薄目で二人を見つめていた。ラナはそうクルスに言われて、照れてほおを染めていた。仲は良いらしい。

「元々はどうしてコンテストに出ようと思ったんだ?」
「ああ、それは」
「ミクリさんがきっかけだよね」
 ラナが説明してくれた。
「私たちの家のお隣さんに、ソイさんっていうお兄さんと、サナちゃんっていう妹さんがいて。小さい頃から、私たちはよくソイさんに遊んでもらっていたんです。で、そのソイさんが他の地方のポケモンコンテストの大ファンで! それで、色んな大会のパフォーマンスを録画していて、その中にミクリさんの演技があったんです。キバナさんはミクリさんのこと知っていますか?」
「ああ、ホウエンのチャンピオンでコンテストマスターだろ?」
 キバナも自身がマスターズエイトということもあり、彼のことは知っている。ルネのジムリーダーを皮切りにホウエン地方ではチャンピオンまで上り詰め、またバトルの世界だけでなくポケモンコンテストでも伝説的なコーディネーターとして有名な人物だ。
「オレ、そのミクリさんの演技や衣装を見た時に思ったんです。オレもこんなふうに、自分らしく自分の美しさを誇って生きていきたい! って」
 なるほど、そこからくる繋がりだったのか。それで彼は自分の美しさを表現するためならば格好はいとわないのだろう。どうあるべきか、ではなく自分の美しさをどうやって表現するかということを考えているのだ。だからこそ、トライポカロンの演技も常識破りなものが多いのだ。
 さすが、何かの頂点にまで上り詰める人間は違う、面白いなとキバナは冷静に観察していた。

 そうして一通り、クルスの話が終わった頃、クルスは本題に戻ろうとした。
「なんで勝手にカロスから……せめて、一言相談してくれればよかったのに」
「それは……、だって、シルクは忙しいから」
 兄のクルスに責められて、ラナは俯いていた。多忙な兄のことを思えば、なかなか相談があるとは言い出しづらかったのかもしれない。
「それはそれだろう。なんでラナが言わなくていいことになるんだ」
 だが、クルスにとってラナは大切な妹。どんなに忙しくても、彼にとってラナのことは最優先事項なのだろう。だからこそ、妹が自分に何も相談せず出て行ってしまったことがショックだったのだろう。彼の口調が少しきついのはそう言った苦しさがあるのかもしれない、とキバナは思った。
「ストップストップストップ、今日はここで解散にしよう。せっかく兄妹会えたのに、会ってすぐにそのままの気持ちで喧嘩するなんて悲しいだろ? だからクルス、ラナはここにいると分かったんだし今日は一旦帰ってくれないか」
 キバナの言葉にクルスは思い切り顔をしかめた後に、ラナを見た。彼女は変わらず苦しそうに俯いていたため、クルスはふうっと息を吐いて「わかった」と返事をした。

「とりあえず、また明日にするよ。そういえば宿もとってなかったし」
「あっごめんクルス、私一人部屋だから泊めてあげられない!」
「いいよいいよ。そこまでしてもらうつもり無いから」
 そう言って、クルスは礼儀正しく挨拶をすると、またフードをかぶってサングラスをし、スタジアムから出て行った。


 取り残されたラナは、何か言いたそうに口をモゴモゴと動かしているけれど、言葉にしようと口を開いては閉じてを繰り返していた。
「ラナ、今日はもう休んでいい。明日また大変な一日になる気がする」
「……はい。あの、キバナさん」
「なんだ?」
 彼女は意を決した様にキバナを硝子色の瞳で真っ直ぐに見つめた。
「……聞かないんですか、私がどうして、カロスから出てきたのか」
 ああ、そのことか、としかキバナは思わなかったのだけれど、少し考えた。
 ラナは素直で嘘がつけないような人間だ。きっと、今までもずっと事情を隠してきた都合で、キバナたちに嘘をついて騙しているような気分だったのだろう。だとしたら、考えすぎだと教えたほうがいい。
「聞かないよ。この前も言っただろ、誰だって事情を抱えているんだ。無理して言わなくていいし、聞き出そうとも思わねえよ」
 彼女の前で屈んでから顔を覗き込むようにそう伝えれば、ラナは泣きそうな顔をしながらも懸命に笑った。





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