THE STONE WORLD


はい、私は※されました

この話以降ちょくちょくセンシティブ要素が出てきます。

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単純な理由だ。
『彼女』はとても綺麗だった。
だから、殺そうと思った。
今テーブルの上に乗っている『あれ』はとあるサイトで手に入れた。
足はつかない。徹底したから。
この職場で働けるくらいだから、私は余計な知識も揃えているのだ。

そして犯行当日、つまり今日。同期でもあり、上司でもある、この男に全てを知られてしまった。殺人未遂を見逃す代わりに持ちかけられた話が、私にはよく理解ができずに聞き返した。

「・・・どういう意味ですか?」
「ああ、済まない。回りくどい言い方をしたね。君の体をくれと、そう言ったんだ。今僕は」
「・・・・・・」

とても分かりやすい説明だった。
彼が何を言おうと、私が口にできる言葉はひとつしか無い。いいや、厳密に言えばそれは違う。別に嫌なら嫌と言ってもいいのだ。嫌なら嫌と、言うだけなら簡単だ。
ただし、もしも私が彼の言葉を拒絶などしようものなら、その瞬間に私は即座に告発されて社会的立場を失ってしまうだろう。そんなのは絶対に嫌だ。でも、彼の不穏すぎる言葉にまっすぐ頷けるはずもない。

私の人生と、私の人生を天秤にかけた。
どう転んでもそこは地獄だった。

「さあ?答えを」

彼は至って普段通りだ。いつもと変わらない口調で答えを促してくる。
戸惑いながらも、自分の中でほとんど答えは決まっていた。だって私は今、自分から『なんでもやる』と豪語したのだ。少なくとも今この場をやり過ごすためにも、彼の言葉には頷くしかない。

「・・・わかりました」

私は喉の奥から絞り出すように小さな声で呟いた。そうしたら、彼はさっきまでの威圧的な表情からは想像できないほど、にこやかに笑って私の頭を撫でてくる。

Elegant!!そう、よく分かっているじゃあないか。僕は、君が『できる』ことしか頼まない」

いいえ、ゼノ。私は何も分かっていないの。あなたという人間のこと。
そして私は何も分かっていなかった。私がどうしようもなく愚かな人間だったということを。


「ナマエ」

日々の業務が始まる前、彼は逐一私のところを訪ねてくるようになった。自分の家の合鍵を渡すだけ渡して、頭に手を置いて去っていく。
名ばかりではあれど補佐役として、出勤時間はずっと前から同じタイミングだ。だからこそ、私は逃げる間もなく彼に捕まってしまう。
あの日からすぐに始まった、彼との曖昧な関係。言葉にせずとも分かるだろう。ああ、彼が言った通り・・・私の体は彼の物になった。そこに愛があるのかと問われれば、私は自信を持って答えられる。いいえ、愛はありません。どちらともなく流れに身を任せるだけ。

そして約束した通り、彼は私を告発することはなかった。それだけが救いだ。



「おっ、なんだなんだ。浮かない顔してんぞ」
「百夜」
「可愛い顔が台無しだぜ?彼ピになんか嫌なことでもされたか〜?」

こうやって、断りもなく同じテーブルに座り、元気に「いただきます!」と手を合わせて食事を始めるこの人。彼は宇宙飛行士になるために、はるばるこの国にやってきた日本人。そして友人。まさに元気を具現化したような人で、ここにいる誰よりも負けないくらい明るい性格をしている。
そんな彼が言った言葉に、私は耳を疑った。

「誰が、私と交際しているのですか」
「え!?あの堅っ苦しいオーラぷんぷんの、『エレガント』が口癖のやつ」

それは言わずもがなゼノのことだった。

「違いますから・・・」
「そうなのぉ!?だってお前ら、最近よく話してねーか?ランチタイムに一緒の席座ってたり!」
「話はしますよ、私は彼の補佐役ですから。でもそれは当たり障りのない・・・ただの仕事の話です」
「あれ!そういやナマエ、前に言ってたよな?あいつに全然頼られてる気がしねぇって。それは解消したのか?」

百夜はパンを咥えながら笑った。
あの一件のお陰で改善はしたかもしれないけれど、とても解消したとは言えないな。ゼノは相変わらず(業務時間には)滅多に私に指示をくれない。ただ、進展がないわけではないのだ。百夜の言う通り、以前より話す機会が増えたし頼まれ事も増えた。
それよりも、ずっと前にこぼしただけの些細な愚痴を、百夜は今も覚えていたなんて驚きだ。その時も彼は慰めてくれたのだった。とても優しい人だ。

「大丈夫。解消はまだ難しいけれど・・・なんとか」
「そっか?お前が良いなら良いんだが」
「そんなことより、どうして私と彼がそのような関係だと・・・?」

まさかゼノがそんなことを周りに言いふらすとは思えない。疑うような視線を向けると、百夜は私の心の闇などに気づかないまま、至極楽しそうに教えてくれた。

「いやな?この前飯に誘ったらよ、ま〜普通に断られたんだよ。で!理由聞いたら、アイツお前のこと指さして」

「約束がある。彼女を遅くまで待たせるわけにはいかない」

と、言ったらしい。
待たせるわけには・・・なんて、彼にはそんな概念があったのか。私は彼より一足先に退勤することがほとんどで、出勤時に鍵を渡された日には、彼の家でぼんやりと彼の帰りを待つことになる。
暗い部屋で孤独に過ごしていると、たまに何時間も現れないことがあって・・・酷く心がすり減っていくようで辛かった。そんな日が何日も続いた時は、むしろ彼が早く帰って来た日に喜びを感じてしまうほど。
毒されている。もうとっくに私の心は彼に奪われてしまった。違う、恋心のことを言っているんじゃなくて。常に彼のことが頭のどこかにチラついてしまうのだ。

「今考えれば、あの時あいつ仕事で居残りするとこだったんだな?普通に俺の早とちりだったわ、すまんすまん!」

仕事で居残りというのは正しいかもしれないが、私が彼を待つのは彼の家。
百夜が勘違いした私たちの関係は、丸ごと全てが間違っているわけではない。でも、その事実を第三者である百夜に話すのは無理だ。
『私が違法の薬物を所持していて、しかもそれを使って友人を殺そうとしていたところをゼノに見られて脅された』なんて。こんなの、言えるわけがない。
私は力なく笑うだけだった。



今日も鍵を渡された。ので、私は退勤するとそのまま彼の家に向かった。高層マンションのエントランスをくぐり、エレベーターに乗って、目的のドアを開ける。家に入ると、電気を付けないまま適当なところに鞄を置き、ソファーに腰掛けて彼を待つ。慣れたものだ。一ヶ月も経てば当然だろう。
逃げればいいのに、と思うでしょう?いいえ、無理なの。私はたぶん、一生彼から逃げられない。逃げられないから・・・逃げないの。
私の殺意を餌に脅され、
私の安らかな余生を侵され、
私の心を絆されました。
もうとっくに諦めている。元々恋愛にはあまり興味が無かったし、機会が巡ってこなければ一生独り身で構わないと思っていた。学生以来、恋人もいない。彼にとっては都合のいい女でしかない。それでいい。もうそれでいいのだ。
殺人を犯そうとした私への罰。それでいい。そういうことにしてください。


いつの間にか眠っていたらしい。変な体勢でソファーに横になり、上着も脱がないまま小一時間ほどが経過していた。
家はまだ静寂に包まれている。彼は最近大きな仕事を抱えているから、今日もしばらく待つことになるだろう。後で寝られなくなる分、今のうちにもう少しだけ寝ることにした。脱いだジャケットをブランケットがわりにして、完全に寝る体勢に入る。
すると、ちょうどそのタイミングを狙ったかのように、玄関の方から鍵の回る音が聞こえてきた。
なんだ、もう帰ってきたのか。一度閉じた目を再び開いた。起き上がろうと寝たままぐぐっと伸びをしたら、玄関から聞こえた声に私は度肝を抜かした。

「あれ、ゼノいねーし。ワンチャン狙ったが外れたな・・・やっぱ連絡しときゃよかった」

その声は、ゼノの声ではなかった。まったくの別人。今まで一度も聞いたことの無い、私の知らない男性の声。驚いて咄嗟に目を閉じた。どうすればいいのか分からなくて、そのまま寝たフリを続ける。
強盗・・・ではないよな。ゼノの名前を呼んでいたし。知り合いだろうか。合鍵を持っているようなので、それくらい親密な関係なのかもしれない。
その人は慣れたように家中の電気を付けて、リビングの方に近づいてきた。すると、彼はすぐに私の存在に気づいたらしい。小さく声をあげた。

「・・・うおっ、びくった」

とても気まずい。ひたすら寝たフリを続ける私。
その声の主は数秒じっとしてから、向かいのソファーに座った。しばらくして、大げさに息を吐く音がしたと思ったら、すぐに煙草の臭いが鼻についた。ゼノは煙草を吸わないのに、どうして家に灰皿があるのか疑問に思っていたところだった。
なるほど、彼用か。・・・と、私は納得している場合か?完全に起きるタイミングをなくしてしまった。どうしよう、彼はこのまま居座るようで、一向に帰る気配がない。ゼノの帰りを待つつもりなのだろうか。どうしよう、緊張して眠れもしない。いや寝ようとするなよ。心の中でそんなことを考えていたら、次に聞こえてきた言葉にまた度肝を抜かした。

「あぁ・・・ゼノが言ってたっけ。へぇ、ホントに可愛いじゃん。あいつが好きそうな顔」

なんだそれは。

「てか、好きすぎて無理やり関係せまるとか馬鹿すぎ。マジであの時の会話今でも笑えてくんだけど」

声を出しそうになったのを、なんとか耐えた。



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