潮風の魔神(仮)3

 初対面の空とパイモンがいた手前なんでもないように振る舞っていたが、やはり不調は不調だ。目の前の抉れた地面を見て頭を抱えたい気持ちになった。

「うわ……」

 普段は喧しいくらいに喋るパイモンが口元に手をあてドン引きの顔をしている。喋っていなくても表情がやかましいなこの仙霊もどき。

「すまん、ちょっと諸事情で今力の加減が思ったように出来ないんだ」
「普段はできてるって事?」
「勿論だとも、海辺にいるヒルチャールを地形を変えずに海に落とすくらいまでいつもなら抑えられる」
「へぇ……」

 空とパイモンが「潮ってホントに魔神なんじゃ?」「いやでも本人は否定してるし」とコソコソと話している。残念ながら全部聴こえているぞ。

「じゃあワープ使う?」
「ワープ?」


 ◆ ◆ ◆


 ワープポイントとても良い物だった。何これ俺知らない。
 空に聞いたら秘境もワープポイント扱いらしい。えっ、孤雲閣にすぐ帰れるって事? えっ、望舒旅館にも璃月港にもあるの? 途中まで歩いてきた意味は……。

「道すがらに用事でもあるのかと思ってた」
「そもそもワープポイントを知らなんだ」

 思惑のすれ違いが起きていたらしい。
 そんなこんなで璃月港。人が多くとても賑わっている。



 岩王帝君が殺されたって

 ファデュイの仕業だって誰かが

 七星は何故仙祖の亡骸を隠した

 これから璃月はどうなるの



 耳に届く噂話の数々。不安や怒り、懐疑の心がそこかしこにある。璃月を愛するあの岩神は、この者たちの負の感情をどう思うだろうか。目的の為の過程だろうか。魔神戦争を戦い抜いた彼ならそう言うかもしれない。俺は「魔神ではない」という免罪符を手に、あの戦争に参加しないという選択をしたから分からないが。

「潮?」

 立ち止まってしまった俺を振り返って不思議そうな顔をする空。この子もモラクスの掌の上という事なのだろう。なんなら俺もそうなっている。

「なんでもない、これからどうするんだ?」
「今一時的に協力してくれてる人の所に行く。正直信頼はできないけど異邦人の俺は頼れる人が少なくて……」
「分かった、そこまで着いていこう」
「ありがとう、心強いよ」

 仕方ないから踊ってやろう。俺が孤雲閣に居座る理由となった封印を解くとモラクスは言っているのだ。特に『契約』はしていないが、それに見合った働きをしてやろうじゃないか。君の愛する璃月は、俺も好ましいと思っているし。


 ◆ ◆ ◆


 なるほどファデュイか。それは確かに信頼できない相手である。

「それで? そちらの見慣れない顔の方は?」

 笑いながら空と会話していたファデュイの者。その彼がこちらに目を向けてそう言った。顔に笑みを張り付けているが目は笑っていない。この者の目の色は嫌いじゃないが、いかんせんピリピリとした警戒心を感じる。
 夜の水底から月夜を見上げたような瞳は美しいと思うのにその攻撃的な警戒心が惜しいな。ああそうだ、夜には孤雲閣に戻ろう。

「気にするな、今の俺は仙人たちの目と耳ってだけだ」

 夜には孤雲閣に戻る事を決意し、それはそれとしてにっこり笑ってそう言った。簡単に言えば「言動に気をつけろ、仙人の耳に入れるぞ」という小さな脅しだ。璃月の人間ならこの口上で大分プレッシャーをかけられる。「おっと、仙人様の使者の方でしたか」と、ファデュイの者は害意は無いというポーズなのか両掌を見せて人好きしそうな笑顔になった。

「ようこそ北国銀行へ、俺はファデュイの執行官〈公子〉を務めているタルタリヤと申します、以後お見知り置きを」

 恭しく腰を折る様子は最早煽りを含んでいる。成る程、俺の口上に乗りはするが本来ならどちらでも良い、と言ったところか。まあファデュイはスネージナヤの民だから仙人など馴染みが無くて怖く無いだろう。

「潮だ。畏まらなくていい、俺は見たままを伝えるのみだからな。それに俺自身は仙人では無いし」
「ご冗談を、貴方が仙人並みの力をお持ちなのは見る者が見れば一目瞭然です」
「分かっていて先程の態度? 公子殿は中々自信がお有りのようで」
「確かめますか?」
「またの機会に取っておこうかね、璃月の街を傷付けるのは本意では無い」
「それは残念」

 本当に残念そうに肩を落としている。お前さては戦闘狂か?

「それじゃあ旅人、明日の昼頃また北国銀行に来てくれる? 人探しと言っても目星は付いてるから」
「分かった」
「潮様も良ければどーぞ」
「様はいらん、同席はさせて貰う」
「了解、潮」

 ファデュイの者改めタルタリヤは、にっこり笑って建物の中に引っ込んでいった。緊張していたのか隣で空がほっと息を吐いた。

「じゃあ明日、ここで現地集合で良いか?」
「え!? 一緒の宿屋に行かないのか!?」

 俺の問いにパイモンが心底驚いた様に「なんでなんで!」と騒ぎ出した。

「俺にも俺の予定があるんだ」
「うん、明日一緒にいてくれるだけでホント助かるから、パイモンの事は気にしないで」

 騒ぐパイモンの口を塞ぎながら空がそう言う。

「一応ファデュイがどう動くか把握したいしな、明日は同席するさ。港の噂話では、帝君殺害にファデュイが関わっているという物もあるし」
「そうなの?」
「悪い事が起きれば大体ファデュイが矢面に立つ、その一貫かもしれないし本当かもしれない。その辺の見極めは難しい所ではあるが、警戒するに越したことは無い」

 じゃあまた明日ここで。そう言って俺は早々に踵を返した。


 ◆ ◆ ◆


 さざ波と風に揺れる草の音。更に耳を澄ませば地面を歩くカニやヤドカリなど生物の音。ヒヤリと冷たい石の地面。

「ただいま」

 孤雲閣にある秘境、孤雲凌霄の処。その扉の前には、まるで挑戦者を迎える様な広場がある。脱力してそこに横たわり目を瞑れば先程のような自然の音が耳に届く。岩晶蝶が羽ばたく微かな音さえ聞こえて来る。長くここにいるせいか、ここの岩晶蝶は俺が近くに来ても避けるどころか羽休めに来ることさえある。
 『掃除』は一眠りしてからで良いか。大陸側からの道すがらは粗方片付けた。あとは孤雲閣周辺のみだ。
 目を開けて仰向けになるよう寝返りを打つ。天窓の様にぽっかりと空が見える天井を見上げる。ああ、今日の月は一層美しい。
 月といえば、あのファデュイの男。名はタルタリヤと言ったか。『掃除』が終わったら久方ぶりに水底へ沈んで海面を見上げよう。水中に月明かりがさすあの景色は結構好きだ。

 岩晶蝶がいつの間にか姿を消している。ふわふわとした感覚がなくなる。ああ、気持ちよく寝ていたのに。

 むくり、とゆっくり起き上がる。下卑た笑い声が聞こえる。払っても払っても湧いて来るこの魔術師たちは本当に諦めを知らない。

 静けさは、瞬く間に取り戻された。