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 ティアリスは、イッシュ地方の出身でわざわざ仕事を求めてこちらに来たらしい。
 仕事を求めるだけで地方を跨ぐほどの移動が必要だったとは思えず、ワタルは彼女が話すまで深く聞かなかった。
 彼女は仕事熱心で、仕事中は普段の五割増し口が悪かった。
 上司にあたるワタルに平気で大声を飛ばすし、叱りつけるし、自分のペースでどんどん物事を進めていく。
 しかし、出来上がってみればワタルが
「入ってきたときにピカッとして、バチバチッと視線が集まって、バサッとマントで空気を変えたい」
 という曖昧な指示を見事にライトとスモーク、音響で実現させたものだったため、ワタルはもちろん他の四天王たちも見惚れた。
 彼女は確かに口は悪いが、とにかく仕事が出来る人間だとワタルは誇らしくなったし、彼女の才をを見抜けた自分はさすがだと思った。


「ワタルさんに雇われたことは、私にとっても都合が良かったんです」
「都合が良かった?」
「はいだって、ひとりでも許してもらえたから」
 これはワタルの希望でもある。
 そもそも、ポケモンは繊細だが、ドラゴンタイプは特にその傾向が強い。
 知らない人間が多人数いるよりも、ひとりだけの方がストレスを受けにくいし、ワタルもスタッフに自分の部屋を留まらせ続けることは苦手だ。
 そのため、新しい人間をひとりだけ、というのはワタルの希望でもあったのだ。

「……私の夢は、ポケウッドの演出家になることなんです。でも、諦めそうになっていました」
 それは一体どうして、そうワタルが続きを促せばティアリスは悲しそうに笑った。

「ずっと憧れていた監督に『君って、演出家こっちの才能無いよね』って言われちゃって」


 そうして少しずつ、ティアリスはリーグに来る前のことを話し始めた。
 彼女はフキヨセシティの出身だ。
 フキヨセシティは空輸で栄えているらしく、彼女の両親もポケモンと共に空を飛んでイッシュ地方のあらゆるものを運んでいるという。

 幼い彼女はある時、両親の仕事先の大きい劇場で舞台を見せてもらった。
「みんなが舞台の内容や、演技に夢中になっている中――私はずっと照明を見ていました。ライトの動きを飽きもせず目で追いかけていたんです。終わってからもずっと演出の話ばかりしてしまって……それが舞台との出逢いでした」
 そこから彼女は舞台演出にのめり込んでいき、演者の視線を知るために自身も舞台に立ったこともあったという。
「でも、私はやっぱり、人やポケモンを照らす方に興味があって。裏方に回りたいと思うばかりでした」
 そこから舞台の裏方や演出について学べる専門学校に行き、本格的に演出家としての道を歩み出した。
 学生の期間中に演出した舞台は評価が高かったが、ティアリスは就職がなかなか決まらず、また同級生はスカウトやコネで就職が決まる中、彼女は取り残されていった。

 そしてある日、彼女は自分が憧れていた映画監督の指揮する、映画制作のスタッフ募集に食らいついた。
 そして、面接の時に言われたのだ。

『君ってさ、人と関わることに向いてないんだよね。言葉がキツイし、なんていうの。チームワークに向いてない』

 ……その言葉を言った者に、ワタルは、はかいこうせんを指示したくなった。
 何気なく、アドバイスのつもりと言わんばかりに放たれたその一言は、彼女が一度夢を諦めるのに、あまりにも十分な言葉だった。
 ティアレスは尊敬していたポケウッドの監督にそう言われたことをきっかけに、一度深く落ち込み、ポケウッドでの就職を諦めた。
 もう一度自分を鍛え上げ見つめ直そうと、彼女はイッシュ地方を出ることにしたらしい。

「舞台を作る上で、一番必要なものは『チームワーク』です。仲間との協力。相手を思いやる心……それが私には足りない。だからいつもメンバーとの間に溝が出来ては、浮いてしまう。……こうしてポケモンたちが手伝ってくれなければ、私は何もすることができない」
 彼女はそう言って、ワタルが見たこともないほど悲しい顔をして俯いた。

 ティアリスは、確かに言葉が厳しい。しかし、それは彼女にとって命令ではなく、ただの指示だ。言葉が厳しくなることだって、それだけ真剣に取り組み、向き合っているからだ。
 彼女が作り上げたものを見ればそうだとわかるけれど、確かに、彼女の才能を信じなければ独りよがりに見えるのだろう。

「そうやって、言いたいことを言うだけの人間は、確かに演出家では無いんです。まあ元々、舞台作る人間の中でも、あれこれ口出す演出家なんて一番の嫌われ者だし、周囲と喧嘩するのも当たり前だし、そうやってぶつかりあうからこそいい物ができるんですけど……でも、独りよがりなら、それは演出家ではなく『ダメ出し屋』です」
 とても苦しそうに俯きながら、バチュルを撫でる彼女に、ワタルはかける言葉を見つけられなかった。
 ワタルは舞台のことをあれこれ知っているわけでは無いし、気の利いた言葉をかけられるほど器用でも無い。

 それがとても、辛かった。



「で、やっぱりここのライトを変えたくてな。もっとズバーーンと、スッと入ってくるような。光線が降り注ぐようにしたいんだ!!」
「はあ……じゃあスモークを入れましょう」
「スモークはいらないかな」
 そうワタルがいうと、ティアリスは思い切り眉をひそめた。これは呆れ果てている顔だと分かったが、煙を使うというのもワタルはよく分からず、ライトの位置を変えるように話を終わらせた。
「じゃあ今日は仕込みのやり直しですね」
 そう言って、上のセットを下ろすところから始めた。一つ変えるのにこんなに手間暇がかかることも、ワタルは知らなかった。

『マイクどうですかー?』
 そう彼女に聞かれて、ワタルはポンポンとマイクを叩いた。
「ああ大丈夫」
『こらーーーー!! マイクは膜なんですよ!! 鼓膜と一緒!! 叩いたら絶対ダメ!!』
「すみません」
『指を立てて表面をくすぐるように確認する!!』
「ごめんなさい」
 ワタルは素直に謝った。


「……なんか、ライトの光線? が見えないんだが」
「そりゃスモーク入れてませんからね」

 言われたことをやっただけです、とティアリスは胸を張った。




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