secret lover

あれ、私、いつ告白オッケーしたっけ?そう思った時にはもう彼の中では付き合う事が決定していたらしい。呑気にテラスで紅茶を飲んでいた私は「嵐山さんの事よろしく頼みますね!」なんて佐鳥君と時枝君に話しかけられて、佐鳥君の顔に紅茶を吹きかけた。
どういうことかと佐鳥君に聞き返すと、作戦室で嵐山くんが妙にうきうきしていたらしい。不思議に思った時枝君が訊ねると「彼女が出来た」と言われたらしいのだ。それで、その彼女が私らしい。そこまで聞いて私は頭にはてなマークが沢山浮かんだ。
私が、嵐山くんの、彼女。何故そうなったのか他人事のように考えていた。そして私は2日前の出来事を振り返る。


その日私は大学の構内を歩いていた。次の講義のある教室に向かおうと友達と話しながら歩いている時に、後ろから声を掛けられた。
「すまん、ちょっといいか」
声だけで誰かはわかった。振り返ると思った通りの人で、少し顔がこわばってしまった。
「何かな?嵐山くん」
ここ三門市で知らない人はいないであろう、ボーダー本部所属のA級嵐山隊の隊長嵐山准だった。私もボーダーに一応所属しており、同い年というだけあって交流はある。あるというか、同い年のみんなでごはんを食べに行ったり、遊びに行ったりするので、比較的仲は良い方だと思う。私はどちらかというと同性でワイワイするのが好きなので、オペの同い年3人組と一緒にいることが多いが。
「できれば、二人きりになりたいんだが。他の人に聞かれるとな…」
ちらっと私の周りにいる友達を見てそう話す。他の友達はボーダーではないので、この言い方だとボーダー関係の話かと思い、頷く。
「聞かれちゃまずい話?わかった」
友達に断りを入れて、嵐山君の後ろをついていく。校内での嵐山君の人気は絶大で、二人で歩いている最中、何人もの人に嵐山君は話しかけられていた。そのたびに嵐山君は笑顔で手を振ったり、一言二言話したりしていて、人当たりの良さを思い知る。流石三門市のアイドル。広報部隊、嵐山隊の名は伊達じゃない。そのまま校内を出て、中庭のようなところに出た。嵐山君の足が止まり、こちらを向く。

「好きだ、付き合ってほしい」
「へ・・・?」

何の話だろうと思い、話し出すのを待っていると、予想していなかったことを言われて、思わず変な声が出てしまった。
「好きだ、俺と付きあってほしい」
嵐山くんがもう一度私の目を見て力強く言ってきた。いや、私聞こえていたんだけど。聞こえていたんだけど、脳の処理が追い付いていないだけなの。まさか今嵐山君が私に告白した?
「あの、ボーダーかなんかの用事じゃないの…?」
おそるおそる聞いてみる。二人きりになりたいって、てっきり私ボーダーの機密事項だから他の人に聞かれるとまずいからだと思ってた。
「ん?何のことだ?」
恐ろしく会話がかみ合ってなかった。私はおそらくパニックになっている。だって、あの嵐山君が、私に告白してきたらしい、信じきれないので、私は後になって思えばかなり失礼なことを聞いてしまった。
「ひょっとして、嵐山くん、私の事好きなの??」
「そうだが」
「ひえ」
まさかの即答だった。そして私はまた変な声が出てしまった。こんなイケメンに告白されるなんて。ひょっとしてすごくリアルな夢を見ている?私寝坊してるんじゃないこれ。
「答え、聞かせてくれるか?」
私の顔を覗き込むように、聞いてくる。答え、答えというと、告白の返事というわけで。
「ほ、保留で!!」
ここで私のダメな性格が出た。「迷ったら後回しにする」だ。別名「臭い物にはふたをしろ」だ。決して嵐山君が臭いというわけではない。嵐山君はいつもいい匂いだし清潔感あふれるイケメンだ。たとえが悪かった。こんなこと思っていると知られたら、ファンクラブの人に刺されるかもしれない。
「保留ってことはいい意味で考えてくれているってことか?それだけでも教えてほしい」
嵐山君にずいずいと前のめりに聞かれる。私はその分後退した。距離が近すぎて、気が狂いそうだ。イケメンは近くで見るとまぶしすぎて耐えられない。
「えっと、それは」
どうしよう、なんて答える?仮に告白にOKしたとして、それが周りに知られたら、ファンクラブからは刺されるどころか血祭りにされるし、校内を堂々と歩けなくなるかもしれない。三門市での嵐山君の人気はイケメン俳優、ジャ●ーズすら凌駕するのだ。老若男女からモテモテである。そして告白を断ったとしても、それが知られたらファンクラブの人から「身の程知らず!」と市中引き回しの刑に処されるかもしれないし、今後嵐山君と会った時に気まずいし、同じ年の集まりには参加しづらくなる。どっちに転んでも私には死しかないので、さっき私がした「保留」という案が一番よかったのだ。このままいいお友達でいるのが一番いいのだ。しかし嵐山君はそれを許してくれないようだ。それにしてもなぜ私なんかに告白を?考えていると、一つピンと思い浮かんだ。そうだ、それしかない。
「ひょっとして、嵐山君罰ゲーム」
「それはない」
また即答された。え、違うの?絶対これだと思ったんだけど。よくあるじゃない。罰ゲームで女の子に告白するってやつ。けど、された方は結構傷つくし、よくよく考えたらそんな酷いこと嵐山くんみたいな誠実な人がするわけないか。そりゃ心外だと思って即答するよね、失礼な事しちゃった。
「ごめんなさい」
慌てて謝る。早とちりしすぎた。けどそうでもないとしたらなんで私に告白なんてしてきたんだろう。また考え込む。
「ごめんなさいってのは告白の返事ってことなのか?」
すごく悲しそうな声でそう言われた。あ、勘違いされている。
「いや、そういうわけじゃないよ」
「じゃあ、良いのか?」
ぱっと明るい顔で聞かれる。うっ、私この顔に弱いかも。すごいきらきらした顔でこちらを見てくる。
「う〜良いっていうか、なんというか…」
何て答えようかと思い、言葉を濁していると、嵐山君の携帯が鳴った。
「すまん!」
嵐山君は携帯をさっと確認して一言私に断りを入れて、電話に出る。急ぎのようだ。
「どうした?」
話し始めた嵐山君を横目に私も携帯を確認することにする。
気が付けば講義はとっくに始まっており、私は自主休講していることになっていた。まぁ、ボーダーに所属していると、防衛任務などでそういうことはしょっちゅうだ。課題さえ提出すれば単位はもらえることがほとんどなのであまり心配していない。さっき一緒にいた友達に連絡を入れておくことにする。まさか告白されてて講義を休むとは言えず「ボーダーの事でちょっと休むから後でノート見せて」と連絡した。嵐山君はボーダー関係の知り合いだし、嘘は言っていない。
「すまん、話の途中で。ちょっと今から本部に戻らないといけなくなった!」
嵐山君の電話も終わったようだ。そして、このまま本部に行くようでほっとした。よかった。とりあえずこの場は切り抜けられそうだ。後の事は誰かに相談しつつ考えたらいい。
「そっか、嵐山くん大変だね、頑張ってね」
笑顔で手を振る。この妙な緊張感から解放されると思ったら笑顔になれた。なんかうまく言えないけど、嵐山君と一緒にいると緊張しちゃうんだよね。
「ああ、ありがとう、また連絡する」
嵐山君もにっこり笑ってくれて、そのまま2人は別れた。


少し長くなったが、ざっとこんな感じだ。どう考えても付き合った記憶はない。オッケーと言った覚えもない。けど、嵐山君の中では私と付き合っていることになっているらしい。謎だ。
目の前でうれしそうに話す佐鳥君と時枝君には悪いが、付き合ってはいない。けどそれを面と向かって言えるほど私は強くなかった。
「へぇ、嵐山くんが、そんなこと…」
「前から先輩方は仲が好さそうでしたもんね」
時枝君に言われてそうだったっけ?と思う。確かに同い年のみんなとは仲がいい方だと思うし、他の学年よりも横のつながりは強いと思う。上は上で二宮さんと加古さん、太刀川さんの相性の悪さだったり、堤さんのチャーハン事件が目につくし、下は下で、犬飼君と影浦君の中の悪さはボーダーでは有名だ。それに比べたらうちの代は仲がいいと思う。男組は嵐山君が企画して旅行していたし。そういえば、いつもうちの代の集まりは嵐山君が声をかけてくれていた気もする。一人だけ隊にも所属せず野良でB級にいる私にも声をかけてくれる当たり嵐山君は優しいなぁなんて前はのんきに思っていたものだ。

「あれ、珍しい組み合わせじゃん」
「迅くん、久しぶり」
「お疲れ様です」
「おつかれで〜す!」
噂をすれば同い年の迅くんがふらっと現れた。玉狛所属の彼とはなかなか会う機会は少ない。それこそ同い年の集まりで会うくらいだ。彼はブラックトリガー持ちなので、本部のランク戦にも参加しない。
「ははっ、おもしろいことなってんな」
迅くんは私の顔を見てすぐに笑った。失礼な奴め、さてはSEを使ったな。何を見たんだろうか。
ちなみに同じ年の男性で一番話しやすいのは柿崎くんだが、次点が迅くんだ。嵐山くんよりずっと気軽に話せる。彼はSEで私を何回か助けてくれた。主に忘れ物や、寝坊についてだけど。
「なにそれ?どういう意味?今度は何?ハトのフンでも落ちてくる?」
じろりと見て、吐けと促す。また私が未来でやらかすのだろうか。不運に見舞われる前に何とかしておきたい。
「違う違う、今回はそんなんじゃない。ただ…」
「ただ…?」
「外堀、だいぶもう埋まってるみたいだな」
「は?」

迅くんが言った言葉の意味を知るのはきっともうすぐ。

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