「I have a bad feeling about this.」 33
出水君と別かれた後、作戦室まで戻るため歩いていた。
ヒュース君は試合でかなり目立っていたが、近界民とわかるような事はしていなかった。
実況、解説の3人も特に気になる事は言っていなかったし問題ないだろうと判断する。
真野隊の他のメンバーはまだ防衛任務中なのでそちらに行こうと思っていたが、連絡を取ったら、特に問題ないからのんびりしておくように依織さんに言われてしまった。
特に急ぎの用事もないし、作戦室で読書でもしてようかと考える。
すると目の前に三雲君と栞ちゃんの姿が見えた。今から玉狛に帰るところだろうか。
「おっ、「イヤな予感」といえばこの人!宮木先輩!」
栞ちゃんがそう話しかけてくる。
「なになに?どうしたの?2人とも試合お疲れ様。観覧席で見てたよ」
たしかに私はよく「嫌な予感がする」とは言っているが、人にそう言われると複雑だ。
あまり言わないように気をつけようと思った。
「ん?今度はアタシだ」
そう言って栞ちゃんは携帯を取り出した。電話のようだ。
「はいはいもしもーし……おつかれうってぃーどうしたの?」
相手は歌川君のようだ。
聞くのも悪いなと思い三雲君に話しかける。
「三雲君、玉狛の新人さんすごいね」
「あ、ありがとうございます」
「トリオン量びっくりしちゃった」
「はは……」
当たり障りのない事を話す。
ヒュース君のことを詳細に知っているということをここで話すべきではないからだ。
「え……?」
栞ちゃんの驚くような声に2人は顔を見合わせる。何かあったんだろうか。
「え!?……うん!うんわかったありがとう」
栞ちゃんはそう言って電話をきる。
深刻そうな表情だ。
まさしく今嫌な予感がした。
そうなると考えられるのは一つだ。
「栞ちゃん、今の電話ひょっとしてヒュース君の事?」
「……ひょっとして「嫌な予感」しました?」
「うん、ばっちり」
ハハッと乾いた笑いをする。
これは黙っている状況ではない。先程の自分の考えを即撤回する。やばい事になりそうだと冷や汗が出てきた。
また失敗してしまったかもしれない。
「ごめん、実は私もヒュース君の出身のことは知ってるんだ。忍田本部長の指示で周りにその事がバレないように動いてたんだけど、ダメだったみたいだね。だから私にも関わってくる事だから話して貰えるかな?」
「え、あの……」
三雲君は突然の私のカミングアウトに驚いたようだ。
栞ちゃんは納得が行ったようで話し出す。
「それが……実は今ラウンジで、C級隊員がヒュース君が近界民じゃないかって噂してる子がいるってきくっちーが聞いたって」
「C級の間で「ヒュースが近界民」の噂……それだ!」
三雲君がハッとする。
「僕の「嫌な予感」の正体はそれですよ!ヒュースが目立ちすぎるのが問題だったんです!だからどんなに試合がうまく運んでも「嫌な予感」が消えなかったんだ……!」
「確かに目立ちすぎてた……」
私はそこまで考えが及ばなかった。
入隊式の時も目立ってはいたが、そこから近界民だと噂が立たなかったので、油断していた。
「あ〜なるほど!たしかにデビュー戦で上位部隊相手に大活躍だもんね。近界民って噂が出たのは見た目と名前が外国風だから?玉狛支部が新・近界民派ってのも関係してるのかな?……でもどうしようか?噂してる子たちも確証があって言ってるわけじゃないと思うけど、このまま広がっちゃうとわかんないよね」
栞ちゃんが状況を整理する。
「ですね……」
「遠征選抜とかにも影響出るかな?遊真君まで疑われることはないと思いたいけど」
「やっぱり犬飼くんの事は気にせず、ランク戦室で見ておけばよかった……」
私は1人落ち込む。
ランク戦室ならC級隊員たちの動きや雑談も聞こえていたかもしれない。
そうしたらわかってたかも。いや、噂はどうしようもないかもしれない。
けれど自分のくだらない都合でまた忍田さんや隊のみんなに迷惑をかけるかもしれないと思い、顔色が悪くなりそうだった。いや、なっているかもしれない。
とりあえず忍田さんと依織さんに報告しなければと携帯を取り出す。
「……とにかくぼくちょっと行ってきます!宇佐美先輩はヒュースたちと連絡とってください!」
「うんわかった!」
三雲君が何かしようとしていた。それを止める。
「三雲君ごめん、私のせいだ。私のほうでなんとかするから」
申し訳ない気持ちでいっぱいになる。また三雲君にも迷惑をかけてしまった。
「いえ、宮木先輩、僕の責任です。僕の隊の隊員ですから」
そう断言して三雲君は走っていってしまった。
「……三雲君、カッコいいね」
思わずぽつりという。見た目に反して漢気あふれていた。
「そうでしょう、そうでしょう。うちの子達はみんな出来る子ですよ」
栞ちゃんは嬉しそうに頷いていた。
「はい、わかりました。忍田本部長申し訳ありません……はい、失礼します」
栞ちゃんと別れた後作戦室に戻り、ざっと電話で忍田さんに経緯を説明した。
「それは仕方がない事だ。君の責任ではない」
忍田さんはそうやってフォローしてくれたが、気持ちは落ち込んでいた。
自分の不手際による今回の事態だと言っても過言ではない。
忍田さんと依織さんが信頼して自分に任せてくれたというのに。
しばらく落ち込んで机に突っ伏していたところ、電話がなる。
忍田さんからで慌てて電話を取った。
「はい、宮木です」
「忍田だ。対処は根付メディア対策室長が行う事になった。君も根付室長から指示があるはずだ。すぐに彼のところに行ってくれ」
噂になった時点で情報統制が必要になる。当然の対応だ。
「わかりました、すぐに向かいます」
そういうと、電話を終えた。
依織さんには忍田さんから伝えておくと言われたのですぐに根付さんのところに向かうことにした。
根付さんは以前から少し苦手な所がある。会うことに憂鬱な気持ちだったが、仕方ないと足を進める。
メディア対策室に行き、根付室長の部屋をノックする。
「真野隊宮木です、入ります」
「どうぞ」
入ると根付さんだけではなく、風間さんもいた。
恐らく菊地原君が聞いた噂について報告しにきたのだろう。
風間さんと目があったので会釈をする。
風間さんは遠征経験者なのでヒュース君が近界民だというのは、クローニン班長と同じ苗字という時点で気づいたはずだ。同じ隊の菊地原君と歌川君もそうだろう。
私は遠征経験はないがクローニン班長の素性は訳あって知っていた。
「ちょうど今、風間隊長から先程の件の報告を受けていた所だよ」
「はい、私の不手際で申し訳ありません」
すぐに頭を下げる。
「いや、君がどうこうできる話ではない。気にしなくていい」
意外なことに根付さんからもフォローする言葉をかけられた。
「ただ、忍田君もあらかじめ私に教えてくれれば良かったんだが……」
「……」
何も言えずにいた。
きっと忍田さんと依織さんの独断で決めたことなのだろう。あの2人は時々無茶苦茶な事をする。
「それで、今回の件は噂の上書きで対処する事にする」
「と、言いますと?」
根付さんの話に風間さんが聞き返す。
「そうだね、「玉狛第二のヒュース隊員は玉狛支部のエンジニア・クローニン班長の親戚で、極めて高いトリオン能力を持っていたためスカウトされた」といった感じかな」
「いいと思います」
「はい、自然です」
風間さんと二人で頷く。
「「数年前から玉狛支部で訓練を受けており、迅隊員が抜けた玉狛第一に配属される予定だったが、迅隊員がA級へ出戻ったため、スライドして玉狛第二に編入された」で行こう」
根付さんの作った噂は完璧だった。
「その噂は誰から流す予定ですか?出来れば隊員でも上の方が望ましいですね」
風間さんが訊ねる。
「そうだね、東隊長にお願いしようと思う」
「信憑性としては申し分ありません」
風間さんは根付さんの考えに賛同する。
「私もそう思います」
東さんであればみんなからの信頼も厚く、疑われるような事はないだろう。流石根付さんだ。
この短時間で対策は完璧にしてある。
しかしここから何やら話しがおかしくなる。
「あとはC隊員が乗りそうな別の話題を作ってやればいい。そこで宮木隊員、君だ」
「……はい?」
根付さんの真面目な表情が一転、やや楽しそうな顔になったのを私は見落とさなかった。
「今、C級隊員にこんな写真が出回ってるのは知ってるかね?」
根付さんが私と風間さんに一枚の紙を渡してきた。
そこには私が写っていた。
「え……なんで……?」
先日の入隊式で着たC級隊服姿の私が写っている。
しかも前に太刀川さんに撮られた写真とは違うアングルで撮られていた。目線が合っていない。
「とっ、盗撮……!」
「すでにこれがC級の間では真野隊の宮木隊員に似ている、と話題になってるよ」
撮られていることに全く気づかなかった。自分は気付かぬうちにとんだヘマをやらかしていたようだ。
顔を青くする。
「これは自分も知っています。別の写真ですが、送られてきました」
風間さんが横でそう根付に話す。
「え……風間さんも?」
「かなりの数の正隊員がこの写真を知っているようです。ただ、こちらは宮木だと知られていますが」
「そうだろうね……わかる人が見たらわかる。私もすぐにわかった」
かなりの数の、正隊員?
その言葉が気になった。
「そこで、こんな企画をメディア対策室で前々から考えてしていたんだが、いい機会だからやろうと思う。もちろん宮木君の協力が必須だ」
根付さんがまた紙を渡してきた。今度はホチキス止めの書類でなかなか厚みがある。
表紙をさらっと見て驚いた。
「真野隊……写真集……!?」
ここにいる2人が自分より上の立場の人間である事を忘れて叫んでしまう。
「なっなっなんですか!?これ!?」
「何も、見ての通りだよ」
「真野隊は人気がありますから、問題ないと思います。話題作りにはうってつけかと」
風間さんは横で黙々と書類を読み、そう話す。
「そうだろう?真野隊は以前からボーダー内外から人気がある。以前に広報誌に真野隊が乗った時は重版もかかってすごい売り上げだったのは周知の事実だ」
「……」
それは私も知っている。
そして広報誌に第二弾を載せたいという根付さんの話を依織さんが断った事も。
「そこで、今回真野隊の写真集を作る。そうすれば「宮木隊員がこの間してた格好は撮影のためのものだった」という噂が流せる。君にも悪い話じゃないだろう?」
「写真集を作るって言うのも噂じゃダメなんですか?」
「噂じゃだめだ。そこは作らないと」
「何故ですか……」
根付さんがやはり若干楽しそうな顔をしているのは気のせいではないはずだ。
しかも短時間で書いたとは思えないこの書類もとい企画書。絶対以前から温めておいたものだ。
根付さんが私に対して普段より優しい気がしたのはこのためだったのかと気づく。
「真野君には以前素気無く断られたが、今回はそうはいかんぞ……なんせ忍田本部長の了解も得られている」
根付さんは握り拳を作って、燃えていた。
なにやら情熱を持ってこれに取り組もうとしているのがわかる。
これは忍田さんが今回のヒュース君の件で根付さんの協力を得るために真野隊を売ったのではないか。
「という事だ。こういう明るい話題も一緒に流せば問題なく収まるだろう」
「わかりました」
風間さんはすんなり受け入れた。
「宮木君もいいかね?」
「……はい」
忍田さんから了承を得ているのであれば自分は何もいう事はない。
自分ができることは何でもしようと思う。
ただ、隊のメンバーに怒られる事は覚悟した。依織さんとカンナはいいが、頼さんとまことは嫌がりそうだ。
「ヒュース隊員の件については、三雲隊長と東隊長に話をしてから改めて通達を行うよ」
「「了解しました」」
そう言って風間さんと2人一緒に部屋を出た。
風間さんはそのまま作戦室に戻るようでしばらく一緒に横を歩く。
「宮木災難だったな」
風間さんはそう言って労ってくれる。
相変わらず出来た人だ。
「いえ、元はと言えば私のミスですから」
「そもそも何故宮木にそんな裏で動く事を頼むんだ。真野の人選ミスだろう。お前は良くも悪くも人目をひく。それは真野もわかっているはずだ」
「……そうですか?」
風間さんの考えに驚く。真野隊で一番目立ちにくいのは自分で、それで依織さんが選んだと思ったからだ。
「私そんな目立ちませんよ……?」
実際知名度がなく、新隊員に間違われた事もあった。それは風間さんもよく知っているはず。
「あ、そういえば風間さんなんで写真知ってたんですか?……誰から送られてきました?」
先ほどから気になっていた事を聞く
「……太刀川だ」
「また太刀川さん……!」
太刀川さんは全然人の言う事をやはり聞いていなかった。悪用しまくりではないか。
「ちなみに誰かに送ったりしてませんよね?」
ふと聞いてみる。
「……」
風間さんは黙った。
「送ったんですね?」
「……同い年の奴らだ」
これは酷い。絶望した。
「だが諏訪はもう知ってたぞ」
「それフォローになってないです!」
諏訪さんが写真を入手したルートを探し出す必要がある。
「諦めろ。こう言う事はすぐに噂になる」
そう、ボーダーの隊員は学生がほとんどだ。そうなると面白い話題はすぐに共有される。
「写真集も意味わかんないですし」
「あれはただ根付さんがやりたかっただけだろう」
「やっぱり!?おかしいと思ったんですよ!」
風間さんの話に前のめりで頷く。
「まあお前の話もだいぶC級で噂になってると菊地原が言っていた」
「そうですか……」
菊地原君は聞きたくもない話を拾ってしまったのだろう、申し訳ない気持ちだった。
風間さんと別れて、真野隊の作戦室に戻った。
そこにはすでに防衛任務から戻ったメンバーがおり、私の帰りを待っていたようだった。
「おかえり尚美」
依織さんに声をかけられる。
「戻りました。防衛任務ありがとうございます」
そう言って、自分の定位置に行こうとする。
なんと話したら良いのだろう。みんなにまた迷惑をかけてしまった。
根付さんや風間さんの前では何とも思ってない風を装っていたが、足元がぐらぐらと崩れそうな思いだった。
呆れられたら、隊をまたやめろと言われたら。
「尚美先輩〜何飲みます?」
「お菓子ありますよ!」
まこととカンナに声をかけられる。
「ほら、大変だったでしょ、座った座った!」
頼さんにいつも座る椅子を引かれて、座らされた。
みんなの感じからして、全部知っているであろうことはわかった。
それでいて怒らず、失望せず、普段通り接してくれる。
それが泣きたくなるくらい嬉しかった。
「すいません……また迷惑……」
「もー!私ダイエットしなくっちゃ!」
カンナが私の声を打ち消すように話す。
「そうだねぇ、とりあえず化粧パックでもしとく?」
「企画書見ました?水着ですよ、水着!根付さん一歩間違えたらセクハラ!」
「プロにヘアメイクしてもらえるのうれしいですけどね。動画取っとこ〜!」
みんなの様子をただ見ていた。
「他の隊の隊服着るのは楽しみですね」
「え、カンナどこの隊の着たいの?」
「そりゃやっぱり生駒隊ですよ〜」
「私も着れるんですかね?」
「いけるいける!なんなら根付さんに立候補したらいいよ」
「尚美、みんな気にしてないからね。せっかくだから楽しむよ」
依織さんに肩を叩かれた。
「……はい」
「そうですよ、先輩!せっかくだから良いもの作りますよ!」
「妥当嵐山隊!」
「目指せ重版出来!」
カンナ、頼さん、まことにもそう言われて、胸がいっぱいで何にも言えなかった。
真野隊に入って、入れてもらって良かった。
心から思った。
novel top/
top