03


その週末、また珍しくも早起きしたわたしは何となく公園にランニングをしに行こうと思って家を出た。最近ちょっとお肉がついてきたような……安室さんが作る料理が余りにも美味しいからつい食べすぎてしまうのだ。このままだと豚になってしまう! 運動せねば! そう意気込んで準備運動をする。

「あれ? 目暮さんじゃないですか!」
「ん? あぁ……あの毛利くんの弟子とよく一緒にいる……」

そこで偶然見知った顔に出会った。目暮警部は毛利先生と仲がいい刑事さんだ。安室さんと一緒にいるとき、何度かお会いしたことがある。あちらもわたしを覚えていてくれたようで、何となく流れで一緒に走ることになった。やっぱり刑事さんは運動しないとダメなんだなぁ。目暮警部は意外と走るのが速く(失礼だけど)、ついていくのが精一杯。自分の余りの体力の無さにトホホと泣きそうになる。

―――ドッ。

しかし次の瞬間。わたしが気がついたときには、目の前を走っていた目暮警部が倒れていた。え? 何が、起こったの? 「目暮警部?!」走り寄ると、お腹に何かが刺さっていた。苦しそうに呻く目暮警部。これは……矢? な、なんでこんなものが……。そうこうしている内に警部のお腹はドンドンと血が滲んでいき、ハンカチで止血をしようとするが、そんなのはもちろん何の意味もなくて。慌てて警察と救急車を呼ぼうとする。手が、震えている。犯人、犯人が近くにいるの? 何で目暮警部が? 頭がパニックになる中、必死で通報をするしかなかった。





幸い目暮警部は急所から外れていて命に別状はなかった。そのことを知らせてきたのは別の刑事さん。そして間もなく、毛利先生一家、それと子どもたちがやって来た。わたしが第一発見者ということを知らされたのか……その後ろには少し硬い表情をした安室さんがいる。「名前、」と彼に呼ばれ思わず駆け寄る。目の前で事件の現場を見るのは、やっぱり怖かった。ホッとしたように息をつき二度ほどわたしの頭を撫でてくれた彼が「怪我はないかい?」そう聞いてくれたので静かに頷いた。

使用されたのはハンドタイプのボウガンだと判明したが、原因も、もちろん犯人の目星も、何も分からないらしい。これからの捜査方針について話し合っているのを安室さんの後ろで黙って聞いていた。今回は急所を外れていたけれど、もしも当たりどころが悪かったら命に関わる。イタズラ、なのかな。怖いな…。

「ところで、ボウガンを撃ったと思われる場所から妙なものが発見されました」

ふと白鳥刑事がジャケットの内ポケットから何かを出した。安室さんの後ろから顔を出し、それを見る。……何だろう、剣?

「何だこれは…」
「西洋の刀みたいね…」

どこかで見たことがあるような…。でも思い出せないから気のせいなのかなぁ。記憶に自信もなく、すぐに気のせいだと考える。安室さんを見ると、顎に手をあてて何やら考え事をしていた。何か分かったのかな。

「そういえば名前さんも近くにいたんですよね」

蘭ちゃんがわたしの所に心配そうに駆け寄ってくる。「うん、でも全然平気だよ…」外傷はないから、そう言って笑う。身近な人が事件に遭うのはやっぱり辛いらしく、蘭ちゃんはどこか不安そうな顔をしていた。

「もう起きてほしくないよね…」

そうポツリと漏らす。蘭ちゃんも「ですね」と悲しそうに頷いた。目の前で、倒れていく目暮警部。刺さる矢、流れる血。その映像が、頭の中からどうしても消えてくれない。思わず俯いてしまう。ふと、温かい感触が左手に広がった。見ると、安室さんがこちらに目をよこさないまま手を握ってくれていた。心配してくれたのかなぁ。少しだけ心が軽くなるなんて。なんて単純なんだろう。思わず苦笑してしまいそうだったが、少し安心したわたしは彼の手をそっと握り返したのだった。





しかし、何も起きてほしくない、その願いも虚しく、次々と不可解な事件が起きた。蘭ちゃんのお母さんである妃弁護士が毒に倒れ、そして、阿笠博士もボウガンで撃たれたのだ。さすがに毛利先生も他人事とはいかないらしく、捜査に参加するようになった。それに安室さんもついて行くと言うから、わたしも彼らと一緒に阿笠博士が運ばれたという米花中央病院へと向かうことになった。安室さんの車の助手席に乗り込む。車内の空気は少しピリピリしていた。それもそうだ、次々と知り合いが狙われているのだから。

「名前さんも…わざわざありがとうございます」

毛利一家を後部座席に乗せ、安室さんが車を出す。わたしにありがとうと言う蘭ちゃんは、少し疲れているようだった。

「そんなこと……。大変なことになっちゃったね…」
「狙わているのはどうやら毛利先生に関係のある方っぽそうですね…」

安室さんがバックミラーを見ながら毛利先生に話しかける。毛利先生は硬い表情をしていた。狙われている人物を考えると、何となくそのことは分かる。

「でもなんで…?」
「それは分からないが…」

安室さんもまた、硬い表情をしていた。「すまねぇな」毛利先生がボソリと呟く。

「お前も彼女ももしかしたら狙われるかもしれねぇ…。ちゃんと守ってやれよ」

そう真剣に言う毛利先生。少しだけゾクリとする。そうか……。犯人の狙いが毛利先生に関わっている人で、尚且つ無差別とかだったらわたしたちも狙われる可能性があるんだ。「まぁ大丈夫でしょうが…」しかし安室さんはそう呟く。何で大丈夫なの? そうなの?
彼に聞こうと思った瞬間、

「まぁどちらにしても守りますから………あなたのことは」

真剣な表情で安室さんにそう言われ、思わずドキッとしてしまった。ふと1週間ほど前のポアロでの会話を思い出す。安室さんならどんな手を使ってでも守ってくれそうだな……なんて呑気なことを考えていた。

だから彼が、少し寂しそうな表情をしていたのに気が付かなかったんだ。



戻る