Fight The Blues



「俺はお前の努力も、苦労も、涙も、全部見てきたと思っていたがな。自惚れだったか?」
「っ…………!」

私には恵まれた才能なんてなかった。
トリオン量は隊員の中ではオペと比べても差がないほどだし、体格も小柄だし、どれだけ食べても、筋トレをしても筋肉がつくことはなかった。
この間なんて新入隊員に中学生かと間違われたくらいである。年下にタメ口をきかれるなんて日常茶飯事だ。
私がボーダーに入ったのは高校生だし、もう成人済みの立派な大人なのに。

自分の見た目は小学生の頃はなんとも思っていなかったけど、高校生になる頃には私の成長期はいつだったのかと思うほど、周りに差をつけられた。
いつも背の順は1番前で、男子に「チビ!」と揶揄われることが何度もあった。
相手は何の気無しに言った言葉だろうけど、私は言われるたびに自尊心を傷つけられた。
なんで私はこんなに背が低いんだろう。
手だってこんなに小さいんだろう。
痩せっぽっちなんだろうと思った。
お父さんもお母さんも平均くらいには身長はあったはずなのに。
日直で黒板消しをするときも、体育の授業でハンドボールをするときも私の自尊心は削られた。

「アンタは背が低いから仕方ないよね。ほら代わりにしてあげる」
「ボール片手で持てないもんね仕方ないよ。負けて当たり前だよ」

みんなは優しさで言ってくれたんだろう。
だけど私はその度に惨めになった。
持っている側の人間はそれが当たり前だから、その価値に気づけないんだ。
私がみんなより努力しても越えられない壁が沢山あると、何度も何度も小さな敗北を経験して感じとっていた。

「お前、チビのくせにそんな重たいもん持てねぇだろ?持ってやるよ。どこに運べばいい?」
「……好きでチビなわけじゃないから。放って置いてよ」
「そーかよ!心配して損した!」

きっと相手は良かれと思って言ってくれたことを私は素直に受け取れなかった。
可愛げがなかったと思う。
他にも小柄な子はクラスにいたし、そんな子は笑顔で「ありがとう。助かる〜」と答えていた。
自分もそうしたら良かったんだろうが、無理だった。
被害妄想かもしれないけど、下に思われていることが耐えられなかった。
か弱いふりをするのも嫌だった。対等でいたかった。
今思えば私が思う努力なんて大したことがなかったし、何をくよくよしていたんだと思う。
けど私は狭い世界で生きていて、本当にそう思っていたんだ。
世界に勝手に絶望していたんだ。


それでも、私はボーダーに加入した。自分でもできることはあると思ったから。
才能が無くったって、人を助けたいと思ったから。
自信を無くしていた私は、何かを得たくてボーダーに入隊したんだと思う。

ボーダーに入隊できたのは奇跡だった。
後から聞いた話、トリオン量が入隊できる最低ラインだったらしい。けど、上は何を思ったのか私を入隊させてくれた。そのため最初はボーダーに入隊できたからといって順風満帆ではなかった。
私の才能のなさはボーダーでも変わらなかった。なかなかB級に昇格できず、2年くらいC級でやっていたと思う。

トリオン量が少ないため必然的にブレードを使う攻撃手になった。
私には弧月が大きいし、重たいしで使い始めた頃は全然上手く扱えなかった。
刀に振り回されている私を見て、笑っている人も沢山いた。
「あんなチビがボーダー隊員?向いてないでしょ」
「どうせ直ぐやめるぜ」

同じ時期に入隊した人たちはとっくにB級、才能のある人なんかはA級に昇格していたし、隊長になって自分の隊を作っている人もいた。
羨ましいといったら嘘になる。
私も正隊員になって、防衛任務をしたい。
街の人を助けたい。
自分に自信が持てるようになりたい。
そう思っていた。
けれど思っているだけじゃそれは叶わなくて、また越えられない壁を感じて一人で絶望した。

私よりずっと後に入ってきた人たちにもどんどん抜かされた。
格下だと舐められて、ポイントを根こそぎ奪われたこともあった。
「おい、お前らも151番と対戦しろよ、狙い目だぜ!」
私のいるブースまで聞こえるくらいの声でそう言っているのが聞こえた。
次から次へと対戦を申し込まれて、断る暇もなく戦って、負けまくった。

同期入隊で仲良くしていた子も次々と正隊員になり、疎遠になった。
相談できる人がいなくなっていた。いつの間にか独りになった。
「正隊員になったら私の隊に来たらいいわ、歓迎するわよ」
そう言ってくれた子もいたけど、きっと本気じゃなかったと思う。
私なんかが入っても迷惑になるだけだし、彼女の株も下がってしまうだろう。


あと少しでB級に上がれるというところで何度も苦渋をなめた。
ポイントが高い相手ほど倒せばポイントを多くもらえるからだ。
コツコツ貯めたポイントをあっけなく取られていった。
「ありがとな〜おかげでB級だぜ」
とヘラヘラと笑って去っていく後ろ姿を上手く見れなかった。

負ける度に特訓した。
途中、新しくスコーピオンと言うブレードが開発され、私は思い切ってスコーピオンに変えて一からやり直した。
スコーピオンで戦う正隊員のログを何度も見たし、真似した。

そこで見つけた。私の目標とすべき人に。
他の男性隊員より小柄ながらも素早い身のこなしでスコーピオンを扱い、個人ランク戦の順位を駆け上がっていく人を。
小柄だったら、力で勝とうとしなくていい。
頭を使って、素早い動きで相手を圧倒したらいい。
トリガーの具体的な使い方を含めて、彼はいろんな気づきを私にくれた。
風の噂で彼が自分の部隊を作ったと聞いた時は凄いなと思った。
もちろん彼の出ているランク戦は毎回観戦した。

私よりずっとずっと上にいる人だったけど、それでも勝手に自分と同じだと思える人を見つけたのだ。
自分もこの人のようになりたいと思えた。
自分の持てるものを使って、出来うる努力をして、いろんな困難を乗り越えてきたであろう人。
他の人よりハンデは大きかったと思う。
そんな苦労はちっとも見せず、淡々と任務やランク戦をこなす姿がかっこいいと思った。
この人に負けないように、胸を張って隣を歩けるようになりたい、背中を預けて貰いたいといつしか思っていた。
憧れだった。

「こいつよえ〜〜マジで弱い」
「ポイント欲しい時はこいつとやったら良いんだよ」
「万年C級だもんな」
私に気づいているのかいないかのそう言っている自分より年下で入隊時期も後の人達の話を聞いたこともあった。
入隊して最初の頃は泣くまいと耐えようとしたが、耐えきれず涙をこぼしたこともあった。
泣いたことに対してまたあれこれ笑われ、嫌味を言われたこともあった。
今なら思う。
泣いたら負けだ。
ボーダーで1年以上いて、だいぶ精神的にタフになったと思う。
絶対次は負かしてやるからな、とそう自分に言い聞かせた。
ボコボコにやられた相手には必ずやり返してきた。
何度負けても最後勝てば自分の勝ちだとルールを決めて。
くよくよしている姿をあの人には見られたくない。
そう思えたら強くなれた。
女だと、チビだと、舐めている相手を見返してやりたかった。


彼の真似をして、彼のようになりたいと思って特訓をしてやっとの思いでB級に昇格した。
ようやくスタートラインに立てたと思った。
その時は少し自分に自信が持てた。
B級に上がってからはどこの隊にも所属することはなく、人手が足りないと言われればいつでも防衛任務に入るようにした。
B級に上がった時にはもう大学生になっていたため、時間の融通は比較的効くようになっていたからだ。
防衛任務でトリオン兵を倒して、少しでも自分の能力を上げたかった。

どこでその噂を聞きつけたのか、都合が悪くなった隊員が私に直接シフトを代わってくれないかと言ってくるようになった。
最初にお願いしてきたのはモサモサしたイケメンの子で、確かA級一位部隊に所属している人だったと思う。
その日の防衛任務が終わってどうしようかとのんびり本部基地内の廊下を歩いている時だった。
後ろから声をかけられたと思ったら切迫詰まった声でお願いされたのだ。
「あの、急にすいません。俺バイトしていて、そこが急な欠勤で人数が足りないらしくて呼ばれてしまったんですが、今から防衛任務が入ってて……」
「じゃあ代わります」
自分より年下なのにボーダーもしていて、バイトもしているなんて、なんて努力家なんだろうと感動したものだ。
きっと頼める知り合いみんなに声をかけてそれでもどうしようもなくて困っていたのだろう。
見知らぬ私に声をかけるほどだ。
人助けができるなら、と即答した。
彼は断られる前提で話していたんだろう。
私が快諾したことに大層驚いていた。
「何かお礼を」
「じゃあ、今度個人ランク戦お願いします」
「それでいいなら」

その後、モサモサしたイケメンとは個人ランク戦を度々する仲になった。
彼との個人ランク戦は思わぬ副産物もあった。
彼と個人ランク戦をした後に女性隊員に個人ランク戦に誘われるようになったのだ。
しかもかなり高ランクの人達に。
ボコボコに負けることが多いが、それでも自分の腕を上げるにはもってこいでありがたくその誘いを受け続けた。
「烏丸先輩が相手をするくらいだからどんな実力者かと思ったら大したことないじゃない」
「雑魚じゃん、相手にして損した」
そう言われても特に気にならなかった。
むしろ女性隊員にランク戦に誘ってもらえたのが嬉しかった。
今度ボコボコにし返してやるからな、とは思ったけど。しばらくしてからボコボコにしたけど。
やられたらやり返すがその時から私のモットーになっていた。
どんどん精神的にタフになっていったように思う。

私は大学生なので、たまには大学にも行く。
ボーダーに所属していると、授業料が少し安くなるのがありがたい。
たまたま学内を歩いていたら、大量の課題プリントを片手に立っていた攻撃手ランク1位、個人ランク総合1位の人に声をかけられたことがある。
「ちょっとお願いがあんだけど?」
「は……?」
たまたま同じ学部だった私は、そのままその人の課題を手伝うことになり、代わりに私はある見返りを求めた。
「課題ならいくらでも手伝うけど、その代わり私と個人ランク戦してほしい」
「そんなことでいいのか?つかお前防衛隊員だったのか!知らなかった!」
ガハハと口を大きく開けて笑うその人は悪気なさそうだ。
そりゃ大した実力もないB級隊員なんぞ貴方は知らないでしょうよ。
「同じ学部でしかもボーダー隊員だなんて俺は本当に運が良かったな!」
今でも時々呼び出されては課題を手伝わされているが、運が良かったのは私の方だ。
この人と個人ランク戦をするようになってから他のトップランカーの人にも相手をしてもらえるようになった。
やはりNo.1攻撃手なだけあって目立つ。
個人ランク戦をしようと私と連れ立って歩いている時に、他にもこの人と個人ランク戦をしようと声をかけてくる人が当然いるのだが、律儀にこの人はこう言うのだ。
「悪いな、先約があるんだ」
私との約束を破ったことはない。
どれだけ高ランクの人に誘われても必ず私との約束を優先してくれるのだ。
そこまでしてNo.1攻撃手が相手をするやつはどんなもんなんだろうと、興味を持ってくれた人が私の相手をしてくれる。
「期待外れだったな」と心無い言葉をかけられることもあるし、大抵私は毎回ボコボコにされるのだが、それでもたくさんの経験が手に入った。
常に戦っている時のイメージは憧れのあの人だ。
あの人には遠く及ばなくても、あの人のイメージで動けば体が軽くなる気がした。
いくらでも戦える気がした。


しかも、このひげ男を助けることによってひげ男の師匠だと言う人にも知ってもらえるようになった。
その師匠はまさかのボーダーの本部長だった。
「いつも慶の面倒を見てくれてありがとう」
「忍田さんなんで知ってんの〜」
「あ、いえ、そんなお互い様なので」
「これからもよろしく頼むよ、私に協力できることはさせてもらう」
本部長にそんなことを言われてしまっては、言うことは一つだ。

「それなら一つだけ……」
「なんだ?」
「トリガーを少しいじってもらいたくて」
「なら、技術者に話をつけておく」
こうして自分専用にトリガーを改造してもらう権利を得た。
本来であればA級隊員にならないとできないことだが、あいにく私はどの隊にも所属していないので、A級になる手がなかったのだ。
このNo. 1攻撃手の課題や試験の面倒を見るのはなかなか大変だったが、それ以上の恩恵があった。
見返りをもらった以上卒業までこの人の面倒を見なければいけないのは少しプレッシャーだがやるしかない。



それと正隊員になって隊服がC級隊員の時とは違って自由に選べるようになった。
私は迷わず青にした。真っ青で気持ち良いくらいの青。
「俺と一緒じゃん〜〜実力派エリートは人気者だなぁ」
なんて言ってくる古株の隊員がいたが無視した。
貴方と一緒じゃない。私の憧れの人と一緒なんだ。
一緒の隊には入れないからせめて、と私のわがままだ。

「お姉さんさ、才能あるよ、俺のサイドエフェクトがそういってる」
ボーダーに入隊して1年。
C級隊員でいることに少し気持ちが疲れている時に急にそう声をかけられたことがきっかけで見かけるとお互い挨拶をするようになった。
「新しいブレード、試してみない?お姉さんにオススメ」
スコーピオンの存在を教えてくれたのも彼だ。
いつも彼は私が悩んでいる時にふと現れて一言サラッと言って去っていくのだ。
本人はその気はないのかもしれないけど、私を何度も助けてくれている。

それに貴方と一緒だなんて恐れ多い。
貴方がどこの隊服も着ないのは、その特別な能力があるからでしょう。
私とは全然違う。
貴方は人に必要とされているじゃない。
笑って誤魔化したけど、この人には色々見透かされているんだろうな。

あと、人のお尻を触ってくるのはやめて欲しいです。




正隊員として部隊に所属する人とも少し話すようになったし、ランク戦をしてもらえるようになった。
B級隊員としてそれなりに充実した日々を送れるようになった。
けど、やっぱり私の見た目は変えられないので、こう言う輩に絡まれることは多々ある。

「ね、1人で何してんの?俺たちと個人ランク戦しない?」
「色々教えてあげるよ?」

見るからにB級上がり立てのような男性隊員複数に囲まれ、個人ランク戦を誘われた。
器の小さい奴がよくやる手だ。
ポイントを稼ぐのにまずは弱そうなやつから。
普通のB級隊服を着ていて、一人でいる私は狙われやすい。
自分で言うのもなんだが、小柄な体型に加えて顔も少し幼い私は相手からは高校生かひょっとしたら中学生に見えているのだろう。
成人を既に済ませているが、お酒を買えば毎回年齢確認されるし、ボーダーの帰りに夜道を歩いていて補導されかけた回数も数えきれない。
大学校内を歩けばなぜここに子供が?と不審な視線を向けられる。

「ポイント低いようだし、戦い方ってのがわかってないんじゃない?」
「入って何ヶ月??」
昔なら自尊心が傷つけられて、またくよくよしていたんだろうが、私も色々成長した。
「本当ですか?ありがとうございます」
にっこり笑って個人ランク戦を受けることにする。
そう、私は最近であれば普通のB級隊員程度であれば負けることがなくなった。
個人ランク戦をした回数であれば多分上位に行くだろう自信がある。
そして負けた回数はきっとトップだろう。
個人ランク戦を積み重ねた分だけ自分の自信になっていった。
最初は負けてばっかりで負けるたびに自信をなくしていたが、その経験もあって今の自分がいると胸を張って言える。負けても良いじゃないか。訓練だもの。
この間攻撃手ランク1位の人にポイントを取られまくってかなりポイントが少なくなっていたから、遠慮なくポイントをいただくことに決めた。
いろんな人と戦ってきて、立ち振る舞いを見て大体その人のレベルもわかるようになった。
見るからにこの人たちは雑魚だし、小物だ。



「お前!B級だろ?ずるいぞ」
「……は?」
「そうだ!B級は特殊トリガーは使用禁止だろ!」
「……え」
「せこい手使わないと勝てないのか!」
そんな事初めて言われた。
容易にボコれると思った相手に反対にボコボコにされた悔しさなのだろうか、人目も気にせず、ブースから出てきてすぐに大声でそう罵られた。
最初にトリガーをフルに使っていいと確認したし、ルール違反はしていないはずだが。
確かに開発室で専用トリガーを依頼できるのはA級の特権だが、使用禁止ではないはずだ。

「貴方たちの負けは負けですよね?じゃ、私はこれで」
負け犬はよく吠える。
そう思いながらいくら慣れたと言えど聞いてて気持ちいいものではないので早くこの場を立ち去ろうとする。
ポイントも少しながら手に入ったので、良しとする。
試してみようと思っていたグラスホッパーもうまく行った。
最近新しくB級ランク戦に参戦した玉狛第二のエースがグラスホッパーをよく使っているのだが、その使い方がすごいのだ。
つい試してみたくなってグラスホッパーをトリガーに入れてみたが、彼のように使いこなすのはまだ先のようだ。
あとでログをもう何回か見て動きを見直す必要がある。
私は物覚えが悪いので、繰り返し練習しなければ。

「おい待てよ!」
「どうせお前特別扱いされてんだろ?そんなトリガー持ってるくらいならよ!」
「親が金でも積んだか?」

後ろから投げられた言葉に思わず立ち止まってしまう。
いくら負けたからってそれはないだろう。
人の努力を馬鹿にしていい権利はどこにもない。
人のしてきた苦労を知りもしないで。
振り向いて、今言葉を放った人たちの顔をゆっくりと見つめていく。
女だからこう言うことを言われるのだろうか。
弱そうに見えるからだろうか。
何が悪いんだろうか。

「なっ、なんだよ!?」
「泣くのか!?女はすぐに泣けていいよな!泣けばいいと思ってんだろ」

泣くつもりは全くなかったけど、言葉が出てこなかった。
相手の大声で、ギャラリーが増えてきた。
誰も私を庇ってくれる人はいない。
遠巻きに見ているだけだ。
ああ、女の私に恥をかかされたことで向こうのプライドが傷ついたんだろうな。
私に謝らせたいんだろうな。
自分を正当化したいんだろうな。
どうしたらいいのかと頭が真っ白になってしまった。


「何を騒いでいる」
突っ立っている私の後ろから声をかけられた。
その声にドキリとする。

「か、風間さん!」
目の前の男が慌てて声をかけるのを聞いて私も振り返る。
そこには風間隊隊長であり、攻撃手ランクNo.2でもある風間さんが立っていた。
恥ずかしいところを見られてしまった。
私の憧れの人。
目標としている人。
規律に厳しい人だ。
揉め事なんてもってのほかだろう。
謝罪しなければ、そして早くここを立ち去ろうと決める。

「すみま」
「お前達はこいつがなんの努力もしていないとでも?」
私が謝ろうとするのを気にせず、ずいっと、風間さんは男達に詰め寄った。
その姿は男達より身長が低いにも関わらず威圧感があった。
大きく見えた。頼もしかった。
「悔しかったらこいつの10分の1でもランク戦をしてから出直すんだな」
もしかして私のこと擁護してくれている?
風間さんの後ろ姿を見て、半信半疑だった。

「けど、風間さん!こいつ特殊トリガーを使ってて、B級の癖に!」
人前で風間さんのような実力者に嗜められて、納得いかなかったのだろう。
また男達の1人が私を指差して言う。
「問題ない。当然の対価だ」
バッサリと向こうの文句を切り捨てる。
「それと目上のやつにどういう言葉遣いをしている」
「え、目上って」
私は風間さんと直接話をしたことは一度もない。
私は防衛任務もたくさん入っているが、混成部隊で同じになったこともなかった。
「こいつはお前達より入隊時期も先だし、年も上だ」
「は?」
「嘘だろ……」
「嘘じゃない。実力でも劣っているお前達は言葉には気をつけろ」

「…………」
なんで話したことのない風間さんが私の入隊時期や年を知っているんだろう。
驚きの連続で私は本当にただ立っているだけだった。
「ああ、そうだ」
最後にダメ押しのように風間さんが付け加えた。
「こいつを見くびっていると痛い目に会うぞ?もう遅かったかもしれないがな」
「「「す、すいませんでした!」」」

男達は走って廊下の方に行ってしまった。
騒ぎが収まって、ギャラリーも徐々に減っていく。
ここでようやく風間さんと目があった。
先ほどまでは厳しい目をしていた風間さんの空気が少し和らいだ気がした。

「えっと、あの」
そうだ、お礼を言わないと、と声をかけようとするが、緊張してなかなか言葉が出てこない。
じっと風間さんは私を見ていた。
「その、あの、」
風間さんは無言で私の前に立つと私の頭をそのままクシャっと撫でた。
予想していなかった動きに私は目を見開く。
今、頭を撫でられた?
私より少し背の高い風間さんが至近距離で立っている。
これはどういう状況なのだろうか。
ひょっとして夢でも見ているんだろうか。
緊急脱出してそのまま寝ているのかもしれない。

「お前の努力している姿を見るのは嫌いじゃない」
風間さんが急に口に出した言葉に私は驚きを隠せなかった。
見てくれてたんだ。
私の努力なんて誰も気づいていないだろうと思っていた。
それでも良かった。
努力なんて自分のためにすることだから。
誰のためでもない。
自分自身のためだから。
けど、内心誰かに言って欲しかった。
頑張ってるねって。
褒めてほしかった。
自分のしている行動を肯定してほしかった。
けどそれをしてくれる相手がこの人だったなんて。
言いようのない高揚感を得る。
全身が熱くなるのを感じた。

もう言葉が出てこなくて、涙が出そうになる。
けどここで泣いちゃダメだ。
この人は強い人が好きなんだから。
私もそうでありたい。
「そんな、風間さんからしたら私の努力なんてまだまだで……」
「俺はお前の努力も、苦労も、涙も、全部見てきたと思っていたがな。自惚れだったか?」
「っ…………!ありがとうございます」

堪えきれずに流した涙には気づかないふりをしてくれた。




後から聞いたら、烏丸君が私に防衛任務のシフトを代わってほしいと最初にお願いしてきたのは、風間さんに「あいつに頼んでみたらどうだ?」と教えてもらったかららしい。
私が防衛任務に結構な頻度で参加しているのは早くから気づいていたそうだ。
そりゃよく考えてみればシフトを作っているのは風間さん達年長者だ。

太刀川くんが私に課題を手伝ってほしいとお願いしてきたのも、風間さんが「あいつに頼め、同じ学部だ」と太刀川くんに教えていたかららしい。
おかげで自分の負担が減ったと風間さんは珍しく笑っていた。
私が手伝う前は風間さんが太刀川くんの課題を手伝っていたらしい。

私が知らぬところで風間さんは色々助けてくれていたらしいし、私を見守ってくれていたようだ。
自分が声をかけてはいらぬ注目とやっかみを与えるかもしれないから、と思ってくれていたらしい。




「迅さん、風間さんの隣にいる方って誰ですか?」
玉狛支部から本部基地に空閑、千佳、ヒュースと一緒に来ていた。
たまたま用事があるからと一緒にこちらに来ていた迅さんに風間さんの隣にいる見慣れない女性について尋ねる。
風間さんと何やら話しているようだ。風間さんは少し笑っているようで、雰囲気がいつもより柔らかく感じる。
「……ん?ああ、野良のB級隊員だよ。風間さんのお気に入り」
「へぇ、風間さん随分年下の人を弟子にしてるんですね」
最初に風間さんに会った時に高校生くらいかと思ったことがあるが、風間さんは21歳だと教えてもらった。
風間さんの隣にいる女性は自分とあまり歳も変わらないように見える。
そうなると木虎とも知り合いだろうか。
「弟子でもないし、随分下でもないよ。俺より年上だし」
「ええ!そうなんですか!?」
迅さんがケラケラ笑って教えてくれた。
まさか迅さんより年上だとは。
そうなると成人していることになる。
女性を見た目では判断してはいけないと言うことを母で十分知っていたはずなのに、危なかった。
直接本人と話す前に知ってよかった。

「見た目で油断してると痛い目見るよ?遊真もヒュースも」
迅さんがニヤニヤしながら空閑とヒュースにも話しかけた。
「か弱いフリして、かなり強いからな」

それを聞いて風間さんと女性の元に走っていく空閑の姿があった。