THE STONE WORLD


甘あい蜜の虜なの


ルーナと別れたあと、部屋に戻るとベッドはもぬけの殻だった。さすがにもう皆働き始める時間だし、驚きはしない。私も自分の仕事があるので、すぐにそちらへ向かった。
あっという間に時が流れて、空が赤く色を変える。やるべきタスクを終え、ゼノのところへ今日のことを報告(という名の暇つぶし)しに行こうと思いついた。今朝ルーナからもらった小さな花を斜め上にかざして眺めながら、長い通路を一人で歩いていた時。

Hey,kitten!何してんの?」

突然、誰かから肩に腕をまわされた。驚いて手に持っていた花を落としそうになるが、その人は器用に下からキャッチして私に差し出してくる。
わざわざ顔を見るまでもない。こうして慣れた口調でナンパまがいのことをしてくる彼は、スタンリーという名前の色男。気配もなく近づいて来ていたなんて。もしかしてチーターか何か?

「first nameの後ろ姿見つけちまったら、話しかけずにはいれねーかんな」
「もしかして仕事サボってる?」
「first nameこそどうなんよ。こんなとこで何やってんだ」
「別に、私たちのリーダーに会いに行こうと思って」
「その花は?」
「マイハニーが見つけて、私のためにプレゼントしてくれたの」

わざとらしくそう言うと、スタンはキョトンとして立ち止まってしまった。チラリと横目で彼を見ながら、構わず歩き続ける私。スタンは急いでその長い脚を動かして、私の肩をガッシリ掴んだ。

「誰がハニーだって?」
「ハニーはハニーだよ。甘くって美味しくって、私もう虜になっちゃった」
「はぐらかすなよ。今すぐ吐きな」
「気になる?いいよ、特別に教えてあげる。とってもたくましくって、クールな人なの」

嘘じゃないよ。彼女はとってもとっても素敵な子。
いつまで経っても白状しない私に、彼は背中を丸めて私と目線を合わせた。そろそろ本格的に怒り出しそう。そんな雰囲気を感じ取ったので、まあいいかと答えを教えてあげた。

「ルーナ」
「あぁクソ」

私が悪びれもなく言うと、スタンはしてやられたとばかりに口角を上げながら舌打ちをして、私の首に腕を回してくる。全体重をかけて遠慮なく力を入れてくるので、衝撃でぽきっと首が折れてしまうかと思った。
スタン、それは人を殺す時の動作だよ。私の息の根を止める気なの?腕をばしばし叩いて訴えると、スタンは頭をガシガシいじくりまわしてから私を解放した。


「おおfirst name、どうしたんだい?頭がボサボサじゃないか!」

ゼノのところに着くと、彼は私を見るなり分かりやすく驚いた顔をした。泣きそうになりながら思わず近くに駆け寄ると、彼は手に持っていた書類を横に置いて、ソファーから立ち上がる。それから、私の頭を撫でながら心配そうな顔でこちらを見てきた。

「まさか、まさかこんな時間まで寝ていたのかい?君は昔からよく寝坊をするが、まさかここまでとは・・・」
「ちがう」
「はは!分かってるさ、そこの男が犯人だってことくらい。・・・さあ、これで元通りだ」

優しいゼノは、頭から肩を通して腕に手を滑らせ、私の手を取った。そして、手の甲にそっとキスを落とす。なんだか嬉しくなってしまって、幼い頃いつもそうしていたように、彼を真正面から抱きしめた。胸板にぐりぐりと額を擦り付けると、ゼノは「おっと」と言いながらも私を受け止め、なぐさめるように頭を撫でる。

「おおfirst name、スタンに意地悪されてご乱心かい?そこの男は、とことんちょっかいを出さないと気が済まないタイプの仕方のない奴なのさ」
「いや。どっちかってえと、今日やられてんのはオレの方なんだけど?」

スタンは先程ゼノが座っていた場所にドカッと腰をおろし、新しい煙草に火をつけた。長い脚を組んで、背もたれの後ろに腕を垂らして、それとなく鋭い目をして私の方を見てくる。

「というと?」
「朝、起きたらfirst nameがいなかった」
「あ、それは・・・」
「ん?何言うんだ君は。つい昨日の会話を忘れたかい?それはいつもスタン、君がしていることじゃないか」
「それは別として」
「別にするなよ」
「許して、ハニー」

流れるように謝罪するスタンリー。しょうがないので許してあげる。私は昨日で充分満足してるから。
それに、彼は冗談みたいに言っているけれど、本当は忙しいのに短い時間でも私の部屋に帰る時間を作ってくれているのだ。それを知ったらもう何も言うことなんてない。ゼノはそんな私にただ微笑んでくれた。

「で、first name。いつも永遠にぐっすりな眠り姫が、朝早くから部屋抜け出して、どこで一体何してた?」

煙草の煙を吐き出しながら、彼はさっそく問い詰めてきた。見上げられているのに見下されているような気がする。やや大袈裟に表現すると、思わず膝を床についてしまいそうだ。
スタンリーの目を見て長丁場を察したゼノは、非道にも「長くなりそうだね、それじゃ僕は作業に戻る」と言って部屋の奥に消えてしまった。ついさっきまであんなに優しく私の味方をしてくれていたのに・・・。ポツンと一人で取り残される私。

「さあ白状しな」
「べ、別に変なことは何もしてないよ。ルーナと二人でデートしてたの」
「デート?」
「コーン畑の周りを歩いてね、色んなお話したんだよ。この花はその時に貰ったやつで・・・」
「へえ?色んな話?」

スタン、それはね。女の子だけの秘密なの。口元に人差し指を当ててウィンクすると、彼は顔色一つ変えずに「ふうん」と言って質問を続ける。
ああ、これが本物の軍人に尋問される時の感覚か。なんでだろう、言っていることは全て事実なのに、罪悪感に似た何かが押し寄せてきた。その疑うような目で見られると、私のような一般人にはどうすることもできない。

「なんで早く起きれた?」
「それは自分でも分かんないよ。何故か自然に目が覚めて・・・ルーナも私と同じみたい」
「起こしてくれりゃよかったのに」
「起こそうとしたよ。でもスタンが気持ちよさそうに寝てるから・・・」
「俺の葛藤分かっただろ」
「うん。起こせなかった。せめて手元にトランペットがあれば、すぐに起こしてあげられたのにね。私は吹けないけど」
「オイ!それはマジで勘弁してくれ」

冗談で言ったのに、スタンリーは本当に嫌そうな顔をしながら眉間にシワを寄せた。この顔は本当に嫌がっているな。全世界の軍人さん、毎朝ご苦労さまです。
尋問されながら堂々と茶々を入れてくる私に、スタンは大きなため息をついた。「真偽はともかく」と言って顔を横に向ける。

「涙流してあんなに必死になってお願いされたってのに、まさかfirst nameがいなくなるとは思わねえだろ」

核心を突くような言葉に、私は思わずたじろぐ。そうだよね、昨日の夜スタンリーに『朝起きてもどこにも行かないで』と言ったのは、どこの誰でもなくこの私だ。それなのに、私の方こそお願いを無下にするようなことをして。決してルーナのせいじゃないけれど、私が相談にのっていたことで彼を不快にしたことは紛れもない事実。

「ごめんなさい。許して、ハニー」

私は先程彼が言ったのと同じ言葉で謝った。今度のハニーは、私がこの世でもっとも愛している人。彼の前で中腰になりじっとその瞳を見つめる。
すると、突然胸ぐらを掴まれて引き寄せられると、彼と唇が重なった。体勢を崩した私はスタンに覆い被さるように、ソファーの背もたれに手をついた。

「セックスの時もそうやってまっすぐ見つめてくんねぇかな」
「それはむり」
「ハ、即答じゃん」



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