過去編はこの話まで。
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「しかしスタン。君はすっかり彼女にゾッコンだな」
「いいだろ、俺んだぜ」
「ああ羨ましいよ。first name、最近は君の話しか聞かせてくれないんだ」
僕の大切な幼なじみと、僕の大切な友人が、それはもう磁石が引き寄せられるようにあっという間にくっついた。
初めこそ「元気?」「元気」などというクレイジーなほどにクレイジーな会話を交わしていた二人だが、今となっては学校中に噂が広まるほどだ。
なぜならスタンが有名人だから。まず顔がいい。次に顔がいい。そして最後に顔がいい。ついでに体を動かすことが得意で、勉強もできる。以上の理由から、スタンには僕が想像していたよりもはるかに多い数のファンが存在していた。これでは噂が広まるのも容易い。
「明日デートの約束してっけど、雨降らねえか心配だ」
「安心しろよ、とびっきりの快晴だ。ただ、今の季節にしては暑くなるそうだ。冷たい飲み物でも奢ってやるといい」
「オーケー、助かる」
もっとも当の二人はそんなことはお構いなしだ。出会ってから四年、卒業も間近になると、まるで学校がマイホームかのように自由気ままに過ごしている。具体的に言えば、そうだな。ところ構わずハグをしたり、休み時間にわざわざ僕のいる教室まで来て目の前でキスをしたりする。ハハハ。正直目障りだ。
それでも、この二人がこうなるまでには長い長い時間がかかった。最初はスタンが本気じゃなかったから当然だ。付き合いたては一日に一度会話をすれば良い方だったが・・・ある時からスタンの方にも愛が芽生えてきたようで。今では彼の方が惚気けてくる割合が高い。仲が良すぎて逆に心配になってくる。スタンが喰われるのも間もないだろう。
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「first nameが、ぜんぜん俺んこと見てくんねえ」
そして、これが後に有名になる、『first nameがスタンを見てくれない事件』の始まりである。今日はその話をしていこうと思う。一瞬で終わるので是非とも付き合ってほしい。
その日、僕は並行して通っている大学での授業を終え、ハイスクールに忘れ物を取りに来ていた。もうとっくに放課後なのに、何故かスタンが僕のロッカーの近くに寄りかかって携帯電話をいじっているのが目に入る。
何をやっているんだ、こんなところで。僕が声をかける前にスタンはこちらに気づき、開口一番に言った。first nameが俺を見てくれない。
僕は思った。いや、どう考えてもfirst nameはスタンリーのことしか眼中に無いよ。ていうかスタン、何やっているんだこんなところで。
「スタン、まさかそれを言うためだけにここに残って・・・?」
「first nameのこと待ってんだ。・・・そっちこそなんでいるんよ。今日は大学だろ?」
「忘れ物を取りに来ただけさ。このまますぐに帰るつもりだよ」
「ふーん、ならfirst nameが来るまでここいなよ。暇つぶしだ」
なるほど、僕は今日忘れ物を取りに来たのではなく、スタンの話し相手になる為にここに来たのかもしれない。やれやれと両手を広げてスタンの隣に寄りかかると、彼はさも当然のように話の続きを始める。
「つーか、first nameってずっと前から俺と目ぇ合わせてくんねえの」
「ずっと前って、具体的には?」
「出会った時から」
「・・・おおスタン?さすがにそれは口からでまかせだろう?」
「割とマジ」
片手で携帯を器用にいじり、口では棒付きの飴を舐めながら、スタンは淡々とそんなことを言う。
うーん、機嫌が悪いわけではなさそうだが。彼女の愚痴、というか文句を僕に言われてもという感じだ。・・・いや、これはまだ惚気の範囲内ということだろうか。
「でもfirst nameはちゃんと、スタンの目を見て話しているように思うけど」
「ゼノからはそう見えるかもしんねぇ。けど俺の目、じゃなくて鼻んとこ。ズレてんよ、視線が」
「ほう。それは確かに君にしか分からないことだ」
さて、何故だろう。彼女は僕の目はしっかりと見るのに。小さな呟きがスタンには普通に聞こえていたらしく、急に顔をあげて僕のことを凝視した。
「なに、喧嘩売ってんの?」
「そんな意図はないさ!ただ事実を言っただけで」
「・・・まあいいけど」
いいのか。僕が独りごちていると、スタンは携帯電話をポケットにしまって突然向こうの方に歩き出した。見ると、廊下の先にfirst nameの姿。スタンの頭の横には目でもついているのだろうか。
一応あいさつだけでもしておこうと思ってスタンの後を追いかけると、彼女も僕がいることに同じように驚いていた。
「あれ、ゼノ!どうしてここにいるの?大学は?」
「忘れ物を取りに来ただけ。じゃあfirst nameも来たことだし、僕は帰ることにするよ」
「え、どうして?一緒に帰らないの?」
当たり前のようにそんなことを尋ねてくるが、first nameの後ろで無言の圧力をかけてくる友人に何をされるか分からないので、ここは即答するしかない。
「一人で帰るよ。せっかくのお誘いだけど、君たち二人の邪魔をするわけにはいかない」
「そっか。じゃあまた今度だね」
「あ、first name。君に一つ聞きたいことがあるんだけど」
別れ際、僕はあることを思いついて、こんなことを尋ねてみた。
「どうしてスタンの目を見てやらないんだい?そこの男が、とても悲しそうにしていたよ」
僕が言うと同時に、スタンは「は?」という顔をした。別にいいじゃないか。気になるのなら本人に聞けば。first nameは正直者だから、素直に教えてくれるはずだ。
思惑通り、次の彼女の言葉によってスタンは僕への怒りなど忘れることになる。
「だって、直視できないよ・・・。スタンかっこいいもん」
理由は至ってシンプルだった。ほらやっぱり。スタンこそもっと早くに聞いていればよかったのに。
以上、『first nameがスタンのことを見てくれない事件』の閉幕である。本当に一瞬だったろう?
まあ、見てくれない理由が分かったとしても、first nameがスタンの目を見れるようにならないと意味がない。それを達成するまでにあともう少し時間がかかったのは言うまでもないことだ。