泣くよりも、笑ってお礼を言えるようになりたい

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「人を探してる」
「人?」
 小さくコクリと頷いた子どもを見て、ダンデははて、と首を傾げた。
「ここに人探し? ここはバトルタワー、バトル施設なんだが……何か特別な事情でもあるのか?」
「単に、人が多い場所なら情報が何かあるんじゃないか……勝ち進んで注目を浴びれば、自然と情報も集まるかなと思って」
「なるほど」
 それは一理ある。このバトルタワーは新設されたばかりとはいえ、ガラル中から、いや世界中からポケモンバトルの腕自慢たちが集まり、頂点を目指して競い合う場だ。そんなバトルタワーに人探しということは、探しびとはポケモントレーナーなのだろう。
「警察には届けたのか?」
「……喧嘩してるだけだから」
「そうか」
 探しびとは個人的に探しているらしい、警察に出すのには大袈裟だが連絡が取れないと言ったところか。
 ダンデはそこまで聞くと、帽子を持ってニヤリと笑った。
「お役に立てるかはわからないが、バトルの相手なら受けて立つぜ」
 このまだ幼いトレーナーも、少なくともバトルタワーで二〇勝は上げたトレーナーだ。相当腕は立つ方だろう。フードを深くかぶっているため顔はよく見えないが、さて、お手並み拝見といこうか――とダンデは一番手を投げた。


「そしてその試合は負けたんだが」
「まあ、お前が全勝していたら、バトルタワーは成り立たないんでたまには負けないとな」
 キバナはライバルであるダンデの話に適当に相槌を打ちながらコーヒーを飲んだ。
 ガラル地方のチャンピオンこそ引退したダンデだが、その実力はまだまだ世界の規模で見ても第一線の実力者。そんな彼がオーナーを務めるバトルタワーだが、勝ち進むとランクアップできるシステムがあり、そのランクアップの関門としてダンデが立っている。モンスターボール級、スーパーボール級、ハイパーボール級、マスターボール級とあるわけだが、全試合ダンデが勝っていては誰もランクアップできないため、それぞれの級に合わせてダンデも出す実力を変えている。そのため、ダンデが負けるのはシステム上仕方がないというか、ある程度負けてくれないと困るのだが、本人は負けるたびに心底悔しそうにしており、キバナは「やっとジムリーダーの気持ちがわかっただろう?」と少し愉快だった。
「とても強いトレーナーだったからな。つい、ジムチャレンジしないのかと尋ねたんだがその気はないって」
「最近のお子様はマセてるからなあ……というより、そいつはガラル出身じゃなかったとか?」
 ガラルで育った人間が、ダンデにジムチャレンジを勧められて簡単に断ることは考えづらい。多少は浮かれるなり、他の反応を見せるのではないかと思うが、今の話では冷たく断った、という感じがしたため、キバナは尋ねた。
「そうなんだ、なんでもわざわざガラルにまで喧嘩した相手を探しに来たらしいぜ」
「へえ……ちなみにどこ出身とか、顔とかわかる?」
 どうしてそんなことをキバナが聞くのか、ダンデはわからないというふうに一度首を傾げたが、それでもキバナには何か重要な考えがあるのだろうと教えてくれた。
「顔はよくわからなかったが、カロス出身らしいな。カロスのポケモンが多かった」
「カロス、ねえ」
 まさかね、なんて思いながらもキバナは胸に留めた。

こういった勘はよく当たる方なのだ。

「そういえば、新しく迎え入れたジムトレーナーはどうだ? だいぶ馴染んだんじゃないか?」
「ああまあな」
「どんな子なんだ?」
 ……ラナのことはあまり公にしていない。初めて会った時の彼女の格好――深くかぶったフードとサングラス――から何か事情があると思い、公式の発表では「新人のジムトレーナーが仲間に加わりました」とだけ発表をした。彼女の名前すら出していないが、深く突っ込まれることもなかった。
「どんな子……そうだなあ……」
 キバナは少し考え込んでから、うーんと背伸びをして答えた。

「ヌメルゴンみたいな子だな」
「ヌメルゴン?」
「ああ、本人は必死で話を聞いているんだが……三回ぐらい説明してやるとぱあっと顔が晴れる」
 そう言うと、ダンデはクスクスと笑い始めた。
「キバナ、お前は気に入った人間をすぐにドラゴンに例えるな。リョウタくんが入ってきたときもそうだった。はっはっは、ヌメルゴンか……可愛くてたまらないんだな」
「ああ、ジムトレーナーはみんな可愛いんだよ」
 別にドラゴンに例えることは普通だと思うけどなあ、とキバナは思った。


◇◇◇


「ギガイアスのとくせい“すなおこし”ですなあらしになる、そうなるといわタイプはどうなる?」
「えっと、とくぼうが高くなる!」
「そうだな、それですなあらしの最大の特徴は?」
「えっとですね……じめん、いわ、はがねタイプ以外のポケモンは、ターンの後にダメージを受ける」
「そうだ、どんなに強いポケモンも一定数ダメージを受ける。それがいいんだ」
 と言ってキバナさんはさらに詳しく説明してくれた。
「まず、ポケモンのわざってのにはある程度決まった威力があるんだが、その威力はポケモンたちのその日のコンディションや相手の防御力によって左右される。それに、実戦なら多少避けられただけでも十分な威力が発揮できなくなる」
 つまり少しだけ、運の要素が入ってくる……ということだ。ポケモン同士の相性だってあるし、基本的に狙ったわざが必ず狙った通りの効果を出すとは限らない。その時の保険としてもすなあらしが有効なのだ。
「でもそのマックスの威力より削られてしまっても、すなあらしのダメージでカバーできる。“すなおこし”なら五ターンの間すなあらしになるが、サダイジャの“すなはき”ならその後も攻撃を受けるたびにすなあらしに出来るっていう良さがあるな」
「へえ〜」
「だが、ラナのポケモンたちは“すなかき”や“すながくれ”じゃないから、そこまで継続的なすなあらしに拘らなくてもいいんじゃないか。どちらかというと、その間にすなあらしを目隠しにしてサイホーンで決着をつける、もしくはガメノデスで相手に近づいていくっていうのがいいだろう」
「ほ〜」
 私は一生懸命返事をしたのだけれど、キバナさんに頭を優しく撫でられた。そして、キバナさんは背の低い私の顔を覗き込んで、ニコッと笑った。
「もう一回説明するな」
「お願いします」
「いや、オレさまもちょっと詰め込みすぎたわ。悪い悪い」
 キバナさんは「やっぱ書く方が理解しやすいよな」といって、ノートを取り出してペンを走らせた。


「キバナ様、すなあらしのことになると、ちょっと熱弁しちゃうんですよね。それだけ、普段から天候の中でも特に考察しているってことなんですけど」
「あはは……私がお話半分も分からなくて、情けないです」
「そんなことないよ。ラナちゃんはいつも一生懸命頑張ってるんだから、少しずつわかっていけるようになるよ」
「はい、ありがとうございます」
 私はヒトミさんと一緒にナックルスタジアムを出てお買い物をしていた。お買い物と言っても、ポケモンたちのお世話に必要なご飯やシート、ブラシといったものを自分たちの目で選んでこい、というこれも勉強の一環なのだ。その都度新しいものが出るので、知識をつけて比較していくことが大切なのだという。
「ナックルシティでの生活に、少し離れた?」
「はい。遅くまで空いてるスーパーがあって助かりました!」
「……夜遅く出歩く時は、ポケモンと一緒にね」
「はい、ボールから出してます」
 サイホーンもいいけれど、キバナさんにはガメノデスをお勧めされたので、夜にどうしても出歩かないといけない時はガメノデスと一緒に歩いている。ガメノデスはカメテテの頃お散歩できなかった分、進化してたくさん歩けるようになったのが嬉しいようで、いつもニコニコして私の後ろをついてくる。今日はサイホーンも一緒にお出かけなので、途中で「サイサイ」と楽しそうな声が聞こえた。
 そうして、買い物を済ませて荷物を抱えて歩いていたところ、前方に大きく転んでしまった。
「大丈夫、ラナちゃん!?」
「大丈夫です……いたた……」
 後ろからガメノデスがヨイショと持ち上げてくれたので、小さい子よろしくパンパンと砂埃を叩いた。幸い怪我もなかったため、大丈夫ですとヒトミさんに伝えると、ヒトミさんが思い詰めたような顔でサングラスを渡してくれた。あっいけない、転んだ拍子に落としてしまったようだ。お礼を言いながらかけ直したのだが、そういえば、誰にもこのサングラスのことを責められない。……みんな優しい、普通は目が見えないと表情が見えないと責められてしまうのだけれど。何かみんな、私に事情があると思って何も言わないでいてくれるのかもしれない。
 それでも、サングラスをつけるのが少し遅かったらしく、私はついに見つかってしまった。

「シルクちゃん!? もしかして、シルクちゃんなの!?」
「違います! 人違いです!!」
「でも、シルクちゃんだよね!?」
「だから違います〜!」
 そうは言ったのだけれど、ナックルシティは観光地としても有名で、カロスの人間が多かったのだろう。私たちはすぐに取り囲まれてしまった。
「シルクちゃん、ずっといないって聞いて心配してたよ!」
「シルクちゃん、ずっと応援していました。サインください!」
「シルクちゃん、握手して〜」
 人違いだとどれだけ言っても、私たちはその場から動けなかった。
「すみません! 通してください!」
 ヒトミさんが強い口調で言うけれど、人は動かない。ヒトミさんはキバナさんが取り囲まれたときにこうしているのだろうなあ、思った。明らかに慣れている。

「サイ!」
 そんな状況から、声を上げたのはサイホーンだった。何度か後ろ足で地面を蹴った後、勢いよく走り出した。「危ない」と言いながら人が避けてくれたおかげで、なんとかまっすぐに道が開けた。
「ラナちゃん! サイホーンの後に!!」
「はい!!」
 荷物を抱え直して、サイホーンが開けてくれた道を突き進む。サイホーンはとまることなくまっすぐと目的地まで走っていって。
 そして、何かにつまづくように倒れてしまった。
「サイホーン!!」
 私が叫んだけれど、サイホーンは動かない。


 思考が止まる。時間が止まる。ゆっくり、ゆっくりと世界が真っ黒になっていく。


「サイホーン!!」
 駆け寄ると、サイホーンは倒れていた。足をくじいてしまったのか、腫れているように見える。サイホーンは外殻というか体の周りは硬いのだが、くじいてしまうと痛い。その怪我の結果によっては……

「ラナちゃん、サイホーンをボールに戻してあげて! そして、スタジアムの中に入ろう? それですぐにポケモンセンターに行こう!」
「……はい!」
 ヒトミさんがいてくれてよかった。

 そうでなければきっと、私はまた、また。


◇◇◇


 私がまた表に出ると、騒ぎになってしまうかもしれないということで、ヒトミさんが私の代わりにサイホーンをポケモンセンターに連れて行ってくれた。
「サイ!」
「サイホーン、ちょっと足を捻っただけみたい。ジョーイさんが言うには、石畳の上を勢いよく走ったから、何かに爪が引っかかったのかもって。何日か安静にしていれば大丈夫って!」
「良かった」
 そのヒトミさんの言葉を聞いて、私はその場で崩れ落ちた。良かった、良かった、サイホーンに何もなくて良かった。
「良かった、サイホーン。良かった……ごめんね、私のせいで、ごめんね……」
「サイサイ」
 違う、そう言ってくれたような気がした。サイホーンは私の顔を舐めてくれた。もう大丈夫だよ、と言いたかったのだろう。


 ことの次第をキバナさんに話したところ、キバナさんは「二人に怪我がなくて良かった」と言った後にサイホーンを撫でてねぎらっていた。
「ラナがその、シルクっていうやつに間違えられて囲まれてしまったんだな?」
「はい、そうです」
「そうか……」
 そう言ったきり、キバナさんは何やら考え込んでいるようだった。
 やっぱり、シルクの知名度は高いんだな、とこんなところで凄さを感じてしまった。それもそうだ、シルクは現カロスクイーンで、今は行方不明だとネットのニュースに流れているらしい。ロトムに教えてもらってびっくりした。脳裏に、スポットライトに照らされたシルクの姿が映って……そして泣きたくなった。
 全部私のせいだ、今回も私のせいで、サイホーンは……。私はまた、サイホーンに……。
 と黙っていることしかできなかった。本当は、キバナさんたちみんなにシルクのこと、私のことを話してしまいたいけれど、それはできない。
 
 ふと視線をあげると、キバナさんと目があった。キバナさんは心配そうにこちらを覗き込んだ後、いつものように目尻を下げてにっこり笑ってから、私の頭を優しく撫でた。
「言えないことなら、無理して言わなくていい。人にはいくらだって言えないこと、言いたくないこと……いろんな事情を抱えてるもんだ。それを聞き出そうとは思わねーよ」
「でも」
「大丈夫。とりあえず、お前のことはちゃんと守るから安心しろ」
 そう言った後に、キバナさんはジムトレーナーみんなで「がおー」のポーズをして写真を撮ろうと言い出した。私はサングラスをしようとしたけれど、キバナさんに止められて、はいにっこり笑顔でと言われて写真を撮った。
「よしこれでOK」
 ナックルジムの公式アカウントに、私の顔が載った写真が初めて公開された。

「これで、ラナはナックルのジムトレーナーだって紹介しといたから、今後はお前じゃなくてオレさまに来るはずだ。オレさまが上司だからな」
「……そんな、私、キバナさんに迷惑を!」
 そういうと、キバナさんがまた私の頭を撫でてから、真剣な眼差しでこう言った。
「それは違う。ナックルジムの仲間を守るのは、オレさまにとっても、ここにいる誰にとっても当たり前のことだ。迷惑なんかじゃない」

 そう優しく微笑んでくれた。

 そして翌日から、ナックルスタジアムの前には「カロスクイーン・シルク」の行方を探す人々が連日詰めかけることになるのだが、そこはスタッフさんが対処してくれていた。
「いいんだよ、オレさまが負けた翌日とかもこんな感じだから。みんな慣れてるって」
 キバナさんはいつもの笑顔を浮かべていて……それは強がりでも、見せかけの優しさでもないことに私は気がついて。

 泣くよりも、笑ってお礼を言えるようになりたいと、もっと強くなりたいと思った。



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Atorium