08


まずは村上丈と関係があるか、それを探るところから捜査は始まったようだった。みんなして、ある訳ない!と口を揃えて言う。ただ、仁科さんは昔犯罪ルポライターをやっていたときに村上さんの事件を取材したことがあるらしい。宍戸さんも似たような事があったという。だけどその取材も何事もなく終わったらしいので関係はなさそうだなぁ。誰も犯人と面識がある人はいないんじゃないかな……そう考えながらふと奈々さんを見ると、彼女は唇に指を当てて何かを考えていた。「どうしたんですか?」隣の彼女に聞く。少し、しかめっ面をしていた。

「その人、八日前に出所したばかりだよね…?」
「えぇ」
「じゃあ関係ないや…」

何のことかは分からなかったけれど、どうやらこの話は終わったようだ。というよりも、「やだみんなマジになっちゃって!」と奈々さんによって強制的に終わらされたのだった。その後はどういう流れか仁科さんと奈々さんが口論になり、それまたどういう流れかワインを当てるゲームが始まった。仁科さんがワインを一口飲み、得意げに「シャンベルタンです」と答える。しかし答えは違ったらしく、正解をソムリエの沢木さんに当てさせる。まずワインをじっくりと確かめ、匂いをかぎ、そっと飲む。さすがキャリアが長いソムリエだなぁ、と思うようなその手つきに、わたしたちもおぉ……と思わず感心してしまうのだった。

「ボージョレのムーラン・ナ・ヴァンですね」

その語句は一文字も分からなかったけれど、どうやら正解したらしく、奈々さんがピンポーンと軽い口調で言う。「早く看板を下ろした方がいいよ」そう奈々さんに言われ、仁科さんは悔しそうに唇を噛み締めた。こんなところで、抗争を起こさなくてもいいのに……。安室さんが「まあまあ。間違いは誰にでもありますし。また勉強すればいいんですよ」と宥め、なんとか2人は落ち着きを取り戻していたけれど。

それからはワインやジュースをそれぞれが取りに行き、それをみんなで飲んでいた。何か、このまま何事もなく終わりそうな気がするくらい穏やかな時間。それにしても、旭さんは来るのが遅いなぁ。

「うわぁぁぁー!」

そうしていると、いきなりフォードさんが断末魔のような悲鳴をあげた。思いがけないことに、ひっと肩を竦める。もしかして毒が? ワインを飲み、苦しそうに*くその姿に、わたしは思わず自分の腕の震えを抑えるかのように掴んだ。緊張感が辺りに広がる。しかし、フォードさんは「ハハハハ……」そのまま笑いだしたのだった。

「冗談ですよ!」
「フォードさん! こんな時に冗談はやめてください!」

じょ、冗談だったのか……。一同ホッとしたように安堵したが、さすがにこの状況で冗談はタチが悪い。そりゃあさっきの険悪なムードも嫌だから何とか空気を変えようとした結果なのかもしれないけれど………。安室さんも呆れたようにフォードさんを見ていた。

「そういえば皆さん、今日はどういう理由で呼ばれたんですか?」
「秘書の人から電話があったんですよ、旭さんが俺のファンで一度会って話をしたいと……」

この施設の宣伝も兼ねてるんじゃないかと宍戸さんは言う。フォードさんも似たような理由だった。
「私なんかプレゼントももらっちゃったんだよねー!」奈々さんが上機嫌にポシェットから何かを取り出した。そこにあったのは、上品なパープル色のマニキュアだった。フランスのお高いやつらしい。珍しくて、かわいい色だなぁ。思わず「すごーい……」と声に出すと、奈々さんがフン、と鼻を鳴らす。そして、仁科さんもまた秘書から電話があったと少し怒ったように言った。まださっきのことを引きずっているようだ。

「何やってんだ奈々ちゃん」
「ワインのコルクにマニキュアで描いたの、かわいいでしょー」

コルクに描かれたのはかわいらしい猫……のようだ。大丈夫かな、せっかく高いやつなのに勿体なくないかな? そんなことをしていると、フォードさんが、何やら手紙を見つける。「沢木さん、あなたにです。落ちてました」


遅れるかもしれないので、ワインセラーのM-18番の棚から好きなワインを取ってきて、皆さんに出しておいてください。
鍵はレジカウンターにある袋の中に入っています。よろしく。


沢木さん宛に書かれた手紙にはそう書いてあった。下に落ちていたっていつから落ちていたんだろう……? 気が付かなかっただけなのかな? 安室さんとコナンくんも難しい顔をして何か考えていた。不審なことでもあるのかな。みんなワインセラーに行ってみたいと言うので、全員でまとめて行くことになった。わたしは1番後ろ、安室さんの斜め後ろをついて歩く。

「うわぁ」
「壮観ですなぁ!」

ワインセラーには想像以上のワインが置いてあった。恐らく何年もの間熟成させているのも多そうだ。ワインの知識はないがすごいなぁと感心した。ぶる、と少し寒気がする。

「涼しい……」
「いえ、暖かすぎるくらいですよ」

長袖を着てでも寒いと思ったけれど、沢木さんが言うには、どうやらここの温度はワインを保管するには適切ではないらしい。「ワインを保存するには10度から14度が理想的らしいですね?」すっとわたしの横に立った安室さんが沢木さんにそう尋ねた。「えぇ。ここは17度……。高すぎますね」さすが安室さんだなぁ。ワインのことも知っているんだ。そう思うと、すっと上着が差し出される。え?
と顔をあげる。差出人はもちろん目の前の彼。こちらに目を合わせようとはしなかったけれど、わたしが寒いって言ったからきっと貸してくれようとしたんだろう。ケンカ中なはずなのに……。不器用な彼の優しさに嬉しくなり、「ありがとう」と素直に上着を受け取った。そして、それと同時に「………さっきはごめんね」と謝った。もうこのままギクシャクしてるのは嫌だったから。素直にそう口に出すと、安室さんはしばらく何も言わなかった。……許してくれないのかな? おそるおそる安室さんを見上げようとすると、それより前に頭に乱暴に手が乗せられる。大きくて分厚いけれど綺麗な、安室さんの手。「遅い」と怒られたけれど、「………まぁ僕も、悪かった」そう言ってくれたから、これで仲直りということにしよう。ワインセラーは寒いけれど、心は温かかった。



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