この話以降20巻で名前が初出のキャラが登場します。性格や年齢、スタンに対する口調は想像です。相変わらず銃はにわかです。温かい目で・・・。
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「隊長!・・・、・・・あ、」
壁を破壊する勢いで力任せに殴りかかろうとしたところを、タイミングよく登場した部下の声が阻止した。
本人にそんなつもりはなかったらしいが、俺が中途半端に掲げた拳を見るなりすぐに状況を察したらしい。驚いた顔をして立ち止まるのを傍目に、改めて全力で壁を殴りつける。
薄皮が剥けたが痛みは感じなかった。
12月23日
あと少ししたら夜が明ける。
ゼノの元にナマエを運んだ後、すぐにその部屋を追い出された。反抗して近くに留まろうとしたが、「応急処置をするのに平静を保てない人間は邪魔だ」ときっぱり言われてしまい、感情を無理やり押し殺してその場を離れた。
あれから時間にしては一時間と経っていないはずだが、たった一人でいると何もかも永遠に感じられてしまう。こんな状態で寝れるわけもない。何も喉を通らない。ただひたすら煙草が燃え続ける。ストックも気にならないくらいだ。
そして、そんな調子で己の中に溜まり続けた真っ黒な感情が、今しがた遂に弾けて物にまで当たってしまった。もし部下のシャーロットが現れていなければこのまま壁に穴が開いていたことだろう。
いつにも増して威圧的なオーラを醸し出す上官に、彼女は突っ立ったまま小さく息を飲んだ。深夜特有の静寂を、煙を吐き出す音が邪魔をする。握り締めたままだった拳を開いてバラバラと指を動かし、手首を触りながら踵を返した。
「用件」
歩き出してからたった一言そう告げると、部下は慌てて後ろを追いかけてくる。
「Y,yes・・・探索は終了、ナマエの発見場所から210ヤード(200M弱)森に入ったところに、オオカミの死骸が」
「どこやった?」
「指示通り、Dr.ゼノの元へ」
さっきのは見なかったことにしたようだ。ここまで走ってきたのか、息を切らしながらも淡々と口を動かしている。その簡潔な報告に耳を貸しながら、足でイスを引いて座った。
・・・200ヤードか。案外離れていなかった。俺は行きも帰りも全速力で森を抜けたから見かけることはなかったが。
「それから、近くにこれが」
部下は両手に抱えていたライフルを差し出してきた。水気の多いところに落ちていたのか、全体的に土がこびり付いている。それはここに運ばれるまでに完全に乾き切っており、少し手に触れたただけでパラパラと床に落ちていく。
正真正銘ナマエのものだ。吸った煙を肺の奥にまで入れ、それを観察しながらゆっくりと息を吐いた。
・・・ふと、違和感。持ち主本人か、はたまたこれを見慣れた人間でなければ気づかないような、小さな違和感を覚える。目だけで部下を見上げた。
「薬莢は回収したか?」
「いや、一つも。当然オオカミの体にも周辺にも銃痕はなかったよ」
「銃以外にもなんかあったろ。見つけたもん全部出せ」
「ああ、そうだ、確かに一つだけ!ナイフが落ちてた。ナマエがいつも使ってるシースナイフだ」
「・・・ゼノが言ってた通りか」
「そのナイフは死骸と一緒にゼノに預けてある。彼が・・・『オオカミの死因を作った武器はこれだ』と」
煙草を再び咥え直して銃を奪い取った。中身を見るが、部下の言葉通り弾は満タン。一発も撃たれた痕跡はない。
そして・・・手に持って再び覚える違和感。やはり何かが引っかかる。
次に、俺はこう尋ねた。
「細工したか?」
その質問に、部下は表情を変えない。うろたえもしない。返事はすぐに返ってきた。
・・・が。
「、いや」
俺は一瞬の空白を見逃さなかった。
「細工したろ」
「・・・まさか!何の話だ、隊長」
「いいから言え。何した?」
なんでバレんだよ。そう言いたげに、部下はさっそく顔を歪める。隠し事が通用すると思うなよ。目を細める彼女に対し、俺は少しも表情を変えずに顎で続きを促す。
「何した」
「細工なんてものは、してねぇ。ボクは」
「何したって聞いてんだ」
「だから、ボクはそれを拾って、そのままここに持ってきた!細工なんて、ッ」
「Tsk-tsk. ・・・何度言やァ分かる」
隠し事がバレようが、あくまでもしらばっくれようとする反抗的な態度。軽く舌打ちをすると、部下はそれだけで縮こまって一瞬にして口を閉じた。
「寄越しな、お前の銃」
一見関係のない命令。しかし部下はそれに疑問を呈することなく沈黙を続け・・・そして、諦めるように両目を閉じた。
やっぱそうか。納得すると同時に体の向きを変えて、テーブルに寄りかかる。今の少しのやりとりだけで全てを把握した。
このライフルは至って正常だ。何も気になるところがない。・・・普通ならそう判断するところだが、ところどころ不自然に塗装が禿げている箇所がある。そう、まるでパーツが入れ替えられたように。
ずっと予想はしていた。おそらく、ナマエの銃は弾が正常に出ない状態だったのだ。だからオオカミに出くわしてもナイフだけで対抗した。そんな使い物にならない荷物をわざわざ森に持ち込んだということは、遅くとも銃を使おうとしたその瞬間まで整備不良に気づかなかったことを意味している。
部下はオオカミを発見した時にそのことに気づき、ここに運んでくるまでに自分のライフルと入れ替えたのだ。何のために?そんなことは分かりきっている。
「言え。隠してっこと全部」
「・・・・・・た、隊長」
「ナマエの熱はいつからよ。銃の整備不良に気づかないほどの熱だ。なァおい?知ってんだろ?」
「な、んだよそれ・・・なんだよ熱って、んでボクが知ってると」
「いつも一緒にいるお前なら気づかねぇわけねぇ。んなこと言わせんなバラすぞ」
「知らないよ!ナマエが熱出してたなんて!ボ、ボクも気づかなかったんだ・・・」
「あ゛?」
「ほらあいつ、その・・・スタンリー隊長だけじゃなくて!他の奴らとも距離置いてたみたいだし、だからボクも」
「オイ」
腰に携帯していたナイフを引き抜き、テーブルに強く突き立てた。
「ナマエを庇ってんじゃねぇ・・・お前は事実を話すことだけ考えな!」
バレバレなんだよ、お前の頭ん中は。嘘をつくのなら少しの隙も見せるな。最後まで貫き通せ。それが出来ないのなら一からもれなく全部吐け。
大きな音に怯んだ部下に追い討ちをかけるように、中指で強くテーブルを叩く。睨みをきかせながらコンコンコンコンしつこく音を鳴らし続けると、部下は観念して自分のライフルを乱雑に置いた。
「・・・ああそうだよ、細工した!ナマエのそれがあたかも壊れてないように見せるために」
「その話題はもう終わってんだ!お前のことはいい、ナマエの話だ聞きてぇのは」
「ナマエの発熱は・・・!た、確か19日の朝からだ。担当の時間以外はほとんど寝て過ごしてたようだけど、今日までずっと治んなかったみたいで」
「いくらでもタイミングあったろ、何故俺に報告しねぇ」
「そんなのは簡単だよ、ナマエに口止めされたのさ!・・・口止めされたから言わなかった、それだけのことさ!」
「Damn it!! どの面下げて・・・あァ頭沸いてんねぇ!なに一丁前に開き直ってんよ」
こいつにしては珍しく、いつまでもいつまでも強気の態度で居続ける。普段なら一発怒鳴れば口を閉じるのに、相当混乱しているようだ。それは俺にこうして問い詰められているからではなく・・・。
部下は俺の言葉をなぎ払うように、背を丸め、頭を抱えて「あ゛あぁ!」と叫ぶ。すぐに声を震わせながら喋り出した。
「隊長にゃ悪いけど、ナマエから色々聞いてるよ・・・!話聞いただけでも分かるさ、アイツが百パー悪いってことは・・・」
「そりゃちげぇ。報告漏れは同罪だ」
「ああ、そうだ!ボクも規律違反したよ!でも隊長の方こそ分かるだろ・・・?こういう時アイツがとる行動!」
「あ?なに、」
「だって隊長、ここにいる中で隊長が一番アイツのこと知ってんだ!」
俺はここ数日のナマエを知らない。
「『話したら殺す』とまで言われちまったよ。ボクの、ここに、ナイフを突きつけられてさあ!あの目はマジだったね!」
そう叫んで、片手で自分の首をバシバシ叩く部下。・・・ああ、大袈裟じゃねぇ。こいつが言っていること、あいつならやりかねない。あいつはそういう奴だ。
自身の保身のためではない。自分の過失を全て自分で背負い込むのだ。そう、まさに俺があの時口走った言葉の通り、己の体調不良を口止めしてまで、全てを『なかったことにするために』。
もちろん軍人として、チームとして、その判断は間違っている。実際とんでもないミスを犯しやがった。とても許せはしない。けれどもあいつはそういう奴だ。この部下を脅したことも、全ては軍の規律を保つため。・・・机上の空論だ、そんなものは。今俺が部下とくだらないやり取りをしているのが証拠だ。
「・・・分かってるよ隊長、こう言いたいんだろ?ボクが自分の命を顧みずきちんと報告していたら、今日アイツが咬まれることはなかった!ってさ」
「あぁよく分かってんじゃん」
「ボクも後悔してるんだ。ボクも隊長と同じくらいナマエのことが好きだから」
「どの口がそれを・・・」
「こんなことになるんなら、自分の命なんてさっさと捨てておけば・・・あぁ、ボクが代わってやりたいよ!」
それは全部こっちのセリフだ。
ナマエは石化後に新たに加わったチームメイトだ。同性で、同じ年頃で、すぐに打ち解けたのは当然知っていたが、・・・そんな新参者に対してお前はそこまで言うのか。それに、そこまで言わせてしまうナマエはなんて罪深いんだよ。
ナマエは昔から人に好かれる奴だった。俺も同じように惚れ込んだ。職業柄俺たちは怪我が絶えないが、一つの小さなかすり傷だって胸糞悪いのに・・・あいつがここまでの重症を負うのはいつぶりだろうか。石化前は所属が全く違うから、いつだって事後報告。だが、今回は違った。
止められた怪我だった。
「お前の後悔に価値はねぇ」
今日一低い声を出し、その一文だけで全てを言いくるめた。部下の言葉も、俺の感情も、全て一度に切り捨てた。
+
「・・・Shit!!」
俺との会話を終えると、部下は足早に部屋の隅まで歩き、全身の力が抜けたように壁際のイスに座った。テーブルに両肘を置いて、上官の前にも関わらず小声で暴言を吐き、自身の髪を掻きむしる。
「っんだよ、クソ・・・!なんでケンカなんて・・・ナマエッ!」
俺は聞き流した。立ち上がって奥の調理場に入り、汲んだ冷水を一気に飲み干す。普段より段違いに多い煙草と、寒い中全力で走ったせいでやられた喉が凍てつくように酷く痛む。
しかし、何故かガラスのコップが温かく感じる。手に持ってから随分と遅れてやってきた不可解な感触。少し考えてから理解した。自分の体の表面温度が低すぎるのだ。こんなことにも気づかない。俺も相当参っている。
「ね、ねえ、なんの騒ぎ?」
その時、入り口から第三者の声がした。振り返るまでもなく正体が分かる。俺も部下も何も言わないでいると、彼女はおそるおそる中に入ってきた。
「ほら、私の部屋って比較的近いから・・・大きな声がそこまで届いて」
この地獄のような空気を察することができないほど馬鹿ではないだろうに。
そういえば彼女は医学生だったか。頼りになる気はしないが、起きたのならゼノのところに・・・いや、今いるヘルプだけで十分だ。これ以上人を増やしても感染リスクを上げるだけ。
「・・・ど、どうしたの?一体・・・」
純粋無垢な少女は、懲りずに問いかけてくる。俺はコップを置いて振り返った。そしてテーブルの銃やナイフはそのままに、返事をするどころか目も合わせず、その真横を通り過ぎる。
悪いが今の俺はとても冷静に物を言える状態ではない。そんなに気になるのなら部下に聞け。・・・奴もそんな気分ではないだろうが。
廊下に出ると、自分の足は無意識にナマエがいる部屋の方へ動いていた。ついさっき俺が追い出された部屋。閉め切られた扉の前に突っ立って・・・溢れる感情を拭い去るように自らの胸を殴りつけた。
手が震えている。反対の手で握り締め、扉の真横に寄りかかる。俺の体はそのままズルズルと真下に座り込んだ。
「・・・あぁ、・・・・・・ナマエ、」
窓から見える空は少しづつ色を変えて、太陽が顔を出す。もう朝だ。夜明けの風が廊下に吹き込んでくる。体の震えが止まらないのに、もはや寒さを感じない。
「・・・おおスタン、驚いた。まさかずっとここにいたわけではないだろうな」
しばらくして、ゼノが扉から顔を出した。その場にうずくまる俺を見つけると、少し驚いた声を出す。俺は無言のまま、若干顔を上げただけだった。
「ひとまず、応急処置は済んだよ。今やれることはやった。これから様子見の段階に入る」
「・・・」
「スタン?」
「・・・」
数秒経っても微動だにしない俺に、ゼノは仕方ないなとため息をつく。正面にしゃがみ込んだかと思えば、肩に手を置かれた。目の前には力なく笑う幼なじみの顔。
「・・・ほら、こんなところにいては冷えるだろう?中に入るといい」
ゼノにしてはなんの捻りもない、安直な理由付けだ。いや、いやいや・・・危険だろ。中に入るのは。そうやって遠慮しようとした自分の理性は・・・ナマエに会いたい、たったそれだけの感情でどこかへ吹き飛んでしまう。
「スタン、ほら」
差し出されたゼノの手は、珍しく手袋がなかった。・・・温かかった。