THE STONE WORLD


隠れたまつり縫い

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間に空気があったけど、彼女の方からキスを貰った。くそ可愛かった。

「しないよ、スタンにしか」

今までずっと素っ気なかった彼女の言葉と行動から、ようやく少しの好意を感じ取ることができたから、俺の中で何かの枷が外れたんだと思う。だから手を出した。キスをしかけた。そうだ、俺は勘違いクソ野郎だ。大人しくお縄につけ。
確かに口では嫌がっていた。でもあんな顔を見せられちゃ、馬鹿な男は勘違いしてもおかしくないだろ。あいつの真っ赤な顔、あの日酒を飲んだ時以来だった。

「忘れたの?」
「……何が?」
「言ったでしょ?私、スタンのこと割と好きだよ」
「……は?」

急に予想外な言葉が聞こえてきた。俺から頼み込んで作業部屋に一緒に転がり込んだくせに、現実を見たくなくて別のことを考えていたら、いきなり。
今なんか聞き漏らした?いや、こんなに静かなのに聞き漏らすわけがない。今まで黙々と作業を進めていたのに、彼女はいきなり話し出した。まるでひとりごとのような小さな呟きだったけど。
将来誰かの服になる予定の、中途半端な形の布の上に細かく針糸を泳がせながら、こちらを見向きもせずに続ける。

「嫌いが増えても、好きな気持ちは変わんないから」

聞き間違いでもなかった。好き、という単語が彼女の口から出てきただけで、俺の脳味噌はしばらく働かなくなった。
今、何を言った?もしかして完全に嫌われてるわけじゃねぇの?

「だから、さっきの続きね。ゼノは100くらい好きなんだけど、……スタンのことはだいたい101くらい好きなの私」

うーん、なるほど。分からない。彼女が何を言っているのか。ゼノの話より分からない。

「……俺のこと嫌いはどこいった?」
「ちゃんとここにあるよ。好きと嫌いは両立するの。少なくとも私の中では」

あるのかよ。やっぱり俺のこと嫌いかよ。思わせぶりしやがって。めんどくせーやつ。

「面倒な女でごめんね」

心読むんじゃねぇよ。

「あー、なに……ごめ、本気で分かんね、あんた結局どっちなの?俺のこと好きなの嫌いなの」
「どっちも」
「いやだから!混乱させんな!」
「なーに?スタン、引き算もできないの?」
「はあ?」
「スタンは、嫌いよりも好きが1個多いの」
「……」
「分かった?」
「……」

10秒くらい考えた。

「……わっかんねぇ〜……」

本当に分からない。何言ってんだこいつ。おいゼノか誰か、解説求む。好きも嫌いも同時に存在するってことか?
それはそうとして。俺ら、いつの間にか普通に会話できてんな。そこに気づいた途端、少し気分が良くなった。針糸を動かし続ける彼女を見ながら、少し笑えるくらいには。

「それってどうなの?他のやつと比べて」
「ゼノは100好きで20嫌い」
「最初から負けてんじゃん!」

80も差があるじゃねぇか。さすがゼノ。
俺の幼なじみ。

「俺よりはだいぶ低いけど、あんたゼノのことそんな嫌いだった?」
「20嫌いっていうのは、私がゼノの頭のよさに嫉妬してる分」
「なんだそれ」
「人間が人間を嫌いになる理由なんてそんなものでしょ」

そんなもんか?そんなもんか。俺があんたを好きな理由は語り尽くせないけどな。

「じゃあ俺の嫌い100もそんな感じ?」
「……言わない」
「言ってくんねぇと直せねぇじゃん」
「直さなくていい。そんなことしたらあなたがあなたじゃなくなる」
「何言ってっか分かんねぇけど、直さなかったら俺嫌われたまんまじゃん」

好きなやつから向けられる嫌いは極限まで無くしたいに決まってる。
そうだ、話をする当初の目的は理由を聞き出すためだったんだ。知らねーうちにややこしい話になってるが、結局のところその嫌いっていう感情には何か理由があるんだろ?だから教えてくれ。そう言っているのに彼女は話をそらした。

「好きを増やせばいいの」
「……増やせんの?どうやって?」
「たとえば、これを片付けてくれる?」
「え?ああ」
「ありがとう。今ので好きが1増えたよ」

よっしゃ。じゃねぇわ。何だこの茶番は。こんな簡単な頼みごとを一つ聞いたくらいで好感度が上がるっていうんなら、そんなのいくらでも聞いてやる。でもそんなの根本的な解決にならねぇんだよ。

「1増えた記念に一個だけ教えてあげる」
「今度は何?」

もはや何が来ても驚かない。

「ゼノの好きとスタンの好きは違うから」
「どんなふうに違うんよ」
「ゼノは欲望に忠実なところが好き。自分の世界を持ってて、自分が心の底からやりたいことを実行できる頭も持ってる。そういうとこ素敵。仲良くしてくれて嬉しい」

めっちゃ褒めるじゃん。男のジェラシーは見苦しいんだよクソ。俺見苦しい〜。

「俺は?」
「スタンは……、色々」
「いろいろ?」
「体とか顔とか、色々あるでしょ」
「照れんだけど」

でも、また外見だけ?
一番大事なのが含まれていない。

いまいち彼女が伝えたいことが分からない。ただ……今こうしてまた話をしてくれているわけだから、どこかしらに好きという感覚はあるらしい(と思いたい)。
この状況をどう打開しようか、俺としては超真面目に超真剣に考えていたのだが。そんな時、突然彼女の肩が震えた。

「ばかじゃないの」

また急に針が飛んできた。
あんた、たぶんダーツとか得意だと思う。



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