何もかも、私が弱いせいだった

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この話は珍しくシリアスでオリキャラ乱舞です。苦手な方は注意





 キバナさんやナックルスタジアムの皆さんは優しくて、本当に私は出会えて良かったと思った。みんな、何も聞かずに私のことを受け入れてくれた。
 ソイお兄さんの言葉を思い出す。
『ラナがダメってわけじゃない。ただ、この場所がラナにとっては息苦しいだけなんだ。お前の良さをわかってくれる人に必ず会える』
 

「……ソイお兄さん、ありがとうございます」
 言われた通りだった。私はカロスにずっといるだけじゃ、きっと呼吸ができなくなって、苦しい思いをするだけだっただろう。
 ガラルに来てバトルのことを勉強したのもそうだが、本当に変わったなあと思う。大好きなカロスを、大嫌いになってしまうところだった。
「少しずつ、成長できてるはずだよね。きっとそうしたら」

 新しい夢を見つけられるはず。……はずなのだ。


 翌日、ノックをしてから入ると、応接室にはもう先客がいた。
「キバナさん」
 クルスと約束した時間よりも何時間も前なのに、キバナさんはその部屋でスマホをいじって調べ物をしていたらしい。話しかけると、どうした? といつもの調子で優しく話しかけてくれた。
「キバナさん、やっぱり話をさせてください。……長くなっちゃうけど、私がなんでガラルに来たのか、聞いてくれませんか?」
 意を決してそう伝えると、キバナさんは優しく微笑んで「もちろん」と答えてくれた。




「私は、クルスのことを本当に尊敬しているんです。クルスは私よりも器用で、頭が良くて、みんなとも仲良くできる人気者で、バトルも強くって……私はどっちかって言うとドジでぼんやりしていたので、クルスはいっつも私の手を引っ張って、前を歩いてくれました」
 クルスは私よりも自分が好きで、なんでも出来てしまうのだ。クルスはすごい、私もそんなクルスが大好きだ。
 ずっと一緒にいた双子は、最初のポケモンも一緒。でも私はサイホーンのままで、クルスの子はすでにドサイドンに進化している。

「アサメタウンで年の近い子達が一緒に旅立つことになったんですけど、そのみんなが旅に出る時、ずっとクルスの後ろをついてきた私は違う道を歩むことを決めました」
 そのことを、クルスがいまだに納得できていないことも、なんとなくわかっているつもりだ。
「へ〜、みんながってことは近所の子ども何人かで旅に出たのか」
「そうです、みんなは夢を探したり、ジムバッチを集めたり、トライポカロンだったり色々な夢を目指して旅に出たんですが……私は別れて、自分の夢のためにトレーニングの日々を送りました」
「それは……どんな夢か、聞いてもいいのか?」
「はい、大丈夫ですよ。私、サイホーンが大好きだから、プロのサイホーンレーサーになりたかったんです」
「……そうだったのか」

 溜めていたことを吐き出して、少しスッキリした。そうだ、私はサイホーンとともに走りたかった。
「サイホーンレースって、カロスで特にメジャーな……真っ直ぐ走るっていうレースだろ」
「そうです、サイホーンは真っ直ぐにしか走れないので、その荒ぶる背にのって早くゴールした方が勝ち。単純だけどサイホーンとの信頼やレーサーの技術、トレーニングがとても大切なんです」


 サイホーンは祖父がくれたポケモンだった。祖父と両親がサイホーンレースの大ファンで、あわゆくばこのまま将来サイホーンレーサーにならないかと私たち双子にそれぞれサイホーンをくれたのだ。
 私もクルスもサイホーンを大切に育てた。毎日毎日体をピカピカになるまで磨いて、ご飯を一緒に食べて、大切な相棒になった。私はそうして、祖父の思惑通りサイホーンレーサーになることを夢見るようになった。

 旅立ちのときにクルスは「トライポカロンに挑んで、ジムにも挑戦する」と言っていたけれど、私はそのままアサメタウンに残って本格的にサイホーンレーサーになるための訓練を積んだ。

「そして、私は初心者の大会で優勝したんです!」
「おお、すごいじゃねえか」
「えへへ! サイホーンが頑張ってくれたんですよ」
 
そして、私は少しばかりの自信を身につけたのだが……人生そうはうまくいかなかった。

「でも、その次のレースでサイホーンと一緒に大怪我をしてしまいました」
 
 そこから私の周囲は一変していった。


◇◇◇


 レースの終盤、ここさえ乗り切ればという大きな坂道。最初は上り坂だが、その後は下り坂。傾斜は緩やかだがスピードが出やすいため、ここをどう乗り切るかがレースの分かれ道だった。そこで、木の根に気が付かずサイホーンが転んで足を挫いてしまい、私はそのまま前に投げ出された。
 サイホーンの背中から振り落とされ、背中を地面に強く打ち付けられたため、一時的に呼吸ができなくなった。おそらく、強打によって肺が圧迫されたことや咄嗟の事故に対する不安感からだったのだろう。すぐにレースの運営が駆けつけてくれて、私はなんとか痛む身体を押さえて、上半身だけを起こした。
『サイホーンは?』
 首を巡らせ、必死になって私の大切な相棒を探すと、彼女は倒れていた。

 私はそのまま言葉を失って、サイホーンの名前を呼ぶことができなくなった。
 サイホーンは硬い皮膚で覆われたポケモンで、体重は百十キロをゆうに越える。そんなポケモンが「足」という要の部分を怪我してしまったのだ。自分の体で少しずつ弱って行くような、苦しそうなサイホーンの声が聞こえた。
 

 極度のストレスと疲労状態だったのだろう。私は一時的に眠ってしまい、その間に、スタッフさんが介護テントまで運んでくれた。幸い、私は背中を地面に叩きつけられた他には、あちこちが擦り切れるだけですんだため、せいぜい体のあちこちが痛い程度だ。
『サイホーンは!? サイホーンは!!?』
 ベッドに駆けつけてくれた両親に、まず聞いた言葉がそれだった。

『ジョーイさんは、「命に別状はないけど、リハビリの状況次第ではサイホーンはもう、レースをすることが難しいかも知れない」って』

 その言葉を聞いた時、目の前が真っ暗になった。正直、その後どうやって家に戻ったかとか、気がついたらそばでサイホーンが心配そうに見上げていたこととか、当時のことはあまりよく覚えていないのだ。




「……全部、私のせいだと思いました。木の根のことだって、騎手である私が気が付いて手綱で指示を出さなくちゃいけなかったのに、サイホーンに怪我をさせてしまいました。私もサイホーンも、大きな後遺症はなかったんですが、両親から『もうレースに出るのはやめてほしい。これ以上、どんな怪我をするのかと心配で見ていられないから』と何度も何度も頼まれてしまいました」
「……」
 キバナさんは口を開くことなく、苦しそうな表情をしたまま、黙って私の話を聞いてくれていた。

「それを無視して、レーサーでいられるほど私は強くなかった。……私は、サイホーンに乗れなくなってしまったんです」



 その後から、何度も夢を見た。
 サイホーンと一緒に真っ直ぐレースの道を走っていると、突然崖が現れてそのまま下へと落ちてしまう。その時の浮遊感や落下する感覚が、あの「事故の時」の感覚を思い出させて、ゾッとして飛び起きる。
 サイホーンと一緒に走っていたはずなのに、気がつけばどこか真っ暗な場所に私だけがいる。
 周囲の人に、サイホーンの怪我のことや今後について聞かれて、私が悪いと責め立てられる。

 そんな私の事故を知ったクルスは一度実家に戻ってきて、一緒に旅に行こうと誘ってくれた。
 クルスは「シルク」として順調に各地のトライポカロンで高成績を収め「新たなクイーンの誕生か」と世間を賑わせていた。
 せっかく、クルスとは違う、私にとっての夢の道を歩き始めたのに、結局私はクルスには敵わないのだなと思い知らされるようだった。
『ラナ、これからどうするんだ?』
 どうするかなんて、私が一番知りたかった。どうするべきなのか、私は何がしたいのか、私にはわからなかった。
『分からない……』
『じゃあ、オレと一緒に行こう。オレが側にいるから。これからも、二人で一緒に頑張ろう』
 クルスはそう言ってくれたけれど、ほんの少し想像するだけで「無理だ」と思った。
 無理だ、今の私では、少なくとも何も知らない顔でクルスの後ろをついて行くことはできない。

『分からない……分からないよ……、私、どうしたらいいのか分からないけど、それは無理だよ』
『じゃあどうしたいっていうんだ?』


『……少し、休ませて欲しい』


 その答えを何とか絞り出した頃には、サイホーンはリハビリを終えて、ジョーイさんに「もう一度レースに出ても大丈夫ですよ」と言って貰えた。しかし、一緒に来ていた母親が険しい顔をして否定した。
『私、幼い頃からラナがサイホーンが大好きで、本当の姉妹のように遊ぶ様子を微笑ましく見ていました。そんな二人が、あんなふうに怪我をするところなんて、私はもう見たくはないんです』
 そう言われて、ジョーイさんは言葉を濁した後、私にサイホーンのボールを渡してくれた。

『ラナ、サイホーンは元気になったけど、お願いだからもう二度とレースには出ないで。お母さんもお父さんも、もうあんな悲しい思いはしたくないの』
『…………そうなんだ』

 はい、と返事をすることができなかった。


 だってそれは、私が小さい頃から描き続けた夢をここで諦めろという意味の言葉だったから。


◇◇◇


 私は、サイホーンレーサーという夢を諦めるべきなんだろうなあ。
 そう考えていても、他に自分は何が向いているのかなんて、分からなかった。
 「シルク」は見事にカロスクイーンとして王座を手にした。
 私は新しい夢を探さなくてはいけなくなった。
 私とクルスは、一緒にサイホーンをもらってずっと大切にしてきた。二人でバトルの特訓をして、近所のソイお兄さんにも見てもらった。旅立つ前に「つのドリルは最強のわざだからなあ」なんて話して笑った双子の兄は、今やカロスでその名を知らぬ者はいないパフォーマーになった。

『でも私、サイホーンレーサー以外に向いていることなんて、あるのかな?』
『サイ?』
 私がブランコをゆらゆら漕いでいると、隣にいたサイホーンが首を傾げた。

『私、クルスより要領悪くて、ドジだけど……サイホーンレースより好きなことなんて、見つかるのかな?』

 サイホーンは脳みそが小さくて、走り出したのに「どうして走り出したのか」ということを忘れてしまうようなポケモンだ。私が言い放ったその言葉もちょっと難しかったのだろう。サイホーンは心配そうな顔で首を傾げてみせるだけだった。


 レーサーになる以外の夢が見つからない。でも、このままアサメタウン……ひいてはカロスにいると、いつも「シルク」の活躍が流れてきて、私はうつむきがちになって、何となくクルスと連絡を取ることもしなくなった。見た目だけはそっくりの双子だけど、何もかもが違う。シルクのことを両親は黙認していたのだが、そのことも「怪我をしないから」だったのだろうと思う。

『私、新しく夢を見つけなくちゃいけないのに……私には何もないの。私、自分が何に向いていて、何ができるのか分からない。ソイお兄さん、私、どうしたらいいかな?』
 ソイお兄さんだって、もう立派に会社勤めをしている社会人なのだ。いつまでも近所のよしみだからと迷惑をかけても良いわけないということは頭で理解していた。それでも、聞くことしかできなかった。私には何が向いている? どうすればいい? 私はどうしたらいい?
 そんな私の苦しみを聞いたソイお兄さんは、優しく微笑んでこういった。
『別に、なんかラナがダメってわけじゃない。ただ、この場所がラナにとっては息苦しいだけなんだ』
『この場所が……カロスがそう?』
『そう。だから、一度飛び出してみたら良いんじゃないか? 世界は広いんだ。だからさ、飛び込んでいけばお前の良さをわかってくれる人に必ず会える』

 ちょうどソイさんが窓を開け放ってくれたので、室内に心地よい風が吹いてきた。吐き出してしまった重苦しい空気が、少しずつ入れ換えられていくようだった。
 
『そうかな?』
『そうそう、だから一度旅に出たらいいさ。カロス以外にだっていろんな地方があるんだから』
 そう言って、ソイさんが見せてくれたのはマルヤクデという珍しいポケモンだった。カロスではなく、ガラルという地方のポケモンらしい。何でも、ソイさんのお友達がガラルでジムチャレンジをしたときに捕まえたヤクデをソイさんに譲ってくれたのだとか。ソイさんは以前からマルヤクデが大好きだったんだ、と教えてくれた。

『じゃあ私、旅に出ます。そうして、私がどうしたいのか、新しい夢を見つけたい!』
『うん、わかった。……言いづらいだろうから、クルスにはオレが会ったときに言っておくよ』
『ありがとうございます』

 飛行機に乗る前に立ち寄ったのは大都会、ミアレシティ。ミアレがカロスの中心部に位置するため、どうしても通ることになる。

 煌びやかな世界、華々しい功績。
 舞台を照らし出す無数の照明は、ただ一点に集約し、中心に立つ少女を際立たせた。
 少女の、輪郭に丸さが残る人形のように美しい顔は、まだ彼女が旅の途中であることと、未来への希望を象徴し、あとげない可愛らしさも感じられた。そんな容姿もまた、彼女の実力と共に語られ、観客を沸き上がらせる。彼女の世界を包み込むような優しい微笑みは、さらに洗練されてきらめきを増していた。世界は彼女のものと言わんばかりの、会場からの割れるような拍手は、鳴り止むことを知らない。

 ミアレシティの大画面には、そんなカロスクイーンの様子が映し出されていた。
 圧倒的な実力で果たされた、トライポカロン、マスタークラスの二連覇。今年度のマスタークラスも優勝すれば、前人未踏の三連覇という偉業となる。
 そのため少女は注目されており、彼女のポケビジョンは更新されるたびに週間ランキングで一位になる。今回もそのポケビジョンの紹介と共に、昨年の防衛戦の最後が映し出されていたのだ。


 私は、もうひとりの私クルスと生まれ育ったカロス地方に別れを告げた。
 振り返らないように、拳を強く握りしめた。
 フードを深く被って、サングラスをかけることも忘れない。
 
 さようなら、大好きな、美しく優しいカロス地方。
 こんな形で去りたくはなかったけれど、今の私にはこれがせいぜいである。皆にありがとうと、お礼を伝えることも出来ない。
 いるだけで、クルスのことを見つけてしまうからだなんて、最低な理由だった。何もかも、私が弱いことが理由だった。


 こうして、私は大事な相棒たち――ポケモンと共に旅に出た。


 いや、逃げるように、家出同然で私はガラルにやってきたのだ。






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Atorium