煌びやかな世界、華々しい功績。
舞台を照らし出す無数の照明は、ただ一点に集約し、中心に立つ少女を際立たせた。
少女の、輪郭に丸さが残る人形のように美しい顔は、まだ彼女が旅の途中であることと、未来への希望を象徴し、あとげない可愛らしさも感じられた。そんな容姿もまた、彼女の実力と共に語られ、観客を沸き上がらせる。彼女の世界を包み込むような優しい微笑みは、さらに洗練されてきらめきを増していた。世界は彼女のものと言わんばかりの、会場からの割れるような拍手は、鳴り止むことを知らない。
ミアレシティの大画面には、そんなカロスクイーンの様子が映し出されていた。
圧倒的な実力で果たされた、トライポカロン、マスタークラスの二連覇。今年度のマスタークラスも優勝すれば、前人未踏の三連覇という偉業となる。
そのため少女は注目されており、彼女のポケビジョンは更新されるたびに週間ランキングで一位になる。今回もそのポケビジョンの紹介と共に、昨年の防衛戦の最後が映し出されていたのだ。
私は、もうひとりの私と生まれ育ったカロス地方に別れを告げた。
振り返らないように、拳を強く握りしめた。
フードを深く被って、サングラスをかけることも忘れない。
さようなら、大好きな、美しく優しいカロス地方。
こんな形で去りたくはなかったけれど、今の私にはこれがせいぜいである。皆にありがとうと、お礼を伝えることも出来ない。
こうして、私は大事な相棒たち――ポケモンと共に旅に出た。
◇◇◇
「ここがワイルドエリアだーー!!」
「サイー!」
「ついに来たね、サイホーン! さあ、どこから行く?」
私が意気揚々と話しかけると、サイホーンも笑顔で頷いてくれた。
サイホーンは私の一番最初のポケモンで、アサメタウンにいた頃からずっと一緒だ。
今思えば、サイホーンを渡された時点で私の運命は決まっていたのだろうし、両親の思惑もあったのだろう。
サイホーンは色々な地方で育てられているが、頭が悪いのか一度走り出すと自分で止まることが出来ず、どうして走り出したのかも忘れてしまう。そんな真っ直ぐに進んでいくポケモンなので、人の仕事を手伝うのは無理だと言われている。
「サイホーン、あっちに砂漠があるみたいだよ。えーっと、砂丘っていうのかな? とにかく行ってみよう! サイホーンも砂遊び好きでしょ?」
「サイサイ!」
「よし、決まりだね」
私はそう言って、サイホーンと共に歩き始めた。
ワイルドエリアには様々なものがある。どこかのトレーナーが落としたきんのたま、進化の石はもちろん、きれいなすなやすいせいのかけら。落ちているものを拾って売ればそれなりにお小遣い稼ぎにもなるらしい。
サイホーンが見つけるたびに私に教えてくれたので、持ってきていた巾着の中身はサクサクと音がする魔法の袋になっていった。
「こっちこっち! ほらみてサイホーン」
「サイ?」
「あそこにおっきいラプラスが見えるよ、ほら下のところ」
「サイ」
ラプラスは珍しいポケモンなので、思わずスマホロトムでパシャリ。このスマホロトムは近所にいる機械工学が得意なお兄さんにもらったものだったりするので、カロスにいた頃から一緒だ。
「ロトム、砂丘にはどんなポケモンがいるの?」
「ヴィヴィッ! 天候にもよるけど、大型のジャラランガやフライゴンもいるロト」
「ドラゴンタイプばっかり!」
なんて笑っていれば、今日の天気はすなあらしなのでそれらのポケモンが観測できるかもしれないとのこと。私は胸を高鳴らせて歩いていった。
「わ〜〜!! あれがジャラランガ!! カロスにはいないから初めてみたね、サイホーン」
「サイサイ」
とても大きいドラゴンタイプのポケモンだった。ロトムの説明によると、ドラゴン・かくとうタイプらしい。なんだそれ、初めて聞いた!!
やっぱり、カロスにいるだけではわからないことはたくさんある。
……とその場を去ろうとしたところ、私は体を何者かに掴まれた!
「サイ!!」
サイホーンが叫んでくれたが間に合わない、後ろを見るように上半身を捻ると、私を掴んでいるポケモンはウォーグルだった。
ウォーグルは仲間のためならば自己を顧みずに戦うと言われる勇者のようなポケモンだ。荒っぽく血の気の多い性格をしているが、向かい傷が多いものは群の中で讃えられ、背中に傷が多いものは馬鹿にされると言う。そんなウォーグルが今私をつかんでいた。
「なっなっなっなんでえ〜〜〜〜!!?」
「グアアアー!!」
「離して〜〜〜〜〜〜!!!!」
「グアアアアアアア!!」
ウォーグルは何故だかわからないが、興奮状態にあるようだ。捕まえられている私が何を言っても、グアアとしか返ってこず、高度は増すばかり。このままウォーグルに離されたら私は死んでしまう!!
いやいやいや嫌だああああ!! まだ私は十一歳なの!! カロスをでてもっともっと旅をしたかったの!! イヤダイヤダ〜〜!!
「フライゴン、“はがねのつばさ”!!」
何かが私を抱きかかえていたウォーグルを掠め取ったらしい、その衝撃で私は宙に放り出された。
「うわおああああああああ!!」
人間、限界になるともう助けてとか「きゃあ」とか可愛い声は出てこない。出せる限りの大声といえば、野太い声になるのは自然の流れ。
だが、構えていた地面の衝撃はこず、私はふわりと何かに包まれる。
「怪我はないか!?」
「はい!」
それが、私の運命を変える出会いだったことは、間違いがない。
私はきっとこの人に会うために、旅をしていたのだろうと思う。
◇◇◇
ひとまずウォーグルから解放されて、お兄さんとお兄さんのフライゴンにじめんに下ろして貰った頃には、サイホーンがこちらに向かって走ってきていた。それを体で受け止める。そうしないと、サイホーンは自分で止まることが出来ず、またどうして走り出したかも分からなくなってしまうからだ。
心配をかけてごめんね、と撫でた。
「お前、ここはジムバッジを持ってないなら立ち入り禁止区域だぞ! ……その様子は知らなかったな、ということはガラルの人間じゃないな?」
名探偵なお兄さんに大人しく頷いて、私はホワイトフラッグ。
「はい、そうなんです」
トレーナーカードを見せると、へえ、とお兄さんはしげしげと見つめていた。
お兄さんは身長も二メートル近くあるらしいし、手も大きい。少し垂れ目気味なアイスブルーの瞳は見つめていると吸い込まれそうになるほど綺麗な色をしていて、「彼」を思い出された。
「へえ、カロスから。今はジムチャレンジの時期じゃあないが……観光か? ジムチャレンジの推薦状を持っているわけじゃないだろう?」
ガラルは観光名所がたくさんあるけれど、観光客はジムチャレンジにあわせてやってくるのがほとんどらしい。どうしてもジムチャレンジの時期以外は観光も含めオフシーズンになり、ガラルは力を蓄える時期に入る。そんな時期だからこそ私の少ないお小遣いでも来ることができたのだ。
「そうなんです、それであそこでジャラランガを観察していたらウォーグルに捕まっちゃって」
私がそう言うと、褐色のお兄さんは「それは違う」と言った。
「あれを見ろ」
褐色のお兄さんが指さした先に何かある。木の上をじいっと見ると、それはウォーグルの巣のようだ。
「今、生まれたばかりの子供を育てている時期なんだ。そんな時期に知らない人間がテリトリーに入ってきたら、警戒して、追い出そうとするのは当然だろう?」
「あっ……」
私はポケモンの観察に夢中になるうちに、ウォーグルたちのテリトリーに入ってしまったようだ。私の注意不足である。
「ウォーグルは仲間のためなら危険を顧みずに戦うポケモンだし、血の気も多いんだ。ワイルドエリア内なら特に気をつけるようにな」
「すみません……」
「オレさまや、ワイルドエリアを見回りしてる奴らだって毎回助けられるわけじゃないんだから、ポケモンたちを観察したい気持ちは十分にわかるが、今後は気をつけよう、な?」
「はい」
「誰だってそういう事はあるんだ。今回はたまたま、お前だったってだけだよ。オレさまだって昔、ワイルドエリアで怖い目にあった事はあるんだ。どうしても、そういう目に遭わないと人間必要以上には気をつけないもんだ」
私はお兄さんに注意をしてもらい、きちんと反省をした。お兄さんの言い方も説教というより、これは伝えなくてはいけないことなのでしっかり伝えるという感じで、素直に聞くことができた。
「そういえば、お兄さんは職員さんですか?」
私が気になって尋ねると、お兄さんは、いや、と首を横に振った。
「オレさま……のことを知らない!? オレさまはキバナ、ナックルスタジアムのジムリーダーだ」
「え……ジムリーダーなんですか!?」
知らなかった。それは申し訳ない、失礼だったと頭を下げると、お兄さん改めキバナさんはいいよと朗らかに笑った。
「そう、しかもガラル最強のジムリーダーだぜ」
「すごい!」
ジムリーダーといえば、その街を代表する強いトレーナーである。もちろん、バトルの腕前だけでなく、周囲から認められるだけの立派な人間性も必要だし、何かと注目を集めるためそのプレッシャーの中でも自分らしく戦える必要がある。おまけにガラルのジムというのはスタジアムを舞台にたくさんの観客の前でバトルをするのだ。とんでもないメンタルが必要になる。
私はここで出会ったのも何かの縁だと、覚悟を決めた。
「キバナさん、私のこと弟子にしてください!!」
「あっ、何?」
ものすごく困惑された。
「私、ラナと言います。カロス地方の、アサメタウンから来ました!」
「ほう」
「去年トレーナーになったばかりの新人トレーナーなんですけど、色々あって家族には内緒でガラルに来たんです」
「待ってくれ、それ、家出したってことか?」
まあ、そうとも捉えられると思う。
一応、もう十歳は超えているので家族に口出しをされなければならないほど小さくはないが、逃げるようにガラルに来た事は事実だ。そして、家族にはしばらく帰らないとだけ告げたことも事実である。近所のお兄さんには事情を説明してきたので誰にも言っていないわけではないけれど、心配はされているかもしれない。
その辺りのことを頑張ってキバナさんに説明したところ、まあ……と一応は納得してもらった。
「それで弟子っていうのはええっと、ジムトレーナーになりたいってことでいいのか?」
「そう、それです!」
「ああ〜……」
キバナさんは考え込んでいた。
「ああ、一応な。ジムトレーナーってそんなに人数拾えないんだよ。オレさまも“かげぶんしん”できるわけじゃないからな。だからすぐにええっと、ラナ、でいいか?」
「はい」
「ラナを簡単にはジムトレーナーにはしてやれないんだ」
当時、私はジムトレーナーというのがどのくらい大変で、そして難しいポジションなのか理解していなかった。おまけにキバナさんのナックルジムは特に人気で、毎年大勢の人間が応募してくる中から、とても厳しい試験を課していることも。
それでも、あの時キバナさんが私に無理だと言わなかったのは、「なんかただならぬ決意を感じたし、オレさまお前のことをなんも知らなかったんだよ。だから、勝手にダメだって決め付けるのは良くないと思ったんだ」と教えてもらった。
「普段は必ず試験をするんだが……まあこうして出会ったのも何かの縁だ。こうしよう」
そう言ってキバナさんはハイパーボールを私の目の前に出した。
「オレさまと今からバトルして、お前が勝ったらジムトレーナーにしてやるよ」
◇◇◇
「お願いします、キバナさん」
「おう、準備はできているぜ」
ワイルドエリアの片隅で、バトルが始まる。
キバナさんが繰り出したのは、見たことがないポケモンだったのですぐにロトムを取り出して、図鑑を見る。
ジュラルドン、ごうきんポケモン。はがね・ドラゴンタイプ。磨き上げた金属のようなからだは軽い上に硬いが錆びやすい……など、ロトムに説明されて私はぽかんと口を開けた。
「はがね・ドラゴンタイプなんているんだ……!!」
「そうだぜ、初めて見たのか?」
「はい!」
キバナさんは聞くとドラゴンタイプの使い手らしい。すごい、四天王ドラセナさんと一緒だ。
「お前も一番自慢のポケモンを出してくれ。それで一対一で戦おう。わかりやすいだろう?」
「はい、じゃあ私の相棒を!!」
そう言って私が繰り出したのはもちろん、私の最初のポケモンで、一番辛い時も楽しい時も一緒にいてくれたサイホーンだ。
「ほお、さっきのサイホーンだな」
「はい、お願いします」
こうして、バトルが始まった。
「ジュラルドン、“アイアンヘッド”!」
キバナさんの指示で、ジュラルドンがこちらに走り込んできた。ロトム図鑑の説明通り、とても体重が軽いのだろう。見た目よりも、ずっと速い動きだったが、私のサイホーンは早いのには慣れっこだ。
ジュラルドンがサイホーンの眼前まで走り込んできた。サイホーンははがねタイプが弱点。ジュラルドンはとても強いだろうし、一撃で致命傷になる、というのはトレーナー歴が浅い私でもわかった。
でも、キバナさんはもともと私が敵うはずもない、雲の上の人だ。だから、私もサイホーンも、自分が持っている実力以上のものを出さなければ、そもそも勝てるはずがない。
前に進むには勝つしかないのだ、この戦いは。
「サイホーン、“つのドリル”!!」
「!? よけろジュラルドン!!」
キバナさんの大声虚しく、ジュラルドンはその場に倒れた。
いちげきひっさつ。
このわざは最強の技だってお兄ちゃんが言ってた。
困ったらつのドリルで勝てるって。
倒れたジュラルドンにキバナさんは駆け寄り、私の方を見て首を振る。
「……オレさまの負けだな」
「わああ、勝った!! 勝ったよ、サイホーン!!」
私がそう言って飛び跳ねると、サイホーンは嬉しそうにすり寄ってきた。私がしゃがむと、私の頬を舐めてくれた。
こうして私は、ナックルジムのジムトレーナーになったのだ。