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初めて彼女の姿を見かけてから7年後。
そして、初めて声をかけてから7ヶ月後。
何日も前に過ぎた誕生日に僕がプレゼントしたネックレス・・・よく似合っているそれを未だに恥ずかしそうに手で触りながら、彼女は僕の家にやってきた。
「・・・Mr.ゼノ、こんばんは」
「やあナマエ、よく来てくれたね」
彼女を中に引き入れながら扉を閉め、鍵をかける。緊張しているのか僕の顔を見上げながらもう一度"Xeno"と動いたその唇が愛おしくて、思わず上から覆いかぶさって口付けをした。
逃れられないように扉に背中を押し当て、両手で頭を挟むようにして、舌で口内を犯していく。最高だ・・・こうして君に触れるだけで、仕事終わりで疲れた体が癒されていくような気がする。
「・・・っ、ん・・・、」
不意をつかれたせいか、さっそく力が抜けてしまった彼女を膝で支えて甘いキスを繰り返す。僕の君に対する愛は変わらぬどころか日に日に増していくばかりだが、ああ確かに、こんなに激しく求めるのは初めてだったな・・・酸欠になり、もう目に涙を溜めて助けを求める彼女の表情はとても唆られるものがあった。
このままその可愛い顔を見つめていたいところだけれど、嫌われてしまっては元も子もないのでこのくらいにしておこう。ゆっくりと口を離すと、彼女は上半身を前に倒してぐったりと僕にもたれかかった。
「ナマエ。今日君に会えるのをずっと楽しみにしていたよ」
「・・・・・・わたしも」
「そうかい?嬉しいな」
しばらくそのままの状態で頭や背中を撫でた後。落ち着いたのを見計らって彼女を自分の足で立たせ、その手を引いて部屋の奥へ招き入れた。
「僕の家は初めてだろう?簡単に説明しておくから、しっかり覚えていくといい」
一人暮らしなので簡素な部屋だ。銃や科学道具などは別の場所にまとめてあるから、面白みも何もない。彼女はいつものように僕の説明に頷いて、丁寧に相槌を打つ。
ふと、返事が途切れたと思ったら・・・彼女はリビングの机の上に放置されていた灰皿を見て不思議そうな顔をしていた。
「ああ気にしないで、それは僕の友人のものだ。彼があまりに入り浸るものだから生活に馴染んでしまったよ」
また置いていったのか、スタンは。思わずため息がでそうになるのを抑えながらそれの中身をダストボックスに捨てて、流し場でさっと洗った。彼にはいつも片付けろ、もしくは持ち帰れと言っているのに・・・毎度毎度どさくさに紛れて置いていく。困ったものだよ。
「そっか、だから。この家に入った時からなんとなくそんな臭いがして」
「すまない、消臭には気を遣ったつもりなのだが・・・不快にさせてしまったね」
「いいの」
彼女の目蓋がおりた。
「煙草の臭いには慣れているから。・・・お父さんがよく吸っていたから」
過去のことを僕に悟られないようにするためか、少しも表情を変えずに淡々とした口調でそんなことを言った。
僕は心の中で自分の首を絞めた。何をやっているんだ僕は。たった今仕事から帰ってきたばかりだということは何の言い訳にもならない。
ここはすぐにでも売り払って、どこか別の場所へ引っ越そう。そして今後僕の家は完全に禁煙にすると決めた。今までは緩く許容していたが、これからは彼が煙草を一本取り出すごとに1ドル要求してやる。ライターまで出したら5ドル、その上万が一にも火をつけたら10000ドルだ。
そうだ、本来そこまで慎重になるべきなのに、僕としたことが彼女を気持ちよく迎える準備を怠るなんて・・・心のどこかで僕は浮かれてしまっていたのかもしれない。
とりあえず窓を全開にして換気を始めた。今が冷房も暖房も必要としない過ごしやすい季節でよかった。
「さて・・・もうこんな時間か。ナマエ。もう遅いし、今日は泊まっていくといい」
夕食を済ませたあと。話をするうちに夜も深まり、そろそろ日付けが変わりそうな時間帯になった。僕のさりげない声かけに、彼女は一度悩む素振りをみせてからぎこちなく頷いてくれる。動作の全てが愛おしいな。額にそっとキスをしてから寝る準備をするように促した。
食器を片し、仕事のメールを返信しているうちにとうとう日付けを越してしまう。急いでシャワーを浴びて頭の整髪料を落とし、彼女より少し遅れて寝室に入ると・・・困惑した様子でベッドの中央に座り込む彼女と目が合った。
「わ、私・・・どこで寝たら・・・」
つい色々な衝動に駆られてしまいそうになるのを何食わぬ顔で押し殺した。
「一人暮らしだからね。当たり前のようにベッドがひとつしかない・・・もし気になるようなら僕はソファーで寝るが」
「そ、そんなのダメ!ゼノの家だし・・・私は床で平気だから・・・」
「おおナマエ!そんなことを僕が許すと思うのかい?隠す理由がないから正直に言うと、僕は君を抱きしめながら寝ようと企んでいるのだが?」
茶化すように、同時に優しく言い聞かせるように笑って片手を広げた。
僕は彼女の心に寄り添いながら関係を深めていこうと考えており、決して無理に迫ったりしないよう心がけていた。僕はわざわざ心の傷を抉るようなことはしない。彼女の方からサインを貰えるまで何年でも待ち続けるつもりで・・・。この時の僕は誘うつもりは微塵もなかった。
なんて、こんなものはただの言い訳に聞こえてしまうだろうか。つまり、僕はただ彼女の隣に横たわりたかっただけなのだ。しかし僕の表情か、声か、手振りか・・・とにかく何かしらが彼女の記憶の底に触れてしまったらしく。
「僕と一緒に寝るのは嫌かい?」
そう言いながらベッドに片膝を乗せたその途端に、華奢な体からは想像もできないほど強い力で突き飛ばされた。
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「いや・・・、近づかないでッ・・・!!!」
僕は突き飛ばされるままに二、三歩後ろに下がり、そのまま背後の壁にぶつかった。痛くはないが驚いてしまったので、ひとたび呼吸が止まってしまう。
彼女は急いでベッドから下りて部屋の隅まで駆け寄った。膝を抱え、まるで親に叱られた幼い子供のように・・・いや、何か恐ろしい怪物に出くわした子供のように、涙を流しながら必死に身を小さく縮める。頭を抱えて、何かひとりごとのようなものを喋りながら、自らの存在を抹消するかのように。先程とはまるで別人のようだ。
・・・この発作にも似た拒絶反応。僕を自分の父親と重ねてしまったのだろうな。いずれこの時が来るであろうと思っていたが、それは今だった。
これまで彼女は自分の過去のことを必死に隠し続けており、僕に対してはその片鱗すら見せることはなかった。驚いたことに、モニター越しに見る時もだ。時折本人も無意識のうちに悪夢にうなされていることもあったが、それだけ。
だから、あの日大学で彼女が泣いているのを見た時は正直驚いた。彼女が心の底から苦しんでいるということは分かっていたはずなのに。それで今回もまたこれだ。僕としたことが・・・。何故だろう、煙草の件といい今日の僕は最悪だ。
「・・・・・・」
一呼吸してから、今ので少し乱れたシャツを整えた。そして部屋の隅で小さくなっている彼女をよそに、とりあえずアロマを焚いた。あまり匂いの強くないものを。
パニックを引き起こした時、破壊衝動や自傷行為を止める目的以外では無理に諭さない方がいい。特に彼女は辛い時には放っておいて欲しい性格だということを知っているから、僕もそれに従って何も話しかけないでおいた。
僕自身反省する時間が必要だしな。ベッドに座り、無言で彼女のことを見守り続けたそんな時・・・ふと、目が合った。
「・・・・・・あ、・・・」
彼女は初めて僕の存在に気がついたような顔をして、こちらをじっと凝視してくる。大粒の涙でいっぱいにした顔を見た途端、僕は『あの日』初めて彼女を目撃した時のことを思い出した。
「すまない、さっきは意図せず君を驚かせてしまったようで。・・・悪意はない、ただ僕は同じベッドで寝るのはどうかと・・・」
嘘偽りなく事実をそのまま伝えてやると、彼女はすぐに理解したようだった。
「・・・・・・ち、違う、ゼノ・・・わたしっ」
大粒の涙を流し、床に手を付きながら近づいてくる。おそらく・・・先程とはまた違うパニックを引き起こしている。
そのまま彼女は震える声で必死に弁解を始めた。違う、今のは違う、わざとじゃないの、ゼノを拒絶したわけじゃなくて、体が勝手に・・・というようなことをひたすら唱え続ける。
「違う、ちがうの・・・おねがい・・・勘違いしないでっ、好き、私ゼノのことちゃんと好きだから・・・今のちがうから、」
よほど不安になってしまったのか。そんなことをわざわざ教えてくれなくても、君が僕のことを愛してくれていることは僕はちゃんと分かっているというのに。
これ以上混乱が酷くなる前に、そろそろ慰めてあげないと。それに、これは良い機会だ。僕がどれだけ君のことを大事に思っているのかを伝えられる、良い機会。
「ナマエ」
名前を呼びながら立ち上がると、彼女はその場にとどまって僕を見上げた。涙を流す瞳が間接照明に照らされ、オレンジ色に輝いた。
「ゼノ、・・・怒らないで、わたし」
「怒ってなんかいないさ。それにちゃんと分かっているから安心して」
床にうずくまる彼女の正面にしゃがんで、近い距離で目を合わせた。嫌がらないのを確認してから肩に手を置き、背中をさすってやる。
「泣かないで、ナマエ。僕は君のことなら全て分かっているんだ」
「・・・わ、私のこと・・・?」
「ああそうだ。全部全部、知っているんだよ。君が今こうして不安な気持ちに襲われている理由も、全て」
もういい、隠す必要はない。僕は君の全てを知っている。
君が幼い頃に父親から苛烈なまでの虐待を受け、心身共に深い傷を抱えているということも・・・数年経った今でも当時のことを夢に見るほど精神を蝕まれているということも。
その弱みに漬け込んで近づいてきた悪魔に心を許しかけているということも。
「いいかい?・・・僕の愛しい人」
僕と彼女との間に微妙に空いていた距離を縮めて、優しく言い聞かせるように耳元で囁いた。
過去は忘れて、僕のことだけを考えて。
「ほら、君ならできる。そうだろう?」
小刻みに震える体を落ち着かせるように両腕で包み込んでやれば、彼女は僕の腕の中にすっぽりと収まってしまった。苦しくならないよう気を遣いながら、彼女の上半身が倒れてしまわないようにしっかりと支えて抱きしめる。
しばらくして、大人しくなった彼女をベッドの上に戻しまた同じことを繰り返した。何度も名前を呼んでいるうちに随分と長い時間が経過した。僕の服を弱い力で掴んで、ようやく彼女は顔を上げる。
「・・・ゼノ、・・・」
「やあナマエ、僕はここにいるよ」
「・・・・・・」
そのまま黙り込んでしまう。しかし僕は決して急かさずに、頭を撫でたり額にキスをしたりして彼女の言葉を待っていた。
「・・・ねえ、ゼノ・・・・・・」
もう一度名前を呼び、またしばらく沈黙したあと。再び口を開いた彼女は今にも消え入りそうな声で、私を抱いて、と呟いた。
「・・・私を抱いて。ゼノ、お願い」
それに対する僕の最適な返答は、たった今パニックを引き起こしたばかりの彼女への気遣い。
「いいのかい?」
「・・・私にはもう、あなただけ。ゼノのこと以外何も考えたくないの。だから・・・私をあなたでいっぱいにして」
私を愛して。もっと強く抱きしめて。その瞳は僕をしっかりと見つめていた。
「・・・あぁ・・・」
あぁ、・・・なんてエレガント。可愛いことを言うようになったものだ。実質僕はこの時を何年も待っていたのだから・・・感慨深い。ああ完璧だ。パーフェクト!これで彼女はもう僕のものになった。この子はもう僕のもの。誰にも渡さない。
「ナマエ、手を離して」
そう言いながら肩を押すと、彼女はとっさに絶望したように顔を歪めた。ああ違うんだ、そうじゃない。決して君を拒絶したわけじゃあないんだよ。そう微笑みかけながら自分の首元に手を運び、そこにあるうちの一つを外して彼女の首に装着した。
僕が贈ったこのネックレスも充分美しいとはいえ、少々見た目にインパクトがないと前々から思っていた。君は僕の元からは決して逃げないと分かっているけれど、これがあるだけで気分が高揚するんだ。
僕ら、お揃いの首輪だ。
「さあ、おいで。お望み通り・・・たっぷり愛してやるとしよう」
もう二度と君に辛い過去のことを思い出させたりはしない。僕がこの手で心も体も癒してやる。だから君は僕のことだけを考えて・・笑っているだけでいい。
そして、君の"heart"を、君の命を、君の全てをこの僕に委ねておくれ。