臆病な女の子が恋人のミクリさんに甘やかされる話

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診断メーカー幸せにしてあげて様より。お題「貴方は創作意欲がわいたら『こっそりおそろいのアクセサリーを身につけているミkリ夢』をかいてみましょう。幸せにしてあげてください。」





 私の恋人は有名人だ。それこそ、このホウエン地方では知らぬ人がいないぐらいの知名度で、誰もが彼の噂をするような有名人だ。
 ……まあ、それもそのはず。私の恋人はミクリさんだから。
 ミクリさんとお付き合いさせてもらうことになったのは、本当に偶然が重なった結果なので、とてもとても胸を張って恋人ですとは言えないのが私である。
 それに、昨今のSNSの炎上がめっちゃ怖い。ミクリさんのファンキャップと言われる、ゆったりと膨らんだ白い帽子の人を見るたびに「もし何かあって、私がこの人たちに悲しい顔をさせてしまったらどうしようか」と思うのだ。
 だからこそ、ミクリさんとお付き合いさせてもらっていることは、口が裂けても言えません!


「これ、センスが良いと思わない?」
「わあ、本当だ。素敵」
 ミクリさんが見せてくれた画面には、シルバーのリングに小さな緑色の石が埋め込まれたペアリングの画像が映し出されていた。石には詳しくないが、エメラルドだろうか、と検討をつけた。側面にゴールドも入っていて、シンプルながら目を引くスマートで可愛らしいデザインだが、デザインだが……ペアリングだ。
「良かったら、どうかなと思って」
 ミクリさんのその言葉を予想できなかった私ではないが、ぎくり、と固まってしまう。
 いや、ミクリさんの言葉の意味は理解している。つまり「恋人なんだしせっかくだから一緒にペアアクセサリーを身につけよう」という素敵なお誘いだ。ペアリングではあるけれど、シンプルなデザインの指輪だし、恋人だったら恥ずかしがらずに身につけたら良いと思う。
 恋人の名を告げていない友人もそんな話をした。をむしろ、恋人とお揃いの物もないのに、写真も秘密なの?」と彼女は笑って受け入れてくれた。
「……ごめんなさい」
「……そうか。気にしないで」
 そんなものを身につけて外出なんてしようものなら炎上する!!
 うっかりSNSに載せようものなら数年後に「匂わせ写真」になってしまうし、ミクリさんがメディアで露出した後になれば熱心なファンは持っているので、もうペアでも何でもない。
 その辺りの危機感がしっかりしていたというべきか、私は臆病者だというべきなのか、何度も贈り物を断っていたので、ミクリさんは寂しそうの微笑むだけだった。




「郵便でーす、受け取りのサインをお願いします」
 インターホン越しの声にあれ、と首を傾げた。
 私、何か通販で買い物したっけ。うまく思い出せない。
 とはいえ、私は結構忘れっぽくてうっかりしている性格なので、何ヶ月か前に予約したものが届いたのかもしれないな……と思い、扉を開けた。
「はーい、ええっと、荷物は」
「こちらです、貴金属とありますが……」
 貴金属、と眉をひそめてしまったが、送り主を見て、私は慌ててサインを書いた。


「この字、ミクリさんだよね?」
 リターンアドレスはいわゆる「局留め」になっていたのだが、私の住所が書かれたその字は細いけれど読みやすい、ミクリさんの字だった。自分の筆跡だから伝わるだろう、と出された荷物らしい。なるほど、局留めならどこかで情報が漏れてしまう可能性も低くはなる。私の弱虫は、そこまで彼に気を遣わせてしまったようだ。申し訳ない。
 小さな段ボールを開けると、ミクリさんの署名付きのメッセージカードが入っていた。間違いないようだ。
「貴金属……貴金属?」
 この前に見せてくれたペアリングだろうか、と思って恐る恐る箱を開けたが違う。

 細長い、目玉焼きのようなウロコがあしらわれた指輪だった。外側は黄色で、内側がオレンジ色。
 どこかで見たことがあるような色の組み合わせだけど、と首を傾げる。
 ううん、ジャラランガという別の地方のポケモンのウロコがそうだったような……と思い出した。
 鱗が重なり合って羽ばたいているかのようなデザインは、光のあたり方によって暖色の宝石たちが輝き、表情を変える。何度もうっとりしながら、くるくると回して指輪を見ていた。あまりにも素敵なデザインだったので、思わずブランド名も検索した。何でも、さまざまなポケモンの「ウロコ」そのものや、それらのデザインをあしらったアクセサリーを作っているらしい。

 そこではっと気がついた。
 贈られた趣旨はよくわからないが、まずは、ミクリさんにお礼を言うべきだ。
 ミクリさんは忙しいだろうから、と電話ではなくメールにして、足りない語彙力から絞り出すようにお礼の文章を書いた。
 文面はちょっと頭が悪そうだし、何度も同じ言葉を使っているけれど、気持ちが伝われば良いのだ。ミクリさんはそんなケチな人ではない……!! と自分を奮い立たせて、送信ボタンを押した。




(あっ、ミクリさんのインタビュー記事だ)
 フレンドリィショップに立ち寄った際、表紙の文字が目に入ってきて思わず足を止めた。
 さすがミクリさんだなあ、と私のことではないのに、なんだかとっても嬉しくなって、雑誌とお菓子を買ってから家に帰った。その日はどこか足取りも軽かった。

 ようし、と気合を入れて読み進めていくと、ミクリさんが座ったままこちらを見ている写真が掲載されていた。うわ、いくらする椅子なんだろうこれ、と豪華な装飾に目を奪われた。装飾の絢爛さもさることながら、それに負けないミクリさんが流石すぎる。きっと私が座ったら、ピントがぼやけたような写真になってしまうだろうが、椅子の細工が見事にミクリさんと調和しているのだ……とじっと見ていると。

「あっ?」
 バカっぽい、素っ頓狂な声を上げた。
 一人でよかったと背筋を凍らせてから、もう一度よく写真を見た。
「私の物と似てるけど違う、これは色違いの指輪だ?」
 ミクリさんは私が身につけている黄色とオレンジのウロコの指輪の色違い――外側がピンクで、内側が水色のミロカロスのウロコをイメージした指輪を身につけていた。

 色違い、ウロコ、もしかして……。

 私は急いで検索欄に「ミロカロス 色違い」と打ち込んで検索した。
 

「やっぱり、これ、ジャラランガじゃなくて『色違いミロカロス』のウロコだ!?」
 ジャラランガのものにしては薄長いな、と思っていたがデザインの都合だろうと深く考えなかった。違ったのだ、私がジャラランガのものだと思っていたそれは、ミロカロスのものだった。

 あまりの己の鈍さと衝撃の事実に固まっていると、着信音が響いた。画面を見ると、発信元はミクリさんだ。
「ミクリさん、あの、指輪」
『ああ、よかった。やっと気がついてくれたんだ』
「びっくりしました!!」
 説明してくれてもよかったのに、なんて言えば、「いたずらが成功した」といわんばかりの弾けるような笑い声が聞こえてきた。
『気を悪くしたのなら謝るよ、でも、君を喜ばせたくて。お店に頼んだんだ』
「とくちゅう……」
 語彙力がない常を送っているものの、それが普段にも増して何もない。人間、処理しきれない場面に出会うとオーバーヒートしてしまうのだと思う。
『それなら、君も気兼ねなく身につけられると思って。なかなか上手いことを考えただろう?』
「そ、そうですね……」
 私は何とかお礼を言ってから電話を切った。


 彼はいつも優しい。そして、人への思いやりがあって、他人を大切に、尊重し、その在り方を素晴らしいと美しいと賛美する人だ。
 そんな彼に自分は相応しいのかと、臆病に弱気になっていろんな言い訳を探す私を笑顔にする贈り物を選んでくれる人だ。

「私、ミクリさんに甘やかされてばっかりだなあ……」

 そう呟いたのも、自分が情けないと言いたかっただけなのに、思い返せばただの惚気だ。【fin.】




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