THE STONE WORLD


願いを叶える糸車

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俺は当時在籍していた軍の名前を答えた。

「知ってる。ゼノから聞いたから」
「ゼノ?なに話したんだよ、あんた」
「なにって、色々さ。僕の自慢の友人の活躍を、これまた大切な友人に紹介したくなるのは当たり前のことだろう?」
「聞いてもないのにこれまでの赴任場所とか活動履歴とかぺらぺらと……今の3サイズまで聞いちゃった」
「は?それは笑える冗談だ。いつ測った?」
「見れば分かるさ、それくらい」
「見ただけじゃ分かんねんだよ、普通は」

一応俺らはハイスクールからの知り合いということで、これまで長い間会っていなかったのもありなかなか話は尽きなかった。
近くの店に入って、適当に話を繋げて。割といい時間までグラスを揺らした。

「色々数字が大きくなってて驚いたけど、実物で見ると本当に大きくなってるね。大きくというか、分厚くというか」
「まあね、軍に入ってからそれなりに年数重ねてっかんな」
「でも、なんで身長は変わってないの?もうちょっと伸びてくれてもよかったのに」
「そりゃ、申し訳ねぇことした」

酒気を帯びて、頬の色を変えた彼女はどことなく幼く見えた。ああ決して悪い意味ではなく。かつての記憶が蘇るようだった。こちらこそ酒が入っていたためか、こんなことを口走る。

「ところで、あんたの王子は見つかった?あのドレス着て踊るんだろ?」
「不思議。よく覚えるね、そんな昔の話」
「思い出したんだよ色々。話すのも顔見んのも久しぶりじゃん」
「いないよそんなの。ちょっと前まではいたけど、みんな思ってたのと違った」

数人いたらしい。その単なる報告でしかない言葉に勝手に棘を感じた時点で、己の気持ちは悟った。なんて軽い男だ、少し前まで彼女のことを忘れていたのに、さっきの劇だけで心が動かされちまった。
……いや、違うか。あの劇は全ての観客の心を動かした。俺は単なる一部に過ぎない。彼女の衣裳にはそれだけの力があった。もちろんたった一人の力じゃないのは頭では分かっているが、彼女がそれに貢献していないわけがない。
あの日だって俺は心を動かされたんじゃねえか。二度も揺さぶられちゃあ折れるのも仕方がない。

「王子さまかぁ……。ねえゼノ、100年くらい寝たいんだけどそういう装置作る予定ない?」
「いきなりなにを?できないことはないが、生憎こちらのプロジェクトが佳境に入ったところでね。あと数年は待ってくれないかい」
「それなら仕方ないけど。もし本当に作ってくれるなら、人差し指に針を刺してから眠れるように設計してくれない?」
「どこかで聞いたことのある設定だな。まさにいばら姫の……"Sleeping Beauty"か。僕が魔女の役をすれば良いわけだね」

英題 "Sleeping Beauty"
魔女の逆恨みで呪いがかけられてしまったいばら姫は、指に糸車の針が刺さって100年の眠りについた。
有名な話だ、俺らが生まれるずっと前からある話。そして、これについてはこの作品に限らず割とよくあるシチュエーション。

彼女は王子のキスで目が覚める。

「そう、いばら姫。100年眠ったら理想の王子さまに出会えるかもでしょ?」

だったら、俺も一緒に眠らなきゃ。
馬鹿正直にそう思った。

「ナマエ、それ俺でもいいの?」

馬鹿正直にそう言った。普通にはぐらかされた。俺はその時点ではもう既に結構本気だったってのに。
その日から俺は積極的に彼女と関わりを持とうとしたが、これまでだってお互い忙しかったのだから、そう易々と会える日が増えるわけでもない。それだけじゃあねぇんだな。何故か彼女が乗り気じゃなかったから、結局片手で数えられるだけしか会うことなく……世界は変わった。

たぶん、冗談だと思ってる。いきなり態度を翻した俺の色々、あいつはおそらく冗談だと思ってる。
何回かしか会ってないのに、あれから余裕で数年経過していて。会えないからこそ面白いくらいに思いが膨らんで、だからこそようやく会えた日は純粋に嬉しかった。
彼女の棘はあの時から健在だったが、それを聞くために俺は彼女のところに帰ってきていたようなもんだ。おかげで世界がこうなってからは毎日棘を食らうようになっちまったけど。だからなんだってんだ。日を追うごとにあることを実感していった。

その日、一番手に入れたいものが煙草だけで済んだのが、どれだけ幸福なことか。

これ言ったら本気で怒られそうだけど。
森の中、俺の目の見える範囲に動かない彼女を見つけた時、何千年もの間俺の近くにいてくれていたことが強烈に心を刺激して、その瞬間起きていた数人がほんの少し目を離した隙に、フラっとその場を離れて、彼女の冷たい額に俺なりの愛を落とした。
唇を離した瞬間に石が剥がれたものだから、俺はまた石になったかと思った。まあ言葉もなかったね。色んな意味で驚いた。

あ、俺まさか王子の真似ごとしてんのか。

これはもう運命とかいう言葉で片付けたらダメだ。これは意地でも最後の最後まで突き通さなきゃダメだろ。もちろん原作の鬼畜展開に持ってくんじゃなくて、ハッピーエンドの方だ。
だって、聞けよ。俺がキスして起こしちまったんだ、100年経っても起きなかった彼女を、何千年も寝過ごしたいばら姫を、情けないほど下心丸出しの俺のキスで起こしちまったんだ。

俺は今でも真面目に彼女のそれになりたいと思ってる。つーかならせろ。だから、無理やりにでもいばらの中をかき分けて彼女に会いにいかなければならねぇんだ、俺は。



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