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人を殺した。
あまりの非日常に気分が高揚しているのが分かる。顔に飛びかかった液体を手首で拭いながら、おそるおそる尋ねた。
「わ、たしもころすの……?」
「殺してほしい?」
私は、私が今、しでかしたことに対してどきどきどきどき鼓動の音が止まらないというのに、彼はさっきと全く変わらないテンションで聞き返してきた。慣れているのだろうな。彼にとってはこれが日常なのだ。
あの人もこんな感じで殺されてしまったのだろうか。……ところで、私は今何をしているのだろう。私、今、何をした?人を殺した。殺人鬼の声が脳に響いて、気づいた時には手が動いていた。催眠術に掛けられてしまったように、私の手が、私の意思に反して……。
「おいナマエ?人の話聞けよ、この前も言ったけど。黙んのはいいが無視決め込むのはやめな?」
本当に反していた?私の意思に反していた?ああ、知ってる。これは全て自分がやったことだ。だけどこうやって人のせいにしておかないと、駄目、こんな所業、人がやったとは思えない、そっか、私は人じゃない、人じゃないからこんなことができた……むかしむかし、とは言っても五年くらい前だけど、両親を轢き殺したタクシードライバーを死ぬほど恨んだ子供がいました。ただひたすら世界中の犯罪者を憎んでいたはずだったけど、その子は今死んだ。代わりに産まれた犯罪者は言いました。
「死にたくない」
さっきまで生きていたその人は、とても怖い目で私のことを見つめている。これ、数日は夢に出てくるだろうなあ……数日どころか、一生。そういう怖い夢を見ることになっても、殺人鬼の仲間入りになったとしても、私は"こう"なりたくはない。本心から首を横に振った。
「……死にたくない」
「知ってっか?拒否られっと逆にやりたくなんだよ。俺割と単純でさ」
どこが単純?ひねくれてるじゃん。背後から聞こえてきた戯言に首を捻っていると、彼の手がするりと私のうなじに触れて身震いがした。この人、本当に殺すつもりだ。慌てて振り返った。
「ま、待って」
「なにを?」
「……こ、殺さないで」
「面白いこと言ってみな。ちょっとは時間稼ぎになっかもしんねーぜ」
彼はそう言いながらいつの間にか床に落っことしていた血まみれのナイフを拾い上げ、次にそれを私の首元に押し当ててきた。思わず嫌悪感が増す。
「……こ、この人の血が付いたナイフで切られたくない」
「それがあんたのこだわり?じゃ、あれでヤク漬けにしてやんよ」
彼は姿勢はそのままに、テーブルの上に置かれた薬の瓶に目配せをした。きっと私なんかより人を殺す方法をたくさん知っているのだろう。なんなら素手で首の骨を折るくらい朝飯前みたいな顔をしている。……なんだろ、彼の気を引ける命乞いって、一体どれだけ突飛なことを言えばいいのだろう。
彼の綺麗な瞳に見つめられるとだんだん変な気分になってきて、思わず口走った。
「どうしても殺すつもりなら、……その前にもう一回だけ、抱いて」
どこかで聞いたことがある。人が死ぬ瞬間は性的な絶頂の何倍もの快感を感じるらしい。そんな馬鹿なと思うが、どうせなら私自身が体験して実感してみようじゃないか。……などということを考えてしまうくらい、私の頭はとっくにイカれてしまったらしい。
そして、私のその発言に超楽しそうに声高らかに笑い始めた彼の頭は、もっともっとイカれているらしい。彼が今までにどのくらいの死を見送ってきたのか分からないけど、死に際の人間にこんなことを言われたのは初めてなのかもしれない。笑いを堪えながら、私の頭を乱暴に撫でながら、彼は言った。
「アハ、あははッ!いいぜ〜ビッチちゃん。けど、その前にここ撤収すっから手伝え」
あれ、これでいいんだ。とりあえず時間稼ぎには成功した。そのことに安心感を抱いている頭のイカれた私。結局私って死にたくないんだ。
あーあ、人を殺してしまったから、もう天国には行けないな。それだけ残念に思いながら、彼の指示通り手伝った。
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「あんたさぁ、ははっ!いつも言ってっけどいちいち慎重すぎんだよ」
「…っ、ぁ、……ん…」
部屋に響く男の声と、一定間隔で繰り返される卑猥な音。自らを支える腕に力を入れて、後ろから容赦なく押し寄せてくる波に精一杯耐え続けた。
地獄にしては快感すぎる。やっぱり彼は暴力をしないタイプのようだ。そして暴力がないとこんなにも居心地がいい。自分が置かれている状況と、頭の中で考えていることが著しく噛み合わなくて気持ち悪い。私はどうして人殺しの好きにされているのだろう。彼の車に押し込められて連れてこられたホテルの一室で、交渉内容のそれは即日実行された。気づいた時にはこのベッドの上にいて、あっという間の出来事に頭がついて行かず呆然とするしかなかった。
本当に、今からここで。表情だけは強気なのを取り繕って内心動揺していた私にこの殺人鬼が気を使うわけもなく、ソファーで一息ついた彼はまず最初にタバコに火をつけて、それから「脱げ」と一言指示をした。
命令口調には慣れていたからそこまで怯むことはなかったけど、ただただ自分が何をしているのか分からなくなってどうにかなってしまいそうだった。言われた通り布を取り払って全身に刻みつけられたデフォルトみたいな打撲痕を残らず全て晒しあげると、ようやく彼は腰をあげてデフォルトみたいな笑みを零した。萎縮した。
あの時こうしていれば、今こうはならなかったかもしれない。そうやって過去のことを悔やむ隙も与えてはくれない。自分から言い出したことなのに、自分の尊厳を守ろうとして最初は抵抗していたはずなのに。
ものの数分で見事なまでに屈服させられ、もう私には為す術もない。
「あはっ、ごめ、笑っちまった、いや待て!馬鹿にはしてねぇ。だってロリコン回避してんだもんな?七年も待つとか、んなの尊敬しかねぇじゃん」
「……ぁ、…っ……」
彼は電話をしているようだ。相手が誰なのかは興味が無い。
「俺なんて出会って数十分で寝てっかんね。あーこっちは未成年じゃねぇから安心しな」
もうさんざん焦らされ続けて徐々に体力を消耗してきた私だが、彼は休憩のつもりなのかゆっくりな動作に切り替えて電話口に語りかけることに集中している。これならいっそ中断してくれた方が楽なのに、私が口を出したところで殺人鬼が聞き入れてくれるはずがない。
我慢するしか。肘をついたり、自分の腕を枕にしたり、膝の位置をずらしたり。少しずつ体勢を変えながらなんとか四つん這いの姿勢を保つ。早く終わって。早く、早く、終わればいいのに。何もかも。世界が丸ごと終わってしまえば、私がやらかした何もかもが全部無かったことになる。それでいい。それがいいよ。だって私はもうすぐで終わりなんだから。地獄行きなのだから。死にたくないと願いこそすれ、この行為が終わればきっと私は
「最近見っけてさ、……あ?うっせー!ちゃんと選んでんに決まってんじゃん、あんたこそ馬鹿にしてんだろ」
「……っひぁ、ん……っ!」
油断していた時にいきなり強く打ち込んでくるから、思った以上に大きな声が出てしまった。咄嗟に口元を押さえるが、なんとなく空気が変わったような気がしてならない。
「……なに、いきなり声出して」
知らない誰かとの会話が急に止まって、殺人鬼の意識がこちらに向いたことに思わず心臓が波打つ。彼はそれでも通話を止めず、それどころか電話口を遠ざけることもせず「もっとして欲しいって?」とストレートに尋ねてきた。
私の今の様子が電話の向こうにも伝わっていることは確実で、それを考えるだけで余計な羞恥心に襲われる。目を泳がせてぱくぱくと口を開閉させていたら、彼は急かすように後ろから顔を覗き込んできた。返事、返事をしなきゃ、また怒られる。何か、返事を。
「………も、もっとほし、い……」
延命のため。
「素直ないい子。……ほら、いい子なら俺が何言いてぇか分かんだろ?」
首元にかかる吐息。それすらも毒。全身の動きを鈍くされ、もう自分の意思で動かすことができない。顎の下からすくい上げるように片手で頬を掴まれ、後ろを向かされ、名前を呼ばれ、もてあそぶような視線と目が合って萎縮した。
こわい。そんな私の反応を試すかのように彼が微笑んだその瞬間、まるで催眠術にかけられたように体を支えていた両手の力が抜け、顔面が枕に墜落して沈みこんだ。満足したように頭を撫でる殺人鬼。
「Good kitten!! 察しが良くて助かんぜ。んじゃお望み通り」
がつん
と、突かれた衝撃で、目の前に星が飛んだ。急激に襲い来る電撃のような感覚に全身がガクガクして痙攣が止まらない。喉から飛び出た汚い悲鳴はまっすぐ枕の中に吸収されていき、汚い嗚咽だけが残る。わたし今のでイッちゃった。普段はなかなかいけなくてしょっちゅう殴られてたのに、なんでだろ。頭の片隅でそんなことを考えるのもつかの間、即座に連続的な衝撃が何度も何度も私に襲いかかってくる。
「…っ、っん、ぁっ、ゃ、だ……!」
「あー、わりーな、ゼノせんせっ……。え?いや遠慮すんなって!積もる話、ほら色々あんじゃん?」
永遠に気持ちいいのが止まらない。下と一緒に頭の中までかき乱されてるような感覚。先程の無言の命令通り、電話の邪魔をしないよう必死に呼吸を止めるが、あまりにも容赦がないから彼自身がそれを邪魔しているかのようだ。
「はぁっ……ん、んっ、!」
「だァから、何度でも、言うけど!最近のあんた、彼女ばっかでつまん……ア、切れた」
軽い笑い声と舌打ち。その間もずっと乾いた音が鳴り響く。この殺人鬼、何でもかんでも楽しそうにするから気味が悪い。通話の切れたスマホらしきものが枕元に落ちる音がしたと思ったら、そのまま激しい動きが続いて何秒もしないうちにもう一度果てた。下腹部が疼きシーツに沈みかけた私の体は彼の大きな手に捕まえられて、仰向けに転がされるとすぐに向かい合う形で私に覆いかぶさってくる。
「ん、もう泣いてねぇじゃん。さすがに二回もやってっと慣れんだ?」
「……べ、べつ、に……っ、」
「顔真っ赤なのは変わんねぇけど。ああ、もう声抑えなくていいぜ」
達したばかりなのに休ませてくれない。閉じた足を無遠慮に開き、溢れた粘液を潤滑剤にしてぎゅうぎゅう縮こまった膣に質量を保ったままのそれを無理やり押し込んでくる。
彼が数回動いただけで脳みそが焼けるような感覚になり、勝手に大きく開いた口から次々と出てくる喘ぎ声が、彼にいかにヨクさせられているかを簡単に自覚してしまう。今私が抱いているこの感情が屈辱なのか羞恥なのかはもはや分かりようがない。ただ、もう抵抗する余裕も気力もとっくに消え去ってしまった。
「ん、ぁ……きもち」
細く開かれた瞼から覗く宝石みたいな瞳が、じっと私を見つめている。遠くなる意識の中で無意識に見とれていると、彼のものがずるりと引き抜かれ腹の上にばらまかれた。
「ああそっか、コレのお陰であんたの彼氏怒らせちまったんだ」
「……」
「でもコレのお陰で束縛から解放されたも同然じゃん?感謝してくれてもいいんだぜ」
ベッドに半身を埋めてしばらく過ごし、ようやく呼吸が整ったところでふいに首筋に何かが触れた。この殺人鬼にあれだけ好き勝手された体は、たったそれだけの刺激に大きくビクついてしまう。
後ろからくつくつと喉を鳴らす音が聞こえたと思ったら、同じ場所をちゅうと吸いつかれた。再びマークされた。ほとんど薄れて消えかけていたのに、相変わらず何を考えているのか。
「ねぇ、もうしばらく付き合って」
よく分かんないけど、気に入ってくれた?彼の言うことを聞くだけで寿命が少しでも伸びるのなら、なんでもいいや。未だに真っ白なままの頭で力なく頷いた。