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人生で一番やらかした。
「ゼノ、俺死んだ」
「そうかい?死んでいるところ済まないが、そこは作業の邪魔だ。別の場所に移動してくれると嬉しいね」
「死因とか気になんねぇの?」
「はて、死人に口はないはずだが」
心なしか幼なじみが辛辣。物腰は柔らかいのに、あからさまに俺を腫れ物扱いしてくる。それもそのはず、ゼノがこれから科学のブツを広げようとしていたテーブルに、人目も気にせず突っ伏している男が一人。
そう、人の目はあまり気にならない。今は休憩時間なので、ただ休んでいると思われるだけだ。でもゼノは違った。俺をまるで死体みたいに扱いやがって。まあ言い出したのは俺だけど。ああ、ニコチン……。
「生憎だが、今の僕らの生活基盤では霊柩車を用意している暇はない。君はどうやら歩ける死体のようだから、自分で動いてくれないか。ああ、墓くらいなら作ってやれるよ」
「……あのなー」
「ほら、体良く土に還るには建物の外に出る他ないだろう。それに、ここに居座られたら骨を運ぶ手間が……」
「……ゼノ、そこまで乗っかんなくていい」
「なら早くどいてくれ」
やけにイライラしてやがんなと思ったら、目の下のクマが普段よりも色濃くそこに刻みつけられている。いつものゼノなら、動ける死体なんていうものを目の当たりにしたら喜んで解剖を始めるところなのに。
徹夜してまで俺らのために色々やってくれてるのは分かるが、……いや寝ろよさっさと。あんたが倒れたら詰みなんだよ。なんだったら俺が代わってやろうか?……今は何をするにもやる気が出ないけど。
「君の悩みは、僕の作業を滞らせるだけの価値があるのかい?」
「……」
それはさすがに心がえぐれる。
「……ゼノまで俺を除け者扱いかよ」
「おおスタン!すまない、さすがに今のはまずかったな、デリカシーが無さすぎた」
「ホントだよ、あんたってホントにそういうとこあるよな、たまに人の心なくすのホントにやめた方がいいぜ」
「……分かった聞くよ。何があったんだい」
うわ、ゼノが科学より俺を優先した。そんなに可哀想に見えるのか?俺めんどくせぇやつじゃん。そして情けなさすぎる。邪魔をして申し訳ないとは思っているが今はそれでも立つ気にはなれず。せめて顔だけを上げようと思って頬杖をついたらゼノに笑われた。人の顔を見て笑うな。
「さっきはあんなことを言ってしまったけれど、見たところ重症のようだからね」
「……たしかに重症だ」
「僕が話を聞いたところで何か解決策を与えてやれるかは分からないが」
手に持っていた諸々をその辺に置いて、近くに腰掛けるゼノ。さっきまでのピリピリした空気はどこかに行ってしまったらしい。なんだこの変わりようは。
「僕に話をすることで君の中で何か救われることがあるのなら、僕は充分それを聞く価値がある。ほら、話してみろ」
ゼノが急に優しくなって怖い。
求められたら逆に話したくなくなってきた。こんなの己の弱点を露呈するようなものだ。しかし、今の俺には話さないという選択肢は選べない。邪魔をしている上に、話まで聞いてくれるというのだから、その厚意を無下にするなんて非常識にも程がある。
……まあ、第三者の意見を聞いた方が冷静になれるっていうのはあるかもしれない。重い口をバールでこじ開けた。
「嫌われたよ、ついに」
「ナマエに?」
「……」
「そうかい」
なんも言ってないのに。
「君が、君に対する好感度を気にするのは彼女くらいだからな。しかしそうか、ついに嫌われたか」
「……」
「僕の思い違いでなければ、君は割と前から彼女に嫌われていなかったか?」
急な攻撃に思わず背筋を伸ばした。
「まァじ?あ、あんたそんなふうに思ってたのかよ!?なんだ急に……こわっ、寒気ヤバいんだが……?」
は?『君は割と前から彼女に嫌われていなかったか?』なんだその爆撃は?ゼノ、あんた今までの励ましはなんだった?君なら大丈夫とかなんとか言って、いつも愚痴に付き合ってくれてたじゃねえか!まあ大抵雑にあしらわれてたけど。
あれはもしやウソだったのか……?ていうか俺はマジで嫌われているのか?いくらポジティブシンキングを保ってなんとか取り繕っていた俺でも、あのゼノの口からそんなことを言われたらそう受け止めざるを得ない……。
心の底からショックを受けていると、何故か聞こえてきたのは笑い声。
「すまない、これはタチの悪いジョークだ。聞き流してくれ。君があまりにもしおらしいから、つい」
「……き、今日のゼノまじで性格悪くね」
「君は往生際が悪い」
「ほらよ〜!すぐそうやってさ!」
心が晴れるどころか悪化している。今度こそは立ち直れそうになくてテーブルに突っ伏した。目を閉じるとあの時のことを思い出すから薄らと目を開けて。それでもまだ聞こえてくるゼノの小さな笑い声。
くそ、やっぱり話さなきゃよかった。しかし俺は甘いので、こんな扱いを受けてもなんだかんだ言って許してしまう……こいつはそういう男だ。でも今のはさすがに酷いから今度一発ぶちのめしてやろ。
+
「嫌い」
と、言われることは何度かあった。たとえば度が過ぎた皮肉を言った時とか。もちろん親しみを込めてだ。それでも、距離感を間違えた時は即座に謝って許してもらっていたけれど、今回のはそういうのとは訳が違う。
「全部嫌い」
距離感を間違えすぎた。結構ガチトーンだったな……彼女の棘はいつもそうなんだが。心に容赦なくぶっ刺さってくるから、その威力は半端ない。ゼノ、だから兵器の改良をする時なんかはまず彼女の棘を搭載すればいいんじゃねぇかと思う。
「僕から言わせてみれば杞憂だと思うがね、君のそれは」
「……ようやくなぐさめる気になったか?」
「聞いたところによると、彼女はとある男にだけ素直になれないらしい」
「……」
なぐさめる気になったらしい。嬉しい限りだよ、なぐさめてくれて。そうは言っても、まさしく『なぐさめ』にしか聞こえねぇんだよな。素直になれない、それは確かにそうらしいが。
「ところで、君は彼女に『嫌われた』そうだが、何をしてそうなったんだい?」
「……」
「僕に言えないような極悪非道なことを?」
「……ちげぇ」
そんな極悪非道とかいうくくりに入るようなことじゃない、たぶん。
「……キスしようとした」
「ということは、できなかったのかい?」
「拒否られて腹パンされた」
「はは、それは災難だったな」
そんな他人事みたいに。そうなんだよ、こいつにとっては全部他人事。だからそんな余裕そうに笑っていられるんだよ、笑うなっつってんだろうが!