カメテテにお水をあげていたら進化したんです!

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「ナックルはもう観光したのか?」
「実は全然していないんです。先にワイルドエリアに行こうと思って通り過ぎちゃって」
「はは〜、なるほど。……そうだ、今から案内してやるよ。今日はちょうどオフなんだ」
 ワイルドエリアに入ったところ、偶然ウォーグルに連れ去られてキバナさんに助けてもらった私だが、色々あってジムトレーナーにしてもらった。
 これからもっと強くなって、新しい自分に出会いたいと思っていたため本当に嬉しい。
 そして、ジムトレーナーということでナックルシティにすむように〜とキバナさんに住居やら何やらのお世話をしてもらいながら、街を案内してもらった。重厚感のあるレンガの建物は一つの大きいお城のようで、街の中からだとわからないが、外から見ると大きな竜のように見えるらしい。

 また、ナックルスタジアムではジムリーダーということで責任者ということになっているらしいキバナさんだが、宝物庫という場所も管理しているのだという。
「そうだ、せっかくだし中まで入れてやるよ。オレさまがいないと見られない場所、興味あるだろ?」
「はい」
 とは言ったものの、実際、宝物庫の中にある国宝や重要文化財は私の知識ではわからないものが多かった。カロスの歴史なら多少はわかるのだけれど、なんてキバナさんに言い訳をしながら収蔵品を少しずつ教えてもらった。キバナさんがいないと入れないが、現チャンピオンも見たという英雄のタペストリーはなんだか貫禄を感じさせられた。
「これがガラルの英雄たちを描いたタペストリーだ。この前の、ムゲンダイナっていうポケモンやブラックナイト、その辺はわかるか?」
「いえ、なんか大変なことがあったとだけ。私、あんまりニュース見なくて」
「じゃあ少し教えておこう。ガラルに住むなら、いや、このナックルに住むなら必要な知識だ」
 そうしてキバナさんにたくさんのことを教えてもらったのだが、わかったのはキバナさんはただジムリーダーというだけでなく、とても賢くて様々な知識を持っている人だということである。そう素直に伝えて褒めると、キバナさんは大きな声で笑った。
「あー、サンキューな。この部屋はジムチャレンジの時にも使うんだが、今はオレさまたちしかいないし、まあ、大声出してもいいだろ。そうだな、どっちかっていうと、オレさまはなんでも出来るタイプだしなあ。それに、ナックルスタジアムを任される人間が、そしてひいては宝物庫の管理人がそれを『知りません』じゃあまずいだろう? いくらなんでも格好がつかない。だから後から必死になって覚えたことも多いんだ。元々持ってた知識だけじゃないってこと。オレさま、超がつく負けず嫌いなんでね」
 と、教えてもらい、キバナさんは元々出来がいい人間なのだろうが、努力の天才でもあるのだなと感心した。
「でもな、それはお前もだぞ」
「えっ?」
「何のためにオレさまが懇切丁寧こんせつていねいに教えてやったと思ってる? お前もこれからジムトレーナーなんだから、聞かれて『知りません』じゃないようにするために、勉強するんだぞ」
「ええええええ」
「ええ、じゃない。オレさま、そういうのもきちんとするタイプなんだ。バトルの成長に必要なのは、自分の体力やポケモンのトレーニングだけじゃない、トレーナー自身の洞察力や、常識にとらわれない、やわらか〜い頭が必要なんだよ」
 キバナさんは目尻を下げて笑いながら、自分の頭を人差し指でコツコツとさした。


◇◇◇


「はい、ここでラナだったらどうする?」
「つのドリルです!」
「おばか。つのドリル以外で考えるんだよ」
 キバナさんが私の頭を優しく撫でて、ホワイトボードを使ってもう一度説明してくれた。ホワイトボードには仮に「こういう場面だったら?」というのが書かれている。今は相手のフィールドにコータスとエレキテル、こちらにはサイホーンとサダイジャ……を表すマグネット。天候ははれ、どうすれば自分が有利な場面に持ってこられるか、という質問だった。これもジムトレーナーとしての勉強の一部らしく、ジムに迎え入れてもらってから行っている勉強だ。
「ここでリョウタだったらどうする?」
「そうですね、例えば――」
 と話が進んでいくのだけれど、気がついたのは、私はやっぱりバカなので単純な作戦しか思いつかないということだ。

 考えてばかりではない、ということで今日はポケモンを出して戦って、実際にキバナさんがアドバイスをくれることになった。
「今回はラナとヒトミだな、ヒトミ、ラナはまだ慣れてないからよろしく頼むぜ。だが、不要な手加減はしなくていい」
「はいわかりました、キバナさま」
 メガネをかけたヒトミさんは厳しそうに見えるけれど、優しい人だと私は知っている。何度も、手助けしてもらっているからだ。
「そういや、ラナ。お前ドラゴンタイプはもういいとして……他にポケモン持ってるか? 一応うちはドラゴンタイプでダブルバトルをするジムなんだが」
 これはジムトレーナーとして入るときに言われたのだが、ナックルのジムトレーナーだからといって必ずドラゴンタイプを育てなければいけないということではないらしい。もちろん、ジムチャレンジでチャレンジャーと戦わないなら、という前提ではあるのだが、キバナさんに「これからもサイホーンと一緒に戦いたい」と伝えたところ「わかった、じゃあサイホーンを軸にしたバトルにしような」と言われたのだ。
「持ってます。と言っても、私はポケモンふたりしかいないんですけど……」
 そう言って、ボールを投げる。
「出ておいで、ガメノデス!!」
「ガメノデス!?」
 キバナさんにびっくりされた。

「ガメノデス、お前、ガメノデス持ってんのか。オレさま、ルリナ以外のトレーナーでは久々に見たが、かっこいいじゃねえか! どんなやつなんだ、ガメノデスは」
 ガメノデスというポケモンについてではなく、この子の個性やどうやって出会ったのかについて聞かれているのだろう。
「ガメノデスは、カメテテの頃にうちに迷い込んできた子なんです。だからほら、顔の真ん中に大きな傷があって、昔からなんですよ」
 カメテテはみずタイプ。水を求めてさまよい歩いていたところ、うちの庭にあった池にたどり着いたようで、池の中に気がついたらいたのだ。どこから迷い込んできたのかは知らないが、それからは家族のようにして過ごしていた。
「へえ、そうだったのか。ガメノデスに進化させるのは大変だったんじゃないか? 結構進化に必要なレベルが高いからなあ、まあドラゴンの最終進化ほどではないけどよ」
 キバナさんはガメノデスは立派に育てられているな、と褒めながらそう聞いてくれた。
「いえ、実は毎日ジョウロでお水をあげていたら進化したんです!」
「ジョウロでお水をあげていただけじゃ進化しないとオレさま思います!」
「えっ! でも、毎日喜ぶから、お水あげていたんですよ」
「違うと思います!!」
「でも、他に何もしていないし……」
「何かしていたはずだぞ! そうじゃなけりゃ、カメテテが自分で鍛えていたんだろう」
 とキバナさんに訂正されてしまった。

 ヒトミさんとのバトルは私が勝った。
「なっ……どうして!!」
「やったあ、よくやったね、サイホーン!」
 ガメノデスもシェルブレードやストーンエッジ、クロスチョップを決めてくれたが、最後はサイホーンがつのドリルでジャランゴを倒してくれた。
「タイプ相性はどちらがとも言えなかったが、ガメノデスはいい動きをしていたな。サイホーンを見ながら、それでいてサイホーンの前にたたないように気を付けていた。ダブルバトルに慣れているのか?」
 そうキバナさんに聞かれた。確かに、サイホーンは真っ直ぐにしか走れないポケモンなので前に立つのは危ないだろう。それをガメノデスはよくわかっていて偉いと褒められたのだ。
「いえ、私、ダブルバトルは初めてだったのでなかなかうまくは……でもガメノデスが頑張ってくれました」
「そうか。よくやったな三人とも。ヒトミもポケモンたちも十分に立ち回れていたし、ちゃんと自分の得意を前面に出せていて良かったと思うぞ」
 そうキバナさんは好評してくれた。


「今回のジムトレーナー同士の模擬戦、実際に見てみてどうだった?」
「あっはい、天候を使ったバトルってこういうことだったんだ! ってわかりました」
「よし、上出来だな」
 キバナさんはフィールドの天候をポケモンたちに合わせてグルグルと変えながら、得意なフィールドを作ってその上で戦うという戦法をとっているらしく、ジムトレーナーたちも例に漏れずそのように教えられているらしい。ドラゴンとそれに合わせた天候、天候を作り出すだけでもかなり有利にそしてより動きやすくなるらしい。
「というわけで、ラナにも一匹何か天候を操るポケモンを選んでもらおうと思う。そうだな、サイホーンとガメノデスと相性が良いのはやっぱりすなあらしだろう。というわけで」
 そうキバナさんがスマホロトムの中からポケモンたちをスクロールして見せてくれた。
「こいつらがすなあらしを起こすとくせいを持ったポケモンなんだが、どいつがいい?」
 見せてもらったポケモンは、バンギラス、サダイジャ等など……。
「う〜〜ん、あっ、この子が可愛いです!!」
「可愛い……オレさま、お前の可愛いはよくわかんない」
「可愛いじゃないですか!?」
 こうして私はキバナさんに連れて行ってもらい、ギガイアスを捕まえた。このゴツゴツしたからだがとっても可愛い。サイホーンもそうだがこのゴツゴツの魅力がたまらないのに。分からないなんて、キバナさんは勿体ないなあと思った。


◇◇◇


「キバナ様、お忙しいところ失礼します」
 キバナが一人で仕事をしていたところに入ってきたのはヒトミだった。
「おう、どうしたんだヒトミ。何かあったか?」
 今日の模擬戦のことだろうか、と思ったが近からず遠からず。ヒトミは「ああ、今日の模擬戦負けちゃいました。まさかあそこでつのドリルを選択してくるなんて」と笑いながらも目線は下を向いていた。どうしたのだろう、と続きを促すと言いづらそうに話し始めた。
「実は、キバナ様に見ていただきたいものがありまして……」
「ああ、なんだ?」
 ヒトミが差し出したタブレット端末の画面は、カロスの記事を取り上げたニュースサイトを映していた。なぜカロス? と思ったが、そういえばラナの出身はカロスだ。彼女に関係することなのかもしれない。
「今まで、ラナさんってサングラスをかけていらっしゃいましたよね」
「そうだな、オレさまがあいつを拾った時もそうだった」
 白いフードを深く被り、色のついたサングラスをしていたので、目の色もわからなかった。人目のつかない宝物庫に入ったあたりでサングラスを取っ払ったのをみて、彼女がシフォンベージュの髪の毛をしていたことも、ガラスのように透き通った薄い青い瞳をしていたことも……その容姿が子役か何かかと思うほど整っていたこともキバナは気がつかなかった。そうか、これだけ目立つ容姿ならば警戒して隠していてもおかしくないと一瞬で理解し、キバナはそれ以上深く尋ねなかった。
 なぜ目立つ容姿とはいえ、そこまで隠しているのか、ということを。

「だから気がつかなかったんですが、今日のバトルでどうしても気になってしまって……これです」
「ええっと、去年の記事だな。……“トライポカロン、カロスクイーン・シルクが二連覇“……ってこれ」
「ラナさんにそっくりですよね」
 元々、ヒトミは他地方のポケモンコンテストやトライポカロンといった競技に興味があるのだという。トライポカロンはバトルではなく、ポケモンたちを着飾らせることや、一緒にお菓子を作ると言ったパフォーマンスによってポケモンとの絆を深めるというものらしい。投票は観客によって行われ、最も観客の心を掴んだものが優勝する。出るのは年若い女性トレーナーで、トライポカロンの頂点に立つものはカロスクイーンの称号を手にするらしい。
 そのカロスクイーンとして写っている「シルク」という少女がラナにそっくりなのだ。いや、これは身近で何度も彼女を見たキバナだからこそ言えるが、そっくりなんてレベルではない。ほとんど本人と言って差し支えないだろう。というかこれは、ラナなのでは?
「最初は顔が似ているだけかな、と思っていたので黙っていたんです。そういうそっくりさんもいるだろうし……と」
 ヒトミが次の記事を見せてくれた。そこにはシルクとともに、ガメノデスが写っている。
「これ、あいつのガメノデスだよな」
「傷跡が全く一緒なんですよね」
 顔の中央に大きな傷跡、ガメノデスはたくさんいるが、ここまで一致しているのなら違うガメノデスだとは言い難い。
「トライポカロンは人気パフォーマーになればなるほど、困ったファンも増えるとかで、偽名での登録も可能らしいんです」
 だから、名前は違うがこれはラナかもしれない。そう、ヒトミは言いたいのだろう。
「で、ラナがシルクだったらなんか気になることがあるのか?」
「そうなんです、それだけだったら私も『うわあ、シルクちゃんだ!』って終われたんですけど……」
「“カロスクイーン・シルク、失踪か?”……これ一週間前のニュースじゃねえか」
 つまり、ラナとキバナが出会った頃に発表された情報ということになる。

 記事を読んでいくと“カロスクイーン・シルクは三連覇を前に逃亡か?“、“三連覇に期待がかかっていたが、ポケビジョンの更新がなく、誰も彼女の行方を知らないという”など不安を煽るような記事が出てきた。
 そういえば、ラナもほぼ家で同然でカロスに来たと言っていたような、とキバナは思い出した。
「まあ、仮にだが……」
「はい」
「ラナがこのカロスクイーンだったとして、何か事情があってガラルに来たんだろう。それでオレさまと出会って、ここのジムトレーナーになった」
「そうですね」
「そこに問題はないよな」
「……はい! ラナちゃん、とっても素直でいい子で。だから、何か心配事があるのかなって不安になって……そこで偶然顔を見てシルクちゃんかもしれないって思って」
「うん、それでオレさまに相談して、どうしようかってことだったんだよな。そうだよな、近くに何か事情がありそうな、困ってそうな奴がいたら、普通放って置けないよな! さすがはヒトミだ」
 キバナはそうヒトミを褒めてから、簡単に自分の思いを口にした。

「あいつには何か事情があるのかもしれない、それはわからない。でもさ、ラナはもうオレさまたちの仲間なんだ。きっと何かあったら相談してくれるさ。その時までオレさまたちにできることは、見守ってやって、いつでも助けられるように準備しとくことだな」

 キバナの答えに、ヒトミは大きく頷いた。




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