とんでも無いものを見てしまった件について


今思えば人の為になるならと親元を離れて、慣れない土地で1人で生活を送る中、日々真面目に活動するおれを見て神様がくれた贈り物やったんかも知れへん。

 

それは夜間の防衛任務を終えて、そのまま狙撃手の合同訓練に参加し、さて一旦作戦室に戻ってゆっくりするかと歩いていた時だった。珍しく廊下には人気がなく、おれ1人だった。誰もいないことをいいことに、東さんに奢ってもらった飲み物片手に通信媒体で水上先輩に作戦室にいるかと連絡でも入れようとしていた。 



「っわ!」
「あ」 


よそ見をしながら歩いていたせいで、廊下の曲がり角で人にぶつかってしまった。
しまったやってしまったと思った。体への衝撃はあまり無かったが、おそらく当たりからして、自分より小柄な女性だろうとは思った。女の人にぶつかってしまったとは。怪我などさせていないといいが。衝撃で後ろに倒れてしまったであろう、ぶつかった人をゆっくりと見下ろしてガン!と頭に衝撃が入った。もちろん物理的にではなく、精神的な衝撃ではあるが。
そのぶつかった人がまさかの人だったのだ。
おれがボーダーに入隊した時にお世話になった人で、前からちょっといいなと思っていた人なのである。向こうはきっとボーダーに入隊する隊員なんて何人もいるだろうから覚えていないだろうけど、おれは初めて親元を離れて遠くで一人暮らしをすることになって少なからず心細い思いをしていたところに、あれこれと世話を焼いてくれたこの人のことを忘れる事ができず、ボーダーに慣れて仲間や友人が沢山出来た今でも気づけば、目で追いかけていた。


「すんません、前よく見てなくて」
人好きのするとよく周りからは言われる笑顔でサラッと謝るが、心の中は嵐のように荒れていた。暴風雨である。とりあえず落ち着かなければ。不意に訪れたチャンスに動揺が隠しきれない。普段なかなか話しかけるチャンスがなく、たまに見かけるだけだったのだ。

「こちらこそすいません」
彼女が尻餅をついたままおれにそう返してくるが、その格好がとんでもなかった。今外は雨が降っているが、彼女は今まで外にいたのだろう。少し髪の毛が濡れていて、ボーダー支給の制服のジャケットは着ておらず、シャツだけの姿になっていた。そしておれとぶつかった拍子におれが持っていた清涼飲料水がかかってしまったのだろう。服が盛大に濡れていた。普段からしっかりと身だしなみを整えている印象の彼女にしては珍しい乱れっぷりである。そして……服が濡れたせいで、中の下着がしっかり透けてしまっていたのだ。黒だった。




「んで、服汚してもうてすんません」
「これくらい大丈夫。制服だし洗ったらなんとかなるでしょ」
おれに返す言葉は普段のイメージ通り、ザ仕事のできる女性といった感じだ。アクシデントがあっても慌てず、淡々としている。おれが最初に会った時もこんな感じだった。あまりにも雑談などをしないから怖そうなお姉さんだと思っていた。けど、こっちにくる時に乗った新幹線に乗り間違えたと連絡した時も別段慌てず、すぐに対応策を教えてくれた。部屋の鍵を無くしたと言った時もすぐに業者を呼んでくれてお陰で一晩野宿せずに済んだ。困った時に優しくされてころっと落ちてしまったのかも知れないが、わかりづらくもある優しさに、気づけばお姉さんのことを目で追うようになってしまったのである。沼である。本人はきっと仕事の延長線上だと思って対応してくれたのかも知れないけど、それは深く考えないでおく。

洗ったらなんとかなると言っているが、こんなに濡れた服のまま自分のデスクまで戻るつもりなのだろうか。流石にそれは勘弁して欲しいし、恥じらいは持って欲しい。ここは男性隊員や職員がかなり多くいる。こんな扇状的な姿を見て何も思わない男がいるだろうか。
そこでおれは一つの可能性が頭をよぎった。もしや彼女、服が透けているのを気づいてない?いやまさか、しっかりしていそうな彼女に限ってそれはないだろうと思うけど、そのまま立ち上がってこの場を去ってしまいそうだと思い、声をかける事にする。
後で彼女におれが透けているのに気づいていて敢えて黙っていたと思われても困る。悪いイメージを持たれたら嫌なのだ。



「透けてますよ、下着」
「へっ!?うわっ、やだっ」


おれの一言で彼女の表情が崩れた。それがおれの何かも崩した。理性というやつであろうか。それを教えてくれる人は周りに誰もいない。声もさっきまでの一定のトーンから乱れたのがわかった。慌てて両腕を胸の前に置いて隠そうとする。彼女の崩れた表情をみて、つい思わず言わないで良い事まで声に出してしまった。さっきから視線を逸らせずにいたのだ。どうしても目で追ってしまう。
「顔に似合わずえっろいのつけてますねぇ」
そうなのだ。今までは清廉な印象をこちらに嫌でもかと与えておいて、透けて見える下着は清廉とは言い難いものだったのだ。彼女の秘めたる部分がこうなっているとは誰が想像しただろうか。
おれの言葉を聞いた彼女の顔色が赤くなるどころか真っ青になったのを見て、なぜか背中がゾクゾクした。これはなんだろう。この今感じた気持ちは。
支配欲というものだろうか。
彼女の隠していたものを暴いてしまったからだろうか。
これは彼女が周りに隠していた事なのだろうか。
知られたくない事なのだろうか。
おれだけが知っているのだろうか。
独占欲というものなのだろうか。
そうであればこれは今まで感じたことのない感情だった。
決して悪くない初体験だった。
彼女は尻餅をついたまま動けずにいたので、目の前にしゃがむ。
近づいたことによって、さらに彼女の秘密がよく見える。
手で隠そうとしているが、隠しきれていない。
教えてあげんとあかんかもなぁ。男は隠されていると余計に暴きたくなるもんなんですよ、って
ちなみにさっきまでスカートの中も見えていた。ばっちり見た。ストッキング、ガーターベルトで止めるのは…

「こんなギャップ反則とちゃいます?」
ダメ押しに彼女の胸元にトンっと指を当てる。
ちょうど心臓の辺り。このまま彼女の心を奪ってしまおうか。じっくり距離を縮めていこうと思っていたけど、向こうから来たのだ。遠慮する必要はないだろう。鴨がネギ背負ってきた的な?
指一本だけでも彼女の鼓動が聞こえてきそうだ。いや、自分の鼓動が聞こえているだけかもしれない。

今まで見ているだけだった彼女がこんなに近くにいて、自分のことを認識しているなんて。考えただけでまたゾクゾクと何かが込み上げてくるようだった。白い清廉としたボーダーの制服に美しい黒い花のようなレースが浮かんでいる。肌の色も白いから黒がよく映える。この制服もなかったらどんなに綺麗なのだろうか。

「え・・・」
彼女は戸惑うように声を上げた。
声もこんな近くで初めて聞いた。少し幼い感じの声がまたギャップやなぁと思いながら。今まで聴いてた声は事務的な話し方だったから堅く聞こえるし、作った声だったのだろうか。
「こんなん見せられて、そのままほいさよなら〜ってできると思います?」
そう、この秘密は大事に大事に使わせてもらわないといけない。今までただ見ているだけでチャンスを狙っていた可哀想なおれへの神様からの贈り物なのだから。

しかし今はこの廊下に2人きりだがいつ誰がくるとも限らない。これはおれだけの秘密にしておきたい。この秘密を誰とも共有するつもりはない。

「えっと、その・・・」
自分で隠す気がないのか、考えがないのか、そのままでいる彼女にすることは一つだ。

「思春期真っ盛りの男子高校生には刺激が強すぎやねんなぁ」
自分の着ていた生駒隊の隊服をさっと脱いで彼女の肩にかける。触れた肩だけでおれとは違う華奢な体だということを実感する。
これが廊下じゃなくて、おれの部屋だったらこのままこの細い肩を押して、ベッドに押し倒して・・・
と思わずよからぬ妄想をしてしまう。

「はい、腕通して?」
おれのいうがままに行動する彼女が一気に幼く見える。遠くから見ているときは仕事のできる憧れのお姉さんといった感じだった。髪を綺麗に結って、見えるうなじに大人の色気を感じて、いつも何か書類を抱えて前を真っ直ぐ見てヒールのある靴をカッコよく履いて、姿勢良く廊下を歩く姿を見るのが好きだった。
けど、これは本当に反則だろう。一気にイメージが崩れる。もちろんいい意味でだ。
確かにいつもしている真面目な表情を崩したいと思っていた。けど、こんな簡単に崩せるとは思っていなかった。そして想像していたよりもその表情は良かった。

隊服のチャックを上まで上げると、おれの隊服に包まれている彼女が出来上がった。
予想以上にクるものがあった。彼シャツとか今まで馬鹿にしてた。ごめんなさい。好きな人だったらなんでもOKやわ。

「こ〜んな素敵なもん隠しとった理由はあとでこれ返して貰う時にゆっくり聞かせてもらいますね?」
口元が緩むのを抑えきれず、けど、相手を怖がらせない様に努めてゆっくり言い聞かせるように話す。
そうだ。隊服はおれの家に持ってきてもらおうかな。それが良い。その時にじっくりその素敵な物を見せてもらおう。
口をパクパクと動かすだけで何も声を発さない彼女が可愛い。その口も塞いでしまおうか。そうしたらどんな表情でおれをみてくれるんだろう。想像するだけで楽しい。

「お姉さんの秘密、黙っておいて欲しいなら、おれのお願い、聞いてくれますよね?」

「わかりました…」
何故か敬語の返事に不思議と嫌な気持ちはなくて、むしろ

「おれ、ますますお姉さんのこと気に入ってしまったわぁ」