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突然の停電に、わたしたちはパニックを起こしかける。こんなとき、だなんて、素人のわたしでも分かる。これは多分犯人が仕掛けたやつ………!
「何………?! どうしたの?!」
「と、とりあえず落ち着きま………?!」
奈々さんを振り返ると、彼女の指先――正確には爪が、ぼんやりと光っていた。マニキュア? なんで光っているの? 思い出すのはプレゼントなんだと笑う奈々さん。もしかしてこれも犯人が――!
パリーン
遠くでガラスの割れる音がして、パニックは最高潮になった。「きゃあー!!」と暗闇で走り出してしまう奈々さん。だめ、今見失ったらそれこそ犯人の思うツボ! 必死で奈々さんを追いかけようとするが、暗闇の中では頼りにできるものが少ない。
「奈々さん! お願い! 待って……、っ!」
彼女の腕を掴もうとした瞬間、それより早くわたしの左肩を、誰かに強く、強く掴まれた感触がした。え、なに……? 痛みを感じる前に、そのまま振り払うように乱暴に床に倒されたのだ。「きゃあっ」「名前さん?!」蘭ちゃんとコナンくんの声が辺りに響く。そして。
「ぎゃあぁぁ………!」
奈々さんのさっきまでの恐怖による叫びとは全く違うものが鼓膜に響いた。それは、まるで。ドクドクと心臓が嫌に鳴る。打ち付けられた体はまだ、起き上がれないほど痛みを伴う。でも、それよりバクバクする心臓のほうが痛かった。もしかして、もしかして………!!
その瞬間、ようやく館内の電気が復活する。
「きゃあぁぁぁ!!!」
蘭ちゃんの絶叫が響いた。わたしの、すぐ傍で、奈々さんが倒れていた。背中には、深々と刺さったナイフ。
わたし、近くに、いたのに。
絶望で目の前が真っ暗になる。なんで、わたしも、みんなを守るって、決めたのに。なんで、なんでわたしは。
「………っ! 名前っ!!」
鋭い声にはっと正気を取り戻す。酷く焦った様子の安室さんがわたしの体を支え、「大丈夫か?!」そう問いかける。騒ぎを聞きつけ、ようやくみんな戻ってきたようだ。わたしは、わたしは全然平気なんだよ。でも、奈々さんが………。
言いたいことは伝わったんだろう。彼は少し切なそうに顔を歪め、そしてわたしを起き上がらせてくれた。「検死が始まるので」そうして近くの椅子に座らせてくれる。いろんなことがありすぎて。ショックが大きすぎて、わたしはされるがままだった。そして、一つだけ思い出して顔をあげる。
「奈々さんの爪……! 光ってたの!」
「あぁ、恐らく夜光塗料だろうな……」
どうやらネイルチップに塗られたマニキュア――プレゼントと称して送られたものに、夜光塗料が入っていた。最初から奈々さんを暗闇の中で殺害しようとしていたのだろう。「そんな………」思わず顔を押さえた。その手を、安室さんが優しく取り払う。
「違う、名前のせいじゃない」
「でも………」
「痛かっただろう。よくがんばったな」
そう優しく言われると、泣いてしまいそうだった。けれど、何とか堪える。だってまだ犯人は捕まっていないのだから。事件はまだ、終わりを迎えていない。
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孤立してしまったアクアクリスタル、そこで結局二人もの犠牲者が出てしまった。用意周到に準備された殺人計画は、僕たちをまるで嘲笑うかのように遂行されていったのだ。
こんなことになるのなら、あの時アイツを置いていくべきだった。どれだけ傷つけても、泣かれても………。クソ、乱暴な降谷零が出てきそうになるのを抑えるが、無理だった。奈々さんが襲われたとき、現場に戻るとすぐ近くに名前も倒れていた。一瞬血が引くような思いをしたが、すぐに彼女は無傷だと分かりホッとした。けれど目の前の名前は呆然とショックを受けていた。状況から察するに、奈々さんを助けようとして、逆に犯人に振り切られたのだろう。当たり前だ。力も持っていない彼女がどうこうできる相手じゃない。だから、名前が悔やむことも、責任を感じることも、全て違うんだ。それよりも怒るべきだった。なぜこんな無茶をするんだ、と。一歩間違えたら、お前もあのナイフの餌食になってたんだぞ、と。人のことばかり考えてしまうところは、コイツのいいところでもあり、また悪いところでもあった。勇敢だと言えば聞こえはいいが、実際は一番最悪の事態を考えていない、無鉄砲ともとれる。それでも意思を持って助けようとした行為を咎めるつもりはない。だから、震える名前を落ち着かせるように、俺は声をかけることしかできなかった。
(それに彼女らの肩についていた手形………)
そこで思考回路を安室透に戻す。まずはこの恐ろしい連続犯を、早く捕まえる必要があった。名前と奈々さんの肩についていた真っ赤な手形。よほど強く掴まれたのだろう。それは、彼女らの左肩についていた。
(確か村上は…左利きだったはず)
犯人は村上ではない。今まで漠然と思っていたことが、今回のでハッキリとした。それなら恐らく動機も先生は関係ないのだろう。恐らく先生は、偽りの動機として利用されただけ。では、犯人の狙いとは………。刑事の1人が「村上の姿はどこにもありませんでした」と報告する。当たり前だ、恐らくヤツはそもそもここに来ていないのだから。そして、真犯人は恐らくこの中にいる。
ふと足元を見ると、床に置いたジュース缶が倒れていた。中身が零れてしまっている。一体誰が置いたのか………。近くでコナンくんも、それを見て何かを考えていた。コソリ、と耳元で囁く。「君が置いたのか?」
「うん……でも、その時は半分ほど残っていたはずなんだ。それに奈々さんが殺されたあと、何かを蹴るような音も聞こえた。だから、」
「蹴り飛ばしたのは犯人で、その犯人のスボンの裾にもジュースの染みがついていると考えた方がいいだろうね」
相変わらずのコナンくんの洞察力に肝を抜かれる。しかし今はそれを追求する時間はない。容疑者の4人のズボンの裾を、彼らにバレないように観察する。すぐにその人物は見つかった。………なるほど、この人が。
しかし動機が分からない。ふとコナンくんを見ると何かを思いついて厨房に入っていった。しばらくして戻ってきた彼が持っていたのは、人数分のミネラルウォーター。その微妙な色の違い…恐らく素人目には判別できない違いに、僕は彼のしようとしたことが分かった。そしてその結果に、ふ、と笑みを浮かべる。さすがだな………。これで犯人の動機もわかった。さて、ここからどうするか。
その時だった。
突然大きな音がして、大きく建物が揺れたのだ。
「うわぁっ!」
誰も立っていられないほどの振動。電気が消え、視界はまた暗闇と化したのだった。
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