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「お待たせ、蘭ちゃん園子ちゃんー!」

待ち合わせ場所に着くと、もう2人はすでに到着していた。「遅くなってごめんね」「全然です!」笑ってそう言ってくれる蘭ちゃんの腕には大事そうに何かが抱えられていた。あ!それは!

「仁科さんの最新本だ!」
「そうなんですー」

照れくさそうに笑う蘭ちゃん。それにサインをしてもらうのかな? 素敵な考えだ。わたしも何か持ってくればよかったなー。そう考えたけれどもう遅い。何かサインしてもらえそうなものは持ってたかな………。ゴソゴソとカバンの中を探ろうとすると。

「何か名前さんコーヒーの香りがする!」

不意に園子ちゃんがわたしの服をくんくんと嗅ぎ出す。突然だったからビックリした。「園子!」と蘭ちゃんが園子ちゃんを咎めるように呼ぶ。コーヒーの匂い? あぁ!「朝ポアロ行ってたんだ」とわたしが言うと、なるほどと2人は頷く。

「朝から安室さんに会いに行ってたんだー! ラブラブねぇ」
「もう園子ったら!」

そういう蘭ちゃんもすごいニヤニヤしてて何だか楽しそう。今朝の梓さんと同じ顔をしている。からかわれた、そう気づいた時にわたしは「も、もう!早く行くよ!」と話を逸らすしかなかった。
……そういえば今朝の安室さんもあんな顔していたなぁ。





「次の方どうぞ!」

サイン会場となっている本屋さんは、すごい人の数だった。どうやら本の人気はもちろん、作者の仁科さん自体が相当人気らしい。ほとんどのファンは女性だ。蘭ちゃんが最新本を手に嬉しそうに列に並んでいるのと同時に、わたしはカバンの中からようやくメモ帳を探し出した。よし、これなら!

「よし!はい、どうぞ」

そんなこんなしている内にあっという間にわたしの番だ。間近に見る仁科さんは意外にもかっこいい。「応援してます」とか在り来りな言葉だけ言いサインを貰うと、わたしはレーンからすぐに外れた。人が多くて酔いそうだったけれどわたしは満足していた。有名人のサインだ! 初めてだから嬉しいなぁ。次にサインをもらった蘭ちゃんは「美味しい本をたくさん書いて下さい!」と嬉しそうに言っていた。美味しい本って………。思わず笑うと、仁科さんも面白そうに笑って「ありがとう」と蘭ちゃんに言っていた。

「写真で見るよりずっといい男じゃん! あたし、あのタイプ結構好みなんだー」
「もう、園子ったら」

その帰り道、園子ちゃんがもらったサインを見ながら笑う。園子ちゃんの好きな男の人のタイプは目まぐるしく廻るのでわたしも蘭ちゃんも苦笑するだけ。でも確かに……。

「うん、でもかっこよかったよねぇ」

わたしがそう言うと、二人は驚いたようにわたしを見てきた。……? 何か変なこと言ったかな?

「名前さんそれ安室さんの前で言ったらダメですよ」
「え? 何で?」
「当たり前じゃない! 彼女がホイホイと他の男をかっこいいって言ってていい気持ちになる人はいないわよ!」
「園子ちゃんが言うことなのかな……」

心の中で苦笑する。実は朝にもう言っちゃってるんだよね…なんて言ったら二人に怒られそう。そんな他愛もない話をしていたら、わたしたちが歩いている歩道の隣の駐車場に、1台のスポーツカーが乱暴に駐車してきた。うわ、危ないなぁ。園子ちゃんも「乱暴な運転するやつだな!」と怒ってる。確かに事故でも起こしたら大変だよな…。

「あの人……」
「ん?」

出てきた女の人は派手な色のジャケットとスカート、そしてへそ出しというセクシーな格好をしていた。あれ?どこかで見たことあるような。

「やっぱり!モデルの小山内奈々よ!」
「あぁ、その人だ!」

蘭ちゃんの言葉にスッキリする。今日は有名人にたくさん会うなぁ。「あたし、女には興味湧かないの!」と園子ちゃんはそそくさと歩き出してしまった。





その後園子ちゃんの提案で3人でお茶をすることになった。どうやら毛利一家が今日の夜ディナーに行くらしく、話題は専らそのことだった。「今回も蘭がお膳立てしたんでしょ?」園子ちゃんがジュースを飲みながら蘭ちゃんにそう聞く。

「うん」
「あんたも苦労してんだねぇ。10年前だっけ?お母さんが出ていったの……」
「そう、私が7歳の時……」

何となくわたしが口を出すことではないかな、と甘いカフェオレを飲む。蘭ちゃんのご両親が別居していたことは知っているけれど、その経緯はもちろん知らない。

「二人が大喧嘩していたことは覚えてる……。別居の理由は性格の不一致らしいわ…」

蘭ちゃんが少し悲しそうにそう言う。蘭ちゃんのお母さん――妃英理弁護士は、負け知らずと有名な弁護士さんだ。そして言わずもがな、安室さんが弟子として師事してもらっている毛利先生は眠りの小五郎として有名だ。性格の不一致か……。でも今でも離婚はしていないから、いつでも戻りそうだけどなぁ……。それに二人はそれなりに仲良しとも聞くし。蘭ちゃんも二人が別居だと寂しいよね。何か他に理由でもあるのかなぁ……。大した推理力も持ち合わせていないわたしは温くなったカフェオレを飲みながらぼんやりとそんなことを考えていた。



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