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「可愛い顔ね、どこの所属?」
初めて顔を合わせた時。そんなことを聞かれたが、残念なことにそれっぽい答えを持ち合わせていなかった。俺はそういう噂を立てられることはあっても、芸能やその類いの世界とは全くの無縁で。ゼノの銃をひたすらいじくり回す生活を送っていた。
今となっては昔のことを思い出すだけで泣けてくる。普通に楽しかったね、明日のことを何も考えずにやんちゃしてた頃は。
まあこういう質問には慣れていたので、特別驚きもせず。可愛いってのはきちんと否定してから、とりあえず当時在籍していたハイスクールの名前を答えた。
「フリー?じゃあ私のモデルになって」
こういう返答は初めてだった。なんでも、彼女は服を作ることを趣味にしているらしい。へぇ、ソーイング?女の子らし。そんな単純すぎる感想を抱いた俺は、まあゼノの知り合いらしいし、なんか面白そうだし、ちょっとくらいは付き合ってやるかと二つ返事で頷いた。思っていたより十個くらいステージが違った。
一言で言うと彼女はマジだった。マジで服を作っていた。ただのシャツとか、そういうのじゃない。俺が初めて目にしたのはとても同い年のやつが作ったものとは思えない、細かい装飾の凝ったドレス。
まあ同い年云々はガキのくせ銃なんて作ってるゼノの方がよっぽど大概だが、ファッションなんて人並み程度にしか興味のなかった俺からしたら、数秒間瞬きを忘れるくらいには惹き込まれてしまった。
純粋に綺麗だった。例を挙げるとしたら、一昔前のどっかの国のプリンセスが舞踏会で着ていたような、そんな煌びやかなドレス。彼女が自分の体格に合わせて作ったようだからサイズ的にもプリンセス。あ、見覚えがあると思ったらこれ、かの有名なプリンセスが着てるやつじゃん。
「いばら姫をモチーフにしたの。私は黒が好きだからマレフィセント要素もちょっとだけ入ってるけど。でもあなたが着るのは全然関係ないやつだから」
「これ、あんた着んの?」
「そうだよ。そのために作ったの。知り合いの子が私のためにデザインしてくれて」
「どういう時に着んだ?こういうのって」
「そりゃあ、王子さまと踊る時」
へぇ、プリンス。なかなか夢見てんね。当時は笑ったもんだけど、いつからか俺がそれになりたくなった。
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いばら姫のドレスを着た彼女は可愛かったけど、だとしても本当にいばら姫になるなんてさすがに予想できなかった。映画のは100年しか眠ってねぇのに、何千年も超過しすぎだ。
しかも全人類ごと眠らすとは、いくらなんでもやりすぎだよな。まあ石の中ではずっと起きてたから、眠ってた判定になるかどうかは微妙だが。どっちでもいいわそんなの。
彼女とはハイスクールを出てからめっきり会わなくなった。それこそ世界がこんなことになるまで。理由は色々あるが、お互い忙しくなったからというのが一番分かりやすくて納得しやすい。
実を言えば、俺は数年後に再会するまで彼女の事を忘れていた。名前を聞けば思い出す程度の、古い知り合い的なポジションだ。携帯のアドレスは知っていたが一度として連絡を交わすこともなく。卒業するまではことあるごとに彼女の服作りを手伝わされていたのにな。モデルをするより圧倒的に多かったよ、たぶん。
おかげで俺自身ファッションに興味が湧くまでになった。まあ、いくら仲良くしたって卒業すれば疎遠になる。ありがちなことだ。
予想外なのはここから。
「スタン、あれを見てみろ」
「あれ?…………いや、どれだ?」
in Broadway,NY
相変わらずどの時期も人が溢れかえっているタイムズスクアのど真ん中。何ヶ月ぶりかに顔を合わせたゼノが、話を遮ってまで片腕をあげて斜め上を指さした。
その先にあったのは、おなじみ視界いっぱいに広がる広告たち。候補が多くてすぐに絞れなかった。ゼノのことだから、もしやあの空を飛んでる飛行機でも指さしてるのか?とさえ思った。けれどゼノはすぐに「目の前に見える建物の」と説明を始めた。
「ミュージカルの、広告?あれがなに?」
「僕の知り合いが衣裳製作チームに参加しているんだよ。そしてその人は、君の知り合いでもある」
「ふぅん、俺らの知り合い?」
「覚えているかい?かつて僕が君に紹介したいばら姫のことを。ハイスクール時代にさんざん手伝わされたろう」
名前を聞けば思い出す程度の知り合いだったが……名前を聞いたから、思い出した。
それからまた数ヶ月後に国に帰還した時、ゼノに連れられて開幕初日にそのミュージカルを観に行った。…………圧倒された。
かつて俺の顔を可愛いだなんて抜かしやがったあの彼女は、今はこの世界で生きていて、自分の好きなことで活躍しているのか。
すげーなそれ。単純な感心。それはすぐに関心に変わる。今の彼女に興味が湧いた。
劇場のロビーで再会した彼女は、昔より幾らか痩せているように思えた。体調管理ができないほど忙しそうにしていたらしいから。目の下にゼノみたいなクマを作って、でもようやく迎えた本番だからそれなりにフォーマルな格好で。
俺は何も考えずにラフな格好で来ちまったから何か突っ込まれるかもと思ったが。彼女は俺を見た途端、挨拶するより前にこう尋ねてきた。
「綺麗な顔ね。どこの所属?」
どうせその服も自分で作ったんだろ。
あんたのがよっぽど綺麗だよ。