懐古
懐かしい論文を見つけて当時の事を思い出していた。あの時の自分は中々に主張が強かった。今となっては恥ずかしさもある。間違っていたとは思わないけど。「サラちゃん今良い? 昨日の試乗について確認をしたいんだけれど……あら、懐かしい論文」
データが入っているであろうメモリ媒体を片手に私のデスクまできたセシルさん。隣まで来て私の手元にある紙束の表示が読めたのだろう、質問を中断してそれについて言及してきた。
「もう六年も経つのね、サラちゃんと出会ってから……まだナイトメアフレーム飛ばしてあげられなくてごめんね」
メモリ媒体を手近なパソコンに繋ぎながらセシルさんは過去を思い出して目を細めるが、すぐに困り眉でそう言ってきた。セシルさんやロイドの研究成果や進捗は近くで見ている私だって分かっている。彼女が謝る事など一つも無いのだ。
『残りは細かな調整だけ セーフティなしでもうすぐ乗れる事を楽しみにしてます』
そう端末に打ち込んでセシルさんに見せる。実はもうフロートシステム自体は実装直前まで来ている。ただまだ制御不能となる可能性があるためその調整をしている段階なのだ。昨日の試乗だってその調整確認のためのテストだった。まあ結果は旋回時にバランスが崩れそうになって中断となったが。
「そうそう、昨日試乗した時の詳細を聞きたかったのよ、データ上だと0.1秒のラグだったけど体感もそんな感じで良い?」
『合ってる 入力タイミングは人によるからやっぱりエントリー時の手動調整を必須にすべき』
「そうねぇ、人によっても体調によってもタイミング変わるだろうし設定マージンは必要よねぇ」
喋りながらセシルさんはパソコンでチェックシートを表示させ該当箇所にメモを書き込む。これを元にプログラムを更新してまた試乗で確認するのだ。
『フロートシステム以外は問題ないからランスロットに正式なデヴァイサーを搭乗させる話どうなりました?』
「あれね! 条件をクリアする候補が一人見つかったの! 名誉ブリタニア人まで範囲を広めてやっとよ? 許可取るの面倒だったってロイドさんがぼやいてたけど珍しく頑張ったみたい」
『良かった』
セシルさんだいぶニコニコで嬉しそうである。かなり無理な条件であった覚えがあるから見つけるのに苦労しただろう。部隊に所属しておらず、ほぼ私と同じかそれ以上の身体能力とナイトメアフレーム操縦技術を要する。ナイトメアフレームの内部構造の知識は二の次だ。
そもそも量産した時、騎士全員にその知識量を求める事は難しい。言葉を選ばずに言うと、量産する際はバカでも乗れるようこちらで調整が必要という事だ。
「……サラちゃんはナンバーズがランスロットに搭乗する事に異論はない?」
セシルさんが心配そうに私を覗き込むようにそう聞く。名誉ブリタニア人まで対象を広げた件について事後報告となったことに対してだ。多分普通なら忌避感を覚えるだろう。しかし私は元々の人格が日本人だ。どのエリアの人種を選出したかは分からないが、外国人に対する警戒心はあれど嫌悪は特に無い。
『気にしない ロイドが気にしてないなら尚更』
「それなら安心したわ、私が対象範囲を広げる進言してからとんとん拍子に進んじゃってちょっと心配してたの」
ほっと息をつくセシルを見て、他の誰かに何か言われたのだろうと予想する。誰だろうか。特派のメンバーでは無いだろう。ロイドの方針に異を唱える者は早々に離れていくから。ナンバーズを毛嫌いするという事は純血派の可能性もある。最近やり取りのあった部隊で純血派はいただろうか。
『何か言われたならその人の所属と名前教えてくださいね 今後の申請書関連でなるべく避けたいので』
「言わないわよ〜」
しれっと名前を把握しようとしたら笑顔の圧で教えて貰えなかった。別に何かしにいこうとか思ってないのに。ただちょっと顔を把握して冷たい視線を送ってその部署で何かあったらちょっと背中を押して地位と言う崖から落とすだけだ。いつでも特派は平和な居場所であって欲しいという純粋な願いである。
「もう、好戦的な所は本当にウィル博士にそっくりなんだから。あの人も行く先々で人を怒らせて大変だったのよ?」
セシルさんは困ったように眉をハの字にしつつ、それでも少し懐かしむような微笑みを溢している。今日はなんだか昔を思い出す事が多い。
『でもお祖父様が間違っていたことなんて無かった』
「今度はロイドさんみたいな事言って! 穏便に事を進めようとすればいくらでも方法はあるのに博士ったらあえて真っ向から嫌味を言うんですもの、見てるこっちはヒヤヒヤするなんてもんじゃなかったわ」
『ロイドは後ろで笑ってた?』
「その通りよ、全く本当に……」
大きなため息を吐きつつもその表情は柔らかい。あの頃の方が良かったなんて、未来の技術を作り続けている開発者として口が裂けても言えないが、それでもあのゼミの一室は暖かい記憶として残っている。
だからこそ、あの頃にはいたが今はここにいないあの勝気な女性を思い出さずにはいられない。
『ラクシャータさんはどうしているんでしょうね』
「……きっと母国で元気にしているわ」
彼女は私に一番口煩かったが、それは私に対する心配によるものだとよく分かっている。とても優しい心配性のあの人は、自身の事となると途端に心配させまいとする。あのゼミを卒業してから一度も便りがない事がその証明だ。……もしかしたらロイドに対する嫌悪と敵対心からかもしれないが。
「しんみりしちゃったわね。さあ、明日にはランスロットの正式デヴァイサーに話が通るはずだから迎える準備をしないと! 実践と調整が終われば第七世代ナイトメアフレームの量産も目前よ!」
そう言って立ち上がりながらセシルさんは「忙しくなるわよ〜」と笑顔で言う。何も知らない人が見れば、この笑顔を見て戦争の道具を作っているとは到底思わないだろう。そんな事を思っている私も、セシルさんの言葉に笑顔で頷いているのだから類は友を呼ぶとはこの事だ。