アッシュフォード学園

「あら?」

 ホテルジャック事件から一週間。ゼロの黒の騎士団結成宣言とその後の功績(?)により世間が騒いでいる中、特派はいつもとあまり変わらず活動をしていた。
 そんな日常の中、セシルさんの声が響いた。

「これ……」
「んー? 何か気になる事でも?」
「あ、いえ。スザク君学校の宿題忘れて行ったみたいで。確かこれ今日までの提出だって」

 見ると、確かにスザクが昨日まで必死に解いていたような見覚えのあるレポート用紙をセシルさんが持っていた。自分から質問したロイドだが興味が無い物と分かり、向けていた視線をモニターに戻した。

「どうしましょう」
「一回くらい課題出さなくったって落第はしないんだし良いんじゃなぁい?」
「でもとても頑張っていましたし」

 確かに切羽詰っていたような様子だった。もしかしたら今までも課題を何度か出さなかったのかもしれない。

「サラちゃん、悪いけど向かいの学校に行ってコレ届けてくれない? 多分今の時間なら生徒会室にいるだろうから。良い機会だし同年代の子と少し話してきてみたら?」

 周りを見回せば暇そうなのは私一人。……まあ、行って帰ってくるだけだし良いか。どうせ学園の生徒とは話が合わないだろう。第一、喋れないから会話するのも億劫だし。
 私はレポートの束を受け取って研究室を後にした。


 ◆ ◆ ◆


 無駄に、広い。なんだこの敷地の広さは。それともコレがこちらでは普通なのだろうか。
 用が無ければ外に出る事も無かったので新鮮だ。あれ、なんだかデジャヴである。初めて自分の意志で祖父と住んでいた家から出てきた時の事を思い出しながら歩みを進める。
 丁度廊下の角を曲がった所で大人しそうな生徒を見つけた。道案内を頼もうとその人の肩をつついた。

「はい?」

 振り返ったのを確認して端末を取りだす。

『生徒会室がどこにあるか教えて頂けますか?』
「え? あ、ええ。私も今から生徒会室に行く所なので……一緒に行きましょう」

 なんともタイミングのいい事だろう。もしかして生徒会役員の一人なのだろうか。

「私はカレン・シュタットフェルト。もしかして他校の方ですか?」
『外部所属ではあります』

 学生ではないのでやんわりと受け流しておいた。


 ◆ ◆ ◆


「ばかっ、やめろスザク!」

 生徒会室の目の前まで来た所で室内からそんな声が聞こえた。スザク君学校では意外とやんちゃをしているのだろうか。
 扉が開いて見えた物は、何のコスプレ大会だと突っ込みたくなるような光景でした。高校生が猫の着ぐるみやら水着もどきやらを着るものじゃないと思う。

「ごめんルルーシュ、会長命令だから」
「顔が笑ってるだろう、おい!」
「ああ! 動かないの!」

 笑いが抑えきれないスザク君の声と、おそらく被害者男子の声、そしてこちらもおそらく加害者女子の声も聞こえる。お元気そうで何よりですが出直してきた方が良いか悩み所だ。そしてもう一人のコスプレをしている女子が此方に気付いて振り返った。

「おっはようにゃぁん」

 語尾に星でも付きそうな喋り方だ。なんとなく、この人がこの騒ぎの首謀者とみた。

「な、何、コレは……」

 ここまで案内をしてくれたカレンさんが呆然と呟いた。彼女の様子を見るに目の前の光景は流石に異常事態らしい。良かった、もしそうでなければ私の常識を疑う所だった。
 カレンさんの声に振り返った一同の中にスザク君もいるわけで、驚いたのだろう彼はその場で固まった。着ぐるみを着た姿を同じ職場の者に見られるなんて思ってもみなかっただろう。

「言ってなかったっけ? アーサーの歓迎会。そっちこそ後ろの人は?」

 声を発したのはまた別の男子生徒だ。

「ああ、生徒会の人に用があるって。知り合いじゃないの?」

 約一名以外は首を横に振る。取り敢えず説明するのも面倒なので自分からスザクに近づいて課題を差し出した。

「あっ! すみませんわざわざ! カバンの中になくて諦めてたんです……」

 この様子だと明日でも良かったのかもしれない。無駄足だったか。まあ提出物なんて早いに越した事はないだろう。
 スザク君が紙束を受け取ろうと手を伸ばした所で私は差し出していた手を引っ込めた。結果彼の手は空を切るだけになる。

「あ、あの……?」

 引っ込めた手を元に戻して課題の何箇所かを指し示した。学園に来る途中流し読みした時見つけた間違いだ。

「……ありがとう、ございます」

指摘箇所が間違っていることに気がついたのだろう。見るからに落胆している。あんなに頑張っていたんじゃがっかりするのも当然か。

「おいスザク、誰だよその人。もしかしてお前の……」
「ち、違う違う! サラさんはそんなんじゃなくて、上司の……」

 青髪男子の言葉を慌てて否定したにも関わらずスザク君は言葉を途中で止めた。どうしたのだろう。なんでそこで止まったか私も疑問だ。

「ええっと……上司の……か、隠し子?」

 ……セシルさんがネタだと言ったはずなので冗談だと認識しているはずなのにこの言い草。なんの事前情報も無いただの学生が聞けばあらぬ疑いをかけられてしまうだろうに何を言っているのだろうかスザク君は。

「えと……どう反応すりゃ良いかな?」

 そりゃ反応に困るでしょう。尋ねた本人である青髪少年が困り果てた様子でそう問いかけてきた。取り敢えずスザク君の頭を紙束で叩いた。

「いてっ……すみません。そう言えばロイドさんが後見人って事以外詳しく知らないなぁって」

 後見人である事は知っていたらしい。セシルさんから聞いたのだろう。一つ溜息をついて、誤解を解こうと端末に文字を打ち込んで見せる。

『スザク君の上司のサラ・シルヴァレスです』
「喋れないのか?」

 ルルーシュ君の問いには頷くだけで答えた。

「サラさんの苗字、初めて知ったかも」
『言う必要が無かったから』
「そう、ですね」

 少し寂しそうに眉をハの字にされてもしょうがない。私にどうする事もできない。

「スザク君の上司って言ってもそんなに年離れてないし、少しゆっくりいていかない? 軍の仕事とかある?」

 金髪女子の生徒が微笑みながら言う。仕事が残っていると言ってしまえばすぐに帰れそうだ。

「今日はいつもより暇だってセシルさんが言ってましたし、少し寄って行きませんか?」

 ……スザク君、キミっていう人は本当にタイミングが悪い。ジト目で彼を睨んでいるのを横目に「じゃあ決まり〜!」と金髪女子が嬉しそうに言った。

「自己紹介が遅れたわね。私はミレイ・アッシュフォード、ここの生徒会長をやってるの」
「俺、書記のリヴァル。で、パソコンに向かってるのがニーナでこっちで縛られてるのが」
「ルルーシュだ」
「私はシャーリー、よろしく!」

 名乗られてしまっては仕方がない。内心溜息をつきながらペコリと会釈した。


 ◆ ◆ ◆


 ソーサーに乗ったカップを生徒会メンバーに渡して回る。何故私がこんな事をしているかと言うと、お茶を淹れようとしてくれたシャーリーさんの手元が危うかったからかって出たのだ。飲むなら美味しいお茶が良い。

「美味しい! 淹れるの上手いのね!」

 シャーリーさんの言葉に微笑んでおく。良かった。味音痴のセシルさんに美味しいと言われていたので本当かどうか悩んでいた。
 パソコンに何かを打ち込んでいるニーナさんの所にもカップを置く。ビクッ、と肩を震わせて見上げられたが気にしなくて良いだろう。
 ふと、画面に映る文字式が気になってじっと見つめた。

「あ、あの……?」

 そこには化学式がいくつも羅列しており、読み解くと中々恐ろしい化学反応についてだった。高校生が取り扱って良い内容では無いはずだが、人の事言えない立場なので何も言えなかった。ついでに気付いたらキーボードを打って一部もたついていた部分を整えてみせた。

「あっ、そっか! 凄い……!」

 私が書き込んだ内容が理解できたのだろう、ニーナさんがそう呟いた。それからいつの間にか後ろにはギャラリーが出来ていた。

「……何やってんのかサッパリ、ルルーシュ分かる?」
「あーなんとか、なんとなくは」
「流石サラさん……」

 上からリヴァル君、ルルーシュ君、スザク君の順番。カレンさんは眠そうな目を少し見開くだけにとどまっていた。……式を見てすぐに気付けなかった事に若干ショックを受けているのだがそれは言わぬが花だろう。

「軍お抱えの技術部ってやっぱりすごいのねぇ」
「そんな所にいて大丈夫なのかよスザク」

 ミレイさんの言葉に便乗してリヴァル君が笑いながら聞いた。スザク君が特派の研究を手伝うなんて無理だ。彼はあくまでディヴァイサーなのだから。それ故になくてはならない人物ではあるが。

「う……体力仕事なら」
「技術部に体力も何もあるか」
「ルルーシュみたいに不真面目じゃない分ましだよ」
「……言うじゃないか」

 こうやって言い合っている所だけを見れば本当にただの学生だ。しかし軍に戻れば戦争兵器を扱う一兵士。世も末である。ラクシャータさんが小さい頃の私を見て憤っていた理由が今では少しだけ分かる。

「そういえばスザク君レポート提出しなくて良いの? 折角さっきカレンが間違った所見てくれたんだから」

 見てもらったのか。それは良かった。声が出ない問題で私では教えられないから自力で頑張ってもらうしかなかった。あとただ単に教えるのが億劫というのは否めない。

「あ、はい、じゃあ着替えてから」
「そのまま行って来なきゃダメよ、会長命令です」
「ええ!?」

 暢気な校風だなぁ。そんな事を思っている中、視界の端にざまぁ見ろとでも言いたげな顔のルルーシュ君がいた。……仲良きことは美しきかな?