3.5
真野依織
未確認のトリガー反応に、イレギュラー門。
昨日だけで問題が二つ。
人知れず侵入した近界民がゲートを開いているのか、またはこの二つは別問題なのか。
昨日の事を大学のテラスで私、真野依織は
考え込んでいた。
講義の空き時間はこうやってテラスか、研究室にいる事が多い。
そして、今日は待ち合わせをしていた。
「よぉ依織」
「匡貴、呼び出して悪かったね」
後ろから二宮に声をかけられた。
「いや、いい。それよりどうした」
二宮は世間話などをせず、すぐに本題に入る。
無駄な事を好まないのが彼だ。
「まず、これが過去問。慶や望にも見せてあげてよ」
「助かった。感謝する」
一つ学年が下の二宮の為に去年自分が受けた試験の問題を渡す。
二宮は頭が良いのでこれがなくても大丈夫だろうが、おそらくこれからボーダーが忙しくなり、勉強する時間もなかなか取れないだろう。
過去問があった方が有利だ。
「それと、昨日の事なんだけど」
「ちょっと待て」
二宮が話を遮って、携帯を取り出す。
『なんだ犬飼』
相手はどうやら部下の犬飼のようだ。
携帯にかけてくるほど仲が良いのか、どうなのか。
『構わない、ああ、話せ』
しばらくやり取りをした後に、二宮がスピーカーフォンにした。
二宮が会話を自分にも聞けるようにしてくれた。これは通話に入っても良いと言うことだ。
テラスはざわついているから、周りに会話が聞こえることはないだろう。
『今さっきうちの高校でイレギュラー門が開きました』
『ああ、昨日報告があったやつか』
うちの高校というと、六頴館か。私と二宮の母校でもある。
そこで門が開いたとなれば、校内は大騒ぎになったはずだ。しかし本部からは何も連絡が来ていないところを見るともう対処は終わったんだろう。犬飼はその報告を自隊の隊長にしているわけだ。
『恐らくそうです』
『被害は?お前達は問題ないか?』
六頴館には犬飼の他に辻、氷見と二宮隊のメンバーが揃っている。
二宮は意外と面倒見がいい。
『それは問題ありません』
『そうか』
『尚美は?今日は登校してるはずだよね?』
尚美のことが気にかかり会話に入る。
あの子のことだからやられたりはしないだろうけど、勘が働く子だ。
ひょっとして何か無茶をしたのではないだろうか。
『真野さんも一緒ですか?これは丁度いい』
犬飼は私が聞いていることに特に驚いた様子もなく、話を続ける。
『多分なんか勘が働いたんでしょうね〜真っ先に飛び出して、合成弾ドーンですよ』
『アイツらしいな』
『そうだね、尚美らしい』
尚美の師匠である二宮は口角を少し上げて笑っていた。
この師弟はトリオン量に任せてゴリ押しするところなんてそっくりだと内心思っている。
『近界民三体来てるのに、一人で行って、合成弾使うやつがいます?危ないったらありゃしない』
犬飼の声は少し苛立ちがあるように感じた。
『二宮さんから言ってやってくださいよ』
この言い方で私はピンと来た。イレギュラー門の報告じゃなくて、こっちがメインか。
犬飼の相変わらずの溺愛っぷりに笑みが溢れた。
『トリオン体になっていたんだろう?なら心配はいらない筈だ』
尚美の射手としての実力は二宮も認めている。少し無茶をすることは以前からあり、二宮と2人で心配して叱ることもあった。
だが、犬飼のそれは2人以上だ。
『そもそも、お前が言ったらどうだ。……お前の彼女だろう』
そうなのだ、ああ見えて尚美と犬飼はだいぶ前から付き合っているのだ。
私たちはそういう認識でいるが、尚美はそうではないらしく、「ただの同級生」、もしくは「元彼」らしい。
この二人は少しお互いの性格のややこしさもあってこじれている。見ている分には面白い。
『……そうですけど、オレが言うより二宮さんや真野さんが言う方が効くんじゃないですか?』
犬飼も尚美にはだいぶ手を焼いているようで、素直になれない二人が元の関係に戻るのはだいぶ先の話のようだ。
『うちのが悪かったね。けど、犬飼も助けに入ってくれたんでしょう?ありがとうね』
きっと慌てて助けに入ったに違いない。
急に校内に近界民が出てきたのに驚いた上に、見てみれば大事な彼女が一人で相手をしているのだから。
『それはもちろん。他に辻ちゃんと荒船もいましたから』
『そう、新之助も頑張ったんだね。後で褒めてあげないと』
『そうしてやってください。辻ちゃんも喜びますよ〜』
犬飼の声には疲れが見える。あちこちフォローするのも簡単ではないのだろう。今目の前にいる隊長のフォローも大変なはず。私はちらりと正面でコーヒーを飲んでいる二宮を見た。
『要件はそれだけか?明日の防衛任務忘れるなよ』
『了解。真野さんも失礼します』
『うん、犬飼もお疲れ様』
二宮が携帯を操作し、通話が終了した。
「はぁ……あいつらは……で、他の話はなんだ」
二宮が再びこちらに話を振る。
「昨日から尚美が嫌な予感がすると言ってるんだ、それも大規模侵攻並みの」
「……そうか」
「きっと忙しくなると思って、それを渡したんだよ」
ピッと先程渡した過去の試験問題を指さす。
「なるほど。お前のそれは勘か?」
「違う違う。部下への信頼だよ。じゃあ、次講義入ってるから私はもう行くね」
「ああ、またな」
お互いに席を立った。
忍田さんに呼ばれて、夕方に本部に来ていた。
会議室に来るように言われていたので行き慣れたルートを通るが、途中で見知った顔に会う。
「依織さん、久しぶり〜!」
「迅!久しぶりだね。沢村さんもお疲れ様です」
玉狛支部所属の迅と本部長補佐の沢村さんだ。
迅は段ボールを一箱持っており、沢村さんの荷物だろうと当たりをつける。
「女性の荷物を持つのは良い心がけだね」
「そうでしょ、そうでしょ。なんたって、スーパーエリートですから!」
「迅君?」
沢村さんが何やら言いたそうにしている。
もしや、また迅はアレをしたのだろうか。
「迅、セクハラで訴えられるような事はやめなさい」
「あーらら。依織さんにバレてら」
そういえば迅は私にはした事はなかったな、とふと思う。
「そういえば迅、最近何か見えてる?」
「何その漠然とした質問」
たしかに自分でも漠然としていると思う。
「いや、尚美が嫌な予感がすると言ってるから」
「なるほど、尚美ね」
迅が尚美の名前を出すと面白そうにした。ちなみによく尚美は迅にお尻を狙われている。あの子は普段は少しぼーっとしているところがあるからやりやすいのだろう。
「きっと、この先でその答えが少しわかるかもしれないよ。」
迅は明言を避けて、そう濁した。
言いたくても言えないこと、言ったらまたそれで未来が変わってしまうこと、言った相手に負担を強いたくないこと、彼は色んなことを一人で考えている。
「迅悠一、お召しにより参上しました」
「真野隊真野です」
迅と同じタイミングで会議室に入室すると1人だけ見知らぬ子がいた。
「ご苦労」
城戸司令を上手に上層部全員が揃っている。
「おっ、キミは?」
「あ、三雲です」
三雲と言うメガネをかけた男の子は居心地悪そうに1番下手に座っていて、迅に名乗る。
「揃ったな、本題に入ろう」
私は迅の隣に立って話を聞く。
「昨日から市内に開いているイレギュラー門の対応策についてだ」
「待ってください。まだ三雲くんの処分に結論が出ていない。」
忍田さんが城戸司令を止める。
自分が来る前にすでに何かしらの話がされていたことに気づく。
「結論?そんなもの決まっとろう。クビだよクビ!重大な隊務規定違反。それを1日に2度だ」
本部開発室長の鬼怒田さんがバッサリと言う。
「市民にボーダーは嫌いと思われたら困りますしねぇ」
メディア対策室長の根付さんも鬼怒田さんの意見に賛同するかのように話す。
なるほど、聞いているうちに部分的に話が読めてきた。彼、C級なのに外でトリガーを使ったのか。
静かに話を見守る。
「おお、すごい言われようだな」
迅が三雲に話しかける。
きっと迅は予知で大体のことはわかってる筈だ。
「私は処分には反対だ。三雲くんは市民の命を救っている」
上層部の話をさらに聞いて事態の全容がわかった。
今日の昼に尚美がいる 六頴館のように三門第三中学にもイレギュラー門が開き、
そこに居合わせた三雲がトリガーを使って対処した。それで隊務規定違反。
「目の前で人が襲われてたら……やっぱり助けに行くと思います」
この子すごく良いな。
彼の言葉で気に入ってしまった。助けてあげたい。だが、ここで口を出すのは時期尚早だ。
三雲の処分は迅に任されることになったし、きっと悪いようにはならないだろう。
迅のことだからイレギュラー門の事もなんとかしてくれるだろう。
迅のことを良くも悪くも信頼している。
会議を終えて次々人が出ていくので、続けて私も出ていこうとしていた時。
「三雲くん」
後ろで秀次が三雲に話しかけていた。
「昨日警戒区域でバラバラになっていた大型近界民。アレも君がやったのか?」
それを秀次が尋ねる事になるほど、と思った。
「……はい、ぼくがやりました」
聞こえていないふりをして、そのまま部屋を出た。
嘘だ。何か隠している。
すぐにわかった。昨日秀次と確認した時は未確認のトリガー反応だった。C級が持つようなものではない。
違うトリガーを隠し持っているのか、他にも仲間がいるのか。ひょっとしたら近界民と通じているのかもしれない。
向こうの世界に行った彼女の事も何か知っているのかもしれない。
「依織さん」
会議室を出てすぐのところで迅に話しかけられた。
「迅、どうしたの?」
「少し、俺に協力してほしいんだ」
「……それは何か見えてるのかな?」
笑って訊ねる。
「依織さんにも真野隊のみんなにも関わる事だよ」
明言をしないところが、迅らしい。
そうなると考えていたように彼女が関わっているのか?私の考えすぎなのだろうか。
「もちろん、協力するよ」
「ありがとう。依織さんならそう言ってくれると思ってたよ」
そうこうしている間に三雲が迅のところにやってきた。
「あっ、」
三雲が私の顔を見て戸惑う。
「さっきぶり、三雲君。私は真野依織だよ、よろしくね」
手を差し出す。
「三雲修です。よろしくお願いします」
三雲が恐る恐る手を取り、握る。
「さて、三雲君がすべきことをしよう」
力強く三雲の肩を叩く。
いきなりいろんなことがあって、三雲も戸惑っているだろう。
ここは年長者らしく、励ます。
「はい。迅さんはもう目星がついてるんですか?」
三雲はイレギュラー門の原因ついて迅に訊ねる。
「いや全然」
「え?」
三雲はあんなに会議室では堂々としてたのに、とでも言いたげな顔だ。
迅のサイドエフェクトの事を知らなければ不安になるのも無理はない。
「でも大丈夫。おれのサイドエフェクトがそう言ってるから」
迅がにっこり笑って答える。
「大丈夫だよ、三雲君。迅のこれは信用して良いよ」
私もにっこり笑って、再度三雲の肩を叩く。
しかし、三雲は不安な顔のままだった。
翌朝、迅に言われて、三雲と迅と、三雲の家の近くで待ち合わせをしていた。
私はただ迅の言う事に従うだけだ。信頼しているので理由を深くは聞かない。
「あ、おはようございます」
「おはよう三雲君。昨日はよく眠れた?」
待ち合わせ場所に現れた、少し緊張している三雲を気遣う。迅は相変わらず待ち合わせの時間には来ない。
「はい、まぁ」
「そうだ、三雲君。迅がいないうちに言っておくね」
努めて柔らかい笑みのまま三雲に言う。
「私は君が何か隠していると知っているし、それが近界民絡みだろうと思ってる」
「?!」
三雲は驚いた顔をする。
「けど、それで三雲君をどうこうするつもりはないよ」
「え、なんで……」
私が続けた言葉に三雲は戸惑う。
「君がどう言う手段を使ったにせよ、一般人を助けたに違いないからね。
私は君のことを気に入ったんだ。だから出来るだけ君の力になりたいと思ってるよ」
それだけ三雲に伝えると、後ろを振り返る。
「迅、君は相変わらず人を待たせるね」
「依織さん、メガネくんおまたせ」
「あ、おはようございます」
迅がやってきたことに気づき、三雲も慌てて迅に挨拶する。
私は先程の話なんてなかった様に迅と雑談し始めた。
「さぁ、この先にイレギュラー門の原因を知る人間がいる」
「!迅さんの知ってる人ですか?!」
迅の言葉に三雲は表情を明るくさせた。早くも解決するかもしれない。昨日はあんなことを言っていたのに、と。
「いや全然」
「……え?!」
「でもたぶんメガネくんの知り合いだと思うよ」
「ぼくの……?!どう言う意味ですか?!」
三雲はさっきから迅の言ってることがわからないようだった。
私は何も言わずににこにこ2人の後をついて行く。
迅について、しばらく歩くと警戒区域に入った。
そこには1人の白髪の人物が座り込んでいた。
「空閑……?!」
三雲がその人物の名を呼ぶ。
「おっ、やっぱり知り合い?」
迅が嬉しそうに話す。
「おうオサム……と、どちらさま?」
空閑と呼ばれた人物が迅と私をみて訊ねた。
「おれは迅悠一!よろしく!」
「ふむ?そうかあんたがうわさの迅さんか」
「私は真野依織、よろしくね」
手を差し出す。
「なるほど、こっちが真野さん」
空閑は手を握り返してくれた。
きっと三雲が事前に2人のことを話していたのだろう。
「おれは空閑遊真。背は低いけど15歳だよ」
名前を聞いた迅がハッとする。おそらく未来を見たのだろう。
「おまえ、むこうの世界から来たのか?」
迅の言葉に空閑が警戒する。
やはり私の考えは当たっていた様だ。
「いやいや待て待てそういうあれじゃない。お前を捕まえるつもりはない」
「同じく」
こちらに害をなさない者には私も何も思わない。
迅は何故空閑が近界民だと分かったのか、自分のサイドエフェクトの事を空閑と三雲に説明する。
「おれには未来が見えるんだ。目の前の人間の少し先の未来が」
「未来……!」
三雲が驚く。無理はない。私も最初に聞いたときは驚いたものだ。
「昨日基地でメガネくんを見たとき、今日この場所で誰かと会ってる映像が見えたんだ。
その「誰か」がイレギュラー門の謎を教えてくれるって言う未来のイメージだな。それが多分遊真のことだ」
迅が空閑の頭を撫でる。
「じゃあ空閑おまえ……突き止めたのか?!原因を!」
三雲が空閑に訊ねる。
「うん、ついさっき。犯人はこいつだった」
空閑が手に持っているものを見せる。
「……?!なんだこいつは……?!トリオン兵……?!」
三雲は戸惑う。私も初めて見るものだ。
『詳しくは私が説明しよう。はじめましてジン、真野、私はレプリカ。ユーマのお目付け役だ』
「おおこれはどうもはじめまして」
「真野です。はじめまして」
黒い、おそらくトリオン兵だろうレプリカと名乗るものが、空閑の持っているものの説明をし始める。
『これは隠密偵察用の小型トリオン兵「ラッド」ただし、門発生装置を備えた改造型のようだ。昨日と一昨日の現場を調べたところ、バムスターの腹部に格納されていたらしい。一体を掘り起こして行動プログラムを解析してみた。ラッドはバムスターから分離した後地中に隠れ、周囲に人がいなくなってから移動を始め散らばっていく。人間の多い場所付近で門の起動準備に入り、近くを通る人間から少しずつトリオンを集めて門を開く』
それに聞いて納得がいった。
「なるほど、だから尚美の目の前で現れたのか」
「尚美??」
空閑が訊ねる。
「うちの隊の子なんだけど、昨日イレギュラーゲートが目の前で現れたんだよ。その子は特にトリオン能力が高いんだ」
『高いトリオン能力を持つ人間からは大量のトリオンが得られるからだろう』
レプリカも考えに賛同してくれた。
「じゃあ、つまりそのラッドを全部倒せば……」
「いや〜きついと思うぞ」
三雲の考えに空閑は否定的な返答をする。
『ラッドは攻撃力を持たないいわゆる雑魚だが、その数は膨大だ。今探知できるだけでも数千体が街に潜伏している』
「数千!」
三雲は驚く。予想していたよりずっと多い数だったのだろう。
「全部殺そうと思ったら何十日もかかりそうだな」
「そんな事もないよ」
レプリカの情報を聞いて私はニヤッと笑う。
「いや、めちゃくちゃ助かった。こっからはボーダーの仕事だな。な、依織さん」
迅もニヤッと笑った。
本部への報告は迅に任せる事にして、私は隊のメンバーに連絡を取る事にする。その前にする事があった。
「空閑くん、レプリカさん」
この2人にお礼を言う。
「貴方達2人のおかげで、街にもっと被害が出る前に食い止められそうです。ありがとうございます」
空閑はぽかんとした顔をしていた。お礼を言われるとは思わなかったのだろうか。
自分の事をそこまで常識がないわけではない、と思っている。
さて、残り時間も少ない、急がないと。
『真野隊、全員午前で学校早退して基地に集合!』
携帯で全員にメッセージを送った。
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