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「しかし、『あの彼女が』君の求愛行動にストップを出すということは……もしかして君は、急に手を出そうとしたのでは?」
「……たしかに急だったかも」
「そして、無理やり手を出そうとした?」
「……」
あれは無理やりか?……いや、彼女が少しでも嫌がっていた時点で無理やりか。
「……無理やりだわ」
「それは君が悪い」
グサ。胸の真ん中に何かが刺さった。ストライク……今日のゼノの棘も威力は申し分ないじゃん。これも同じく兵器に搭載すればいいんじゃねぇかと思う。
「ああ、君を悪者と断定付けるにはまだ早いな。当時の具体的なシチュエーションを話せるかい?」
話したくねぇ〜……。だが俺は話した。俺の口はもうバールでこじ開けられてしまったので、閉じることを知らないのだ。むしろ要らないところまで細かく説明してやった。
たとえば、彼女の方から手伝いに誘ってくれたこととか。彼女に外見を褒められたこととか。作業中の彼女が可愛かったこととか。
ゼノはまた笑った。
「改めて考えてみても、君が悪いな」
グサ。
「だが、同情の余地はある」
「もう俺なんも聞く気になんねぇんだけど」
容赦なく攻撃するだけして、何事もなかったかのようにポジティブなことを言い出す。もう何も信じらんない。何も考えたくない。そうだよ、俺が悪かったんだよ、いきなり手を出した俺が。もうこれ以上俺を虐めんな……しかしゼノは俺の制止を簡単に跳ね除けて、いつもの口調で話し出した。
「君は彼女のことになるとなりふり構わず行動するところがあるが、だからこそとても分かりやすい」
「……分かりやすい?なにが」
「君の大き過ぎる愛がだよ。こぼれてしまっているんだ。君の懐から……おそらくここにいる人間で君の好意を知らない者はいない」
「照れんだけど」
いきなり愛の話?照れんだけど。
愛が大き過ぎる?別に普通なのに。
「てか隠してねぇし」
「大き過ぎるが故に、彼女は正面を向いて受け取れない。素直になれない。おかげで君は今こんなことになっている」
珍しくゼノが言っていることが分かる。俺の彼女に対する感情が大きくて、そのせいで逆に突っぱねられていると言いたいのだろう。だからなんだ?大きくて何が悪い?だって俺は彼女のことが大好きなんだよ。その執念の深さと言ったら自分でも引くくらいだ。
そしたら、彼女にも引かれた。
「救えねぇ……なんでこうなんの?」
「彼女の周りを取り囲む"いばら"が、君を傷つけているんだ」
急に何を言い出す。
「それでも君がその檻をこじ開けようとするから、中にいる彼女も一緒に怪我をする」
「……」
「とまあ、いきなり形而上の話を持ち込んでしまったが。しかしあの『いばら姫』にはこの説明がぴったりだ」
ああ、ああ、彼女は確かに『いばら姫』だ。懐かしいな、その単語を聞いて思い出すのは何千年も昔の話。とか言って、俺はいつもプリンセス扱いしてたけど。
「いばらに邪魔されてんのか、俺は」
「そういうことだ。鋭い棘に囲まれているから君は彼女に近寄れない」
「そんで?じゃどうしろって?」
「君にはどうすることもできないね」
「おーい」
「なぜなら、いばらの根が埋まっている場所が彼女の胸の中央だから。根元から引っこ抜くのも、枯葉剤を撒くのもお勧めしない」
確かにいばらは痛くておっかないから、外側からじゃどうすることもできないな。
「彼女の呪いは彼女が自分でどうにかしなければ意味がない。だから君にはどうすることもできない」
呪い。いばら姫にかけられた呪い。確かに彼女は自分からいばら姫になることを望んでいた。昔の話だ。何千年も昔の話。それをゼノが覚えていたとは……まあ、有り得るか。こいつの頭なら普通に。
「ゼノ、それにしてもよ。あんたなんでそんなに知ったふうな顔してる?」
「……君こそなんだい、その顔は。まるで雨に打たれた仔犬のようだ。本当に君らしくないな」
「嫉妬してんだよ。分かんだろ」
「男のジェラシーは見苦しいよ」
「わあってんだよ、うっせぇよ……わざわざ言葉にすんなよ……いいじゃん、あんたの前でくらい……はあ、死にてぇー……」
彼女のことをなんでも知っているかのように話すゼノに嫉妬している。
自分でも死にそうなほどどんよりした空気を撒き散らす一方、ゼノはまるで面白いものを見るかのように肩を震わせた。ったく、また笑うのかよ。今の俺にはもう笑うなと言う気力も残っていない。
「いよいよ手に負えなくなってきたな。君がニコチンより先に死を所望するとは」
「あーーーニコチンくれニコチン、死ぬよりニコチンに決まってんじゃんゼノ頼むニコチンくれ」
「しまった、余計なことを言ったな」
そうだ、たばこがないから余計に心が乱れている。……そうやって何かのせいにする自分に嫌気がさす。けれどたばこがあれば少しは心が安らぐのも事実で。
けれど俺の中にあるわだかまりはたばこ如きでどうにかできるものではない。結局のところ悪いのは全部俺だ。とにかく謝らないことには話が進まないから、あれから毎日彼女の姿を探しているというのに。
この少人数で、どうして見つからない。どうしてすれ違いもしない。俺の体にGPSでも埋められているんじゃねぇかと思うほど、居場所を把握されている。明らかに避けられている。
もうダメだ。完全に嫌われている。
あれから一週間は経つ。落ち着くどころか日に日に心が病んでいく。それがあまりにも顔に出ていたのか、部下の態度がいつもとまるで違う。部下にまで避けられている。それは別にいいんだが、ブロディの野郎にクソデカい声で笑われながら「好きな女に振られでもしたか?」と聞かれた時は殺意が沸いた。
冗談のつもりだったらしいが、嫌味ったらしくくたばれと言い返したら、マジな顔をして「マジか?」と驚かれた。驚くな。
「確かに……俺も最近あのべっぴんさん見かけてねぇな」
「あそこの小屋に引きこもってんよ。延々と作業してんだ。ミシンの音は聞こえるから生きてはいるらしい」
「バハハハ!だからブレイク中、あの近辺に張り付いてんのか?やってることがまんまストーカーのそれだぜ!」
「くたばれ」
+
「最近の君はあまりにも悲壮感に包まれていてとても見ていられない」
開き直ってストーカー気分で小屋を見張っていたら、ランタンと陶器のカップを持ったゼノに声をかけられた。ああ、自分でもやつれていると分かる。が、ゼノがそこまで言うとは、そんなに酷い顔をしていたらしい。
「最近眠れていないだろう?ほら、白湯を飲め。まず体を温めて自律神経を整えて、しっかりと睡眠を取るんだ。話はそれから」
「あんた人のこと言えねぇじゃん」
「そうだ、君まで僕の真似をしてはいけないよ。珍しくクマが酷いな。目付きも鋭いし、明らかに体が悲鳴を上げている」
「……構うな」
石の世界は静かだから、こんなに離れていてもミシンの音がよく聞こえる。なにも俺はブロディの言葉の通り、小屋にぴったりと張り付いているわけではない。それは気持ち悪いからな。離れた切り株に座って、ぼんやりと月を眺めていただけ。
ゼノも月を見に来たんなら、空いてるところに座ればいい。でも俺を寝かしつけにきたんなら、そんなものは無駄足だ。俺はテコでもここから動かない。
「なら、そこに座ったままでもいい。だからとにかく寝てくれ。子守唄でも歌ってやろうか?背中も撫でてやろう」
マジで寝かしつける気じゃん。面白くなって小さく笑ったら、さっき受け取り損ねたカップを押し付けられた。
「僕は何千年か前に、彼女に呪いをかける手伝いをしたんだ」
「……なんだ、いきなり」
「その呪いをかけたのは彼女自身だ。ほら、彼女は魔女でもあるからね。僕はその手伝いをした」
何かと思えばこの前の続きか。……ゼノが呪いをかける手伝いをした?またよく分からないことを。
「君という僕の自慢の友人を……これまた僕の大切な友人に、紹介したくなるのは当たり前のことだろう?」
そういえば、彼女とはゼノを介して知り合ったんだった。
「一つ聞きそびれたことがあるんだが、キスをしたくなった訳は?なにかきっかけがあったんだろう?」
「……あんたふうに言うと、キスしたら呪いが解けると思ったからだ」
キスをするまでいったら、間にある壁が勝手にどっかに行くと思ったからだ。心を開いてくれると思ったからだ。これ、どう考えても勘違いストーカー野郎の考え方だわ。
クソじゃん俺。あの晩のことを思い出せば思い出すほど気が狂う。
「そうか、君はあの時から彼女のプリンスになりたがっていたんだっけ。僕は結局魔女の役にはなれなかったけれど、でも君は……」
冷たい水を頭から被りたい気分だ。でも俺に与えられたのは熱い水だけ。科学の話をしているんじゃないのに、ゼノの声が右から左に通過していく。……大人しく飲み干した。