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ホテル暮らしを始めて数ヶ月が経過した。やることがないから備え付けのテレビでニュースを見ていたけれど、全焼した家も、行方不明の二十歳の女についても、話題に持ち上がることはなく。
世界はもっともっと不幸なことで溢れているらしい。大学生ばかりを狙った連続殺人事件とか、女児誘拐事件とか、キャスターは今日もそれらを案じる典型文を呟いていた。でもつまらないからすぐに消した。
私は大学生でも小児でもないから、そういった輩に狙われることはないだろう。まずそもそも外出できる機会なんて滅多にないし。そんなつまらないことを考えていると、静寂を突き破るかのように着信を知らせるバイブ音が鳴り響いた。
「……スタンリー」
あの人を殺した殺人鬼。他にもたくさんの人を殺し続けているらしい。それが彼の生きる世界。そして私はそこに迷い込んでしまった愚かな迷子ということか。
以前使っていたスマホは捨てられた。思い出の写真とか、いっぱいあったんだけど……情報の宝庫だからいずれ足を掴まれるかもしれないと言われ、文句の一つも言う暇もなく捨てられた。これはその代わりに買い与えられた新しいスマホ。彼との連絡用でしかなく、純正のアプリしか使えないからほとんどただの板だ。
「あーナマエ?今すぐ駐車場まで出て来い、下で待ってっから」
「……わかった」
スタンリーは何日かに一度姿を現した。時間帯は不規則で、いつも必ず私が昏睡するまで抱き潰し、次に目が覚める頃には大抵いなくなっている。それから一週間以上時間をあける時もあるし、かと思えば翌日にすぐ戻って来る時もある。
娯楽がテレビしかない部屋で、長い時間を一人で過ごすのは苦痛でしかなかった。だから食事と最低限度の衛生を保つ行動を取る以外は、ただひたすらベッドに潜って延々と寝ていた。意識がある時も無理やり寝ていた。寝すぎて食事を取らない時もあった。部屋を出た時と戻ってきた時の私が全く同じ格好をしていることを不憫に思ったのか、ある時本を与えられた。大学に行っていないにしても難しいものばかりで何一つ読めなかった。
ずっと一人でいるから、人間と会話をする時は少し心が楽になった。
ぼんやりと彼の帰りを待つようになった。
ここまで長々と語ってきたけど、分かりやすく言えば私はセックスをするためだけに生かされているだけ。きっとこれは気まぐれだ。あの時運良く(悪く?)死にそびれた私は、そのうち飽きられるまでの命しか持たない。割り切っているつもりでも、どこかでその日が来ることを恐れているのだろうか。朝起きたらまず手首を触る癖がついた。
「あ、今回も荷物は全部まとめろよ。あんた読んでる様子ないけど、あの本そろそろゼノに返さねぇととやかく言われちまう」
たまにこうして私が外に呼び出されることがある。ホテルを変えるためだ。同じ部屋に長期間居座ると不審に思われるとか何とか。言うまでもないことだけど、持っていたお金は全部取り上げられている。たぶんホテル代に使ったのだと思うけど、それにしても彼が私を閉じ込めるのはそれだけでは到底足りないほどの格式の高いホテルばかりだから、そのくらいの稼ぎがあるということなのだろうか。でもあんまり良くないお金なのは明確だ。
実は前日に"知らない名前の人"から新しい服が届いていたから、今日呼び出されることは予想できていた。いつものようにサイズピッタリの私好みのワンピースと可愛いブーツ。ネットで見つけたお気に入りの服をたくさんスクショしていたから、スマホを没収した時に目に付いたのかもしれない。
嬉しくないとは言わないが、気味の悪い気遣いだ。それも以前は到底手の届くことのなかった高価なものばかり。それもきっと今夜には全部脱がされる。安くても関係ないのに、やっぱり気味の悪いこだわり。
「あそうだ。俺、今回はしばらくここにいるから」
「……」
「腹減ったろ?食いたいもんがあんならなんでも言いな。……ほら、ナマエ?」
「……ポテチ」
「お菓子はだーめ。体に悪ぃじゃん。てか、デリですぐ頼めるやつにして」
「……じゃあいらない」
今回はいつもより長い時間車に揺られたせいか、酷く疲れてしまった。見慣れない景色ばかりだったし。新しい匂いのするベッドに身を沈めて、さっそく夢の世界へ旅立とうとしたら、彼の手によってひっぱり起こされ急に炭酸飲料を飲まされた。
スタンリーは昔のアレとちがって暴力しないところが気に入ってるけど、たまーに荒っぽいところがやだ。頭が驚いたというよりは体が驚いて、げほげほと咳き込む私を上から見下ろすサイコパスの手にはエナジードリンクの缶が握られている。今日は寝かせないと言いたいらしい。
「何食べたい?」
「……げほ、けほ」
「返事しろ」
「……フライドポテト」
「それもまあ健康にはいただけねぇけど、まあいいか。おーけー、あんたイモ好きな」
「……」
それの何が悪いの。
それにエナジードリンクも体に悪いよ。
+
「ねえ、今日はこれ使ってもいい?」
バスローブ姿で髪を乾かさないまま出てきた彼は、右手にはタバコ、左手には不穏なものを握っていた。なんとなく察したけど、あれはたぶんあらぬところに出し挿れするやつ。
「やだ」
どうせ私が何を言っても強行するんだし、以前無駄な抵抗をするのが面倒くさくて「好きにすれば」と答えてしまった時がある。文字通り好きにされた。あの時は本当に死ぬかと思った。
いやだ、やめてと首を振って必死に懇願したけど、「最初は嫌がんなかったじゃん」と首を傾げられて続行された。悪魔に見えた。それ以降はとりあえず最初はなんでも嫌がっておくことにしているのだ。
「まあまあそう言わずに。ほらこれ」
「……これは何」
「手首縛って拘束すんだよ。したらさ、あんた何されても泣いて媚びるしか出来なくなんじゃん?いい気味」
「……へんたい、きもちわるい」
「あんたにだけは言われたくねぇよ」
あなたにだけは言われたくない。
+
新しいホテルでそれなりに回数を重ねたある時、スタンリーの話し声で目が覚めた。もう日常の全てと化したたばこの匂い。ほんの少し心地がいい。
ぱち、ぱち。両の瞼を開いて閉じて、もぞもぞと布団の中で動いていたら、筋肉質の腕に引き寄せられてどさくさに紛れて胸を揉まれた。その手を払い除けている隙に、こめかみに何か柔らかいものが触れた気がした。
「マジで?ついに?会わせろ!腐る前に面拝ませな!」
今の何?と、尋ねようとしたわけではないけど、尋ねるより前にスタンリーがいきなり大声をあげるから、びっくりして肩が飛び上がった。
「……え、ああ腐んない?さすがゼノだわ。あーはいはい、俺はあんたみてぇに死体とっとく予定はないんでね、解説はいらねー」
いつも彼が電話をしている人だ。相変わらず常識から外れた単語を口にする。
「今から?そっち行っていいの?けど今、一緒にいんだよね。……ああ、そう、どうすっか考えてるとこ」
どこかへ行くつもりなのだろうか。
「あんまどうこうするつもりねぇんだよな。最近は毎日寝てんだけどマジで飽きねぇし、けっこ好きになっちまったかも」
……お腹が減った。今はフライドチキンが食べたい気分。
「いちいち報告いんねぇ?んなサムいこと言うなよ、ひでぇやつ。あ、じゃああんたんとこ一緒に行ってもいい?」
ふいにスタンリーを見上げると、その綺麗な瞳もまた私を見下ろしていた。何度か瞬きをするうちに、彼の顔がだんだんこちらに近づいてきて、もう一度こめかみにさっきと同じ感触のものが触れた。
今の何?
+
「ゼノのガールフレンド、とんでもねぇ甘党だったらしいぜ」
車の助手席で大人しくお留守番していたら、程なくしてスタンリーは角砂糖を買って戻ってきた。普段ブラックを飲んでいる姿を見かけることが多いから不思議に思っていたところを、彼は親切にも教えてくれた。言われたところで友人の彼女の好みなんて私はあまり興味が無いから相槌を打つしかなかったが。
……"だった"のなら、今は違うんじゃないのか。まず一番にこの疑問が出てきた自分に、少し驚いた。この人の言うことだからこんな意味深な発言をされたらもう既に"そう"なっているんじゃないかと思い直したが、そっちの方が考えたくないから今言われたことはすぐに忘れた。
カーナビ無しに運転しているからスタンリーはこの辺に詳しいのかもしれないが、やっぱり今日も周りは私にとっては見慣れない景色。どこかへ向かっているらしい。そのどこかはたぶん、彼の友人の……。
「ゼノに調べてもらったけど、あんたもうこの世に身寄りいねぇらしいじゃん。ハハ、俺が殺ったから」
サイコパス殺人鬼。
「他に仲良かったやついるか?ダチとか一人くらいいんだろ」
「何故そんなことを聞くの」
「いいから答えな」
私のような人間でも、友だちと呼べるような人は何人かいる。全員故郷の知り合いだ。両親が亡くなって親戚の家で居候し始めてからは、近くにいた知り合いといえばバイトの人たちくらい。そしてアレは私は殺した。
「ああそう、じゃあゼノんとこに顔出したらあんたの地元行くか」
「……なにするの」
「パーティーすんだよ。殺戮パーティー」
なんてパワーワードだ。
「過去の知り合いでもさ、見逃してっとのちのちクソめんどくせぇことになんだよ。例えばあんたが失踪した時に捜索願を出すような関係にいる人間は今のうちにバラシときてーの」
「……本人の前でそれを言うの」
「で、オトモダチはどれくらいいんだ?」
「……私が仲良かったのは、実家の近所のおばさんと、通りの向こうに住んでる元クラスメイトと……」
「なに、えらく正直じゃん。俺マジで殺るけどいいの?」
「……どうせ私が嘘ついても、その『ゼノ』さんが全部知ってるんでしょ」
この世にもう身寄りがいないことを知っているくらいだし。
「おー、よく分かってんじゃん」
私のせいでこの殺人鬼に殺されるかもしれない人たち。可哀想に。なにか突飛なことを言えば見逃してくれるかもしれないよと、助言をしようにも連絡する手段がないんだった。
「それより、どこに向かってるの」
「あんた以外にも何人かいたけど、あんたが一番気持ちいい。なんでだと思う?」
「……何の話?」
「もお、恥ずかしがんなって。嘘じゃねぇから」
セフレの話?フレンドっていうのが正しいのかはよく分からないけど。
「……ゼノの家がある辺り、住み心地良さげなんだよ。俺もそこに定住しよっかなって企んでてさ。あいつとは家近い方がお互い楽だし」
「それが、何?」
「家持ったら毎晩でもできんだろ?」
これが結論か。
「気持ちよくねぇ奴と会う意味ねぇし。実はもう全員切ってんだ。ああ、どっちの意味でもな」
「……」笑えない。
「あんた、ベッドは天蓋付きがいい?」
「……私もそこに住むの?」
「ホテル暮らしよかマシじゃん?ちまちま金払うのめんどくせーし居座った痕跡もいちいち消さねぇといけねーしめんどくせーし」
「そうじゃなくて……。一緒に住むの?」
「嫌か?」
嫌かと聞かれても。たしかにホテルは飽きたし家があると安心だけど、だからと言って私を同じ家に住まわせる理由が分からない。極自然に浮かび上がった疑問を投げかけた。
「……断ったら、どうなるの」
「そりゃ"こう"だ」
即答。と同時にカチャリ。いつの間に構えていたんだろう。左手にはハンドル、右手にはハンドガン。私の脇腹に銃口を押し付けながら微笑むスタンリー。
「お願いだ、一緒に住もうぜ」
脅しながらお願いするなんて。へんなの。
+
ゼノは今までそういうことに興味がなかった分、急激に愛情が溢れ出したらしい。たった一人の女に夢中になって。まあ昔からあいつの殺意は本物だったし、一方的にじゃなく正式に知り合ってから二年もせずに、その恋人を手にかけた。
しかし愛は途切れることはなく。死体を保存までして、これからも一緒に暮らしていくつもりらしい。物好きだよな、ほんと。
だからあいつをそこまでさせた奴が気にならないわけがない。
「よく許してくれたじゃん、知らねぇ人間家に連れてくんの」
「君がわざわざ僕に紹介したがるとは相当だからね。それに、部外者をこの家に入れてやれるかどうかの条件はたったの一つだ。君たちは……まあ、許容範囲だな」
ゼノは俺の後ろをよたよたと着いて歩く小せえ女をじっと見つめている。こいつと出会ってからもう半年以上経つけど、その期間ほとんど外に出していないから足腰が衰えているようだ。まあゼノが気にしているのはそんなことではなく……見られていることに気づいた途端、少し驚いたように俺の後ろに隠れる様子が面白かったのか、ゼノはにっこりと微笑んだ。こいつ外面はいいんだよな。
「なに、家に入れる条件って」
「僕が入れたいか入れたくないかだ」
「わかりやす」
「当たり前のことじゃあないか」
「そりゃま、そうか。でも許容範囲?俺なんかダメなとこある?」
「あの子は煙草の臭いが嫌いなんだよ」
「あーなるほど」
「そっちの彼女はおそらく君の臭いが移っているだけだね」
視線を送られるだけでなく、声までかけられた彼女。再び俺の後ろに隠れてしまった。これでも俺と同じ身長だから威圧感があるのかもしれない。それに俺以外と話をすることなんて久しぶりだから、話し方を忘れてしまったのかもな。
「スタン、この敷地内に一歩でも足を踏み入れた時点で、煙草を取り出すという行為だけでも罰金が発生するから気をつけろ」
「おー、アイアイサー」
+
「今日は彼女の誕生日なんだ、よければ祝ってやってほしい」
大きなベッドに横たわる女の子。
たぶん私より若い。
「……死んでるの?」
「こいつが殺った」
私の呟きに、まるでイタズラの犯人を指摘するような軽さでスタンリーが教えてくれた。聞けば、つい十数時間前まで生きていたらしい。死にたてほやほや。スタンリーはずっと彼女に会いたかったのだとか。たしかに友人の恋人ってちょっと気になるよね。
ていうか本当に死んでいた。
「これが僕らの愛の形だ。さて、どうだい?君はスタンに目をつけられる少し前まで、極普通の生活を送っていたそうじゃあないか」
「……わ、たし……?」
「彼女を見てどう思った?是非とも彼女の第一印象を聞かせて欲しい。第三者の知見はとても興味深いね」
「……」
とんでもない甘党"だった"らしい彼女は、それでも普通の人よりやや細身でぽっきり折れてしまいそうな手足をしていた。太れない体質だったのだろうか。それとも、少食を余儀なくされた生活を送っていたのか。
こんな予想に何の意味があるんだろう。何から言えばいいのか分からなくて言葉に困っていると、さっきから勝手に人の家を漁っているスタンリーが横から茶々を入れてきた。
「やめろよゼノ。初対面で引いてんじゃん」
「おお!これはすまない、この質問は単なる街頭アンケートのようなものだ。面倒であれば無視をしてもいい」
「……いえ、あの、なんというか」
私が喋り出すと、スタンリーが意外そうな顔をして凝視してきた。こっち見ないで。
「……その、綺麗ですね」
死体にしては。
「息をしているみたい」
「ふふ、まるで棺に入った遺体に対して遺族が抱く感想そのままだな。しかし君とは話が合いそうだ」
「やめろよゼノ、あんたの彼女が嫉妬すんだろ」
『これが僕らの愛の形』。二人の関係は少し歪んでいるように思うけれど、お互いがそれを受け入れているのならこういうのもアリなのかもしれない。世間の目は厳しいかもしれないが、彼らにとってはどうせ殺される側の人間でしかないからそんなことはどうでもいいのだろう。
彼女は幸せそうに眠っていた。少なくとも、私にはそう見えた。大した恋愛をしてこなかった私からすれば、少し羨ましくも思った。
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俺は飽きるまで隣に置いとくつもりで、飽きたらすぐに捨てるつもりだったのに。ゼノの10コ下を笑っていた自分が8つ下を養っているこの状況。自分でも困惑するくらい彼女にハマっちまってる。
「ぁ、スタン……っ」
抱けば抱くほどあいつが可愛い。マジで。激しめのプレイにも付き合ってくれるし。普段は無表情なのに、ヤってる時だけ林檎みたいに顔赤くして乱れさせて。一度媚薬を仕込んだことがあったが、あの時はかなりやばかった。量増やしてもっかいやりたい。
なによりあいつ、全身がもちもちしてて抱き心地がいい。太ってんじゃねぇのに不思議なやつ。偏食だし、これ以上痩せさせるわけにはいかないから毎晩たくさん運動する分食べさせてやんないと。餌付けしてる気分。それが楽しい。今んとこ殺す予定はない。