THE STONE WORLD


雨より飴

本編より少し後。交際中。

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今日の天気は大荒れだった。まさにバケツをひっくり返したような土砂降りで、これでもかというほどの強風に煽られ、さらには数分おきに雷の音が鳴り響く。なんでも、これまでに経験したことのないほど大きな大きな台風がこの辺りに接近しているらしい。そういう訳で、最近の空模様はずっとこの調子だ。
しかし今日は特に酷い。どのくらい酷いかと言うと、防水の靴を履いているはずなのにいつの間にか靴下が濡れている事件が起こるくらい。防水を信じて換えの靴下を持っていなかった私の足は、もうぐしょぐしょのドロドロである。
「うええ……びしょびしょ……」
この状況なので、私の通う大学を含めほとんどの学校は休講となったようだ。しかし私はとある教材を大学に置いてきてしまい、スケジュール的にどうしても今日取りに行かねばならず、嫌々ながらも重装備をしてほぼ人のいない大学を訪れた。そして今、その帰りの道で、さらなる不運が私を襲う。

電車が止まりました。

「……」
ありえない。本当にありえない。あと一回電車に乗ったら家に帰れたのに!大学の最寄り駅を出た時はまだ少しの遅延しか発生していなかったから良かったが、乗り換え駅でいざ次の路線の改札をくぐり抜けた途端、慌ただしいアナウンスの声が耳に届いた。ただいま台風の影響で全線運転を見合わせております。
ホームに溢れかえる人々のどよめきが聞こえた。ちょうど帰宅ラッシュの時間帯だ、大学に行って帰ってきただけでもしんどいのに、疲れに疲れた社会人たちの衝撃といったらはかりしれない……なんていうことを悠長に考えている私。
なんてこった。この調子ならしばらく運転が再開することはないだろう。このタイミングで運転見合わせになったのだから、もう台風が通り過ぎるまで動くわけがないじゃないか。
もうだめだ。タクシーでも捕まえるしか……と言いたいところだが、私は今たったの百円ぽっきりしかお金を持っていなかった。もうだめだ。実は定期も切れてる。帰りの電車賃すら危うい。あは、もうだめだ。

そんなとき、鞄の中から振動。誰かから電話がかかってきたらしい。あわあわしながら雨の雫で濡れている手を空中で振り払い、あわあわしながらスマホを取り出す。そこには見慣れた名前が表示されていた。
「名前か!テメー今どこにいる?」
千空の声。今年一番の不運に見舞われ途方に暮れていた私は、彼の声を聞いただけでめいっぱい安心してしまった。
「千空……た、たすけて電車止まった……」
「ああ゛?っのやろ!こんな時に外出るバカがどこにいやがる!」
「だってえ……大学に物置いてきちゃったんだもん……」
「大学だあ!?んなとこまで行ってたのかテメーは……休講になった意味考えろバカ!いいから今いる場所教えろ!」
千空にバカバカ言われてしまった……。涙目になりながら正直に今の状況を伝えると、千空は呆れ返りながら大きなため息をついた。
「……どうするつもりだ?」
「どうもこうもないよ、お金ないんだもん。こうなったらもう歩いて帰るしか……」
「おいおい、そっから家まで何駅あると思ってんだよ」
「えっと、七駅……」
「死ぬ気か?そもそも一駅分歩く前に強風で吹っ飛んで終わりだ」
「わかってるってばあ!だからどうしようって言ってんじゃん〜……うええ」
頬を伝うのが雨粒なのか自分の涙なのかも分からず、電話の向こうの千空にすがるだけの私。千空は再度ため息をつく。
「せ、千空は?千空、今どこから電話してきてるの?千空こそ、今日は研究室かどこかでお泊まりでしょ?」
「いや、実はもう帰ってきてる」
「なんで!?」
「もともと今日は早く切り上げる予定だったんだよ。お前が喜ぶと思って超特急で帰ってきたのに……家のドア開けたら誰もいねーじゃねえか!」
「ひい、ごめんなさい……!」
「速攻出てくれただけ良かったがよ……俺がどれだけ心配したか分かってねーだろ、てめ」
そっか、そっか。それで私に電話をかけてくれたんだ……。
「うわあああ帰りたいよーーー!」
「うっせえ叫ぶな」
元々あった帰りたい気持ちが、千空の声を聞いた途端にブーストした。それを精一杯伝えてみるも、安心安全なマイホームにいる千空はただただ呆れた様子で。
しょうがないじゃん早く帰りたいものは帰りたいんだから……はあ、もう本っ当に早く帰りたい。今はただそれだけ……。



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