不信感

「目的物を確認。任務の遂行を最優先とし、これより行動を開始」

 機械的な物言いに少し眉をひそめながらも前へ出る。

「フローリアン、彼らを港まで。シンクは街の人の誘導を」
「はーい」
「人使いが荒いんじゃない?」
「お仕事ですから。その分の報酬はアルマンダイン伯に請求しましょう」

 フローリアンが彼らを有無を言わさず港へ走らせたのを確認し、烈風のシンクと対峙する。

「目の前の障害物を妨害者と認識。『早急に対処し目的物の奪還を急ぐ』に行動を変更」
「すみません、それはご遠慮願います」

 言うが早く、私と彼は同時に地を蹴った。
 先程のナイフの軌道が見切られた所を見ると、中距離型の武器は効かないと思って良い。そして一対一の状況。自然と、体術のぶつかり合いという超近距離型の戦闘となる。しかし、ここであまり戦闘を長引かせては民間人に被害が及ぶ。勝負は最初の一発だ。

「どっ、せい!」
「っ……!」

 どんな掛け声なのかって? 当たれば万事OK。
 因みに私がしたのは、所謂飛び蹴り。相手は予想していなかったのか、寸での所で防御して受け身を取るだけだった。

「ごめんね。また今度君とは会いたいと思うよ」

 そう言い残して私はその場を後にした。





「……カースロットの刻印に成功」

 倒れた彼がそう言ってヨロヨロと立ち上がったことに、私が気付く筈もなかった。





 港に着いた時には既にフローリアンの姿は無く、船は出港直前であった。ギリギリで船に乗り込んだ所でルークとイオンがすかさず駆け寄ってきた。

「大丈夫だったか!?」
「お怪我はありませんか!?」
「お気遣い痛み入ります。この通り無傷ですので」

 あまりにも切羽詰まったような問い掛けだった。思わず降参する時のように両手を顔の横までの高さに上げた。二人して大袈裟に安堵の色を見せた。

「あまり無理をなさらないで下さい」
「全くだぜ。もし間に合わなかったら俺らの護送はどうすんだよ」

 イオンは眉をハの字にして、ルークは憤慨したようにそう言った。いやはや、そうは言われても。

「私は護送屋ですから。分をわきまえているつもりですし仕事を途中で放り出す程プロ意識に欠けた行為はいたしません」
「「そういう事じゃない(ありません)!」」
「はぁ、そう仰られても……」

 なんだろう、仕事をこなして来たのに怒られたのは初めてかもしれない。それに、二人が頭を抱える理由が分からない。

「あー、もう良いや。無自覚なんだなお前」
「その様ですね。ですがご無事で良かったです」

 心外な事を言われた気がする。言及しても答えてくれそうに無いので流すことにした。

「今皆船の中の部屋にいるんだ。セトも来いよ」

 ルークが気を取り直したように甲板から船室へ続く扉を親指で指差した。

「いえ、私は見張りをします。私が居ては立ち入った話も出来ないでしょう?」
「良いんだよ!」
「えー……」

 おっと思わず心の声が。内に留めておく事が出来なかった。というかこの二人は私を気にかけすぎやしないだろうか。導師守護役のアニス・タトリンや使用人のガイ・セシルに白い目で見られないか心配である。





 案の定、一行が揃っている船室に入ると怪訝な目を向けられた。

「護送屋殿はもっと配慮ある方と思っておりましたが?」
「いやぁ、私も甲板に残ると申し上げたのですが……」

 ジェイドの言葉を受けながらルークをチラリと見やる。ついでに彼にガッチリ掴まれた左手首もさりげ無く見せつける。

「良いじゃねーか、別に聞かれてまずい話でもねーし」
「ルーク、私達は一応秘密裏に動いているのよ? これ以上外部に情報が漏れる行為は控えるべきだわ」

 的確な事を言っているように聞こえる。しかしティア嬢、その物言いからすでに情報の漏洩は充分過ぎる程しているのでは。意外にも、ガイとアニスは事の成り行きを見ているだけであった。イオンは私の後ろで苦笑していた。

「あのー、よろしいですか?」

 私は、ティアに食って掛かろうとしたルークを引っ張り留めながら口を開いた。

「ルークは私にこの場にいて欲しいと仰るのですよね?」
「まあ、そうだけど……?」
「そちらは私に極秘事項を聞かれてはお困りになると」
「ええ、そうよ」
「でしたら私は耳栓をして後ろを向いてましょう」

 単純明快、一番手っ取り早い方法を提案してみた。相手が何かを言い出す前に持ち物の中から目当ての耳栓を取り出す。確認をさせるため、一番疑り深いジェイドに投げて寄越した。

「……よく見るメジャーな耳栓ですね」
「ええ、性能は一般的な中の中です。内緒話をなさるには充分かと」

 手にとって暫く確かめた後、ジェイドは一つ息をついてそれを投げ返した。

「良いでしょう。これ以上押し問答しても時間の無駄です。ルーク、それで良いですね?」
「……セトが良いなら別に」

 ルークの返答を確認して、私はやんわりと手を振りほどき二段ベッドの下の段に潜り込む。壁側に体を向け胡座をかいてから耳栓を付けた。ごわごわとした音がした後、すぐ無音に近い世界へ入った。
 全く、面倒な人達だ。





- ジェイド視点 -

 最初に護送屋を見た時は警戒心しか無かった。否、正しくは今でもそうだ。

 元々キムラスカ側が見繕った傭兵としか思っていなかった。顔の半分をフードで隠し、見えている肌の部分と言えば全身を見ても口元だけ。まさかこんな子どもが、噂の“護送屋のセト”と誰が思おうものか。ルークが彼を「セト」と呼んだ時は信じられなかった。

 彼の兄弟にも驚く点が有ある。名をシンクと言うらしい。

 先日コーラル城で見た烈風のシンクは、まるで機械仕掛けのように淡々と物事を捉え対処していた。明らかに、心当たりがあった。フォミクリーによるレプリカだ。
 確信は持てない、いや、持ちたくもない。導師イオンのレプリカだなんて可能性、今のイオン様さえレプリカかもしれないなどと。
 だがあちらにはディストがいて、装置らしき物もコーラル城にあった。疑うべき要素が多すぎる。

 無意識に、レプリカという自分の罪に嫌悪感を抱いていたのだと思う。既に護送屋のセトを疑うことでしか接する事が出来なくなっていた。

 護送屋の兄弟のシンクは烈風のシンクと似ても似つかない性格の持ち主だった。暴言を口にするような感情豊かな子どもで、しかしやはり頭と目元を隠していた。
 もう一人のフローリアンと言う子もそうだった。そちらはその名の通り、純真無垢な性格だ。突如現れた烈風のシンクに追われるように港へ行く途中、しんがりを守っていてくれた。

「おいっ、セトは良いのかよ!」

 ルークがフローリアンにそう問い掛けた。問い掛けたと言うより叫んだと言った方が正しい。

「大丈夫だよ、セトは仕事熱心だもの!」

 そう言って彼は笑った。信頼しているのだろう。しかし目元はやはり見えなかった。
 シンクはサングラス、フローリアンはゴーグル。この兄弟は皆顔を見せたがらない。それはきっと、彼らが顔を見せると不都合が起こるから。

 船に着く頃にはフローリアンの姿は無かった。そう言えばシンクが、自分達は軍人を嫌っていると言っていた。それが嘘か本当か、目元が見えない相手から感情を読むのは容易ではない。





 暫くして皆が集まった船室にルークとイオン様、それに護送屋も来た。ルークとイオン様は何故か異様に彼の肩を持っている。理由を聞いても、兎に角悪い人ではないと言い募るばかりで分からない。
 今はこちらに背を向けてコンタクトを遮断しているが、ルークもイオン様も時折彼の背中を見る。それについて何を言うでもなく、本題に入ることにした。

「音譜盤に少々キズがあったのかもしれません。一部文字化けが起こっています。ですが見る限りでは同位体についての研究資料のようです」

 音素振動数やそれらの詳しい統計の様なもの。私は他の者がルークに基本的な知識を教えている間もずっとその資料を読んでいた。

 ふと顔を上げると、護送屋の背中が目に入った。その時私が何を思ったかなど自分でも理解が出来ない。しかし、私の足は確実に彼へ向かい、手はそのフードを取り払おうと上げられた。
 誰のか分からない、息を呑む音が聞こえた。