「I have a bad feeling about this.」 初夢はいつ見た夢が初夢なのか
「あ、今日か〜!!」
「へっ、え、あ、へっ?!」
年始最初の防衛任務が終わり、どうしようかと一人で廊下を歩いていると、これまた一人で廊下を歩いていた犬飼くんと鉢合わせした。
今年もよろしくと笑顔で言われて、そういえば今日は二宮隊も防衛任務だったことを思い出した。
二宮さんに新年のあいさつをしに行けばよかったと気づくも、後の祭りできっともう二宮さんは帰ってしまっているだろう。
ちなみに自分の隊のメンバーとは防衛任務前に初詣を一緒に済ませた。
肩を落としている私に気づいているのかいないのか、久しぶりに個人ランク戦をしようと誘われた。
狙撃手に転向してから個人ランク戦なんて数えるほどしかしていなかったので、最初は拒否したが、あまりのしつこさに根負けして10本勝負をした。
久しぶりに射手トリガーで個人ランク戦をしたけど、腕は鈍っていないように思った。
5対5で引き分けに終わった後に、さて帰ろうと別れようとしたが、そのまま帰れるわけもなく引き止められてお礼に晩御飯をおごるよと言われてしまった。
お正月に特にこれと言って予定はないし、寒さもあまり得意ではないので部屋でごろごろするしかなかったので、断りきれず、二人で本部基地から出て外にそのままご飯を食べに行くことになった。
私が良く行くかげうらは今日はまだ年始の休暇中なのでやっていないし、どこにしようかと悩んだ。
年始はどこもお店はやっていないんじゃ?と犬飼くんの表情を伺うように聞いて見たら、昨日街を歩いていたらおいしそうなお店を見つけたんだとにこやかに言われてしまった。逃げられず、もうそこにするしかなかった。
大みそかに町を出歩いてたの?もしや彼女でもできた?
まぁ、ここまではまだよかったのだ。しかし問題はここからだった。
本部基地から出るときに、そういえばと換装を解いた犬飼くんがいつもの犬飼くんじゃなかったのだ。
何を言っているのかと思うかもしれないが、明らかに換装を解いた犬飼くんが犬飼くんではなかったのだ。
目の前に立つ犬飼くんはかっちりした綺麗目なシャツに細身のパンツを履いて格好はあまり変わりないのだが、髪型が少し違ってて、おでこが出ていた。
普段の犬飼くんもまぁかっこいいけど、今の犬飼くんは少し大人っぽい。というか、大人だ。
目元が優しい感じがする。雰囲気が柔らかいような。
とりあえず一言で言えば大人の魅力がむんむんだった。こんなの聞いていない。
自分より20p高い犬飼くんを見上げる。
「うわ、こうやってみるとやっぱり幼いな〜この頃の尚美チャン」
犬飼くんの距離の近さに思わず後ずさる。
「ちかっ、近い!」
慌てて後ずさったので、足がもつれて後ろに倒れそうになる。今日はヒールのある靴を履いてきてしまったのだ。
「わっ、」
「あぶな」
目の前の犬飼くんにぐっと腕を引かれて、抱え込まれるような体勢になった。
その時に香った匂いが、いつもの犬飼くんの匂いと違って余計に混乱する。
私の知っている犬飼くんではない。
この人は誰だ。
真冬なので、寒がりな私はダウンコートを着ているが、分厚いコートでもわかる犬飼くんの暖かさと吐息にドキッとしてしまう。
「うーん、抱き心地も少し違うような気がするね」
ハハっと笑いながら私を抱きしめていた手を離して立たせてくれる。
少し違うとはどう言う事なんだろうか。私は何も変わっていないけど。
変わったのはそちらではないか。
「三つ編みも懐かしいな」
声もいつもより低いような気がする。
懐かしいって、私は毎日三つ編みだけど、どう言う意味だろうか。
私の三つ編みを触る手は普段と変わらない。
くるくる指で遊ばせている手つきは優しい。
「え、あ、犬飼くん…?」
犬飼くんと呼んで差し支えないだろうか。見たところ私より歳がだいぶ上の気がする。
冬島さんくらいだろうか。
「うん、犬飼くんだけど、そうだよね、そう呼ぶよね」
私の呼び方を聞いてケラケラ笑われた。
何がそんなにおかしいんだろうか。
「18の時は不満だったけど、今聞けば懐かしいね」
ぽんぽんと頭を撫でられた。何が何だかわからない。
自分は想像もできない事が起こって私はさっきから直立不動で固まるしかなかった。
これは夢なのだろうか。初夢?
するとポケットに入れてあったボーダー支給の通信機器が揺れた。
天の助けと思い、慌てて取り出して、相手が誰か確認もせずに出る。
「はい!」
「お、珍しく電話に出たな、お前今何ともない?」
相手はボーダーに勤める技術者の兄であった。
「私は何ともないけど、何ともなくはない!」
「意味わかんねぇけど」
自分でも何を言っているんだろうとは思うけど、だいたいあっているだろう。
「それが、あの、犬飼くんが」
「あ〜なるほど。犬飼がバグってんのか」
兄は話しながら何かを入力しているようで、カタカタ音がする。
なんだバグってるって。人に使う言葉ではないはずだ。
「お前、その目の前にいる犬飼は10年後の犬飼だぞ」
「へ、は、何言ってんの?」
「トリガーのバグで、10年後と入れ替わってるみたいなんだわ。何人か同じような症状が出てる」
「…そーなの」
犬飼くんだけじゃないんだ。
ちらっと見ると、私と兄の電話を見守ることにしたらしく、犬飼くんは壁に背を預け、ニコニコこちらを見ているだけだ。
その立ち方ひとつもちょっとかっこよくて腹が立つほどだ。
「今こっちで解析中だから、ちょっと待ってろ」
「待ってるってどこで」
「すぐにはわかんねぇだろうから、そこらへんで飯でも食っとけば?」
もう晩飯の時間だろと、電話の向こうの兄は今私の目の前で起こっている事件については大したことがないとでもいうような態度だ。
10年後の人が目の前にいるってどういうことだ。トリオン技術は何でもアリなのか。
「んじゃ、わかったらおれか冬島さん当たりが連絡するからな。んじゃ」
私の頭が理解しきれないうちに、兄との通話が切られる。
切られた通信機器の画面を無言で見るが、再度かかってくることはしばらく無いだろう。
えっと、目の前にいるのは10年後の犬飼くんで、今原因を解析中で
それまでご飯でも食べて時間をつぶしておけという事だったよね。
目の前の犬飼君になんて言うべきか。
というか、10年前に来てしまった犬飼くんが一番戸惑っているのではないだろうか。
「あ、あの…」
なんとかフォローしようと話しかけるが、犬飼くんは平気そうだった。
「知っちゃったならもういいか、おれ、これが10年後の姿だよ〜」
無駄にくるっと一回転しながら言われる。
軽い感じに言うところは今と変わりがない。
まだ信じられない気持ちだが、今日はエイプリルフールではないし。だますとしても盛大すぎる。おそらく本当なのだろう。
犬飼くんの姿を改めて見てみると、10年たってもスタイルの良さは健在で、髪の毛は少し歳のせいか落ち着いているし、話し方も少し落ち着いているように思う、あまりちゃらちゃらしなくなった。きっとこれはモテているに違いない。
10年たてば彼女もいるだろうし、ひょっとしたら結婚しているかもしれない。
無意識に左薬指を見てしまう。
その視線に気づいたのか、犬飼くんはさっと左手を右手で覆って隠してしまった。
「大丈夫、ずっと一緒にいるから」
最後にそう笑って教えてくれた内容に私は自分でも驚くほど安心するのだった。
novel top/
top