11
「まだ……残ってるよ、コード」
「?!何だと?!」
「うん……青色と、白色…」
安室さんの焦りと驚愕に満ちた声が聞こえる。どうやら彼にとっても不覚の事態らしい。心臓が、ドクン、と跳ねる。痛い。
「クソ……!完全じゃないのか、この設計図は!」安室さんのイライラしたような声が聞こえる。暗闇に慣れた視界では、青色と白色のコードがチカチカと嫌に光って見える。
「両方切った方がいい……?」そう言うと「片方はブービートラップだ!切った瞬間爆発するぞ!」と叫ぶように言われる。爆発、いやに現実味を帯びた言葉に、じわりと汗が滲む。
(ど、どうすれば………)
スマホがバッテリー切れとなり、ビデオカメラも使えない。安室さんがもしも扉のこちら側にいたら、何か分かったかもしれないのに。爆弾の内部やコードの配置を見て、どちらが正しいか分かったかもしれないのに。でも、彼はこちらにいない。伝える手段もない。隣に、いないんだ。
涙が滲み、慌ててそれを拭う。
違う、安室さんじゃない、わたしだ、爆弾を解体しているのは、わたしだ。しっかりしないと。
「安室さん……」
「…何ですか?」
「わたし、コード、切るよ」
切らなければ、どのみちわたしたちはアウトだ。それなら、少しの希望にかけて、どちらかのコードを切ろう。やってみよう。しっかりしろ、わたし。
「だから、だからね…。安室さん、今すぐ逃げて。捜索隊がもしも近くにいたら、安室さんなら爆発に巻き込まれずに済むかもしれないから…」
「は……」
「大丈夫!わたしも、後から行くから!今月は占い大吉だったの!2分の1なんて、余裕だよ!大丈夫!」
不安、恐怖、全てを振り切るかのように明るい声を出した。そうしないと、座ることも出来なさそうだった。ずるずると扉にもたれかかる。扉の向こうに、彼はいるのに。
「安室さん……」
違う、違うんだよ。こんな震え、すぐに落ち着くよ。最期だなんて、考えたくないのに。でも、でももしものことがあったら。わたしが、人生最期に会いたいのは。
「名前」
ドアの向こうから、大好きな声が響く。体が、心が、わたしの全てが欲してやまない声が、優しく、優しく響く。いいよ、と全てを許すかのように、包み込むかのように。
「零、くん………」
こんなときに呼べるなんて、何て切ないのだろう。
零くん、零くん、確かめるように名前を呼ぶ。「あぁ」と彼は一つ一つに返事を返してくれた。
「名前の好きな方を切れ。それがどんな結果になっても構わない。お前の好きな方を切ればいい」
「零くん……」
「ただし、俺もここにいる。お前を置いて逃げたりなんかしない。大丈夫だ、死ぬときは一緒だ。それなら怖くないだろ?」
どこか自信に満ち溢れた声。あぁ、零くんだ。扉の向こう側に、零くんがいる。遅いよ、来るのが遅いよ。あとタイマーは5分もないんだよ。目の前には爆弾があるんだよ。わたしの選択で、ここにいるみんなの運命が決まるんだよ。怖くないはずないじゃん、バカ、バカ。
「………うん、怖くない」
それでも、零くんがそばにいるなら、きっと大丈夫。そう思えた。
ポロリと涙が一粒零れ落ちる。鼻をすする音が聞こえてしまったのか、「相変わらず泣き虫だな」そう言って笑う声が聞こえた。わたしも思わず笑う。魔法使いみたいだなぁ、零くんは。
「そうだ、」と腕時計を見る。もうそろそろ、時間だ。
「零くん、今日、何の日か分かる?」
「は?」
ゴーンゴーンと、遠くで鐘の音が響く。0時を過ぎ、日付が変わる。
「誕生日、おめでとう!」
紙袋に入ったままの、プレゼントを横目で見る。青色のネクタイ。今月の零くんのラッキーカラー。偶然にも、残ってるコードの一つと色が一緒だ。それを胸に一度抱きしめてみる。カサリ、音がした。
「は……」困惑に満ちた零くんの声。あぁ、やっぱり忘れてるんだから。だと思ってたんだよ。
「零くんのことだから、きっとお誕生日忘れてると思ったし……それに、みんなにも違う日で伝えてると思ったから…」
『降谷零』の誕生日を知っている人、ましてや祝おうとする人なんて、きっと片手に収まってしまう。彼の仕事を考えたら仕方ないけれど、それは悲しいことだ。だから、せめて、わたしだけでも、この日を祝いたかった。
出会ってくれて、ありがとう。
産まれてきてくれて、ありがとう。
そう零くんに伝える。あれだけ色々考えていたのに、シチュエーションは最悪だったなぁ。零くんの驚いた顔、見たかったのに。爆発まで、後3分しかない。
けれど、せめてこれだけでも伝えられたから。誰でもない、零くんに。
「もう、悔いはないよ!」
あはは、と心から笑えた。周りの人がギョッとわたしを見る。会話は聞こえていないが、わたしが爆弾を解体してることは知ってるはず。気がしれたのかと思われたに違いない。
でも、わたしの心は、さっきより晴れ晴れとしている。
「……ふざけんなよ」
扉の向こうから、零くんの声が聞こえてくる。
まるで何かを堪えているかのように、少しだけ震えていた。
「そんなこと言われたらもう、生まれ変わってもお前を手放せなくなる……」
最高の言葉だ。胸にブワッと何かがこみ上げる。
それと同時に、わたしのいた周りがミシミシ、と音を立てた。崩れる、瞬時にそう思って、爆弾を抱えて扉から離れる。ガラガラ、と砂埃を立てて先程までいた場所は瓦礫に埋もれてしまった。零くんは……。ううん、彼はきっと無事だ。そして、きっと、わたしも無事で。彼にもう一度会うんだ。
零くんの声はもう聞こえない。けれど、きっと、近くにいてくれてるから。
爆弾を見る。
1本のコードに、ハサミを近づける。いけない、また涙が溢れてきてしまいそうだ。
一度、目を閉じる。零くんの顔を頭の中いっぱいにする。そうすると涙はもう出てこないから。目を、開ける。
パチン。コードを、切る。
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