一部、過激なワード注意。
+++
反社会という意味では僕も人のことは言えないが・・・人間としての尊厳を全てドブに捨てたと言っても過言ではない、そんな毒親を持った影響で、彼女は裕福な家庭とは程遠い生活を送っていた。
12の時に家を逃げ出し、警察に保護されて以降は養護施設に入所。ハイスクールを出て義務教育を終えてからは、奨学金を利用し、足りない分をアルバイトで稼ぎながら大学に入ってまで勉強を続けている。
「Mr.ゼノ、聞きたいことが・・・ああ、でもあなたの専門ではないからお手を煩わせてしまうかも」
「分かった、いいよ構わない。ではいつもの場所で待ち合わせよう」
とても熱心な子だ。何度か個人的に教鞭を執るうちに、彼女は僕を先生と呼び慕うようになった。
しかし彼女の瞳は暗く、生気がなく、とても将来に何かを見出しているようには思えない。何のために大学へ?以前そう尋ねた時、彼女は困惑した顔でひたすら悩み抜いた果てに、ただ一言「分からない」と答えた。分からないと言っておきながら・・・寝る間を惜しんで金を稼ぎ、勉学に励むその姿勢。
ああ、いや。何もおかしいことはない。勉強することそれ自体に意味を見出す者だって多くいる。しかし、彼女はそういうわけでもなく・・・しかし、その行動原理は至って単純でとても分かりやすい。
傍から見れば明らかだ。幼少期を絶望の中で過ごした人間は、どれだけ時間が経過しようとその暗闇から抜け出すことはできない。何かに打ち込むことで現実逃避をするしかない。とにかく何も考えずに済む場所へ救いを求める。そういう人間は、それこそ犯罪や薬物に手を染めやすく、ギャンブルや宗教によく嵌る。
「もしもし、あの」
「やあナマエ。なんだい?珍しいじゃあないか、君がこんな夜更けに・・・昨日の説明で何か分からないことでも?」
「・・・違くて」
しかも彼女は、毒親の元を離れてからも何度か災難に襲われている。身近な人間がことごとく死んでしまうのだ。毒親から逃れたことでようやく手に入れかけた平和が、あっという間に遠ざかっていく。
そんな悪夢のような日々を送る中、ただひたすら自分に優しく接してくれる人間が現れたりなどしたら・・・彼女は一体どうなってしまうだろうか?
「ゼノ、・・・会いたいの」
ああそうだ。
それを神と錯覚するにも無理はない。
+
半年も経てば、彼女は用もなく連絡を寄越すようになり、用もなく僕を呼び出すようになった。ようやくか。あと一押し、あと少しの手順でコンプリート。
スタンは慎重すぎだと笑うが・・・生憎のこと、僕は何事も順番通りに丁寧にこなしたい性格をしていてね。君のように出会い頭に目と心を奪うような反則技を行使するのではなく、まずは懐柔させてみた。
しかし、僕が思っていたよりも彼女の心の扉は頑丈だった。それはそれで精が出る。二人で会う時にはほとんど勉強の話か食事をするだけだったから、世間で言うデートとは程遠いものだったろう。大人の礼儀としていつも僕がお代を持った。どちらの仕事も安泰なので、金も時間も有り余っているのだ。彼女は相変わらず自分の話をしなかったが、少なからず僕に惹かれていることは確かなようだった。
ある時、尋ねられた。
「ゼノ・・・。あなたはあの日、どうして私の大学に?」
「おや、聞かずとも知っているだろう?授業に呼ばれたんだよ。・・・それがどうかしたのかい?」
「あなたは」
彼女の睫毛が揺らめいた。
「・・・ゼノはあの日、どうして私のことを見つけて、声をかけてくれたの?」
それは違うよ。僕が君を見つけたのではなくて、君が僕の前にその姿を現したんじゃあないか。僕は『あの日』、いくらか人を手にかけた後だったのだけれど・・・そんな時だ。裸足で街の中を一直線に駆け抜ける君を偶然見かけたのは。何故だか興味を惹かれたんだ。それはその当時は小さな興味でしかなかったが。
どちらかと言えば夜明けに近い時間帯だ。幼い少女が外にいるだけでも珍しいのに、靴を履かず、碌な衣服を着ておらず、髪は乱れ、全身が傷だらけで、小さな顔を涙でいっぱいにしているその姿は明らかに異様でしかなかった。恐ろしい何かから逃げるように、必死に手足を動かして僕の横を通り過ぎていく。
ああ、彼女は虐待されているのか。どこの誰だか知らないが・・・可哀想に。その時の僕はただそれだけを思って家に帰ったよ。
たまたま携帯電話の電源が切れていて、近くに公衆電話も見当たらなかったので、どこかに電話することもできず、というかしようともせず、交番に駆け込むこともしなかった。
なぜなら僕は拙劣ながら一度警察に世話になっている身だから、こんな夜更けにまた顔を出したら面倒なことになるのではないかと安直に考えたのだ。ま、一番の理由はそこそこ酔っ払ったスタンが隣にいたからだけれど。
「ねぇ、なんか今めっちゃ走り抜けてかなかった?犬か?」
「どうやら首輪が外れたようだね」
「ふーん。ようやく自由になれたってか」
その外れた首輪を将来僕が付け直すことになるとは思いもせず・・・点々と光るかすかな街灯を頼りに、ひたすらスタンの足元に注目していた。
彼は酒に強く体もたくましいので僕の支えは要らなかったが、やはりいつもより微妙に不安定な歩き方をするから心なしか心配していた。僕が見張っていなければ、ふとした時に排水溝に足を突っ込んでしまいそうだ。
「ところでさ。ゼノ、俺明日ヒマ。なんかやることねぇ?」
アウターのポケットに手を入れて、口に咥えた煙草に歯を立てる彼。僕が、予定していたより長い間『ゴミ掃除』を楽しんでしまったから、彼の酒を飲む手が余計に進んでしまったのだ。
その分後処理は迅速に済ませたが・・・彼は歯止めというものを知らないからな。
「それなら、僕の大学の近所にレストランがオープンしたから食べに行こう。卒業前だし何か思い出を作りたくてね」
「別にいいが、何で俺?したら学校のやつと行きゃいいじゃん」
「・・・・・・僕は君を誘っているのに」
「よぉゼノ、じゃ奢ってやんぜ。俺最近波に乗ってっから」
その後、特に何も起こらないまま6年もの時が経過し・・・彼女は18歳になった。
僕はというと、いつのまにかストーカー行為が趣味になりつつあった。言わずもがな覗いているのは彼女の私生活だ。何故だろうね、これに関する起因は自分でもまだ明確な正解に辿り着けていないのだが・・・僕はふとした時に『あの日』のことを思い出すようになり、その度に『今』の彼女に興味が湧いた。そして、そんなことを考える自らの思考についても名状しがたい感情を抱くようになる。
すぐに理解した。僕はどういうわけか数年前に一目見かけただけの少女に、自分でも気づかないうちに愛着していたのだ。この辺りの心境の変化については、語りだしたら歯止めが効かなさそうだな・・・それこそ論文が数本書けそうだ。
+
この子は甘いものが好きらしい。そんなに角砂糖を入れては元の味がなくなってしまうだろうに。
「ゼノ!これまた絵に書いたみてぇなクソ野郎見っけて来たぜ。ほらアンタが好きそうな・・・間違えた、嫌いそな奴」
「おおスタン、いつの間にそこに」
とある大学の監視カメラの映像をハッキングしていた僕は、背後から漂う煙草の臭いに振り返った。何かと思えば、スタンがいつの間にか家に侵入していた。彼は近隣の州の『死人』をまとめたリストを持ってきたようだ。
救いようのない社会の塵。彼らは死んだように生きているので、つまり・・・死にそびれた『死人』。僕らはそれを見つけてはバラし、健康な臓器を提供するなどしてそれらを金に換えている。ま、時に僕らはビジネスに関わらず個人的な用事で殺しをすることもあるが。
「ん、ゼノそれ何やってんよ?どっかの大学?」
「ハッキングだ。それより・・・何度でも言おう、傷を付けない範囲なら自由に鍵を開けてくれて構わないが、せめて一度チャイムを鳴らしてくれ」
「わりわり、でもいい情報仕入れてきたからさ!アンタのために。ほら」
仕方ない、彼女を見守るのは一旦中断だ。一切痕跡を残していないことを確認してからモニターを閉じ、スタンが差し出してくる端末を受け取った。その画面をスクロールし次々に目を通していく。
「・・・・・・」
何人かいるなかで、より一層汚らしい身なりをした男に目が止まった。見覚えのある顔。そしてこのファミリーネーム・・・彼女の旧姓だ。つまり、彼女の父親。
スタンが言った通り、まさに絵に書いたような悪趣味と犯罪経歴のオンパレード。その中でも一際目につくのが・・・
"domestic violence"(家庭内暴力)
"uxoricide"(妻の殺害)
"parricide"(親族の殺害)
"incest"(同意の伴わない近***)
反吐が出るね、この汚物が僕らと同じ人間だと言えるのか?いや言えない。たとえ百歩譲ったとしてもだ。ここに書かれていることはどれもこれも下劣で、とても見ていられるようなものではない。
さて、この男の刑期は優に三桁を越えていたはずだが・・・スタンが持ってきたこれに記載があるということは、『出た』のか。そして近所に、彼女の近くに潜んでいるということになる。
「この男にしよう」
「へぇそう?これ興味あんの?」
「最近改良したあれがいい。さあスタン、人のいない場所へ小旅行だ。あれなら多少の防音に気をつければ、サイレンサーがなくともコレを蜂の巣にできる」
「え?俺がやんの?アンタが殺りたそうな社会のゴミ集めてきたのに」
「気遣いはありがたいが・・・今回は遠慮しておくよ」
「なんで?」
「ほら、コレはどう見積もってもはした金にしかならないだろう?君のストレス発散にするのが丁度いいさ」
キョトンと瞬きをする幼なじみ。彼はその顔のまま、熱そうに手に持っていた缶コーヒーのプルタブに手をかけた。何か言いたいことがあるらしい。が、僕は気にせず話題を変えた。
「スタン、前から君に話そうと思っていたことがあるんだが」
「え何、いきなり」
「最近気になる女の子がいるんだ」
開けたばかりの缶コーヒーが潰れた。
「マッジ!?」
「最近、と言うよりは・・・ここ数年ぼんやりと頭の片隅に彼女が居座っていて」
「ウソじゃん!?んなのぜってーウソ!」
「僕が君に嘘を言うと思うかい?」
「だれだれだれだれだれ」
こぼしたコーヒーで手を濡らしたまま、スタンは即座に詰め寄ってくる。待て、君はさっきまでその缶を熱そうに持っていなかったか?不審に思い、スタンの手を見るとやはり真っ赤に火傷している。何をやっているんだ君は!慌てて彼を流し場に連れていき、冷水を当ててやった。まさかそんなに驚かれるなんて。そんなに変なことを言っただろうか。
痛そうに・・・さすがに真皮には達していないようだが、爛れないか心配だ。しかし当の本人は何事もなかったかのように話を続ける。ところで、君は自分の感覚神経をどこへやった?
「ゼノ、サンキュ。で?誰」
「さっき僕が指さした男の一人娘だよ。ああいや、戸籍上はもう他人のようだから正しくは無関係だ。今は」
「だからそいつ?・・・あ!アンタがさっき見てたのってそれか!いや驚いた、あのゼノがねぇ・・・」
スタン、これまで黙っていて悪かったよ。彼女の存在はなるべく僕だけのものにしたかったんだ。それに、ここ最近の僕は彼女の周辺の『ゴミ掃除』に力を入れていて、君に会う機会がなかったから。
しかしまさか、真のゴミを見逃していたとは。金を積んだか、自ら命を売ったか・・・脱獄がニュースになっていないということは、賄賂などを渡して正面玄関から出てきたということになる。一刻も早く存在ごと抹消しなければ。
「・・・んで、どこまで分かってんの?好きなコについて。アンタのことだから素性とか色々調べてんだろ?」
「まあね。特別に君にも教えてやると、彼女は甘いものが好きなんだ。それから綺麗好きで、シャワーを浴びる時はいつも左腕から洗う」
「マジウケんだけど。アンタほんと俺の期待裏切んねぇ。マジやってんね」
僕を冷やかし、僕に手を冷やされながら、スタンはもう片方の手で端末を操作し先程の資料に目を通す。火傷したのが利き手じゃなくて良かったな。
「へぇ、・・・ああ、DVね。待て?ゼノあんた復讐とかするタチか?」
「いや?建前としては、元娘さんを僕にくれと言いに行こうと思ってね。ほら、ご両親には挨拶するのが基本だろう?」
「じゃ本音は?」
「彼女と血の繋がった人間がこの世に存在していることが気に食わないだけ」
「ハハッ!さすがゼノ!アンタって割と単純なんだよな!一途なタイプね、いいじゃん好きだよ俺そういうの」
怪我をした手に包帯を巻かれながら、情報を読み進めるスタン。彼はまた至極楽しそうに「10コも歳下じゃん!」と叫んで笑い声をあげた。だから君は自分の感覚神経をどこへやった。
そうだよ、だって彼女が12歳で家を逃げ出した当時、僕は大学を卒業する間近だったのだから。スタンは全く覚えていないようだが、僕らはあの時彼女とすれ違っているんだ!
「てかゼノ、何考えてんよ?なおさら俺がやる意味ないじゃん。この救えねぇクソ男の始末くらい、あんたやりなよ」
「断る。僕は今・・・彼女のことで手一杯なんだ。これ以上はキャパオーバーで頭がパンクする」
「え!?んなにこじらせてんの!?んなら早く言えよ!隠しごとひでーなオイ!」
いつまでも面白おかしく騒ぎ立てるスタンを一旦黙らせてから、僕らはいつものように計画を立てた。それはいつものように実行され、いつものように完遂される。その詳細は・・・まあここでわざわざ特筆すべきことでもない。単に僕らの日常でしかないのだから。
そうして彼女の元父親を葬ったその日に、僕は初めて愛しい彼女に声をかけることになる。死体処理を終え、大学に向かう僕を見送る時。スタンはまるで歳若い学生が恋愛トークをする時のように、ニヤついた顔で尋ねてきた。
「俺にも紹介しろよ」
「悪いが、今のところその予定は無いね。少なくとも数年は経たないと」
「え、なんで」
「君の顔がそんなだからだよ」
「それ褒めてんのかバカにしてんのか分かんねぇな」
褒めているに決まっているだろう。あの子は見たところ整った容姿に食いつくようなタイプではないが、僕からの視線が逸れる可能性は少しでも排除しておきたい。
「まぁいいけど。ゼノ、どっちだ?」
「何がだ」
「だから、LOVE or KILL?」
愛したいのか、殺したいのか?
言うまでもない・・・即答だよ。
「どちらもだ」