「I have a bad feeling about this.」
名前変換
もやもや

「私犬飼結構好きかも」
「あ〜かっこいいもんね」
「良いじゃん。狙ってみたら?」

 クラスメイトの友達と歩いている時に聞こえてきたその言葉に私は足を止めた。声のした方を見ると、同い年と思われる女の子が3人。教室できゃあきゃあ楽しそうに話していた。犬飼とは間違いなく私の彼氏の犬飼澄晴くんの事で、彼氏が可愛い女の子に狙われようとしているのに、私はただ立って聞いているだけだった。こんなこと日常茶飯事なのでいちいち反応していたらキリがない。彼はいつも笑顔で社交的な性格の為、彼の周りには常に人がいる。可愛い女の子や美人な女の子に話しかけられてるのをよく見かけるし、そんな人たちと一緒にいて非常に絵になる。見ていてお似合いだなと思うほどだ。そして今月、3年に進級してからというものの、1年生や2年生の女の子達にも廊下や食堂などでよく声を掛けられているのを見かけるようになった。以前からモテるというのは十分に知っていた。何度も告白の呼び出しをされているのも知っている。それを毎回丁寧に断っていることも。その断り文句が「ごめんね、おれ好きな人がいるから」だということも。彼は全部私に隠そうとしないので、知ってしまうのだ。

「好きな人いるって言ってなかった?」
「え〜誰だろ?」
「ボーダーだったら綾辻さん?」
「綾辻さんなら仕方ないよね〜」
1つ下でボーダーにも所属する嵐山隊の綾辻ちゃんが話題に上る。ここ六頴館高校にはボーダーでオペレーターをしている可愛い女の子が沢山いる。私だってボーダーに所属しているけど、噂になったことなんて一度もない。やっぱり犬飼くんの隣は似合わないってことだろうか。犬飼くんと付き合う事になった時に1つだけ彼にお願いしたことがある。それは「お付き合いを公表しないでほしい」ということだ。犬飼くんはこのお願いを驚くほどあっさりと了承してくれた。「いいよ、付き合ってくれるなら」と。その時ほっとしてうれしそうな顔をしていたように思う。私みたいな地味で暗くて、パッとしない女が犬飼くんと付き合っているって知られたら犬飼くんの株が下がっちゃうよね。そう思うとやはり自分からお付き合いを公表する気にはなれなかった。犬飼くんは昔からこんな私でも他の人と対応を変えずに接してくれる優しい人だった。普段校内で私が犬飼くんと話す機会はほぼない。話そうとも思わないし、特に話す内容もない。たまに元気そうな姿を見るだけで十分だ。私がなんで犬飼くんに告白されたのかもわからないし、付き合っているのかもわからない。むしろ隣にいることでさえ烏滸がましいのではないかと思う時がある。ちょっとだけ、もし自分がすごくかわいくて、堂々と付き合えたらと妄想したことはあるけど、結局自分は自分で、人に何か言われるのが怖くて、なかなか言えずにいた。2年生の時に犬飼くんと付き合って、勇気を出して言えたのはボーダーの同級生女子くらいで、みんなには「ようやく付き合ったんだ〜」「初彼氏おめでとう」「犬飼君ついに決めたか」「いつくっつくかと思ってた…よかった」「二宮さんがなんて言うかな…」と温かいとは言えない微妙なお言葉をいただいた。ちなみに柚宇ちゃん、今ちゃん、倫ちゃん、摩子ちゃん、未来ちゃんの順である。

ああやって私も友達と「犬飼君かっこいいよね、素敵だよね」って人目に気にせず言えたらどんなにいいか。いつも以上に今日はネガティブな気持ちがおさまらなかった。こんな時にはみんなに相談するに限る。ちょうど春休みの宿題を柚宇ちゃんが提出していなかったらしく、同じクラスになった今ちゃんが激怒し、太刀川隊の作戦室で宿題をいまさらながらみんなで手伝いながらすることになっていて、集まる予定になっていた。未来ちゃんは防衛任務があるからまた参加できないらしいけど。…間が悪すぎない??



「それはさ、尚美はさ、犬飼君の彼女は私です!って言いたいってこと?」
「そういうわけじゃなくて」
「どういうわけ〜〜?」
「国近は手を動かす!!」
私と今ちゃんの話に入ってこようとする柚宇ちゃんを今ちゃんがたしなめる。怒った今ちゃんは怖いのだ。今年度同じクラスになってしまった以上、柚宇ちゃんをぜひ卒業できるように助けてあげてほしい。私だけではもう不可能なのだ。学校が私は違うからどう頑張っても無理がある。去年なんて試験期間勘違いしてたんだよ、柚宇ちゃんは。しかも、同じクラスに当真君もいると聞いた。ストレスで今ちゃんの胃に穴が開かないといいけど。

「いっつも、私があわててばっかりで、何とかしてあっと言わせたいの!」
「う〜ん、犬飼君結構尚美に振り回されてると思うけどなぁ」
摩子ちゃんが、自分の持ってきた古文の宿題をやっている。もうほとんど終わりそうで、右手にシャーペンじゃなくてポッキーを持っている。
「犬飼君あまり思ってること表情に出なさそうだもんね」
「いつも尚美がされてること、し返してみたら?」
「最近されて慌てたことないの?」
「う〜ん」
言われて私はつい最近あったことを思い出した。

私が夜中の防衛任務から帰ってきて、土曜日だったこともあり、そのまま昼間ずっと寝ていた。目が覚めるともう日が落ち始めていて、よく寝たなぁと体を起こしたら隣で犬飼くんが寝ていてびっくりした。声の出ない悲鳴を上げた。
「尚美チャン起きた?おはよ」
私が起きたことに気づいたようで、犬飼くんも体を起こす。隊服でも制服でもなく、私服で、何なら私の部屋に置いていった犬飼くんの部屋着を着ていた。前に泊まっていった時に「ごめんだけど、洗濯しておいてくれる?」と言われて洗濯しておいたのだが、次に来た時に持って帰るのを忘れたようで、結局私の部屋に置いたままになっていた。出しっぱなしにしておくのもあれなので、私のクローゼットの中の空いている一角に収納しておいた。気が付けばそこが犬飼くんの私物置き場になっていて、着々と荷物が増えて行っている。

「なんでいるの!?」
「合鍵くれたじゃ〜ん、くれたってことはいつでも遊びに来ていいってことだと思って」
「そんなことない!」
確かにこの間合鍵を渡したけど、そんなつもりで渡したつもりはなかった。ただ、私が不在の時によく玄関の扉の前で待っていてくれていたから、人目も気になるし、部屋で待ってくれたら、と思って渡したのだ。私がいるときにノンアポで入っていいというわけでは断じてない。
「え〜。ちゃんと今から行くね、って連絡したよ」
「返事がないんなら、だめに決まってるでしょ!?」
慌てて携帯を確認する。そこには確かに3時間前に犬飼くんから連絡が来ていて「今から行くね」と書いてあった。シンプル過ぎないか?それにいつからこの部屋にいるのだろう。口でも開けて爆睡していなかったか不安になる。犬飼くんなら写真でもとってそうだな。

「え、駄目だったの?尚美チャンはおれに会いたくなかった?」
「……!!」
犬飼くんが悲しそうな顔をする。罪悪感を覚えた。折角会おうとしてくれていたのに、いつまでも寝こけていた私が悪いのか。呑気に寝ている私を無理に起こそうとせず、そのままにしておいてくれたのは優しさなのか。
「そっか、それなら残念だけど、帰るね」
「え、いや、待って。」
犬飼くんがベッドのふちに座っていて、立ち上がろうとしたので、あわてて裾を掴んで引き止める。このまま帰してはだめだと私の勘がそう言っていた。嫌な予感がする。
「ん?」
「だめじゃないよ。せっかく来てくれたのに、ひどいこと言ってごめん」
慌てて謝る。起きてから自分の事しか考えていなかった。反省しなければならない。目を伏せて相手の反応を伺う。怒らせてこのまま帰ってしまうかもしれない。せっかく会いに来た彼女がようやく起きたと思ったら自分が部屋にいることを非難しているのだ。私だったら怒る。しかし、犬飼くんは私が想像していた表情とは180度違う表情をしていた。

「…良いけど、おれ傷ついたな〜責任とってもらわないと」
犬飼くんの声のトーンが変わった気がした。何か企んでいる時の声だ。そして、それとともに私のパジャマの裾から手が侵入してきた。不埒な動きをしている気がした。
「あ、こら、どこに手を入れて」
慌ててその手を止めようとするが相手の方が一枚上手のようで、先に私の手を片手でひとまとめにされた。完敗である。
「寝てる間はちゃんと我慢してたんだよ?偉くない?」
「えらくない!あ、だめ、こら!」

その後の事は思い出したくもない。


「……だめだ、だめだめ、無理」
人様に言えることではないので、そのまま黙る。しかし、それに気づかないわけがないだろう、この有能なオペたちは。そして気づいて黙っておくわけがない。

「何々?なんかあったの?」
「私たちに秘密にするなんて無理だよ」
「ほら吐きな?」
私を囲むようにして話しかけてくる。
「え〜私も気になるなぁ」
「国近はまずは宿題してから!」
柚宇ちゃんは今ちゃんに止められて参加してないが、それでも3人からの尋問に勝てるはずもなく。

「ん?のろけ?」
「結局エッチしてるんじゃん」
「犬飼君、最初だけじゃない。我慢してたの」
「初めて許したらやっぱり男ってがっつくよね」

「言いたいのはそう言うことじゃないの!ねぇ!!」
洗いざらい吐かされて、顔を赤面させることになった。だから言いたくなかったのに。


「なんだかんだいって上手くいってるじゃない?二人は」
4人に(結局柚宇ちゃんも話に入ってきた。今ちゃんは止めきれなかったようだ)からかわれた後、一息ついて摩子ちゃんにそう言われる。
「そう…かな?」
お付き合いするのは犬飼くんが初めてだし、人と比べる事も出来ないので戸惑う。上手くいっているのだろうか、私たち。

「そうだよ、ホワイトデー何貰ったんだっけ?」
「キーケースです」
既に知っていることを摩子ちゃんが聞いてくる。これは前に女子会の時に話したはず。

「で?最近、同じブランドのキーケースを犬飼君が持っていると気づいたわけで?」
肘をついてにやにやしながら倫ちゃんも話に入ってくる。倫ちゃんはポテチをパーティ開きにした。このポテチは太刀川隊の誰かの私物のような気がする。誰のだろうか。とりあえず見なかったことにする。名前を書いていないのが悪い。

「ちょっとうれしくなって、合鍵渡しちゃったんだよね〜?」
「うん、まぁ、そうだね」
柚宇ちゃんが休憩を今ちゃんに願い出て今こうやって会話に入っているのだが、休憩して15分が経過している。そろそろ今ちゃんの手刀が頭上に落ちる頃ではないだろうか。

「犬飼君は合鍵もらったのがうれしくってつい来ちゃったのよね」
今ちゃんはみんなにお茶を入れてくれていたようだ。お盆に湯気の立ったお茶を乗せてこちらへ来る。それをあわてて受け取った。本来であればここ太刀川隊の隊員である私か柚宇ちゃんがすべきところだろう。本当に今ちゃんは良く気が付く。今ちゃんをお嫁にもらう人は幸せだろうなぁ。いや、今ちゃんは案外自分で幸せは掴みに行くタイプだが。そこまで考えてまた自分の悩みの穴に入ってしまった。犬飼くんって私と一緒にいて幸せになれるんだろうか。もっといい人いるんじゃないだろうか。
「そうなの、かなぁ」

「それだけ犬飼君からわかりやすい好意受けといて何をまだ考えてるのよ」
「好意わかりやすい?」
今ちゃんはそういうが、私は犬飼くんの感情はわかりにくいと思っていた。流石はみんなトップレベルのオペだ。きっと表情とかでいろいろ察するのだろう。

「すごいわかりやすいと思うよ」
「それだけははっきりわかる〜」
「え、自覚なし?」
他の3人に少し引いた表情で言われた。私は全然気づいていなかった。前に犬飼くんにも言われたけど、もっと周りを見るべきなのだろうか。少し自分が怖くなってきた。

「わかんないなら、わかりやすくなるような事してみたら〜?」
「へ?」
今ちゃんにシャーペンを無理やり手に持たされた柚宇ちゃんが名案だと言わんばかりに私に言ってきた。
「そうね、それがいいのかも」
今ちゃんはうなづきながら、教科書をめくる。
「わかりやすく??」
「尚美にもわかるようにやきもちとか焼いてもらえばいいんじゃない?」
摩子ちゃんがお茶を飲みながら説明してくれる。
「たとえば?」
「他の男を名前呼びするとか?」
「あ〜尚美はみんなの事苗字呼びしているから、気になるだろうね。目の前で言ってみたら?反応良くわかるんじゃない?」

「え、いや、それは…」
案を出してくれた摩子ちゃんと倫ちゃんには悪いが、実はもうそれはやってしまっていた。その時の事を思い出す。


あれはいつの事だったか、もう数か月前の事のような気がする。あれはまだ烏丸君もうちにいた時だ。
珍しく太刀川隊の4人でそれぞれ個人ランク戦をしに行った時だ。太刀川さんは挑んできた後輩たちをばっさばっさと切り捨ててポイントを積み重ね、出水君はゾエさんとメテオラ連発の火力戦で派手な戦いを繰り広げ、烏丸君はオールラウンダーを目指す女の子たちに優しく教えてあげていた。私はというと、ちょうど通りかかった二宮さんをやや強引に捕まえて個人ランク戦をしてもらって非常に機嫌がよかった。その上「腕を上げたな」と滅多に褒めない二宮さんからお褒めの言葉をいただいた。二宮さんにこの後隊長の会議があると言われて、あわててお礼を言って別れた。よくよく考えてみれば太刀川さんもその会議に出席しないといけないんでは?と思ったがすっかり頭から抜け落ちていた。後で忍田さんにこっぴどく怒られたに違いない。
次は誰と個人ランク戦をしようか、玲ちゃんとかいないかなと探していると、ランク戦のロビーにある椅子に見慣れた人物が座っていることに気づいてあわてて声をかけた。

「ちょっと、こんなところに居ていいの!?」
「あ、なんだよ急に」
私にめんどくさそうに返事をしたのは影浦隊の隊長である影浦君だった。二宮さんが会議ということは隊長である影浦君も参加するはずだろうに、呑気に椅子に座って自販機で買ったであろう缶ジュース片手にくつろいでいた。
「隊長は会議じゃないの??」
「…」
「忘れてたでしょ!?早くいかないと!」
黙りこくった影浦君を急かすように、椅子から立ち上がるよう促す。本人は行く気が無いようで体重をかけて座っていた。
「うっせーな、知るかよ、んなもん!」
「だめだよ!A級の隊長とあろう人が!隊長としての務めを果たさないと!!」
腕を掴もうとするが、ふり払われる。しかしそこでめげる私ではない。もう付き合いは17年になるのだ。

「俺は会議とかそういうのが大嫌いなんだよ!」
「知ってるけど、そういうのも含めてお給料だから!お金貰ってる分ちゃんと働きなさい!」
「ほっとけ!鬱陶しい!」
立ち上がって私を無視して歩き出す。歩き出した方向はさっき二宮さんが向かった方向ではない。つまりサボりだ。仕方のない人だと思って後ろからつい声をかけてしまった。
「もー!まーくん!」
「…!」
「あ」
影浦君改めまーくんが振り返って私をすごい目で見てきた。
「その、呼び方で、呼ぶんじゃねぇ!」
「ご、ごめん!つい」
いつもは気を付けて「影浦君」と読んでいたのだが、無意識で昔からの呼び方で読んでしまった。従兄妹同士なので、私は小学生くらいまで影浦君を「まーくん」と読んでいた。中学生になり「雅人君」と呼び名を変え、高校生になった時に今の呼び名である「影浦君」へ変わったのだが、時々昔の呼び方で呼んでしまうのだ。私たちの会話を聞いていたであろう人たちの視線が浴びせられる。きっと影浦君にはさらに強い刺激が来ているのだろう。きっといい気持ちではないはずだ。申し訳ないことをした。
「ご、ごめん。嫌な気持ちにさせた」
「わかってんならすんな」
「うん、気を付ける、ごめ…!」
謝っている途中で私は何かわからないけど嫌な予感がした。周りをパッと見渡すがその原因はわからない。
「おい、どーした?」
急に黙った私に影浦君が聞いてくる。
「いや、なんか嫌な予感がして」
正直に答えると、私の事を良く知っている影浦君は納得がいったようで、しかしそのまま何かをしてくれるわけではなく歩き出した。
「そーかよ、んじゃ俺はもう行くぜ」
「え!?ウソでしょ」
「さっきから俺に刺さってんだよ、うぜえ」
今度はさっき二宮さんが向かっていた通路の方に歩き出した。会議に参加する気になったようだ。私の嫌な予感についてはスルーしたまま消えて行った。この予感がすごく恐ろしく感じて、早い所部屋に戻ろうと、太刀川隊のメンバーを探す。まだみんな個人ランク戦をしているようで、放っておくことに決めた。もたもたしていると危ない。ひょっとしたら影浦君のファンの子から呼び出されたりするかもしれない。従兄妹と知らない人が多いだろうし、仲良く話していたら嫌な気持ちになる人がいるだろうと思って、部屋の方に行こうと振り返った時だった。誰かの手が肩に置かれた。

「ねぇ…さっきの何?」

そこには無表情の犬飼くんがいた。そういえば今、辻くんが太刀川さんと戦っていたな、と思いながら。隊長の二宮さんが会議だから2人して個人ランク戦をしに来たのだろうな、とか。頼みの綱の未来ちゃんは狙撃手の合同訓練にでも行っているのだろうか、助けて未来ちゃんと思いながら目の前の犬飼くんをただ見つめていた。
「まーくん?ふうん。ほんと仲良いよね」
「え、犬飼くん、それはほら、従兄妹だから…」
「うん、知ってるよ。で、おれは尚美チャンのなんだっけ?」
そこそこ人がいるブース前でとんでもないことを聞いてきた。けど、今答えないと本当にやばい気がして、すぐに答える。
「彼氏です!犬飼くんは、彼氏です!」
しかしここで私は大きなポカをやらかしたようだ。
「彼氏のおれは、いつまでたっても「犬飼くん」で、従兄妹のカゲは、なんだっけ??」
「ひぃ、ご、ごめんなさい…」
「なんで謝るの?」
つい無意識に謝ってしまったが、それで許してくれるはずもなく。
「おれの下の名前知ってる?」
「澄晴くんです」
「そうだね、知ってるよね、よかった」
しばらくその場で何回も下の名前を呼ばされたのだった。




「あの時本当に怖かったからもう二度としたくない」
「あはは、そりゃ災難だったね〜!」
倫ちゃんがお腹を抱えて笑っている。他人事だと思っているが、本当に恐ろしかったのだ。あの後一週間くらいずっとどこでも下の名前で呼ばないと返事をせずにあの怖い笑顔で見つめてくるのだ。夢にまで出てきそうだった。あれ、あの人本当に私の彼氏だよね?

「犬飼くんは、ほんと目が笑ってないから怖いんだよ」
「そんなこと言ってシてるときは優しいんでしょ?」
摩子ちゃんがとんでもないことを言ってきた、シてるときって…
「そんなのエッチの時に可愛く下の名前で呼べばすぐご機嫌だよ〜男って」
柚宇ちゃんがまだ宿題の手を止めて話に入ってくる。さっきから全然進んでいない気がするが、今ちゃんも諦めモードだ。

「無理無理無理、恥ずかしすぎて、そんなことできない」
「え〜絶対喜んですぐにイっちゃうと思うよ?」
だんだん話がすごい方向に飛んでいく。
「あーそういう奴いるね!」
「いるいる」
「いや、そんなことないよ」
「なんで?」
私が否定したのを、にやにやしながら摩子ちゃんが聞いてくる。
「犬飼くんって全然イかないもん、きっと遅漏ってやつ…」
私も普段なら言わない話をつい言ってしまった。みんな犬飼くんの本当の姿をわかっていない。あの人がどれだけ恐ろしいか教えてあげようと、つい。出来心だった。

「ふうん?」
私の後ろからとんでもなく恐ろしい声が聞こえた。この声は振り向かなくても誰かわかる。いや、わからなくても振り向きたくはなかった。振り向いたら最後恐ろしいことになるとわかっているから。ひょっとして今の話を聞いていたのだろうか。

「みんなで宿題してるって聞いたからさ、差し入れにと思ったんだけど」
他の4人は何事もなかったかのように、宿題をし始めた。ひどい。

「それならご期待に応えようかな?もうこの子いい?」
「「「「どうぞ〜」」」」

あ、終わった。その後の私は成す術もなく自室に連れて帰られるのである。もちろん部屋の鍵は犬飼くんが開けた。



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