彼女の匂い

蒼也の匂いってどんな匂いだっけ
ふと思った私は、今我が家の台所で汚れた食器を洗ってくれている蒼也の背後にそっと立った。最初に私の部屋に来たときなんて洗い物なんて危なっかしくて見ていられなかったけど、今じゃすごく綺麗に洗ってくれる。集中しているのか、私が後ろに立っても気づいていないみたいだ。私よりあまり背丈の変わらない彼を見て、彼が気づくより前にぎゅっと背中から抱き着く。するとふわっと香ってきた彼の優しい匂い。

「なんだ、どうした?」
私が抱き着いたことで、蒼也が聞いてくる。驚きはしていないようで、食器を洗う手は止まらない。それに構わず私は彼の背中にほっぺを当てて、ぎゅっと抱きしめる。お腹のあたりで手を結んで、離れないようにする。普段なら絶対しない事なので、我に返るとすごく恥ずかしくなってきた。絶対に顔を見られないように少し顔を隠しながら抱きつくのをやめない。なんで私は今日こんなに積極的なのかはわからない。

「どうした、さみしくなったのか?」
蒼也は私を背中に引っ付けたままの状態で洗い物を続ける。
「蒼也の匂い嗅ぎたくなっただけ」
適当にごまかす。後ろにいるので赤くなった顔もバレないはずだ。蒼也の匂いは何故か前から落ち着く匂いで好きなのだ。
「で、俺はどんな匂いだった?」
くすくす笑いながら聞かれる。
「天気のいい日に干したバスタオルみたいな柔らかさと暖かさといい匂い」
太陽の匂いがした気がした。じりじりと焼けつくような太陽ではなくて、陽気な太陽の匂い。
「それは服の匂いじゃないか?」
「違うよ、蒼也の匂い」
私だって同じ洗剤を使っているけど、それとは違ういい匂いなのだ。すりっとほっぺをこすりつける。言わないけど、男らしくて少しセクシーな匂いだってする。大人の男性のいい匂い。お腹に回した手で蒼也のお腹を触る。相変わらずいい腹筋をしている。ついつい触ってしまうのだ。


「お前は今日はいつもと違う匂いな気がする」
蒼也が私の手をはぎ取るようにして、お腹から遠ざけた。もう少し触っていたかったのに。どうやら気が付いたら洗い物は終わったようだ。
「いや、特に変えてないよ」とだけ答える。本当に身に覚えがない。むしろ蒼也の理論で言えば、洗剤もシャンプーもボディソープも何もかも蒼也と同じものを使っているのだ。
「そんなことはないはずだ」
くるりとこちらを向いた蒼也と目が合う。
「お前はいつもいい匂いだが、今日は特段いい匂いだ」
「何そっ、わ、」
笑う私を蒼也はマジメな顔をして抱き上げた。
「もっと近くで確認したい」
抱き上げたまま慣れた手つきでそのまま寝室へ向かおうとする。寝室の扉を器用に足で開けて、ベッドに放り投げられた。

「え、え、え、」
「誘ってきたのはお前だ」
そのまま覆いかぶされる。この時だけはあまり変わらない身長のはずなのに、蒼也が大きく感じられる。
「誘って、ない…!!」
「いや、誘ってきた」
強引にコトを進めようとする蒼也の手を止めようとするが、あっけなく両手を頭上で縫いとめられて何もできなくなった。気が付いたら、両足も動けなくなっている。
「抱き着くのも、腹を触るのも、全部だめだ」
「は、はい、すいません…」

この後どこの匂いを嗅いでいるのかと泣いて拒否するくらいに嗅がれた。

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