THE STONE WORLD


02

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ある日のこと。廊下でたまたまルーナとすれ違った時、普段から彼女の頭を飾り付けているスターがひとつ、流星の如く真っ逆さまに流れ落ちた。

「あ、おい」

いつもならルーナの半径3ヤード以内には俺の愛しいキーパーちゃんがいるってのに、今日は何故か姿が見当たらず、だからこそ無意識に注目していた俺だけがその流星に気がついた。昼間だし、すぐそこにある工場はガンガンに動いているからその音が邪魔をしたのだろう、ルーナは落し物に気づかずそのまま歩みを進めていく。
しゃあねぇ、拾うか。踵を返してそのスターに手を伸ばした俺だったが、何故か俺の手が掴んでいたのは虚空だった。あ?拾ったはずの星の頭飾りが手の中のどこにもない。床に目をやると、そこにも落ちていない。ボケたか?そう思う間もなく、目の前にいつも見慣れたヘッドドレスを見つけた。

「ゲストにお手を煩わせては使用人としての名が廃ります。しかしスナイダー様、この度はお心遣い感謝申し上げます」

挨拶を交わすまでもなく伝えたい言葉だけを端的に投げかけてくる彼女の手の平の上に、今俺が拾おうとした星が乗っかっていた。今の発言を意訳すると『お嬢様の落し物を拾おうとしてくれてありがとう、けれどそれはわたくしのお仕事です』といったところか。
いや隠密行動すぎんだろ。俺が拾う前に拾うとか。俺これでも俊敏さには自信があんだけど?スカウトしようか、こうなったら。
思うことは色々あったが、そういえば今日顔を見るのは初めてだったので、素直に喜びが勝ってしまった。こんな素直すぎる発言をするつもりなんて無かったのに、俺は相当惚れ込んでいるらしい。

「よぉナマエ、会いたかったぜ。早くあんたの顔が見たくてうずうずしてた」
「私は別に会いたくありませんでした。では私はこの頭飾りをルーナ様に届けて参りますので、失礼致します」
「だー今日も冷てえんだから、もー」

顔色一つ変えずに向こうへ歩き出してしまう彼女。少し前まではやんわりと「左様でございますか」と言うだけに留まっていたのに、最近は割と普通に拒否られている。

「待ちな」

当然逃がさなかった。

「ナマエ、一個言わせて」
「なんでしょう」

毎日のように話しかけているから勘違いしてしまいそうになるが、彼女からしたら微塵も俺と仲良くなったつまりはないんだろうな。うわっ自分で言うの虚し〜。だが事実だ。少しも興味がない男に体を触れらるのはきめぇだろうから、肩に手を置くようなことはせず声だけでワンチャン引き止めたら、彼女は意外にもあっさり振り返ってくれた。
……こんなふうに恋心も一緒に振り向いてくれたらね。

「今夜会いに行くから、それまでに用事とか済ませといてくんね」

彼女は一度瞬きをした。

「今夜会って、何を?」
「ん〜それは……。……おい、普通こういう野暮な質問はしないもんだぜ」
「野暮?」
「察しろって話」
「私の時間の使い方には優先順位がありますので、内容をしっかりとお聞きしてからお受けするかどうか判断致します」

も〜〜〜ほんっとにどこまで仕事脳なんだこいつは……。夜会いてえっつったらそれしかねぇじゃんかよ……はあ。
思わず深いため息をつくが、彼女はやっぱり顔色を変えずにじっと俺の言葉を待ち続けていた。仕方なくそれっぽい理由を告げる。

「大事な話だ」
「というと?」
「こういうとこですん話じゃねぇ。だから改まって呼び出そうってんじゃねぇか」

嘘は言っていない。

「なるほど。そういうことでしたら、承知致しました」
「おーけ、助かる」
「ただし、もしも万が一中身の無い話でしたら、私はもうあなたからのお誘いをお受けすることはありません。よろしいですか?」

中身あるにきまってんじゃん。ありありだっての。俺の愛の深さをなんだと思ってんよ。

「安心しな、俺は価値のねぇ嘘はつかない」
「……」
「本当だ」
「……」

ものすごく疑われている。またナンパ紛いのことをしようってんじゃないでしょうね。という顔をしている。
ナンパ紛いじゃねぇよナンパだよ。俺は今あんたを口説こうとしてんだよ。

「まあとりあえず今日の仕事始末したらナマエんとこ迎え行くから、テキトーに暇潰しといて」
「分かりました、お待ちしております。では今度こそ失礼致します」

片足を下げ、両手の指でロングスカートを軽く摘む。そんなかしこまった挨拶も、当初の気恥しさというか歯痒い思いは今やどこかに吹き飛んで、すっかり日常の一部分に溶け込んでしまった。彼女のルーナとそれ以外の対応には色んな意味で天と地の差があるが、それにしても"ゲスト"に対する礼儀正しさは明らかに常軌を逸している。
……まるで人と関わることを嫌っているような。昔、何か人間関係で嫌なことでもあったのだろうか。そんなことを勝手に想像をしてしまうくらいには、俺は彼女のことを何も知らないし何も分かってない。だからこそ知りたいのに、どうしてこうも拒否られなきゃいけないのか。今の俺の気持ちを簡潔にまとめると、悔しくてたまんない。けどまあ、逆に燃え上がっている自分もいる。



サッと血の気が引いて、咥えていたタバコを無意識のうちにポロリと落としていた。火をつける前だったから大惨事にはならなかったが、そんなことはどうでもいい。というか、あまりの焦りようにタバコを落としたことにも気づかず、俺の足は反射的に走り出していた。

ああ、こんな大事故であいつの素顔を知りたくはなかった。夕方、赤い空の下、有り得ない場所で彼女の姿を見つけたのだ。ようやくデート(デートじゃない)の誘いに乗ってくれたことがどうしようもなく嬉しくて、素直に心を躍らせながらコーン畑が一望できるバルコニーに出た時のことだ。
二階分くらい上の窓、つまり地上からしてみればとても高い場所にある窓から、絶賛仕事モードの彼女が身を乗り出していた。

「はぁ?」

いや、あいつバカじゃねぇの?あんなところで何してる?その時は考える暇もなかったからその疑問は一瞬にしてどこかに吹き飛んでいったが、あとから聞いた話じゃ、洗濯した服を落としそうになったからとかいう呆気に取られるほどくだらない理由だった。
マジでぶん殴ってやろうかと思ったが、当時の俺からしたらそんなことはどうでもよく、なにより身も凍えるような思いがしたのは、俺が目撃した時には既に、その小さな体が窓から放り投げ出されて真っ逆さまに落ちようとしていたから。

「お、い……ナマエ!」

助けに行かなければと、頭で判断するより前に体が動いた。必死の思いで駆けつけて、結果的にはバルコニーから外れることなく滑り込みセーフで彼女の体を受け止めることができたが、もしそうでなければ大参事だったろう。
かなりの高さがあったから、腕を伝う衝撃はこの俺でも堪えるほどだった。彼女にはその衝撃を伝えないようにできる限り努力はしたが、実際にはそんな余裕などどこにもない。さらに体勢が定まっていなかったせいで、俺ら二人は見事に地面にぺしゃんこになった。


「……ナマエ?生きてっか?」

腹の中のものが全部出てきそうだ。音を聞きつけて近寄ってきた数人の部下に片手を挙げて応答してから、地面に横たわる彼女の上体を起こす。

「っうぇっ、ひぐ、……っうぅ」

泣いている。

よかった生きていた。パッと見る限りじゃ特に目立った傷は無い。ひとまず血は出ていないようで安心したが、強打したところは痛いだろうから本人としては無事では済まないだろう。
出来るかぎり慎重に受け止めたはずだが、もし捻挫や内出血でもし起こていたらどちらにせよ手当は必要だ。「大丈夫か?」と顔を覗き込んだら、彼女はそこでようやく俺の存在に気がついたかのように驚いた顔をして肩を震わせた。

「ひ、っう……す、スナイダーさま……」
「痛むところは?」
「……、ぅ、……」

動揺している彼女が珍しくてそのまま見つめていると、さらにボロボロ涙を流すからほんの少し反応に困る。
さすがに怖かったようだ。そりゃ命綱のないバンジージャンプをキメたんだからな、勇敢にも。……なんて煽るようなことを言っても仕方がない。肩に手を置いて黙って様子を見守っていたら、突然弱々しい力で胸板を押しのけられた。

「み、見ないで、くらさい……っ」

弱々しい声で言いながら、ズレ落ちたヘッドドレスで顔を覆い隠す彼女。ドッ。そんな場合じゃねぇのに心臓が大きく収縮してどデカい音を鳴らし、終いには心停止に陥った。
やっべぇ……こいつ……かわいいな……こんな時にまで煩悩になるこの俺の愚かさよ。泣き顔とか、痛がってる顔とか、加虐心がこれでもかというほど煽られてもっともっと見つめていたくなる。たとえストーカーでも知らない一面ってのが多すぎて耐性がついてないんだよ……見ないでほしい、てことは恥ずかしいって気持ちがあるってことか?ああ、かわいい。
その背徳感を上回る浮かれ具合に自分で自分を笑いながら、俺は何事も無かったかのように彼女を抱き上げた。とりあえず元気そうで良かった。

「中に連れてく」

周囲に対して、同時に彼女にも分かるように行き先を告げてからその場を離れた。おそらく人に抱え慣れていないであろう彼女は少し暴れて抵抗したが、すぐに大人しくなった。顔を隠すのに必死らしい。そういうところも可愛い。
こんなところで彼女を抱き締められるなんて思いもしなかった。落ちんなとは思うが、俺の目の前で落ちてくれて良かった。でないと他の誰かが彼女を助けることになんじゃねぇか。誰にも触らせたくない。この泣き顔も独り占めしたい。あわよくばもっとよく見せて欲しい。……あー、動悸が止まんねぇ、色んな意味で。


「いや……まさかあんたがあんなバカやらかすとはね」
「……」
「服の代わりに自分が落ちてどうすんよ。まあ大事なくてよかったけどさ」

医務室。と言っても、余分なベッドと頼りない椅子と数少ない医療品を集めただけの、ただの部屋。俺が指揮しているんだからそう簡単に出す訳が無いが、今のところ重傷者は出ていないから幸いにもあまり使われることのない部屋だ。
そんな部屋にまずこいつを連れてくる羽目になるとはな。ベッドのヘリにゆっくりと彼女を下ろし、俺は部屋の隅から丸椅子を引っ張ってきて正面に座った。もう涙は落ち着いている。断りを入れてから手や足を持ち上げて、異常が無いか観察を始めた。

「見えるとこに外傷はねぇな。痛みは?」
「……」
「ナマエ?」

普段もまあ大概だが、普段より生気がない。顔を覗き込んで返答を促すと、ぽつりと「大丈夫です」という声が聞こえてきた。大丈夫そうじゃねぇけどな。
まあ高いところから落ちたショックで泣いていたようだから、泣き止んだところでショックが消えるわけでもない。時間が経てば精神的にも落ち着いてくれるだろうか。本人が大丈夫と言っているのだから、今はその発言を八割くらい受け入れてやることにする。

「……スナイダーさま」
「ん?」
「ありがとうございます。……色々と。私なんかのために、体を張って。何かお礼を」

目元を冷やせる保冷剤を用意して、タオルと一緒に手渡した時、ようやく彼女は自分から喋り出してくれた。若干見当違いの言葉を。

「別にいい」
「よくありません」
「なんで?」
「あなたも、私を受け止めた時に相応の痛みを負ったはずでは」
「否定はしねぇけど、気にすんな」
「……気にします」
「気にすんな。あんたが無事でよかった。それだけでいいじゃん」

随分と親切な言葉が出てくるもんだ。心の中では泣き顔が見れたことに素直に喜んでいたゲスい人間なのに。もちろん顔には出さないが、嫌われないためにもこういう感情は大事にしまっておかなきゃな。
そう、必要なのは俺への礼よりも反省だ。窓の外に出たら落ちるんだってことを、あんたにはきちんと覚えておいてほしい。

「あんま心配かけさせんなよ」

手当もほどほどに、今度はドレスについた土埃を落とす動作をしながら話しかけた。結構頑固でどう見ても落ちそうにないから形式的に。
そしたら少し遠ざかるように顔を背けられたから、俺は椅子ごとさらに近づいて彼女を上から見下ろした。

「……申し訳ございません」
「いやだから、謝罪もいらねぇよ。今後気をつけて貰えれば」
「……はい、遵守致します」
「なぁ、ナマエ」
「……なんですか近いです」
「俺あんたのこと好きなんだけど」

話の途中でなんの脈略もなく、どストレートにそんなことを口にした。こんな時に言う言葉じゃない?うるせ、今言いたくなったから伝えんの。
もともと今夜言おうとしていたことだしな。いつもならまっすぐ俺の目を見つめてくれるのに、今は目線を下に向けて沈黙を続けている。聞こえなかった?それなら何度でも言ってやる。好き、好きだ。可愛いナマエ。丁寧に、真面目に、真摯に想いを込めて。これまで色んな方法を試してきたが、やっぱり俺は正攻法が柄に合うのかもしれない。
いつまでも黙っているからこっちも延々と言葉を繰り返していると、彼女はようやく顔を上げて俺と目を合わせてくれた。ゆらゆら瞳が揺れていて焦点が定まっていない。そしてすぐにまた下を向いてしまった。

「理解できません」
「何が?」
「あなたの言動が」
"You're a keeper"

俺が積極的に詰め寄るのは、あんたを逃がしたくないからだ。ゼノにも同じ説明をしたっけか。これ以上ぴったりな言葉があるか?しかし彼女は納得していない様子。

「そうではなく、その言葉そのものが理解不能です」
「そのもの?」
「何故?その感情はいつどこで生まれたものなのですか」
「あ〜」

なんで好きになったのかを知りたいの。
思い当たる節は何個かあるが、改めて尋ねられると困ってしまうな。言葉に詰まる。

「俺もな、いつ、どこで、なんで惚れちまったのかよく分かってねぇんだけど」

あの瞬間……彼女の本性を目の当たりにした瞬間は、ただ驚いただけだった。その日を境にして今まで知らなかった彼女の一面が少しずつ増えていく。
あんた、割と表情豊かな方だろ。普段は鉄壁の守りで隠しているだけで。その中でどれか一つを挙げるとするならば。

「あんたの笑った顔がさ」

俺の前じゃ堅いこのムカつく表情筋をどうにかほぐそうと、両頬にそっと手を添えた。

「可愛くて、オチた」

真っ逆さまに。



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