物音で目が覚めた。
「おはよう。あ待て、顔下げんな」
いい香りの芳香剤が漂う車の中、目の前には同い年くらいの男の子が至近距離で作業をしていた。
私の座席を半回転させて(つまり私の体は進行方向とは逆向き)、首元に手を添えて、今朝スタンがつけてくれたチョーカーをいじっている。
ああ。また誘拐されちゃった。これじゃあ前回のお出かけ(前日譚)の時と同じだ。またこっぴどく叱られちゃう。
私の両腕は肘から手首がぴったり重なるように・・・つまり拘束具をしている時のような形で太いベルトが巻かれていて、さらに同じ物が足首と太ももの二箇所で両脚を縛り上げている。
普段しない体勢に違和感があるくらいで痛くはないけれど・・・せっかく今日のお出かけのために用意したワンピースにシワがついてしまいそうで、少し残念だ。
「おし取れた」
「え、もう?早くない?千空ちゃん仕事早すぎ」
そのワンピースを褒めてくれた彼が、私の左隣に座っていた。
「『奴』の造るもんなんか予測できて当然だろ。んじゃこれテキトーに海にでも落としとけ」
「はっはー!都合よく窓の外には青々とした海が広がっているぞ。右京、貴様の位置が丁度いい!そこの窓を開けよう」
「オーケー。千空、パス」
海?海が見えるの?ここはどこなの?私は目だけを動かしてぐるりと車内を見渡した。
助手席に誰も座っていなければ、車内には運転手と私を含めておそらく五人。ひとりひとり個性的なスーツに身を包んでいる彼ら誘拐犯は、それぞれ私を取り囲むように四方に座っている。
「はいよ」
千空と呼ばれた男の子は、今私の首から外したチョーカーを右隣の彼に渡した。彼は上半身を外に出し、大きく振りかぶってそれを海に投げる。
その間、私は外が見えないようにと左隣の彼に顔の向きを変えられていた。潮の香りと共に、どことなくワインの香りが漂ってくる。
「さっきはありがとね〜。ハンカチ、ちゃんと洗って返すから。ま!君自身がお家に帰れるかは分からないケド」
「どうだかな。俺らも割と危ういぞ」
目の前の彼は作業に使っていたドライバーを片手でくるくると回す。
「一応、『発信機』それ自体はホテルから出る前にぶっ壊してるし、大事とって丸ごと海にポイしたが・・・」
チョーカーのことか。
「ああどうせ、奴らは速攻で追いかけてくるだろう。特に『番犬』の方は手段を選ばん!違うか?」
「だよね〜!発信機って、本当にこれだけ?他に何か隠し持ってたりして」
「ボディーチェックは右京にまかした」
「ああ、眠っている女の子に触るのは少し気が引けちゃったけど・・・。何も無かったよ。それは確かだ、断言出来る」
「奴らのことだから盗聴くらいはされてると思ってたが・・・。さすがに女だから気ぃ使ってんのか?」
うーん。ゼノは言うまでもなく、スタンも割とデリカシーないからそれは違うと思うけど。
「それか、アレだ。『体ん中にある』っつー可能性もなくはない」
彼はじーっと私のことを観察してきた。上から下まで隅々と目を渡らせ、自身の膝に肘をついてドライバーごと頬ずえをつく。
「だが千空。それならわざわざ発信機付きの首輪をさせる意味があるまい」
「んまあ、なくはないってだけだ」
「ふ〜ん。ねえねえ、どうやって調べるの?それ」
「解体すりゃ一発だが」
「やっぱし?」
目の前に私がいるっていうのに、なんだか凄い会話をしているな。
「あの」
彼らの会話に、つい口を挟んだ。
「その、諸々の話・・・私、聞いててもいいのかな」
体はばっちり拘束されているが、何故か目や口や耳には何もされていなかった。もちろん窓は全てカーテンが閉められていて、私が分かるのは車内の様子だけ。だからこそフロントが見えないように、後ろ向きに座らされているのだと思うのだけれど。
ワインの彼は面白そうに私を覗き込んできた。先程とは打って変わって、少し顔を歪ませている。
「へぇ〜、堂々としてる子だね。危機感ないの?」
「誘拐には慣れてるんだろ」
「なるほど!俺らが言うことじゃないけど、いつもいつも変な人に誘拐されちゃって大変だね?カワイソ〜」
「はは、ゲン。それは本当に僕らが言うことじゃないね」
カーテンの外が暗い色に切り替わり、また明るい色に変わる。海沿いのトンネルを何度も何度もくぐり抜けているようだ。私は土地勘が全くないからここがどこだか見当もつかない。
そもそも眠らされてからどれくらい時間が経っているかも分からないのに・・・。彼らは会話をやめて、各々自由に目を閉じたり、電子機器やら本やらを眺め始めた。いいなあ私も何か暇つぶししたい。
暇すぎてもう一度眠気に襲われてしまうくらい長い長い時間が経過した後、ようやく車のエンジンが停止した。