06
安室さんはわたしを見かけると、まるで鬼のような表情をした。ひ、ひぃ……蘭ちゃんの後ろに隠れるように引っ込んだ。ごめん蘭ちゃん、何も悪くないのに。苦笑いを浮かべる蘭ちゃんに申し訳なく感じながらもわたしはそこから動けなかった。……怖いんだもん!
「ちょっと彼女お借りしても?」
しかし彼はわたしの腕をグイッと引っ張り、またニコニコと蘭ちゃんにそう言った。か、仮面を被ってる……! けれどその下には大魔王がいることを知っているわたしは蘭ちゃんに目線で助けを求めた。しかしそれも虚しく「はい……」と言った蘭ちゃんを合図に、木陰に連行されていく。
「何のつもりだ?」
木を背後に、彼はわたしの顔の横にドンと手をついてきた。安室さんじゃない、この雰囲気は……完璧に零くんだ。周りに人がいないことを確認して、わたしは小声で話す。
「だって零くんが黙ってついて行こうとするから……」
「それで俺に何も言わずお前も来たってか?」
「そんなの零くんも一緒じゃん!」
「当たり前だろ、何があるか分からないんだぞ!」
「いい加減にしろ、遊びじゃないんだ」強い口調でそう言われ、わたしは俯く。確かに次に命が狙われそうな方がいっぱいいるそうだけど……。でも、だからって待っているだけなのは嫌だよ。
「目暮警部が目の前で撃たれたんだよ…」
「は?」
「目の前にいたのに何もできなかったんだよ? すごい後悔した! それなのに待っているだけなんて……!」
「当たり前だ! お前にどうこうできる問題じゃないだろう!」
「でも、何かできるかもしれないじゃない!」
気がつけば彼に強くそう言い返していた。興奮から涙が滲んでそれを乱暴に拭う。零くんは驚いた顔をしていた。
「毛利先生も、蘭ちゃんもコナンくんも、それに零くんも危ないのは一緒だよ。知らない内に危ない目に遭っていたなんて嫌だよ……」
「………」
「大人しくしてるから。でも、みんなの傍にいたいの」
感情のままにそう言ったけれど、零くんは硬い表情を崩さない。それどころかどことなく冷たい目をしている。あの、夢の時と同じだ。それが怖くて思わず目を逸らす。
「勝手にしろ」
そう言って踵を返してしまう零くん。怒らせちゃった……。その事実に戸惑いながら、涙をもう一度拭いた。気分は最悪だったけれど、ここにずっといる訳にもいかない。蘭ちゃんたちのところに戻る。「お待たせー…」
「あ、名前さん。大丈夫だったんですか? ……って、どうしたんですか? 泣いてる…?」
「う、ううん! 目にゴミが入っちゃって!」
そう言っても恐らく蘭ちゃんにはバレバレだろう。「もしかして安室さんとケンカしたんですか…?」申し訳なさそうにする彼女に、わたしはブンブンと首を振った。「蘭ちゃんのせいじゃないよ! 大丈夫! 気にしないで!」ダメだなぁ、蘭ちゃんにもこんな顔させちゃって。零くんを見ると、既に安室さんの表情になって毛利先生とお話している……。いけない、また涙が出そうだ。何とか堪え、トボトボとみんなに着いて行った。
「あれがアクアクリスタルか…」
みんなで東京湾に向かうと、そこにはまるでクジラのような大きな建物が建っていた。海の上にあるそれは、とても立派で大きい。うわぁ……と感心して見ていると、どこからかキュルキュルとタイヤの擦れる音が聞こえた。赤い車が猛スピードでこちらに向かってくるから慌ててみんな避難する。もたついているとグイッと安室さんに腕を引っ張られた。
「……あ、ありが、」
「鈍臭いな」
助けてもらえたことにありがとうと言おうとすると、それを遮りバカにしたように言われるので、さすがにカチンときた。さっきまではケンカしたことに落ち込んでいたけれど、そっちがそんなつもりならこっちだって……! そう決意を固めて1人で拳を握ると「あぶねーだろ!」と毛利先生が怒鳴る。そうだ、忘れかけていたけれど危なかったんだ! 出てきたのは1人の女性。あれ、この人見たことがあるぞ。確かモデルの小山内奈々さん。相変わらずの運転スタイルなんだなぁ。それと同時期にもう3台ほどの車が停まる。一般人のわたしでも、見知った顔がたくさんあった。
「よぉ!奈々ちゃん、君もか?」
「あら、宍戸先生も旭さんに呼ばれたの?」
それでも全員は分からなかったので、白鳥刑事が名前と職業を言ってくれたのはすごく有難かった。
モデルの小山内奈々さん。
カメラマンの宍戸永明さん。
ニュースキャスターのピーター・フォードさん。
わたしたちと一緒に来たのはソムリエの沢木公平さん。
そして、わたしたちにサインをくれたエッセイストの仁科稔さん。
そしてその流れでわたしたちのことも彼らに紹介してくれた。やっぱり毛利先生は有名らしく、写真をせがまれていた。先生、嬉しそうだなぁ……ピースまでしちゃってるよ。安室さんを見ると穏やかに笑っていた…ってダメダメ! わたしは今、怒っているんだ!
「あれ、あなたもサイン会に来てくださいましたよね? 「これからも美味しい本を」のお嬢さんと共に……」
そうしているとにこ、と笑った仁科さんが話しかけてくる。どうやら美味しい本のお嬢さん――蘭ちゃんの友達として、わたしのことも覚えていてくれたようだ。「そうです」と答えると、「やはり。ワインも女性も美しいと人の心に残るんですよ」と笑顔でわたしに近づいてきたので思わず後ろに下がった。おぉ、すごい積極的な…… !
「そんなことより、早く行きませんか? みなさん旭さんに招待されたんですよね?」
すると安室さんが仁科さんの肩を掴んでそう言った。あ、そっか。ここであんまり話している時間はないか…。彼と目が合うと、どこか呆れたような顔をしていたので、わたしはプイッと顔を逸らした。ケンカ、してるもん。はぁ、と安室さんがため息を吐いたのは聞こえないふりをする。
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