門出

「前線に投入ねぇ」

 隣からロイドのなんとも言えない声が聞こえた。そちらに目線を向けると、ロイドもこちらを向いていた。目が合ったと思ったら肩をすくませるような動きをして今度は目の前のランスロットを見上げた。それを追うように私も目の前の、黒い布に覆われた白い機体を見上げる。

「ま、概ね『伝達ミス』だろうね」

 含みがある言い方だ。それはそうだろう。こちらは事前に該当のデヴァイサーをこっちに寄越すように連絡をしていたのに約束が違うのだから。憶測だが、イレブンがデヴァイサーに選ばれる訳がないとどこかの伝達経路で情報が止まってしまったのだろう。どこの似非純血派だろうか。

「即日実戦登用する気は無かったけど、使える状況は使わないとと思ったら前提条件が狂うんだもんなぁ」

 どうしたもんかねぇ、と頭をこてんと傾げて腕を組むロイド。私が喋れない事を理解している上で二人の時に大きな独り言を言うのはいつもの事だ。

「素直にサラを正式デヴァイサーにすれば良かったのかね」

 その言葉にチラリとまたロイドを見たら、彼は先ほどの腕組みの体制のままこちらに目線を投げていた。その目は『まあそんな事しないんだけど』と言っている。今度は私が肩をすくませてみせた。
 私自身は正式なデヴァイサーになっても構わなかったのに首を縦に振らなかったのはロイドだ。その理由は『地獄に行ってまでウィル博士に糾弾されたくない』とのこと。戦争兵器の開発に携わっているのだから行き着く先はどうせ地獄なのに、更に祖父から一方的に責められるのはごめんだ、と言う事だ。本当かどうかはさておき、私を実戦に入れる気は最初から無かったようだった。

「ロイドさーんサラちゃーん! 枢木一等兵見つかったんですってー!」

 セシルさんのその声に振り返るとオペレータ席から大きく手を振っている彼女が見えた。その顔は嬉しそうだ。

「いやぁ良かった良かったぁ〜、無駄足にならずに済みそうだねぇ」

 ニコニコと笑うロイドと共にセシルさんがいる所に歩みを進める。やっとの事でランスロットが日の目を見るのだ。流石の私も浮足立つと言う物である。


 ◆ ◆ ◆


 枢木スザク一等兵。彼はロイドとセシルさんが開発したナイトメアフレーム、ランスロットのデヴァイサーになるための基準をクリアした唯一のブリタニア軍の隊員だ。正しくは、どこの傘下にも属していない一兵卒の中で唯一ランスロットのデヴァイサー足りうる実力を持つ者という意味である。大体の実力者は少なくとも隊を任されているから特派専属のデヴァイサーにはなれなかった。兼任で務まるような物でも無いし、そもそもが騎士というのは自分の機体に愛着が湧く傾向にある。専用機体を持つような実力者は尚更で、ランスロットの操縦にはそのくらいの実力者である事が必要だったから中々見つからなかったというわけだ。
 そんな枢木一等兵だが、銃に打たれて気絶した状態で特派まで運ばれてきた。

「サラ、彼のスーツがランスロットの近くに置いてあるから持って来てくれる?」

 こくりと頷いて救護車を出る。きちんと手当がされているし、懐に入れていた懐中時計のおかげでそこまで大した怪我では無かったからこのまま搭乗させる事になったのだ。
 スーツを抱えて戻ると、既にスザクは起きていた。その手にはしっかりとランスロットのキーが握られている。

「君は……?」

 驚いたような表情。そりゃそうだろう。枢木一等兵からすれば初対面なのだから。

「彼女はサラちゃん、特派に所属しているの」
「そんでもってボクの隠し子」

 ロイドの言葉にギョッとした表情をする枢木スザク。どう見たって年齢差的に辻褄が合わないのに、冗談が通じない人物のようだ。

「ロイドさん、まだそのネタを引っ張るんですか?」
「えー? でも似たようなものでしょ?」

 後見人という意味では確かに似たようなものかもしれないがニュアンスが全く違う。否定するのも面倒だしセシルさんが否定しているし、その話はスルーして持ってきたスーツを枢木スザクに手渡した。

「あ、ありがとう、ございます」

 私が何も言わないでいると、何か違和感があるのか困り眉のままこちらを見つめた。

「サラちゃんね、声が出ないの」
「そうでしたか、すみません」

 申し訳なさそうにする枢木スザク。別に君が謝る理由はどこにも無いのだがそういう性分のようだ。総合すると今の所中々素直な性格に見受けられるがまだ最終判断には早いだろう。

「んじゃ、バトレー将軍に指示を仰ぐとしますか。枢木一等兵、痛みが引いたらそのスーツ着ておいてね」

 救護車を出るロイドに続き私も出る。セシルさんはマニュアルやら何やらの説明をするために残っている。

「サラはランスロットの最終チェックをしておいてくれる?」

 上機嫌なロイドの指示に一つ頷いて再びランスロットに向かった。


 ◆ ◆ ◆


「殿下、ランスロットとお呼び下さい」

 ロイドのその一言で全ての特派研究員が動き出した。最終チェックを終えた私もそれに加わろうと立ち上がった。

「こらこら〜、サラはここ〜」

 腕を引かれてロイドに引き寄せられた。そのまま隣に座らされる。

「ランスロットの門出だよ、ボクたちは特等席で見なきゃでしょ」

 ランスロットは、ロイドが長年開発を続けた集大成の第一歩を象徴する。その実戦となれば、確かにそれは門出である。『良いの?』という疑問を込めて首を傾げてロイドを見上げると、彼はニッコリと笑った。

「んじゃぁスザク君、そろそろ初期起動に入ろうか」

 ランスロットの初お披露目。成功すると確信しているがやはり気分は高揚する。なんせ私もランスロット開発にテストデヴァイサーとして一枚噛んでいるのだから。
 チラリとロイドを見上げるといつもと違う面持ちでランスロットを見つめていた。

「ランスロット、発進!」

 セシルさんの指示と同時に砂煙が舞う。風圧によってのけ反りそうになる所をロイドに支えられ、頭を低くするように押さえられた。

「あっははは! いきなりフルスロットルか!」

 嬉しそうなロイドの笑い声も強い風の余韻でやっとの事で聞き取れる程度だ。ランスロットの起動は問題なく完了した。

「さてと、あとはデヴァイサーがどのくらいランスロットを活かせるか、だねぇ」

 セシルさん含む他の研究員が起き上がり、持ち場についた。ここからはオペレータであるセシルさんとデヴァイサーのスザク君に任せる事となる。
 一方でスザク君はあっという間に敵のサザーランドを倒していっていた。

「想定以上の数値です!」
「ああ、それに本気でやるつもりだね。彼、ホントに全部のナイトメアを壊す気だ」

 ニ、とランスロットの出来にご満悦そうなロイド。それもそのはず、現在唯一の第七世代ナイトメアフレームがあのランスロットなのだ。そんじょそこらの旧型に遅れを取るわけがない。

「でもスザク君怪我をしてますし、無理をさせる訳には……」
「彼が途中でやめるとは思えないけどねぇ」

 二人のそんな会話を背中に、私はランスロットの発進跡を見に行くために、まだ降りきっていない目の前の強化ガラスのフレームに手をかけて乗り越えていった。発進跡を見ればそれなりに改善点が見つかるからだ。
 まだロイドとセシルさんが何かしら会話しているが、その辺りの話は責任者の二人に任せれば良い。

「いやぁ、良いのパーツだなぁ」

 ランスロットのタイヤ痕を見つつ、初っ端からのフルスロットルにタイヤの摩耗を想像して遠い目をしてしまっていた所にロイドがそう言って私の隣に立つ。普段はデヴァイサーと努めて呼んでいるが、ロイドは時折こうしてナイトメアフレームパイロットの事を『パーツ』と呼ぶ。

「サラをパーツにしなくて済んだし、ホント最高だよ彼、ねぇ?」

 そう言ってロイドは嬉しそうに私の顔を覗いてきた。スザク君が最高の『パーツ』である事には全面的に同意しているのもあり、目の前の表情につられるように私も笑ってしまった。