嘘
どれ位経った頃だったか、ふと部屋の空気が止まった気がした。目を瞑っていたため、視覚と聴覚の無い状態の自分。そんな私は気配の変化にとても敏感になっていた。だからだろう。自分が考える前に、脊髄反射の如く、フードに伸ばされたジェイドの手を捻り上げてしまっていた。
しかしそんな自分の条件反射には感謝しないといけないだろう。私達の顔は見られてはいけないのだ。少なくとも今は。
「……意気地が悪すぎやしませんか?」
取り敢えずおちゃらけた風を装って笑ってみた。
止められると思っていなかったのか、はたまた自分の行動に驚いているのか、ジェイドが珍しく戸惑うような表情をしていた。それは位置的に私にしか見えなかったが、はっきりこの目で見た。耳栓を外してベッドの上から床へ降りる。そこで初めてジェイドの手を放した。
「なんでそんなに私達の顔を見たがるんですか?」
理由なんて知ってるけど。
「いえ、何故そんなに隠したがるのかと思いまして」
まだ痛むのか、ジェイドは私がさっき掴んだ腕を擦っていた。
「知りたいんですか?」
にやりと笑って勿体ぶる。
「ええ、是非」
直球で返される。私は少し間を空けて、それから溜息をついた。そして、わざとらしく嫌そうにしてみせてから口を開いた。
「私達兄弟は、戦争孤児なんです」
部屋にいた全員が息を呑んだ。ジェイドだけは、真実を見定めるかのような目のままだ。
「その時に全員顔に傷を拵えてしまいましてね、それ以来こんな出で立ちです。だからシンクは『軍人が嫌い』と言ったんでしょう。正直、私も個人的な知り合い以外の軍人には嫌悪感を抱きます」
まあ嘘だ。これはケセドニアに住み始めた頃から作った私達の設定である。だからケセドニアの皆は私達の素顔を無理に見ようとはしないし言及もしない。
「ああ、でも私はシンクやフローリアンより大丈夫だと思います。トラウマがあるという訳でもありませんし、仕事に差し支えないので悪しからず」
もう一度笑って見せれば、ジェイド以外の部屋の住人は皆居心地悪そうに視線を反らした。
「……気を悪くさせたのなら謝ります。すみません」
「いえいえ、お気になさらずどうぞご公務に集中なさって下さい。貴殿方国の中枢が私達のような存在を増やすか減らすかを左右しますから」
自分で言うのもなんだが、よくもここまで嘘八百を並べられるものだ。多分ジェイドは私の話に納得したのではなく、これ以上聞いても無駄だと判断したのだろう。あー面倒。
私達の過去(嘘)を話した後、すぐに伝令の者がやって来た。神託の盾騎士団の襲撃である。何となくシンクからはこれから起こるであろう事を聞いていたが、正直肩透かしを食らった。
「神託の盾の騎士は形にこだわる集団なのでしょうか」
船室に入ってきた三人の神託の盾を伸した後、首を捻ってそう言ってみた。剣の型にこだわりすぎて見切りやすいといった印象を受けたのだ。神託の盾騎士団と戦闘するのはこれが初めてなので何とも言えないが。
その間にも、他の者達で船橋の占拠を食い止める事にしたようだ。私は通常通り皆の護衛。仕事ですから。
「強いんだな、セト」
不意にガイに話しかけられた。
「いえ、私はまだ発展途上です。今は体が小さいのでガイにも劣らない速さがありますが、今後どうなるかは分かりません」
返答すると「頼もしいな」という言葉と共に爽やかな笑みを頂いた。うん、眩しい。
「ギャー? ヅラー!」
可笑しなBGMで少々気が散る。甲板に出てもそこには何も無く、拍子が抜けたルークが飽きたような様子で口を開いた。
「敵のボスはどこにいるんだよ!? さっさと終わらせようぜ!」
ご尤も。私としても仕事を円滑に済ますには相手に早く出てきて貰いたい。
ふと、上空から気配を感じた。視線を上げると、無駄に造りが豪華な椅子が浮いていた。その椅子に座っている人物が、にやりと笑ったと思ったら高らかに笑い出した。
「ハーッハッハッ? とくと聞くが良い……我が美しき名を。……我こそは、薔薇の「おや、鼻垂れディストじゃありませんか」
「バーラ? バ・ラだ? 薔薇のディスト様だ!」
「死神ディストでしょ?」
「黙らっしゃい? そんな二つ名認めるか!」
「何だよ、知り合いなのか?」
「私は同じ神託の盾騎士団だから……でも大佐は?」
「そこの陰険ジェイドはこの天才ディスト様のかつての友」
「どこのジェイドですか? そんな物好きは」
「何ぃ!?」
「ほらほら怒るとまた鼻水がでますよ?」
「キィー? 出ませんよ!」
「あ、あほらし……」
「こういうのを置いてきぼりって言うんだな……」
「まあ良いでしょう。音譜盤のデータを出しなさい」
「これですか?」
「ハハハッ? 油断しましたねジェイド!」
「差し上げますよ、その書類の内容は全て覚えましたから」
「っ、ムキィー? 猿が私を小馬鹿にして!」
何をするでもなく、何もせずとも目の前ではコマ送りのように事が進んでいった。それでも私は、空に浮かぶ白髪の男から目が離せないでいた。
『吸収する力は良好だが発散が上手くいかないようだ。』
『それでは導師は務まらん。』
『また廃棄、か。』
覚えている。
この世界に生まれ落ちて間も無く、白衣を着て並んでいた男達。その中で唯一言葉を発する事をしなかった男。最後に、私が部屋へ押し込まれる瞬間こちらへ一瞬視線を寄越した男。この世界に生れ落ちて、私が最初に『嫌いだ』と思った男、それがディストだった。
「お元気そうで何よりです」
誰にも聞かれないように、そっと小声で呟いた。
あの時寄越されたのは罪悪感に満ちた視線。あれよりかは幾分見れる目をしている。ああ、本当にお元気そうで何よりだ。今の君ならそこまで嫌悪感が無い。