08
捜査官が、彼の腕に手錠をかけた。時間は22時59分。そこで僕はもう一つ大事なことを思いだした。今日約束していた彼女との待ち合わせ。彼女に送信したメッセージを見ているはずだろうから、きっと今ごろは家だろうが……。そうしてメッセージアプリを開くとさっと顔が青ざめそうになった。不味いな、送られていない…。そういえばあの時は捜査が重なっていたから、不手際が生じてしまったのだろう。言い訳じみているかもしれないが、否定するつもりはない。となると、名前はもう米花シティービルにいるはずだ。今から遅れてでも行くほうがいいか。さすがに帰っていいよとは言えないだろう。連行、聴取などの後処理を風見たちに任せて……。とにかくメッセージを送り忘れたのは、完全な僕の失態だ。とりあえず彼女に連絡しようとした時――――。
ドォン
「……何?!」
「なんだ今の音は?!」
遠くから響いた爆発音。思わず窓際に駆け寄る。暗い街中。その中で、不自然に赤色に光っている場所がある。燃えている。はっきりと分かる。ここからでも目視できるほどに、その規模は大きかった。
「…お前!」森谷教授を振り返る。彼はその炎を見ながら、不気味に笑っていた。
「フフフ…。これですべて解決したと思ったら大間違いだ。私が抹殺したかった建物はもう一つある」
まさか……。嫌な予感に、手汗が滲む。「安室さん……あそこはもしかして、」風見の声に「あぁ」と頷く。あそこは、恐らく。
「米花シティービル……!」
まさか、完全な左右対称ではないのか。パネルの写真を見る。「営業不振で建築予算がなくなるというバカバカしい理由のためにね!君たちに私の美学が分かるまい」思わず睨み付けるように彼を見た。そんな理由のため、なんてことを……。それに、そこには……。ギリ、と歯を噛む。彼女へとすぐさま電話をかけるが、コール音が響くだけ。ドクドク、と心臓がうるさい。思わず駆け出そうとししてしまう足を、何とか地面に縫い付けた。
「まだあそこのロビーへの出入口と非常口を塞いだだけだ。お楽しみはこれからだよ。……早くいかないと大事な彼女がバラバラになってしまうかもしれないがね……」
「何だと……?!」
「フン……哀れだな。建築に愛は必要ない。人生にもな」
殴りかかってしまいそうな衝動を抑え、風見に「爆弾処理班とレスキュー隊、消防隊を呼べ!急ぐんだ!」そう指示する。
「……ほう。随分といいご身分のようだな?」
ニヤリと笑う教授はきっと、僕がただの探偵ではないことに気がついたに違いない。すなわち、僕が警察関係者であると。「あなたには関係ないことですよ」フフフ…と不気味に笑う教授の胸元のポケットから、白い何かが見えた。
「まだ何か隠し持ってるのか!」
思わず叫んだ僕の声に反応し、それを他の捜査官が奪おうとする。教授が抵抗したことによって散らばったそれは、三枚のコピー用紙のようだ。奪うようにそれを見る。
「爆弾の設計図……?!」
すぐさま駆け出した。先ほどの教授の物言いから、まだ作動していない爆弾があるはず。そしてその場所は、恐らく、ロビー。まだ間に合うかもしれない。
(間に合ってくれ……!!)
乱暴にギャラリーの扉を開けようとしたとき、「待て!」と後ろから激が飛ぶ。キッと睨み付けるように振り返る。風見たちによって拘束された教授が逃げ出しそうな様子はない。
「安室透、お前のために3分間用意してやった!ゆっくり味わえ!」
「……?!」
その言葉の真意が分からないまま、僕は屋敷を飛び出した。
どうか間に合うことを強く願い、米花シティービルへと車を飛ばす。脳裏には、この日を楽しみにしていた名前の顔が過る。
先ほどから何度も電話をかけるよう試みているが、つながる様子はない。昼に会うと言っていた蘭さん、園子さんは恐らく無事だろう。ロビーの出入口、および非常口が爆発された時間はちょうど23時。恐らく教授はその時間に待ち合わせをするはずだった僕たちを狙っていた。クソ。ギリッと唇を噛む。こんなことになるなら、メッセージが送られたかちゃんと確認しておけばよかった。今更だが、後悔は尽きない。しかし、今、それについて反省するにしても、悲観する時間はない。まだ希望があるのだから。助手席に置いてある爆弾の設計図。大方の構造は理解した。解体するスペースと道具、そして時間があるのなら間に合うはずだ。ただし、その設計図から見るに、設置された爆弾は相当規模が大きいだろう。恐らく、米花シティービル全てを倒壊させるのが目的。そして、その爆弾がある場所は僕らが待ち合わせした――恐らく、名前がいるであろうロビーに違いない。僕がその中に入れるだろうか。出入口と非常口を塞いだ、と教授は言っていた。絶望的かもしれない。公安脳の僕は、どうしても最悪の事態を想定してしまう。
(名前……!)
彼女を失う。そんなことはさせるか。
そこにいるのは、この世でたった一人、命をかけて守りたいと思った―――安室透ではなく、俺、降谷零がそう強く願った人なのだから。
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