「I have a bad feeling about this.」 待ち合わせ今日じゃなかったっけ?
今日は久しぶりに彼女とのデートだ。自分は今、彼女と待ち合わせをしたショッピングモールにある噴水の前に立って彼女を待っていた。ここは待ち合わせ場所としてポピュラーな場所であり、自分の他にも沢山の人が待っていた。自分と彼女はお互いが三門市立大にボーダー推薦で進学を予定している。普通の高校3年生よりも学業に関してはゆとりがあると言えるだろう。受験までそれほど差し迫っていないが、校内では模試の話や大学の話などが飛び交っており、徐々に受験生という雰囲気をみんながまとい始めている。大学受験は一応終わってはいるが、それでもボーダーと学業の両立はなかなか大変で、ランク戦や防衛任務、期末試験や夏休みの宿題などをこなして、先週いつ振りかのデートの約束を彼女とした。まず誘うには彼女に声をかけることからスタートしなければならない。学校で声を掛けようとすると少し困った顔をするので、基本的に誘うのはボーダーでする。困った顔が見たくてわざと学校で話しかけることもあるが、今回はおとなしく彼女が所属する真野隊の作戦室に行く。ちょうど作戦室から出たところの彼女を捕まえることが出来た。「あ」「尚美チャン今から合同訓練?」「そうだけど…」ちなみに尚美チャンはボーダーで話しかけると少し嫌な顔をしてくる。それにはもう慣れているので気にしない。普通に誘っても素直に頷いてはくれない彼女をデートに誘うにはちょっとしたコツがある。「ね、二宮さんに試験の勉強見てもらったお礼をしたいから付き合ってくれる?」とか「今度加賀美ちゃんの誕生日でしょ?プレゼント選びも付き合ってくれない?」と他の人の為というのを匂わすのだ。ただ単に「デートしよう?」では彼女は「そんな暇ないから、また今度ね」と断ってしまう。ここで選ぶ人は彼女に近しい人や女子が望ましい。彼女のいい所かどうか微妙だが、女子の名前を出しても特に嫌な顔はされない。「二宮さん何が欲しいとか知らない?」「やっぱり女の子の意見が欲しくて」と困った感じで誘えば、彼女はだいたい折れてくれる。相手の事が大好きであれば少しでも喜んで欲しいと考える優しい彼女だ。「わかった…いつかな?」「ありがと、じゃあ今度の日曜どう?そっちも防衛任務ないでしょ?」あらかじめ真野隊の予定を確認しておいて、確実に行ける日を提案すれば「うん、大丈夫」「じゃあ、11時にモールの噴水前で」と簡単にデートの約束が出来るというわけだ。デート前日の土曜日には「明日楽しみにしているね」とメッセージアプリでメッセージを送れば「寝坊しないように気を付けます」と少し他人行儀ながら返信が帰ってくる。マジメな彼女の事だからおれとのデートに何を着ていくか悩んでいるはずだ。去年だったら同い年の女の子たちによく相談していたように思う。今はどうしているんだろうか。隊のメンバーにでも相談しているのかもしれない。今ではすっかり真野隊になじんでいる。
「あの、今一人ですか?」
あれこれ彼女の事を考えたり、思い出したりしながら携帯をいじっていると正面から声を掛けられた。声で自分の彼女ではないことはわかっている。顔をあげるときらきらとしたアイシャドウが瞼に塗られ、まつげをかなり増量させた目がこちらを見ていた。知らない女性だ。見た感じ歳は近そうで、何か期待を持ったような表情である。すぐにピンときた。逆ナンというやつだ。おかげさまで何回かこういうことはされたことがあるのでわかる。だいたい声を掛けられる場合は女の子が複数いることが多いが、今回は珍しく一人で話しかけてきたようだ。よほど自分に自信があるのか、それともこういうことに慣れているのか。断られるとは思っていないのか。綺麗に巻いた明るい色の髪の毛がなびいていた。見た感じきれいな子でモテそうではある。
「ん〜今は一人だけど」
今は、とあえてつける。彼女との待ち合わせ時間まであと15分ほど。彼女が来る時間までは確かに一人なのだ。嘘は言っていない。彼女はいつも余裕を持って待ち合わせ場所にくるからあと数分のうちにここに来るだろう。きっとおれを見つけたらあわてて走ってくるに違いない。初めて外でデートをした時に、時間より2-3分早く来ていた彼女はおれが待ち合わせ場所にすでにいると気づくと慌てて駆け寄ってきた。「待った?」「ううん、今来たとこだから」恋人らしいやり取りにうれしさを覚えた。次のデートでは10分早く来た彼女はおれがまた先についていることを知ると、小走りで目の前にやってきて「ごめん」と謝った。おれは「まだ待ち合わせ時間には早いから謝ることなくない?」と笑って答えた。数回目のデートで15分早く来た彼女は「たまには私にも待たせてよ」と困ったように笑っていた。それがすごくかわいかったのを覚えている「悪いけど、これは譲れないな〜」とおれは言った。彼女を待たせたら嫌な予感がするし、何よりおれに気づいて駆け寄ってくる彼女を見るといつもたまらなく幸せな気持ちになるのだ。
「え、じゃあお茶でもどうですか?」
「…ごめんね。今待ち合わせしてるから」
目の前にいる子のはしゃいだ声で現実に引き戻される。積極的だな、この子。自分の彼女とは大違いだし、恰好からしてまず違う。今日は彼女はどんな格好なのだろう。9月といえどまだ暑い。あまり露出を好まない彼女も夏場は少し薄着になる。私服ではほとんどスカートを履いていないが、デートだから履いてきてくれるだろうか。冬に一緒に買い物をしたときに彼女にスカートを選んであげたことがある。「たまにはスカートとかどう?似合うと思うよ」とひざ下くらいのレースの綺麗な少し大人っぽいタイトなスカートを彼女に当ててみた。「そうかな」と彼女は言いつつもその時は試着もせずそのまま店を出た。好みじゃなかったかと思っていたが、後日二人で出かけた時にそのスカートを履いてきてくれた。驚いて「そのスカート買ったんだね」と言ってしまった。だってまさか買っているとは思わなかったから「あの後みんなで買い物行って、買っちゃった。似合わないかな」スカートの上で手をぎゅっと握りしめて心配そうに言う彼女に言いようのない感情がこみあげる。「とっても似合ってる。おれの目に狂いはなかったね」おれの言葉を聞いて彼女の手から力が抜けたのがわかった。そして顔が真っ赤になっていた。可愛いかったな。
「じゃあ待ち合わせ相手が来るまで私とお話ししましょうよ。私も少し時間があるんです」
おれの記憶を遮るように話しかけられる。おれを見上げてくる背は彼女よりだいぶ高くて、距離が近い。ヒールの高い華奢なパンプスを履いている。気づかれない程度に後ろに下がって距離を取った。そうやすやすとおれのパーソナルスペースには入れられないな。彼女はおれが話すときは話が聞こえるように少しこちらに身を寄せる癖がある。他の友達とかだと目を見て話を聞いているようだけど、おれの場合は恥ずかしいのかなんなのか、顔はあまり見てこないけど、近づいては来る。だからおれも少し屈んで話す。その時は彼女に自然に寄ることが出来るからだ。意識してしまうと彼女は恥ずかしさを感じて距離を取ってしまうからごくごく自然に。肩がくっつかない程度に。吐息を感じてしまわない程度に。彼女の耳元で話すようにしてやる。その時に感じる彼女のかすかなにおいが落ち着くのだ。しかし今匂うのは目の前の子のあまり好きではない香水のにおい。ばっさり興味がないと断ることもできるが、このままこの子がここにいたら彼女と鉢合わせするだろう。その前に彼女はおれが知らない女の子と一緒にいることに気づくはず。その時にどんな反応をするのだろう。泣く?怒る?そのまま帰る?どれも違う気がする。人前で泣いたりはしないし、一方的に怒ることもしないだろう。約束を一方的に破棄して帰ることもないはず。やきもち妬いてくれないかな。欲が出る。おれが女の子と話しているのを見てやきもち妬いてくれないかな。そうこうしているうちに彼女はもう来ているかもしれない。おれが女の子と話しているのを見つけてしまって、様子をうかがっているかもしれない。目の前の子から視線を外して、周りを見渡す。何回か視線をぐるっと巡らすと見つけた。見つけはしたが、おれが思っているような状況ではなかった。彼女も何故か見知らぬ男と一緒にいたのだ。そして二人の距離が近かった。
「…は?」
「え?」
思わず低い声が出てしまう。それを聞いたであろう女の子が驚いた声を出すが知ったこっちゃない。それよりも大事なことがある。一緒にいる男は記憶をさかのぼっても知らない男で、ややチャラついた印象を受ける風貌だ。髪の毛は金髪に近い色で、大学生くらいだろうか、少し年上に見える。彼女の横に立ってはいるが本当に距離が近くて、彼女はもともとの困り顔をさらに困らせているように見えた。これはもしかしなくてもあれだろう。
「ナンパに捕まってる…!?」
そうとわかればここで油を売っている場合ではない。早急に助けに行かなければならない。押し切られてしまう前に。
「あ、ちょっと」
後ろから声を掛けられて振り向く。そうだ。この子がいたんだった。
「ごめんね、急用。あとおれ彼女いるから、他を当たってくれる?」
それだけ言うと彼女の元へまっすぐ向かう。彼女とナンパ野郎の相性は最悪なのである。一刻も早く彼女のもとに行かなければならない。
「ね。暇ならおごるからお茶しようよ」
「いえ、待ち合わせしているので」
「え、その待ち合わせ相手は?いないんでしょ?」
「いや、いることはいるんですが、先客がいるみたいで」
「え〜それひどくない?じゃあ待ってる間に俺とお茶しない?ね、ちょっとでいいからさ」
「え、あ、その」
やっぱり押し切られそうになっていた。何をバカ正直に話しているのか。
「尚美、ちょっと何してんの」
彼女の腕をぐいっとつかんでこちらに引き寄せる。簡単にこちらに引けた。おれがいることに気づくと彼女は少し気まずそうにした。
「い、犬飼君」
「ほら行くよ、なかなか来ないから何してるのかと思った」
ナンパ野郎の存在を無視して彼女の手を取って歩き出す。
「わ、ごめんなさい、待ち合わせ相手きたので、失礼します」
彼女は丁寧にナンパ野郎に断りの言葉を話す。なんで謝るわけ。そんなんだからナンパ野郎に狙われるんだよ。そのまま彼女を連れてずんずん歩く。行先は決まっていた。もともと少し早い昼食を取ろうとカフェに行く予定にしていたのだ。
「なんであんなことになってたの?」
「…あんなことと言いますと?」
向かい合った席に座っている彼女は少し肩身が狭そうだ。いつもは三つ編みを二つくくりにしている髪の毛は暑いからか、珍しく上でまとめてお団子にしている。服だって白レースのトップスにスカートを合わせていて普段とは印象が少し違う。自惚れでもなんでもなくデートだからとおしゃれをしてきてくれたことは明白だ。けど、それをおれじゃなくあのナンパ野郎が先に見たのが腹立たしい。可愛いから余計に。
「前から言ってると思うけど、ああいうの気を付けて、ほんと」
何度でも言うが彼女は本当に押しに弱い。押せば何とかなってしまう危うさがある。ボーダーの防衛任務ではそんなことはないのに。人間となるとガードが緩いのだ。警戒心がない。だからおれはいつも待ち合わせには早く行くようにしていたのだ。友人たちからほっとくと彼女は良く声を掛けられていると教えられていたから。変な勧誘や悪質商法にも引っかからないか心配だが、一番危険なのはナンパなのだ。ナンパ野郎は総じてしつこいし、押しが強い。彼女みたいに見るからに押しに弱そうな子は恰好の餌食なのだ。贔屓目抜きにしてもただでさえ彼女は可愛いのだから。
「だって…」
珍しく彼女が言い返してきた。だいたいこういう時はすまなさそうに謝ってくるのに。
「何?」
ついつい言葉が荒くなってしまう。何度こうやって危ない所を助けてきただろう。助けるのがおれというのは悪くはないが、いつもひやひやするのだ。
「澄晴君が、女の子と話してたから」
「…!」
ここで来る滅多にない名前呼び。無意識でやるから性質が悪い。
「澄晴君、女の子と楽しそうに話してるから話しかけづらくって、どうしようかと思ってたらさっきの人に声掛けられて」
うつむきながら話す彼女は、少し焦っているように見えた。この焦りはおれが怒っているからではなく、もしや。
「心配になっちゃった?」
彼女が無言でうなずく。それを見てさっきまでのイライラが嘘のように落ち着いた。むしろ少しうれしさが顔を出す。
おれが女の子と一緒にいるのを見て、心配になって声がかけられず、様子を見ていたんなら、それは少なからずやきもちを妬いてくれたんではないだろうか。口に出してしまうと彼女は否定するだろうから、心の中で思うだけにする。にやにやする顔をごまかすように、コップに口を付ける。彼女をちらりと見たら顔が赤くなっていた。本当にかわいい。
「そっか、ごめん。道聞かれてただけだから」
適当にごまかす。まさか、やきもちを妬かせようとしていたなんて話したらさすがの彼女も怒るかもしれない。
「おれも早く気づいてあげれたらよかったね、ごめんね」
彼女がナンパ野郎に絡まれていたのも今回はおれのせいだと言えるから謝る。しかし思わず作戦が成功したことに満足を得て、メニュー表を手に取る。
「さ、何にする?ご飯食べたらいろいろ見て回ろうね」
今からは楽しいデートの時間だ。
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