01


ふわり、ふわりとまるで浮いているような感覚がした。

(ここ、どこだろう……?)

体がとても重い。目を開けるのさえ億劫に感じる中、わたしは目線だけで辺りを辿ろうとする。
辺りは広々としていた。草原のような場所。背後にはお日様が照っていた。わたしの身体は鉛のように重く、思わず座り込んでしまいそうだった。けれど、何かの力で無理矢理立たされているような、そんな奇妙な感覚がずっとしている。

(安室さん………)

すると遠くに、見知った金色が見えた。よく見覚えのある顔。ようやく見つけた見知った顔に思わず駆け出しそうになる。けれど、足が、身体が、動かない。息苦しさが身体を襲い続けている。
ゆっくりと彼を見る。そこで、おかしな事に気がついた。
彼は、随分と冷たい目をしていた。よく見ると、服装は見覚えがないスーツのような、バーテンダーのような服。黒色に包まれた彼は、まるで知らない人のようだった。お仕事……なのだろうか。

ゆっくりと、安室さんが何かを取り出す。その手にあったのは………拳銃。照準は、なぜか、わたしだった。

(零、くん………?)

冷たい目からは、何も感じられない。彼が、ゆっくりトリガーを引く。バァンッという音が響いた、はずだった。けれど、わたしには何も聞こえない。

(……どうして、)

スローモーションのようだった。
余りにも強い衝撃に崩れる身体。彼に目を向けると、何故か少しだけ泣きそうな顔をしていた。





「…………はっ!」

ベッドから思わず飛び起きてしまっていた。息が荒い。どうやら悪い夢を見ていたようだった。時計を見る。まだ7時にもなっていない。せっかくの休日だったのに、随分と早い目覚めだ。でも、二度寝する気にはならなかった。

「なんて夢見ちゃったんだろう……」

頭を押さえる。夢の中で、安室さんがわたしを撃った。理由は分からないけれど、彼の仕事を考えたらもしかしたら有り得ない未来ではないんじゃないかな……。安室さんから秘密を教えてもらったときちゃんと覚悟はできていたのに。やっぱり、安室さんからあんな目をされると思うと怖い。

「……って!夢は夢!」

両頬を、ぺちと叩く。目を覚ませ、わたし。あれは夢であって、現にわたしの身体に、銃による傷はない。安室さんに付けられた傷なんてないじゃないか!不思議な夢だったなぁ、で終わらせる!
気合いを入れ直す。そうだ、せっかく早起きしたのならポアロでも行こう。そう思ってモゾモゾと用意を始めた。


「変な夢?」

そうしてポアロに行くと、目をキョトンとさせて安室さんがわたしを見た。「そうなんだよー……」とわたしは肘をつく。そして今日見た不思議な夢について安室さんに話した。切り替えが早いところがわたしのいいところで、それはもう笑って話せるような出来事になっていた。

「ね?可笑しいよね」
「確かに。安室さんがそんなことするはずないですよね」

一緒に聞いてくれていた梓さんが笑う。それにわたしは「うーん」曖昧に返す。うーん……安室さん相手に100%ないとは言いきれないからなぁ。それを彼も分かっているのか、「ハハハ……」と苦笑している。出されたハムサンドを大きな口で頬張る。うん、やっぱり今日も安室さんが作ったものは美味しい!こんな素敵なモーニングが食べれるなら、変な夢で起きれたことも逆にいい事じゃないかなぁ。もうちょっと休日も優雅に使おっかな!そう思ってると、「サービスです」と安室さんから甘いカフェオレが出される。

「まぁ僕としてももちろんそんなことはしたくはありませんが……」

うんうん、とわたしも頷く。撃たれるって相当痛そうだもんなぁ、とどこか他人事のように考えていた。

「もしもその方法以外あなたを救えない……となったら話は別ですがねぇ」
「どんな場面なのそれー」

アハハ、と笑った。安室さんの秘密を知っているといっても、そんな場面を経験したことがなかったわたしには、全く想像がつかなかった。

「…………」
「……? 安室さん、どうしたの?」

だから、彼がどこか難しい顔をして考え事をしている姿を見て、思わず首を傾げてしまった。「あ、いえ、何でも………」手を広げてふるふると首を振る安室さん。不思議に思ったけれど、あんまり詮索はしないほうがいいかな、なんて考えた。「そういえば」切り替えるように安室さんが言う。

「今日はこのあと何か予定はあるんですか?」
「あ、そうなの!今日ね、蘭ちゃんと園子ちゃんとエッセイストの男の人のサイン会に行くんだ」

卸したてのワンピースをヒラリと安室さんに見せる。この後わたしは女子高生二人組と仁科稔さんというグルメエッセイストのサイン会に行く予定なのだ。「へー」と安室さんが言う。

「蘭ちゃんの影響でわたしもその人の本を見るようになったの!どれも美味しそうなお店なんだよね…!」

きっと素敵な人が書いているんだろうなぁ。あまりグルメには詳しくないけれど、今日のサイン会は楽しみだ。どんな人なんだろう、なんてミーハー心が騒ぐ。ウキウキと安室さんに話す。

「ほぉー……彼氏の目の前で別の男の話ですか……」
「え?!」

「楽しそうですねぇ」思いがけない彼の反応に、わたしはバッと顔をあげる。安室さんは変わらず、人当たりいい顔でニコニコ、と笑っていた。だけど、何だろう、この冷たい空気は……。え、もしかして安室さん、焼きもち焼いてるの?! え、そんな焼きもち焼くような人だったっけ?! 困惑しているわたしを見ながら、安室さんは笑みを崩さない。その後ろでは梓さんが面白そうな顔でわたしたちを見ていた。

「わっ、わたしは!安室さん一筋!です!!!」

はっ!と気づいたときにはもう遅い。色々考えすぎた結果、わたしは思わずそう叫んでいた。は、恥ずかしい………! 顔から日が出そうとはこのことだ。「へぇーそうなんですねぇ、僕一筋なんですねぇ」一瞬驚いた顔をしたけどすぐにニコニコと笑った安室さんは、とても愉快そう。安室さん、とっても意地悪だ………!

「あ、あ、もう待ち合わせ行かないと!それじゃあ!」わたしは逃げるようにポアロを飛び出したのだった。安室さんが気をつけて、
と笑っていた。



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