「I have a bad feeling about this.」 リベンジ!
高校3年生の2月、私の在籍する六頴館高等学校は受験が終わっておらずピリピリしている生徒もいるし、年内に推薦やAO入試で受験が終わってのんびりしている生徒もいて様々だ。私はというとボーダー推薦というグレーゾーンなものを使って三門市立大学に入学が決まっていたため、比較的学校生活は落ち着いている。今の時期は自由登校になっているが、ボーダーの防衛任務がない時には必ず学校に行くようにしていた。なぜなら普段防衛任務で授業を休みがちなため、このまま行くと授業数が足りず、卒業できない危険性があるからだ。この自由登校の間に授業数を稼いで、無事に卒業を迎えたいと考えていたからだ。今年の2月14日のバレンタインは金曜日の平日で、受験勉強を頑張っている友達に差し入れの意味も込めて学校でバレンタイン恒例のクッキーを渡そうと思っていた。受験勉強の邪魔にならない程度にこっそりと。
「尚美先輩、クッキーの作り方教えてください!!!」
「え、どうしたの?」
バレンタイン2日前の2月12日、夜の防衛任務に就いていた私たち真野隊は今日もトリオン兵を狩っていた。朝日がそろそろ昇る時間になり、メンバーと合流した私は切羽詰まったような表情でいるカンナに声を掛けられた。防衛任務が始まる前から何やらそわそわしているとは思っていた。
「聞いてくださいオッキーが!!」
前のめりに話しかけられて若干後ろに引くが、カンナは気にせず話を続ける。
「去年尚美先輩にもらったクッキーがすごく美味しかっただの、カンナは市販品でいいよだの…失礼すぎません?!」
「ああ〜」
また隠岐君関連か、と内心ため息をつく。カンナは生駒隊の隠岐君と現在お付き合いを多分している。多分というのは付き合って別れてを繰り返しているからだ。だから多分今はお付き合いをしているんだと思う。いや、ひょっとしたら別れているのかもしれない。気が付いたら別れて、気が付いたらヨリを戻しているのだ。最初の頃はハラハラしながら見守っていたが、月に1度では済まない時もあるので、もうハラハラすることもなくなった。少し大げさな喧嘩のようなものだ。確かに去年隠岐君にクッキーをあげた気がする。もちろん義理でだ。一緒にいた生駒隊のみんなにも配ったし、向こうもたまたま会ったから貰ったと言うことは十分理解出来ているであろう。それでも敢えて彼女のカンナに言うということは、ヤキモチを妬かせたいのか、負けん気の強いカンナに確実にチョコをもらうための策なのか。私は人の考えを察するのが苦手ということもあるが、隠岐君の考えることは昔からよくわからなかった。
「だから尚美先輩にクッキーの作り方を教えてもらってぎゃふんと言わせてやるんですよ!私だってやればできるんです!!」
ぐっと握り拳を作ってやる気満々なカンナは恋は押せ押せガンガン猪突猛進タイプであるが、多分隠岐君の術中にまんまと嵌っている。いつも隠岐君の方が一枚上手だ。
「私より、まことの方がホント適任だと思うけど…?」
私はクッキーしかまともに作れないが、まことは料理全般得意だし、何を作らせてもおいしい。鈴鳴の今ちゃんと並ぶくらいの腕前だ。それに面倒見もいい。そう提案した。もちろんカンナもそれはわかっていると思うが。
『私はカンナの相手をしている暇はないです。次のランク戦の実況の準備しないといけないので』
内部通話でまことがきっぱりと断る。確かにまことは次のB級ランク戦4日目の中位の実況を頼まれているのは知っているが、いつもそんな準備はしていなかったように思う。これはあれだ。カンナの面倒を見るのが嫌で私に押し付けようとしているのではないか。できることならカンナの助けになってあげたいが、いかんせんタイミングが悪かった。
「そんなわけで尚美先輩お願いします!!」
「えっと、ごめん、私もそんなに時間取れない…」
両手を合わせてお願いしてくるカンナには申し訳ないが、私も断る。自分のクッキー作りはもちろん、今は玉狛第二の三雲君の特訓に学校が終わってから付き合っているのもあり、フリーな時間がなかなか無いのだ。そこに料理が壊滅的にできないカンナの相手をするとなると時間が圧倒的に足りない。隠岐君が市販品でいいと言った理由もわからなくはない。
「ええええ!尚美先輩もですか!?」
カンナはショックを受けた顔をする。
「ご、ごめんね、レシピなら教えてあげられるけど」
「一緒に作ってもらわないと無理です〜私料理無理ですもん!」
肩を揺さぶられながら訴えられる。カンナは自分が下手だと認識しているタイプの料理音痴だ。これはきっとほぼ私に作らせるつもりだったに違いない。
「カンナ、それなら私と一緒に買いに行こうよ」
揺さぶられている私を助ける天の声が聞こえた。
「頼さん!」
「私もチョコレート何個か用意しないといけないし、ボーダーにいる以上義理チョコ大量に必要になるからね」
頼さんはそう言いながらカンナを私から引きはがしてくれた。ボーダーの女子はほとんどが当日女子同士でチョコの交換を行うのだ。中にはホワイトデーにまとめて返す人もいるが、その場で交換した方が楽でいい。
「頼さん本命チョコ買うんですか!?」
「買わないよ、なんで」
カンナがわくわくしながら訊ねるが、頼さんは冷ややかだった。
「え!とりまる君に買わないの!?」
カンナの関心の先が頼さんに移った。それは私も気になっていたことなので黙って話を聞く。頼さんは去年の10月に本部基地にある食堂のど真ん中で烏丸君に公開告白を受けている。ボーダーきってのイケメンに告白されて、一躍時の人になっていた。その時には返事をせず脱兎のごとく逃げ出した頼さんだがその後返事をまだしていないようで、隙を見ては頼さんに返事を貰おうと現れる烏丸君と追いかけっこを繰り広げている。当然烏丸君は頼さんからの本命チョコレートが欲しいに違いない。去年は私も烏丸君に義理チョコをあげていたけど今年は遠慮しようかと思っている。
「なんでって、告白されたのに!?返事もまだしてないんですよね?チョコと一緒に返事したらいいじゃないですか!?」
「ごめんなさいってチョコ渡して振るの!?ひどくない!?」
「なんで振るんですか!?そこはオッケーでしょ!!」
普段は落ち着いていて大人っぽい頼さんも烏丸君の事となるといつもの頼さんではなくなる。可愛さがあって私はそんな頼さんも大好きだ。今も顔を珍しく赤くしている。
「まぁまぁ、じゃあみんなでバレンタインフェアでも行こうよ、私チョコソフト食べたいし」
最後に現れたのは我らが真野隊の隊長、依織さんである。ちなみに依織さんは去年とんでもない数のチョコをもらっていたらしい。同性にモテるタイプのかっこよさだもんなぁ。私もあげたけど、ホワイトデーにわざわざ直接お返しをくれた。行動もイケメンである。
『いいですねー!私も行きたいです!』
真っ先に賛成したのは、先ほどまでランク戦の準備で忙しいと言っていたまことだ。やはりカンナの面倒を見たくないだけで、別に忙しいわけではないのだろう。
「尚美はどうする?」
「あ、じゃあ私も参加します。師匠に今年もやっぱりチョコは渡したいです」
もうすでにカンナと頼さんは参加するのが決定事項のようだ。私も毎年二宮さんにあげるチョコは市販品で用意しているからそれを買う必要があるので、参加だ。去年とは違いもう直接師事することはないけど、私にとっては今でも大好きな元師匠だ。依織さんがいるのなら依織さんに選んで貰えば間違いない。安心である。そんなこと言って二宮さんには毎年GODIVAなんだけど。あそこのは知名度もあり、味も文句なしでおいしい。ブランド志向の二宮さんにはぴったりである。
「そんなのわざわざいいのに。匡貴にはGODIVAでもあげておけばご機嫌だよ」
依織さんもどうやら同じことを考えていたようだ。
「尚美先輩は本命チョコどうなんですか?」
「去年はあげたんだっけ?」
カンナと頼さんが聞いてくるので私は迷わず答える。
「今年は本命は無いですよ。友チョコとお世話になってますチョコだけです」
「えっ…本命チョコないんですか??」
『それは、あまりにも、酷では…?』
「なんで?」
目の前のカンナが絶望したような顔で見てくるし、内部通話で話しかけてきたまことは苦しそうだった。人の本命チョコの有無にそんなに真剣になるものなのか。
去年を思い出すと少し苦い思い出だ。あの頃は自分も若かった。けど子供のころからの夢も叶ったし、今年は無理して本命チョコをあげる相手を作らなくてもいい、そう思っていた。犬飼君とは夏から微妙な関係だし、チョコをあげても相手を困らせるだけかもしれない。
「まぁまぁ尚美には尚美の考えがあるからね」
依織さんがそう話をまとめて、私たちは本部基地へと帰着するのである。
バレンタイン当日。私は大きな紙袋を2つ持って登校した。昨日の夜にせっせと友チョコ用のクッキーを作ったので少し眠いが、幸い今日は防衛任務が入っていないので、学校が終わったら家に帰って寝れるので耐えられそうだ。毎年この日はいつもどこか学校がざわついている。下駄箱に行くと、下級生たちが早速チョコを交換している様子が見えた。私も去年はああやって友達と交換して騒いでいたなぁ、と懐かしむ。今年は友達の大半が受験生なので去年ほど騒げない。自分の靴を履きかえて、教室へ向かおうとすると、見慣れた後ろ姿が目に入った。
「荒船君おはよ」
「うおっ…なんだ宮木か」
隣のクラスの荒船君が下駄箱を開けた状態で立っていたので声をかけたのだが、なぜか驚かれた。少し焦っているようにも見える。
「宮木だけど、どうしたの?下駄箱の前で突っ立って……、あ」
荒船君の横に立って同じように下駄箱を見るとその謎が解けた。下駄箱に綺麗に包装がされた箱が入っていたのだ。これはどう見ても、タイミング的にもあれだろう。
「荒船君、これってほ…」
「おい言うな、言うんじゃねぇ!」
本命チョコだろう。どう見ても。最後まで言わせてくれなかったけど。荒船君はそれを見つけてフリーズしていたようだ。相変わらず良くおモテになるようである。
「受け取らないの?」
「貰うけどよ、下駄箱に入れるのは勘弁してほしい」
「まぁ、言いたいことはわかるよ」
確かにいつから入っているのかはわからないけど、食品を下駄箱に入れるのは気持ち的にどうなのだろうか。青春ぽくて良い気もするが、衛生的に気になるところだ。
「俺が今日来なかったらどうするつもりなんだよ」
荒船君がぼやく。それだ、3年生は自由登校なので、今日登校してくるかはわからない。ボーダーに所属している荒船君であればなおさらそうだ。
「3年生は受験でピリピリしてるだろうし、教室には去年みたいにいけないし、仕方ないんじゃないかな」
何となくこれの送り主は年下だと思う。卒業間近の先輩に自分の気持ちだけでも伝えたい可愛い後輩を想像した。去年は廊下に呼び出されていたようだし、荒船君は彼女を作らないんだろうか。いや私が知ってないだけでもうすでにいるのかもしれない。
「まぁそうだけどよ…」
荒船君はポリポリ頭を掻きながら下駄箱に入れられた箱を手に取る。そしてそのまま自分の鞄に丁寧に入れた。本当はこういうのは直接貰ってお礼を伝えたいタイプなのかも。こういうところがモテる所以だろう。
「はい。これ私から」
いいタイミングだと思って荒船君に私も渡す。去年と同じクッキーで申し訳ないが。
「お、サンキューな」
見るからに義理チョコとわかる包装なので荒船君も気兼ねなく受け取ってくれた。毎年の事なので慣れているのもあるのだろう。
「毎年大変だな、お前も」
荒船君が私が持っている紙袋を見て言う。
「そう?楽しいよ、友達と交換するの。荒船君大きい紙袋もあげようか?」
荒船君ならきっといっぱい貰うだろうし、と付け足した。
「そんなにもらう予定ねーよ」
「そう?授業終わったらボーダー行くでしょ?ボーダーでも沢山もらうと思うよ」
今年もランク戦のシーズン中なので、ボーダーで作戦会議とかを隊でやるはずだ。荒船君は自分の隊を持っているし、何もなくても作戦室に顔を出したり訓練室に行くに違いない。
「あー、まぁ行くな…」
荒船君は苦笑いしながら私が持ってきた紙袋を受け取るのだった。
荒船君と別れて自分の教室で午前中授業を受け、お昼休憩になって、友達3人で食堂にお昼ご飯を食べに行くことにした。
3人とも今日はお弁当ではなく食堂で何か買って食べる予定だったので、早足に食堂に向かう。渡り廊下を歩いていると、1階に見慣れた金髪を見かけた気がして立ち止まる。
「どうした〜尚美」
「うん、ちょっと」
立ち止まった私を見て、友人2人も足を止める。私が渡り廊下からちらっと下を覗き込んだのを見て2人も同じようにする。
「あ〜犬飼じゃん」
「今来たのかな?」
そう1階の中庭にいるのは犬飼くんと後輩と思わしき女の子数名だった。犬飼くんを囲むようにして女の子が話しかけている。今の時間に登校しているとなると夜中に防衛任務だったのだろうか。少し仮眠して登校してきたに違いない。午後の2時間だけ授業を受けようだなんて真面目なものだ。残り少ない学生生活を犬飼くんもさみしく思っているのであろうか。
下に気づかれないように、3人でそっと様子を伺う。
「あ〜下の子にチョコもらってんだろうね」
「去年も犬飼沢山もらってたらしいし、イケメンは違うわ」
「……お返し大変そうだね」
犬飼くんを見て去年の事が思い出される。別に義理でも本命でもらっているところを見るのはなんとも思わない。今年なんて特に私がああだこうだいう資格もないわけだ。きっと優しくお礼を言ってチョコを受け取るのだろう。犬飼くんは女子にはすごく優しい。
向こうの話声がこちらまで聞こえてくる。女の子はみんなきゃあきゃあはしゃいでいるため声も良く響く。そりゃ今年で最後だと思っていた先輩が朝から登校していなくて落ち込んでいたところにまさかのお昼から登校しているのがわかればはしゃぎもするだろう。恋する女の子はみんな可愛いものだ。
「ごめんね、気持ちだけ受け取っておくね」
犬飼くんから予想していなかった言葉が飛び出て思わず目を見開いた。断った。あの犬飼くんが。女の子を傷つけないように接するのがうまい犬飼くんが。
「え、なんでですか?」
「去年は義理なら受け取ってくれましたよね?」
そうだ。去年はあんなにいっぱい受け取っていた。ホワイトデーだって几帳面にお返しを用意して、もらった子みんなに返していたはず。まさかそのお返しがめんどくさくなったとか。女の子たちが悲しそうに言う姿が見える。手には可愛くラッピングされたお菓子が握られていた。
「今年は義理でも受け取らないって決めてるんだ」
「義理くらいいいじゃないですか」
「今年で先輩にあげれるの最後なのに!」
めげずに犬飼くんに聞く女の子達。義理とか言いつつ気持ちは本命なんだろうな。見てる感じからしてそうわかった。けど、犬飼くんの気持ちは固かったようだ。
「義理でも去年やきもち妬かれちゃったから、ごめんね」
きっぱりというその言葉を聞いてドキッとする。勘違いとはいえ、私は去年貰わないでほしいと言ってしまった。今年あの女の子たちのチョコを受け取らないのは私のせいなのかも。まさかとは思うがその可能性は否定できなかった。さっきはお返しがめんどくさくなったからとか最低な事を考えてしまってごめん、と心の中で謝る。
「やきもちって、彼女いるんですか?」
「誰ですか?学校の人ですか?」
下のやり取りに思わず息をのんでしまう。隣の友人2人もそのようだ。2人はこの場で犬飼くんの彼女がわかるかも、というドキドキと、私はもしかすると私の事を話してしまうんじゃないかという焦りだ。いや、だって私はもう犬飼くんとはちゃんとした言葉はなかったけど別れているはずで、遊びに行ったりすることはあったけど、キスもしたりしたけど。いや付き合ってないとそんなことするのはおかしいのか。頭が混乱していろんな方向に考えが言ってしまう。
「今年は彼女からしか貰わないから、ほんとごめんね」
犬飼くんはそれだけ言って、その場を離れてしまった。女の子たちは犬飼くんがいなくなってからまた騒ぎ始めた。「やっぱり彼女いるんだ!」「誰だろう知ってる?」中には泣いている子もいた。
「うわ〜犬飼彼女いたんだね」
「その子のしか受け取らないってさ」
「そのために学校来たのかな?やっぱり」
「そうかも。何か知ってる尚美?…どうしたの尚美?」
友達二人が夢中で話している間私は冷や汗が出ていた。非常にまずいことになった。そんなに期待されているとは思っていなかった。自意識過剰ならばあとでいくらでも笑ってくれたらいい。やっぱり私の事を言っているのだ。
「チョコなんて用意してないよ…」
そう今年は犬飼くんに特別にチョコなんて用意していない。欲しくもないと思っていたからだ。もちろん渡そうと思えば渡すものはある。他の人と同じクッキーであれば。けど、それで犬飼くんが満足するのだろうか。他の人のを断ってまでもらったものがどう見ても義理チョコ。そのシーンを想像しただけでぞっとした。きっとあの笑っていない笑顔で見つめられるのだろう。
「逃げよう…」
私はすぐにその結論に達した。見つからなければ大丈夫だ。今日という日をなかったことにすればいい。今日一日会わなければバレンタインも終わる。とりあえず犬飼くんと鉢合わせしないように友達二人を連れて急いで食堂に向かうのだった。
お昼が終わって最初の授業が終わり、私はあわててトイレに駆け込んだ。犬飼くんから逃げるためだ。授業が終わるチャイムが鳴った途端、自分の勘が働き、友達に説明する暇もなくトイレへと駆け込むこととなった。A組の隣がトイレで良かったと思う。D組の方がトイレに近かったら今頃捕まっていた事だろう。残り1時間授業を受けて、その後のホームルームを終えれば今日の学校は終了である。それさえ乗り越えれば何とかなる。お昼の食堂ではハラハラして食事どころではなかった。予定を変更して購買でパンを買い、別の場所で食べることにしてよかったと思う。購買から歩いていると、食堂で荒船君に声をかけている犬飼くんを見かけたからだ。
「荒船、尚美チャン見なかった?」
「朝なら見たが、俺は知らねーぞ」
荒船君はクラスの友達と席について定食を食べていた。犬飼くんは鞄を持ったままなので、まだ自分のクラスには一度も言っていないのだろう。登校してきてずっと私を探しているという事なのか。ぞっとした。本気だ。本気でチョコを貰おうとしている。しかし私には本当に特別感のまるでないみんなと同じごく普通のクッキーしか手持ちがないのだ。装備品の貧弱さに泣けてくる。たくさんの女の子たちのチョコを断ってまでもらうようなものではない。そして私は別に犬飼くんが他の子のチョコを貰ってても何とも思わない。お願いだからハードルをあげないでほしい。
「あれー?さっきクラスにも顔出したんだけどいなくてさ。どこいったんだろ?」
「知るかよ、携帯もってんだろ?」
「う〜〜ん。会長は食堂に行ったんじゃないかって言ってたんだけどなぁ」
2人の話している内容を聞いて、このまま教室に戻るという選択肢を消した。教室で見つかったら逃げ場がない。
「犬飼!今日来てたんだね、それじゃこれあげる」
「ボーダーの任務終わったから来たんだよ。ごめんだけど遠慮しとく」
話しかけてきた犬飼くんと同じクラスと思わしき女の子からのチョコも戸惑うことなく断って見せた。何で断る。私のせいか、私の去年の勘違いのせいか、私の馬鹿。
「尚美?どうしたの?」
物陰から様子を伺う私に心配そうに友人が声をかける。
「教室戻らないの?」
「えっと、いい天気だし外で食べない?」
私は無謀な提案をする。良い天気なことは良い天気なのだが、外で食べるような気温ではない。
「え?いい天気って言ったって寒いよ!?」
「受験前に風邪ひいたらきつい」
「うっ、そうだよね…じゃあ二人とも教室戻っておいて、私は外で…」
自分のわがままで大事な時期の友達に風邪をひかせては大変だ。二人にはやはり教室に戻ってもらうことにした。たまにくらい一人でご飯を食べるのもいいもんだと自分に言い聞かせる。
「え、尚美一人で食べるの!?なんで教室もどろーよ」
「いや、のっぴきならない事情が…」
「じゃあうちの部室使おうよ、鍵後輩から借りてくる」
「え、いいの?」
「3人で過ごすのもあと少しなんだし、一緒に食べよ」
「…うん!」
友達の優しさが身に染みた。部室なら犬飼くんに気づかれることもないので、安心して過ごせる。そうして、昼休みは平穏に友達と楽しく過ごせたのだ。まさしく私が求めていたバレンタインの昼休憩である。
その日最後の授業が終わり、ホームルームも珍しく早く終わったので私はダッシュで学校を後にした。何か忘れ物してそうだが、なりふり構っていられない。そして、駆け込むように本部基地に入った。真冬の時期だというのに急いできたので、少し汗をかいで、息を整えるようにその場で立っていると、後ろに人の気配がした。
「何をしている」
「わ!二宮さん。お疲れ様です」
声を掛けられてあわてて振り返った。私の敬愛する元師匠の二宮さんだったので挨拶をする。私服ではなく隊服でいるところをみると二宮さんは防衛任務が終わってそのまま基地にいたのだろうか。
「学校は終わったのか」
「はい。終わって今来たところです」
「犬飼には会ったか?防衛任務が終わってから探してるようだったが」
二宮さんにまでわかるほど私を探していたのか。どれだけチョコを求めているのか。いや、私が去年あげたチョコが美味しかったのか…??正直私は味は覚えていない。あんなことされて味を覚えているわけがない。去年の事を思い出して顔が赤くなってきたことに気づいてあわてて記憶を消そうとする。
「そうだ、二宮さんこれ…」
せっかく二宮さんに会えたのだ。今のうちに渡しておこうと鞄からチョコレートを出す。犬飼くんから逃げていたら二宮さんには一生チョコを渡せないような気がしてたから、毎年恒例のGODIVAのチョコレートを出して二宮さんに渡すことにする。
「ああ」
二宮さんも慣れたように受け取ってくれた。
「今年も焼肉連れて行ってやる」
「ありがとうございます!」
今年もお誘いを貰ってうれしさで顔がゆるむ。二宮さんとご飯に行ける。それだけですごくうれしい。
「また近くなったら連絡する。予定空けとけよ」
「はい!」
元気に返事をして二宮さんと別れた。ルンルンな気分で人の多い廊下を歩く。まだ持っている紙袋にクッキーは沢山入っているので、このまま真野隊の作戦室に行ってみんなに配ろうかと考えていると、嫌な予感がした。
「な〜にしてるの?」
急に後ろから声をかけられて、私は肩を大きく揺らした。振り向かなくてもわかる。この陽気に話す声は先ほどまで必死に避けていた相手の声である。恐ろしくて振り向くことが出来なかった。振り向いたら終わりだと思った。私はまだ気づいていない。私に話しかけてきたわけではないのだと言い聞かせる。
「ね、尚美チャン何してるの?」
両肩に手を置かれて、完全に捕まってしまった。もう逃げられない。やっぱり私に話しかけてたよね。そりゃそうだ。
「あ、犬飼くん…」
犬飼くんの顔を見て作り笑いを浮かべる。さっきから嫌な予感がひしひしとしている。この勘は恐ろしく当たるのだ。
「おれすっごい探してたんだよ、尚美ちゃんのこと」
「そうなの?ごめんね、私も今日はあちこち行ってたから」
にっこりとあいかわらず全然目の笑ってない笑顔で見られてこちらも負けないように笑顔で返す。しかし彼がそんなことでごまかされてくれるわけもなかった。
「おれの欲しいものわかるよね?」
人気のない廊下へと手を引かれて行くと、壁に追いやられて距離を縮められた。綺麗な顔が近くにあって、思わず横を向く。
「えっとなんでしょう…?」
悪あがきとは思いつつもとぼける。自分からは言ってはいけない。気づいていないふりをしなければ。今日はただの2月14日だ。
「ん?本気で言ってる?」
「ごめんなさい、こちらです」
急に声が低くなったのが恐ろしくて5秒で考えを改めた。咄嗟にさっきまでみんなに配っていた義理チョコのクッキーを渡す。無いよりマシだろうという判断だ。犬飼くんは受け取ってはくれたけど、包みをちらっと見て気づいたようだった。
「……おれは尚美チャンにとって本命じゃないってこと?」
渡したものが特別ではないことを。
「いや、そんなことは……えっと、犬飼くんのこと大切な人だと思ってる、よ」
「けど、おれは他の奴らと同じものなんだ?」
「それは……その……」
そう言われてしまうともう何も言えない。けど、今私たちって付き合ってないよね。え?違うっけ?
「二宮さんにはいつものようにちゃんと用意してたのに?おれには今年特別はなし?」
「う…あ…の…」
「あーあ、楽しみにしてたのにな」
犬飼くんが俯いて悲しそうな顔をしたので私は胸がきゅっとなった。悲しませたくないのに。犬飼くんにはいつも笑ってて欲しいのに。自分がこんな顔、気持ちにさせてると思ったら居た堪れなくって、ついこんなことを言ってしまった。
「なんか、用意するから、今から」
「……ほんと?」
「うん、喜んでくれるかわからないけど…」
「…………」
伺うように見れば、犬飼くんは顎に手を置いて何やら考えているようだった。これで許してくれるのかもしれない。
「じゃあ、リクエストしてもいい?」
犬飼くんがそう聞いてきた。何が欲しいかを真面目に考えてくれていたようだ。
「うん!何がいい?」
これで機嫌を直してくれればと思い、前のめりに聞いてしまう。今日までバレンタインフェアはしてるだろうし、いまからお店に行ったら買えるかもしれない。いざとなったらネット注文だ。手作りがいいと言われたらまことにお願いして手伝ってもらおう。
「じゃあ…」
何を言われるのかと犬飼くんの顔を見ると、にっこり笑ってこちらを見ていた、犬飼くんのその表情を見て思った。あ、嫌な予感がする。すると犬飼くんは私の首元に手をやる。何をされるのかと身構えたら、するっとネクタイを外された。首元に開放感が出てくる。
「えっと…??」
ネクタイが欲しいと言うことだろうか。たしかに六頴館では卒業式の時に好きな人とネクタイを交換する文化がある。欲しいのならあげるけど、卒業式には自分もネクタイが必要だからそれまで待って欲しいと思う。
「犬飼くん、ネクタイはまだ…」
途中まで言ってると両手をぐっとひとまとめにして持ち上げられた。そのままネクタイで括られる。あれ、なんか可笑しい。壁と犬飼くんに挟まれて身動きもとれないのでされるがままになる。犬飼くんは素早い手つきでネクタイを私の両手にくくりつけた。器用にリボン結びだ。
「えっと…」
様子を伺うが、その表情はにっこり笑ったままだ。満足そうに見ている。
「はい、完成。ありがとう」
「どういたしまして?」
思わず聞き返してしまう。ありがとうと言われたが、これはどう言うことなのか。犬飼くんにギュッと抱きしめられた。
「え、あの…??」
話がわからなくて戸惑っていると犬飼くんがとんでもないことを言い出した。
「美味しく食べてあげるからね」
「へ?」
「チョコないんでしょ?だから代わり」
もしや漫画とかでよくある「プレゼントは私」のバレンタインバージョンではなかろうか。いやまさかそんなベタな。
「食べなくていいです」
引き気味に答える。用意すると言ったのはチョコであって私ではない。
「バレンタインに貰ったんだからちゃんと食べないと」
あげたつもりもないのに勝手にあげたことになっている。何ということだ。
「美味しくないですよ」
「大丈夫、甘くて美味しいよ」
抱きしめられたまま耳元でささやかれる。ここは人が通るかもしれないのに。知り合いに見られたらなんと言われるか。
「おなか壊しますよ」
やけくそでそう言ってみるが相手の方が一枚上手だった。
「試してみようか?」
「わ!」
犬飼くんはそのまま私をひょいと抱き上げた。視界が変わって驚いて、私は犬飼くんの頭を抱え込むような形になる。
「積極的でよろしい。さ、行こうか」
私の背中を支えるようにして歩き出す。方向的に私の部屋だ。今度こそもう逃げられない。
「お、おろして!!」
「だめ、貰ったものは大事に持って帰らないと」
今年は両手が空いている身軽な犬飼くんによって部屋へと連れ帰られるのである。
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